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第794話 彼女は『魔術師』の魔王と対峙する

第794話 彼女は『魔術師』の魔王と対峙する


 食堂の土牢に女たちを残したまま、黒目黒髪は入口を念のため『土壁』で塞いだ。


「そ、その、す、すみませんでした……」

「本当のことを言っただけ。気にしなくていい」

「魔力を込めて言葉を叩きつけたのはどうかと思うけど、まあ、相手もちょっと調子に乗ってたから仕方なかったよね」


 一期生としてリリアルを率いる立場になる黒目黒髪。事務能力や魔術の精度は秀逸なのだが、引っ込み思案な所はリリアル生になった頃からあまり変わりがない。二期生や三期生とも少々距離がある感じがして彼女は気になっていたということもある。


 魔力を叩きつけて黙らせるという方法が良いか悪いかは横に置いておいて、賊に対して一歩も引かない……まあ、引いたが元の位置以上に押し上げる事が出来るのだから、及第といったところだろうか。優しい事と弱い事は似て非なるもの。黒目黒髪には優しくあってもらいたいが、弱者であることは許されない。


「さて、『魔王』討伐をすませましょう」

「名前負けしていないといいですね」

「そこは、負けてていいんじゃないかなぁ」


 若干戦闘狂の赤目蒼髪。無言で同意する赤目銀髪≒戦闘狂。


「最初に水球で目を覚まさせてあげてちょうだい」

『雷に雨は必要だからな』


 確かに。いや、そういう意図ではないだろう。





 各自が魔力壁で明り取りの窓まで駆け上がる。明り取りの窓というよりも少々大きめの狭間といった趣。聖征時代の頃に盛んに建設され、やがて枯黒病の流行や社会の変化で修道院が廃れやがて廃院となった古い建物。外側の石材も雨で穿たれボロボロとなっているが、雨風を凌ぐには未だ十分といったところ。


 素人作業であろうか、崩れかけの石材の部分に漆喰が塗られ補強されているのが見て取れる。恒久的に使用することを前提にした補修だろうか。そう考えると、それなりの期間ここを利用しているのかもしれない。


「始めましょう」


 黒目黒髪が頷き、狭間に手を差し込み魔術を発動する。


 両掌から、次々に小水球が礼拝堂内に叩き込まれ、水を浴びた賊たちが大騒ぎを始める。


「おぅ、誰だぁ!! 水ぶちまけやがったトンチキ野郎は!!!」

「ぶべっ、ま、まじか。なんだ、雨漏りか?」

「おいおい、夜中に水浸しとか、勘弁してくれよぉ」


 寝ている間に密かに始末するという方法もあっただろうが、その場合知らぬ間に死んでいることになる。それでは山賊やら傭兵として悪さをしたことのツケを払わせたことにならない。相応の恐怖と痛みを感じてもらいたいのである。


「雷の精霊であるタラニスよ、我が願いを聞き届け給うなら、その結びつきを認め我が魔力を対価に応え、我を害する敵を撃ち滅ぼせ……『(tonitrusi)燕』

DONN!!  BANN!!  BANN!!

DONN!!  DONN!!  BANN!!  BANN!! 

DONN!!  DONN!!  BANN!!  BANN!! 

DONN!!  BANN!!  BANN!!


「「「「ぎゃあああぁぁぁぁ……」」」」


 小さな雷球とは言え、少なくない数を一人で受けた者もおり、シュウシュウとくすぶる音やヒュウヒュウと断末魔の声を上げるもの。そして、肉の焦げる臭いが屋内に充満する。


「こ、ここに飛び込むんですかぁ……」

「危地に飛び込むのがリリアル」

「誰きめたのそんなこと。けど、嫌いじゃない!!」


 三人はごにょごにょと何かを話をすると頷き合う。


「何を始めるつもりかしら?」

「先生、ここは三人に任せてもらえますか」

「試したいことがある」

「どうでしょうか?」


 何やら三人は真剣な面持ちで彼女に同意を求める。この状態で生き残っているのは、魔力持ちの三人だけのようであり、あとは虫の息だと思われる。


「危ないと感じたら、介入するつもりなのだけれど」

「勿論、それで構いません」


 魔力持ち三人は、魔導具かあるいは、魔力壁で雷撃を凌いだと思われる。もしかすると、魔力纏い対策も為されている可能性もある。が、これも経験。魔力量・装備の質では劣るとも思えない。


『任せる時期か』

「お手並み拝見と行きましょう」


 彼女は三人を見守ることにしたのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 三方に散った三人は、なにやら小芝居じみたことを始める。


『ふふふ、ふふはははははは。貴様らの悪事はここまでだ』


 赤目銀髪……棒読みすぎ。


『わ、我等、お、王国の平和を守る、リリアル、き、騎士団……聖乙女隊(La Pucelle)!!』


 セリフが恥ずかしいのか、たどたどしい黒目黒髪。その聖乙女隊というのはなんなのだろうか。


『聖乙女隊ってのは、妖精騎士の脚本に出てくる、お前の姉がこさえた役柄でな。なんたらJr みたいなもんらしい。人気がある聖乙女隊員が、次の公演で妖精騎士役を務めるとかんとか聞いてるな』

「……そう。随分と裾野を広げているのね、姉さん……」


 ロングランからの定期公演、複数演目が王都では当然となっているようで、幾つかの旅の一座も、演目毎に王国内を巡業しているという。王国内では様々な『妖精騎士』の舞台が常時公演されているとか。


 赤目蒼髪が掛け声して、階下へと飛び降りる。


『いいわね、行くわよ!! (un)!!』


(deux)


とう(trois)!!』


 着地してポーズを決める三人。これも姉の脚本(ボツ原稿)の演出らしい。


 十分な間を置いたことで、魔力もち三人のほか、十人ほどの兵士が武器を手に立ち上がっている。とはいえ、ここは薄明りが天井を照らす程度の明るさ。床面はほぼ真っ暗である。


『深淵の奥底より召喚せんと欲する力、それは小火球たるもの。顕現せんと欲する者の望みを具現化し、深淵の炎を宿す。我が言の葉より、その力を解き放つ。焔よ、我が願いを叶えよ!「イグニス・インフェルノス!」』


『魔王』の放った幾つかの火球が辺りを照らし、それぞれの姿を見えるように認識させる。魔力を持たないものも、これでリリアル騎士の姿を目にすることができりるようになる。それは、リリアルも同じこと。


「一気に切り倒す」


 魔銀鍍金を施された片手曲剣を手に、赤目銀髪は手近な賊へと斬りかかる。


「へっ」

「遅い」


 肘から先を斬り飛ばされ、返す刀で背中から胸を突かれ倒れる。


「つ、掴まえたぁ!!」

「死ね」

「けぴゅ……」


 赤目銀髪の足首を掴んだ死んだふりをしていた賊も、その首筋に曲剣の切っ先を突き立てられ、魔力の籠った刃でそのまま斬り落とされる。


「足元注意」

「止め差しながら前進ね」

「は、はいぃ!!」


 赤目蒼髪は赤目銀髪同様片手曲剣なのだが、黒目黒髪はその昔、赤目蒼髪が使っていたウォー・ピック『ザグナル』を用いている。これは、赤毛娘がメイスを愛用する関係で、剣よりも打撃武器が鍛錬しやすかったということが関係している。実際『ザグナル』は、片手持ちの『ベク・ド・コルバン』のような装備であり、叩き切ることも魔銀製なら十分可能な装備である。


 剣技を鍛錬する時間も気持ちもない黒目黒髪にとっては、身体強化と当たれば何とかなる装備として、『ザグナル』は順当だと言えるかもしれない。


「おら!!」

「げひゃ……」

「そらぁ!!」

「ごぴゅ……」


 足元でわずかに動く傭兵達の頭に、槌先を叩き込み、頭を割り砕いて止めをさす黒目黒髪。さしずめその姿は冒険者用のローブのフードを被った姿から『黒頭巾ちゃん』といったところだろうか。


「おい、あいつらを止めろ!!」


魔王はたまらず、二人の魔戦士に指示を出し、自らは援護の魔術を放ち始める。


「一匹もらう」

「じゃ、私も一匹」

「わ、私は……『魔王』討伐ですかね?」

「「任せた!!」」


『黒頭巾ちゃん』VS『魔王』始まるよ!!




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 二人の魔戦士は、傭兵としての腕も一級のように思えた。魔力で身体強化をするだけであったとしても、魔力纏いの魔銀剣の切っ先を良く往なし、致命的な斬撃を回避し続けていた。


「ふぅなかなか」

「貴様らもな!!」


 赤目銀髪の剣技はさほどの技量ではないが、その変則的な刺突とフェイントを絡ませた剣は、攻めにくく守りづらいようで、経験豊富と思われる傭兵魔戦士をして、なかなか攻め切れていなかった。


「だが、お前の魔力もそろそろ底をつく。そうなれば、俺との技量の差がはっきり現れる。お前の負けだ」

「ふふ、まだまだ二時間三時間はこのまま戦える」

「はったりを」

「はったりではない。事実」


 その言葉に、傭兵は一瞬驚愕の表情を浮かべる。上位の魔力持ちの騎士でさえ、その魔力を纏った継戦能力は三十分程度に過ぎない。騎士の突撃とは、その範囲で繰り返し、魔力の消耗と共に、後陣に譲ることになる。


 騎士が幾段かの段列を形成し、また、攻撃を入替えつつ戦う理由は、魔力の維持のできる時間に限りがあるからであるといえる。長弓兵の防御陣に敗れた戦いも、魔力切れとなるまで延々と防御に徹された結果なのだ。


 リリアルではその時間的限界を超える事に重きを置く。三時間、半日、一昼夜、魔力を纏って戦い続ける術を身につける。魔力量を増やし、魔力の精度を上げ、消耗を防ぎ戦闘時間を延ばしていく。魔力を放つより、装備を工夫し魔力を纏い闘い続けることを選択した。


 なので……


「がっ」

「はい、時間切れ」


 赤目銀髪が魔戦士を倒したとほぼ同時に、赤目蒼髪も、魔力切れとなった自身の相手を倒し終わったのである。





「ぐぅ、かくなる上は……」

「も、もうあなただけです!! 大人しくこの魔力壁を解いて、降伏してください……で、できますよね?」

「ふざけるなぁ!! 大魔術で、一掃してくれるぅ!!」


 黒目黒髪が優しく窘めている間に、素直に降伏すればよいものを。『魔王』を自称する魔術師はなにやら自身が形成した『魔力壁』の向こう側で、詠唱を始めた。


『言葉の響きを紡ぎ、魂の奥底から湧き上がる力を解き放つ。闇の深淵から湧き上がる炎、深紅に燃え盛る綺羅星の如き炎、我が前に堂々と燃え上がれ。大地を揺るがせ、空を蝕み、全てを焼き尽くす炎よ、我が声に従い現れよ!大魔(インフェルノ)(バースト)!!』


――― そう、彼女の姉も大好き『大魔炎』を放ったのである。


 魔力壁を一瞬解除して放った大魔炎が、閉鎖された礼拝堂内の中を轟轟と燃え盛りながら焼き尽くしていく。


「ふははははぁ!!! どうだ、リリアルの小娘どもぉ!! これなら、骨も残らんだろうぅぅ!!!」


 自らの魔力壁越しに燃え盛る礼拝堂内を見ながら、『魔王』が勝ち誇るような笑い声を上げた。二人の魔戦士を始め、配下の者で息のあった者たちまで全て巻込んで燃えてしまっているのだが、目先の勝利に酔いしれているのか、あるいは、自分さえ生き残ればどうとでもなると考えているのか定かではない。


「うぉらあぁぁぁ!!!」


 BAGIINN!!!!


「へ」


 魔力をマシマシに纏った『ザグナル』のピックが『魔力壁』を叩き割る。


「そい」

「そら」

「うぎゃああぁぁぁぁ!!!」


 二つの腕をそれぞれ斬り落とされた魔術師が絶叫する。目の前で『大魔炎』は魔力壁の『箱』に仕舞われ、やがて押しつぶされるように消え去る。


「ふふ、姉さんの大魔炎と比べると、魔力量がだいぶ少なかったようね。お陰で、大した手間もなく消す事が出来たわ」


 ひざまづく『魔王』の髪を掴んで顔を上げさせると、彼女はその口を封じるように魔力縄を掛けるのであった。




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[一言] ラ・ピュセルを名乗るということは腹黒王太子あたりにはめられて火炙りか 今のうちに殺っとく?
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