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第789話 彼女は晩餐に出席する

第789話 彼女は晩餐に出席する


 貴族子息主従は公宮の房に収監された。圧し折られた指は、一応、彼女が与えたポーションで回復したものの、圧し折られた心は折れたままであったようだ。


「王国とレーヌの懸け橋になってくれるといいわね」

「いえ、絶対恐怖の象徴だと思います!!」

「侮られるよりも恐れられる方がまし」


 赤目銀髪の言う通りである。『ニコル書簡』に諸侯の在り方としてそんな事が記されている項目がある。既にリリアルについては様々な風聞が流れているのであるから、それを補強するような行為を少し見せてやるだけで相当の効果が望める。


 そう、別にストレス発散したわけではない。ないったらない。


 



 そして、午後の茶会。彼女は不参加なのだが、何故か公太子殿下とリリアル勢で茶会を行う事になった。


「先ほどの決闘、素晴らしかった」

「公太子殿下に褒めていただけるとは、光栄の極みです」


 どうやら、目の前の少年は義兄になる王太子にあこがれているようで、文武両道の人格者という誤った認識を持っているようだ。彼女の中では常に自分とリリアル学院を最大限利用しようとする腹黒王子に過ぎないのだが。ちなみに、世間の評価は公太子寄りのものである。


「二対一にも拘わらず、あれほど軽やかに相手をするとは。途中までははらはらしていたが、最後は圧巻であった」

「剣を圧し折るのは一寸した余興ですが、レーヌの皆様にそう感じていただければ、王国と与することに安堵していただけるでしょう」

「うん、そうだな」


 母親と姉がいなくなったので、若干口調が背伸びしている。未だ十代前半の少年なので、年相応になったといえばそうかもしれない。


「あのような真似は、リリアルの騎士は皆出来るのか?」


 彼女のような対応は、一期生冒険者組はほぼ全員出来るだろう。基本の魔術である『身体強化』『魔力纏い』『魔力走査』は、冒険者登録できるメンバーは程度の差こそあれ全員身に着けさせている。『気配隠蔽』までがセットである。


「できます!!」

「当然」

「勿論、身につけています」


 年齢的にさほど変わらない護衛侍女三人に同意され、些か怯む公太子。


「そ、それは、ボクでも身につけることはできるだろうか」

「魔力をお持ちであれば、鍛錬次第です」

「……鍛錬か。騎士として必要な範囲であれば、問題ないか」


 レーヌは尚武の気風を持つ領地であり、わざわざ貴族街の一角に馬上槍試合会場があることからもうかがえる。次期大公として、身につけたいと考えているのだろう。


「身体強化を含めて、魔力量を増やすと同時に魔力操作の精度を上げて魔力の消費量を減らし、長く戦えるようにすることが、一つの考え方の基本となります」

「……長く戦う……」


 百年戦争の時代、あるいはそれ以前のコルトの乱においても、騎士が一方的に敗れた戦いにおいて、騎士は魔力切れを起こし戦場で立ち往生した結果であることがほとんどであった。


 通常、騎士の集団が戦闘を行う時間は三十分程度。その全時間帯で身体強化を行うのではない。馬に乗って移動している時間などは使わないので、純粋な戦闘時間はニ十分程度。その間、魔力による身体強化が行えればよいのだと考える。


 馬上槍試合のような模擬戦も同様であり、魔力量を高める目的は、瞬間的な強度を上げる為にある。重量武器を扱えるようになり、相手により強力な一撃を与え勝利する。そういう発想で鍛え上げて来る。


 リリアルの場合、最初から瞬間的な力は脇に置いている。姿を隠し不意を突き、魔力を纏って効率よく倒す。相手の魔力切れを狙い、此方は数時間、半日継続して魔力を纏い戦い続ける。魔装馬車での『リリアル移動』などは、その鍛錬の一環であるといえよう。


「一介の騎士であるのならともかく、指揮を執る立場である殿下ならば、戦争は一日二日で終わるものではありません。戦場で終始魔力を扱い続けられるのであれば、無様に囚われたり、奇襲による暗殺をされることは無くなるでしょう。公爵が戦場で死ぬなど、あってはならないことです」


 その昔、最後のブルグント大公は戦場で倒れた。息子はおらず、娘だけであったため、帝国皇帝家と婚姻し、ブルグント大公領は皇帝領の一部となった。あるいは、連合王国の内乱において、国王が反乱勢力により戦死させられた結果、祖父王が王位につくことができたのである。


 戦場で国王やその他の大君が戦死することは珍しいが無いわけではない。特に、家の命運を左右するような戦いにおいて、勝利する為には前線に出て生き残らねばならない場合もある。囚われてお気楽捕虜生活を送る善愚王のような国王も存在するのだが。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 結果、レーヌに滞在する間、加えて公太子が王都に訪れた際には、彼女及びにリリアル生が公太子に魔力操作の鍛錬の稽古をつけることになってしまった。


『面倒だな』

「そうね。けれど、王国と公家が深くつながる一つのきっかけになるのであれば、良い事だと思うわ」


 年齢的には赤毛娘や二期生と同じ世代となる公太子。恐らく、近侍も連れてくることになるだろう。個人ではなく、未来のレーヌ公国の首脳陣と紐帯が深まるのであれば悪い事ではない。


『公太子にポーション作らせるんだろ?』

「基本ね」


 魔力水を精製し、薬草を入れてグルグルと煮込む殿下と近侍の姿が目に浮かぶ。ポーションが自作できる程度の能力があれば、戦場で死ぬ確率もさらに減るだろう。悪い事ではない。





 晩餐を前に、彼女は一つの道具を『護衛侍女』に手渡している。


「ハンドベルですね!!」

「鈴」

「鈴ですね。でも、これを何に使うんですか先生」


 三人が鈴を鳴らしながら、不可思議であるとばかりに彼女に問いただす。


「難しい話ではないの。恐らく、レーヌの貴族の中にも、吸血鬼に取り込まれている者がいると思うの。それを焙り出したいのよ」


 退魔の鐘からヒントを得て作り出したのが、この退魔の『鈴』である。気配を消す高位とは真逆であるものの、目に見えないレイス・ファントムといった不死者、あるいは集団で襲い掛かってくるスケルトンや喰死鬼といった魔物に対して、動きを止めるあるいは浄化する鐘・鈴があれば、大いに効果があると考えたのだ。


 また、吸血鬼やレブナントの恐ろしさは、一見して人間と見分けがつかないことにある。吸血鬼であると証明するにも、今までなら何段階か手順を踏んで証明しなければならなかった。


 鈴に反応し、苦しみ動きが拘束される存在が『吸血鬼』であると周知されることで、密かに夜会などに入り込む存在を排除することができる。今後、晩餐や夜会において、王族らが入場する際にはこの退魔の鈴を鳴らしながら移動してもらおうかと考えているのだ。


 今さら王都に吸血鬼が紛れ込んでいるとは思えないが、レーヌやレンヌ、サボア、王弟殿下の宮廷には潜んでいる可能性は少なくないだろう。


「少々面倒なのよ」

「なんでですか」

「魔力を込めるのが私の役割なの」

「「「ああ……」」」


 聖性を帯びている魔力持ちが鈴に備え付けられた魔水晶に魔力を付与しておかねばならない。つまり、そういう作業が今後増えることになるという副作用がある。また仕事が増えたと肩を落とす彼女である。


「今日は大捕り物必至」

「晩餐会が大騒ぎになりそうで、楽しみです!!」

「いやいや、楽しんじゃダメでしょ?」


 そう言いながら三人はシャンシャン鈴を鳴らして試している間に……魔力切れとなる。少々三人娘反省中となる。


「魔力切れのタイミングが分かって良かった」

「あたし以上に前向きな意見初めて聞いた!!」

「先生、申し訳ありません」


 彼女は大した手間でもないので、さっさと魔力を込め直したのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 摂政・公女・公太子には事前に「吸血鬼焙り出し作戦」について内諾を得た。流石に、王国の保護領とはいえ他国であり、君主の面前であるから、当然と言えば当然。ジジマッチョや姉なら独断で行うかもしれないが。


「本当にいるのでしょうか」

「いなくても宜しい、いえ、いない方が良いのです」


 公女の疑問に母である摂政が答える。だが、自身はそれを信じてはいないようだ。


「ネデルの宮廷サロンにも疑わしき人物はおりました。ですが、暫くすると姿をくらますのです」


 王女総督のお眼鏡にかなった才人だけが集う場所であり、言い換えれば総督のお墨付きの人物だけが集まっているのだから、何か言えるような環境ではなかったという。


 ネデルの総督府あるいは皇帝家の周辺は吸血鬼との共存を謀っているのだろうか。聖征の途中で志半ばで戦死したあるいは戦傷により戦う力を失った聖騎士が、その戦いを継続する為に吸血鬼となる道を選んだとするのであれば、同じことをサラセンとの戦いを続ける東方大公家・皇帝家は選択してもおかしくはない。


 少なくとも、大塔や王都地下墳墓で遭遇した吸血鬼やレイスといった死霊の類は、修道騎士団の幹部のものであった。また、ノルド公に与した吸血鬼の傭兵団も、元は修道騎士団からは転職した駐屯騎士団の末裔。聖騎士としての役割・目的と手段を置き換えてしまった結果だろうか。


 帝国が吸血鬼を戦力として内包しているのだとすれば、戦争をしたがる理由は明白。ここのところ、王国が国境を固め守りに徹した結果、ネデルでの異端審問、帝国内では今のところ表立っていないが、宗派対立を表向きの理由とする帝国諸侯と皇帝・教皇庁の綱引きが続いている。


 サラセンのソロモン端麗帝の死で、東方からの圧力が無くなった結果、帝国内は原神子派を異端とする弾圧、その反動としての農民反乱、騎士の反乱が発生している。騎士の反乱はこの地域も影響を受けており、メスの隣の大司教領である『トリエル』も反乱騎士軍に攻囲された。


 レーヌ公国は直接攻撃されなかったが、反乱軍にいくばくかの資金を提供し攻撃の難を逃れたのではなかったか。


 その騎士軍の指導者の中に、吸血鬼もしくはそれに使嗾された者がいたという話を、以前彼女はオリヴィから聞いた記憶がある。


「レーヌの地に平和をもたらす為にも、王国との紐帯、そして帝国の干渉を避けねばなりません。それに」

「……吸血鬼とその影響を受けているものの排除ですね。心得ていますよ」


 皆迄言う必要はないと、摂政殿下は彼女に伝える。元々不信感を持っていたことが、彼女との会話で確信に変わったといったところだろう。皇帝・駐屯騎士団とその後援者であった商人同盟ギルドは吸血鬼との強い繋がりがあると疑って掛かるべきだろう。





「レーヌ公国摂政殿下、公太子殿下、公女にして王国王太子妃であらせられるルネ殿下、並びに王国副元帥リリアル副伯閣下、ご入来!!」


RIINNN……RIINNN……RIINNN……RIINNN……


 四人に続く護衛侍女三人が、清廉な音を奏でるハンドベルに魔力を通しながら音を発する。それは、まるで礼拝堂で賛美歌を歌う神父、聖歌隊のように感じられる。聖なる響き。


 その玲瓏たる鈴の音に人々が深い歎息を感じる中、一人の参列者が胸を抑え苦しそうにし始める。隣の席の列席者が背中を抱え、介抱するように話しかけているのが見て取れる。


「あれは」

「……レーヌの騎士カリエ卿です。代々我が家に仕える騎士の家系であり、爵位こそ持ちませんが、武の面でレーヌ公国に長年貢献してきた者です。今でこそ一線を退いていますが、未だに騎士達を始め領軍に強い影響力を持つ者です」


 騎士として近隣でも有名な男であるという。帝国皇帝軍に攻囲された際も、騎士団長として『ナンス』の街を良く守り抜いたという。その戦い方は、少数の騎士での敵陣への斬り込みであったとか。その目的も何となく察せられる。


『夜陰に乗じて目を付けた魔力持ちの騎士でも狩っていたんだろうぜ』


 趣味と実益ならぬ、騎士団としての防衛戦と吸血鬼としての魔力持ち狩りを並行して行ったという事だろう。聞くところによると、年齢的には先王である巨人王と同世代。年齢は八十に届くだろうが、見た目は壮年の男性。恐らくは……その年齢で吸血鬼になったのだと推測される。


「離れます」

「存分にお願いしますリリアル卿」

「き、気をつけるのだぞ!!」


 摂政・公太子からの声を背に、彼女と三人の護衛侍女は鈴を鳴らしたままカリエ卿の元へと向かう。


「いかがされましたカリエ卿は」

「そ、それが急に苦しまれ始めて……」


 隣席の中年の男が彼女の問いに答えた。話し声を聞いたカリエ卿は、苦し気なまま彼女の方を見て、更に隣席の介抱している男と目を合わせた。


『おい!』


『魔剣』に注意されるまでもない。目を合わされた中年男は、突然狂乱状態となり、彼女に向かって襲い掛かった。


「先生!! おりゃあぁぁ!!」


 彼女の前に出た赤毛娘が男を背負うと、床へと叩きつけ、鈴の音を耳元で聞かせる。狂乱状態は解除され、やがて男は意識を失った。


「おそらく、『魅了』の効果です。カリエ卿は吸血鬼と化しているのでしょう」

「「「「「!!!!」」」」」


 列席者から声にならない悲鳴が漏れ聞こえる。レーヌとナシスを守った英雄騎士団長が吸血鬼であったとは。そう思わせられる空気が会場に漂う。


「腕を斬り落としなさい」

「任せて」


 彼女の命を受けた赤目銀髪が、懐から持ち出した魔銀のスティレットに魔力を纏わせると、二の腕からカリエ卿の右の前腕を斬り落としたのである。




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― 新着の感想 ―
[一言] 昔は魔除けとして犬の遠吠えが用いられてたようだし魔力込めて遠吠えすれば一網打尽では? 犬耳とか着ける?
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