第793話 彼女は廃修道院に足を踏み入れる
第793話 彼女は廃修道院に足を踏み入れる
「意外と面倒ね」
「囲めない」
暗殺者養成所のあった小都市跡を討伐する際は、城壁を利用し、討伐対象である教官や職員を分離することができた。ところが、今回の廃修道院には、石壁の跡はあれども完全に囲えるようにはなっていない。虫食いだらけ穴だらけなのである。
とはいえ、街道に向かう場合の正面入口はある程度形を残しており、そこには見張も配置されている。
「暗闇の中逃げるとするなら、使い慣れている正面出入口と、背後にある沢へと水汲みに向かう山道くらいでしょう? 明るい時間ならともかく、女たちは逃げ出さないと思いますよ」
赤目蒼髪の想定も相応に説得力がある。王都であっても、月明かりの無い夜は明かりを持たずに歩くのは難しい。丘の頂上にある廃修道院は、星明りでも明るく多少歩き回ることに苦労しないが、一旦斜面に降り、木々の間を進む森の中になれば、夜はどこに向かっているのか、なにが目の前にあるのかさえ容易に見分けがつかないほどの暗闇の中になる。
月明かりも昼なお暗い森の中においては、不十分であると言える。魔術で照明代わりに使えるほどの光源を確保できる者がそうそういるとも思えない。松明やランプを持って逃げだすものはまずいないだろう。
そう考えると、夜中に討ち入り、魔力持ちを討伐しついでにその周辺の山賊たちを仕留めるというのが良いかもしれない。女たちが逃げ出さないように、まとめて押し込めているだろうから、山賊と見分けがつかないという事もまずないだろう。
「先ずは偵察ね」
彼女は自身で偵察に出ることを口にすると、魔力壁を用いて中空を駆けやがて50m程地表から高さを保って廃修道院に近付くことにした。
『人間、あんまり上を見て監視はしねぇからな』
『魔剣』の言う通り、特に夜の監視で空を見上げているものというのは聞いたことが無い。
廃修道院は正面門跡の正面に三階建に見える鐘楼があり、監視塔を兼ねているように見て取れる。円塔を組み合わせた外壁はなく、あくまでも修道院として建てられたものだと思われる。
人の気配がする。鐘楼には二人。ともに魔力を持っていないと思われる。どうやら、何か飲みながら大声で話しているようだ。日中の襲撃失敗でかなりの人員が減ったので、カラ元気を出す為の酒と大声なのかもしれない。
「無視でいいわね」
『逃げらんねぇだろうな』
あとで、まとめて始末することにして、彼女はそのまま敷地の奥へと進む。夜の空中散歩である。
敷地中央には礼拝堂とそれに付属する僧房らしき建物が建っており、恐らくそこに賊がまとまっていると思われる。魔力を持つ存在が幾つか魔力走査に反応を得ている。
西側にある石壁を持つ平屋の建物は恐らく厨房兼食堂だろうか。何人かが礼拝堂に料理のような物を持ち運んでいるのが見て取れる。
正面の門と今一つ、礼拝堂の近くに裏門と思われる出入口がみられる。その外には、小さな石造の小屋……恐らくは井戸小屋であろう。
『魔力持ちは思ったよりすくねぇか』
礼拝堂に三人。中程度のものが一人、それよりかなり少ない者がその側に二人。『魔王』とその『側近』といったところだろう。
「見張以外が屋内で休息するまで待ちましょう」
修道院の食堂に当たる建物に女性が十数人いるのが見て取れる。元が傭兵団であれば、傭兵団に所属する女手であろう。食事の世話や掃除洗濯の他、愛人や私娼のようなことをしているのかもしれない。
厨房と食堂は外壁沿いにある建物であり石造。窓や入口は限られており、土壁で塞ぐことが出来そうだ。同じことを山賊の男たちが居住する礼拝堂にも行えばよいだろう。
手順としては、見張を倒し、寝静まっている間に居住場所の建物の窓と出入口を土魔術で塞ぎ、山賊はそのまま討伐。女たちは保護し、山賊の一味として官憲に引き渡すのが良いだろう。
「作戦は決まったわ」
『まあ、女達まで鏖というのは後味悪いからな』
算段の付いた彼女は、三人の元に戻るのである。
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「適切な判断」
「山賊は鏖でいいのですね」
赤目蒼髪の確認に彼女は同意を示す。
「女性を残す分、捕虜にする人数がかなり多くなるでしょう。どの道、処刑になるのでしょうから、ゴブリンと同じ扱いでいいわ」
「そ、それで、私たちの役割分担はどうなるんでしょうか?」
今回の討伐は四人で行うことになる。冒険者任務に少数で参加する機会の少ない黒目黒髪は自身の役割りが気になるのだ。いつもペアを組んでいる赤毛娘も今回はいない。人に頼ることは出来ないので心細い
のであろうか。赤毛娘が三歳ほど年下なのだが。性格だから仕方ない。
「三手に別れます」
赤目銀髪が鐘楼を初め、見張を最初に討伐する。そのまま入り口近くにある食堂の封鎖を赤目蒼髪と黒目黒髪の二人で実行。魔力量の豊富な黒目黒髪であれば、土魔術による建物の封鎖は問題なくできるだろう。
「が、がんばります。うん、できる……私、……できるはず……」
「大丈夫だよ。時間かかってもいいんだし」
「う、うん。そうだね。寝てるしね。でも、詠唱で起きないかな?」
その時は、永遠に寝て貰えばよろし。
中央の礼拝堂は一階部分の窓と扉を彼女が土魔術で完全封鎖。そして、高窓の部分から内部に魔術で攻撃し、制圧する。
「今回は煙玉は必要なさそうね」
「ゴブリン洞窟と同じ扱い」
「はぁ。こちらは少数ですからね。仕方ないですよ」
洞窟に潜むゴブリンを硫黄を含む煙玉を用いて燻り出すのは常套手段。建物を封鎖し、煙玉を投げ込むことも検討したが、即効性の高い『雷』魔術で制圧することにする。相手に魔術師がいることもあり、強力な魔術による反撃も考慮しなければならないと判断したからである。
屋内に数多くいるだろう山賊を制圧するのに、雷は効率が良い。加護持ちの彼女であれば、魔力消費の多さも気にならない。本来、『雷』の精霊魔術は魔力消費量が多く、また、単体で狙いにくい術なので使い所が難しく、あまり好まれないのだ。
「できるかな」
「できるまでやればいいじゃない?」
「そ、そうだね」
自信なさげな黒目黒髪だが、赤目蒼髪には「やれ」とバッサリ切って落とされる。
「慣れていくのね。わかるわ」
「息を吐くように」
「……そこまで慣れてないと思うのだけれど」
「嘘を吐くように」
山賊は討伐一択。生け捕りも行わないではないが、今回は少数の活動であり、また他にも傭兵崩れの山賊の討伐を抱えている。そう考えると、帝国傭兵崩れに手間をかける意味を見出せないというところだろう。
オラン公の遠征に参加した傭兵達かもしれないが、それはそれ。これはこれ。
気配を消し、鐘楼へと近づく赤目銀髪。鐘楼の高さまで魔力壁の階段で外側から接近し、見張をしている気の抜けた山賊二人の首の横をちょこんと斬り飛ばす。スティレットが活躍!!
鐘楼に立つ二人の見張が崩れ落ちる影が遠目に見て取れる。
「こちらも始めましょうか」
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の壁を作り賜え……『土壁』」
からの……
「『堅牢』」
礼拝堂の一階層部分を覆うように土壁が形成され、さらにそれが焼き物のように硬化していく。元より扉は閉まっており、中で明かりがともされているものの、外の光源は星明かり程度。月はさほど明るくないので、急に暗くなったと怪しまれる事もない。
気が付かれたところで何があるわけでもないのだが。
『仕留めるのか』
「いえ、食堂の状況を確認してからね」
土壁を破壊して魔術師が外に出てくる可能性もないではない。また、魔力持ちの戦士であろうか、二人の側近の能力も気になる。四人で一気に仕留めるつもりで、先に封鎖に赴いている食堂の二人の所へ彼女は足を
向けることにした。
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食堂に赴くと、既に入口以外の窓は『土壁』で塞がれていた。ではなぜ入口が開いているのかというと……
「だから、逃がせって言ってんだろ!!」
「あたしたちゃ、攫われて渋々ここで世話してただけなんだよ」
「被害者なんだから、関係ないんだよ!!」
黒目黒髪に向かい、山賊一味の女たちが大声で抗議している。
「先生」
「しばらく様子を見ましょう」
明らかに剣を抜いて武装している赤目蒼髪には誰も文句を言ってこない。とはいえ、手を出されないように黒目黒髪の背後で牽制している。彼女は、一期生の中でもこうした経験の少ない黒目黒髪に場数を踏ませようとあえてこの状態を傍観することにする。
「ねぇ、わかるでしょ?」
「あたしら、ここに好きでいるわけじゃないんだ。な、逃がしてくれよ」
「そうだよ!! こんな山ん中じゃ、いいことなんもねぇんだよ」
何も言い返せない黒目黒髪に向かい、女たちはここぞとばかりに寄って集って文句を言い始める。黒目黒髪は屋内に足を踏み入れており、出口の手前に赤目蒼髪と彼女が立ちふさがるように位置取りをしている。
「見張は全て始末した」
「お疲れ様。後は礼拝堂の賊を討伐するだけね」
「……これはなに?」
赤目銀髪の質問に彼女は苦笑で答えるのみである。幸い、礼拝堂の下階とこの食堂の外回りは土壁で覆っているので、大声を出されたとしてもさほど外に漏れることはない。
広い中庭を挟んだ礼拝堂迄、声が伝わることはない。
「だから出せって!!」
「黙って言うこと聞けばいいんだって!!」
女たちの声は一段と大きくなっており、黒目黒髪は下を向いてしまったまま、肩を震わせている。
「先生、そろそろ……」
「いえ、大丈夫よ」
彼女は感じていた。黒目黒髪の纏う魔力の高まりを。
『うっせーんだよ!!!!!』
ドンと鳴り響くよう魔力を乗せた怒声。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の牢を作り賜え……『土牢』!! 落ちさらせぇ!!!!」
「「「「ぎゃあああ!!!!」」」」
3mほどの深さに床が沈み込み、十数人の女たちが底へと落ちたのだ。
『黙って聞いてりゃ、言いたい放題言いやがって!!』
詠唱もなく次々と『小水球』を穴の中の女たちに向け連射する。バシバシといい音をたてながら、女たちの頭に握り拳ほどの大きさの水の塊がそこそこの速度で命中し、顔を殴られたかのように頭を揺さぶられ、隣の女に頭をぶつけるものや、痛みで蹲る者、昏倒する者が現れる。
「ちょ、ちょっと。やりすぎ!!」
赤目蒼髪が後ろから止めるものの、黒目黒髪の勢いは止まらない。
『さっきから聞いてりゃなんだって!! 被害者だぁ!! 馬鹿か。お前ら加害者に決まってんだろ!! そりゃ、最初は攫われたりしたかもしれねぇけど、こんな場所で山賊の世話して暮らしてんだから、逃げようと思えば逃げられんだろうがよぉ!!!!』
魔力マシマシでさらに水球が雨あられと土牢の中の女たちに叩きつけ
られていく。そして、阿鼻叫喚の地獄絵図。
『出せだぁ、逃がせダァ……逃がす分けねぇだろ淫売どもぉ!! お前ら、山賊なんだよぉ!! 山賊が命乞いする人間逃がしたことあんのかよぉ。
なわけねぇよなぁ!!』
黒目黒髪、振り切れたら怖い女なのである。
『やっぱこうなったか』
そう。彼女はこの姿を知っている。事務仕事を教えていた際、歩人がいつもの調子でぐちぐち言いながら嫌そうに作業していたところ、疲れの溜まっていた黒目黒髪がブチ切れたのである。何度も。
赤毛娘がいれば、本人に代わって言いたいことを先んじて言ってくれるのでこのように『キレる』ことはないのだが、一人で仕事をしている際には感情が高じて「別人格」と思えるほどの攻撃的な面が表に出てくる。
黒目黒髪が魔力を込めた怒声と水球を叩きつけつづけたところ、五分と立たずに女たちは沈黙した。
「あまりやり過ぎては駄目よ」
「……はい。でも、ワカラセルにはこのくらい必要だったみたいです」
「縛り首」
「……それはないでしょ? せいぜい鉱山奴隷」
リリアル女子四人、それなりに良い性格である。