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第785話 彼女はレーヌに旅立つ

第785話 彼女はレーヌに旅立つ


 レーヌ同行組を中心に、魔装ウィンブルについて講評が行われている。一先ず、装備しても良いのではという事になりそうである。


「この頭巾は魔装のものですよね」

「そう、ウインプルね。昔は貴族の女性は皆使っていたけれど、いまじゃ修道女くらいしか着用していないのよ」


 修道女が着用している白や黒の頭巾。髪を全て隠す衣装。この他に、ツバがあるついているタイプをコルネット(Cornette)という。


 魔装の頭巾は以前から存在していたが、頭を覆い顔の側面迄覆うフードタイプの『コイフ』を開発した。


 これは、ウィンブルよりも軽く薄く髪飾り的に見えるが、その分、魔装の防御力は低下する。斬撃はともかく、刺突や弾丸のように点での攻撃には弱いと思われる。


「魔装銃も多少熱が出るのだし、右耳にも悪い影響がでてしまうのよね」


 火と水の魔石の熱反応、発射音を顔の右側で受ける魔装銃手の多くは魔力量の少ない女子組である。なので、このコイフ型の頭巾で特に顔の右側を守る事にしたのだ。


「首元まで覆うので、兜も鎧も最低限ですむでしょう」

「むしろいらないのではありませんか」


 顔の前面以外の首から頭部を全て覆うのであれば、偽装以外の目的は不用である。コルネットを合わせる事で帽子的に活用できる。


「魔力の消費量を考えると、常時ではなく危険を感じた時だけでも魔力を通すタイミングは良いと思います」


 そう考えると、危険度の高い討伐任務などにおいて、冒険者組も装備することを考えても良いだろう。


「帽子型の魔銀鍍金製金属枠付きのものも開発中」


 これは、連合王国などで使用されつつある「アイロン・ハット」と呼ばれる簡易兜を基にしたものである。帽子のつばに金属の「テリ・バー」と呼ばれる金属棒を指し、鼻を守る工夫をしている。


「鼻は大事ね」

『もげると危険だな』


 鼻以外でも、もげるのは危険だと思うのだが。


 とはいえ、今回のレーヌ行きの際、侍女服では『コイフ』タイプの頭巾を被ることに確定した。『ウィンブル』で顔だけ出すスタイルは完全に修道女になってしまうのでどうかという意見が多数派であり、『聖女』などと言われたくない彼女もその意見に同意したからである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 レーヌに向かう当日、彼女は王太子宮に赤毛娘、赤目銀髪、赤目蒼髪とともに参上した。


 向かう魔装馬車は一台。馭者台に赤目青髪、後ろの助手台に赤目銀髪、車内には彼女と赤毛娘の他、公女殿下とお付きの侍女二名が同乗。


 その周囲を近衛騎士六人が護衛するという少人数での移動となる。とはいえ、馬車の移動日程は既に各地の騎士団に通達されており、馬車の移動する前の時間帯、各地の騎士団が経路上を事前に確認し、襲撃などのない

ように警邏を強化している。


 また、近衛連隊もシャンパーから聖都方面で行軍演習を行っており、一般の通行を規制している。具体的に言えば、ルネ殿下の馬車とすれ違うことはないということである。


 少数の襲撃ならば魔装馬車で振り切ることも可能であるし、そもそも、彼女たちが同乗している馬車ならば、魔力切れもあり得ないので、悠々と逃げ切れる。近衛の騎馬が並走するので速度を押さえているが、実際は倍ほどの速度も出せるのである。


「さあ、参りましょうか。アリー、今日はとても楽しみにしていました」

「私もです殿下」

「……」

「ルネ様」

「ふふ、思い出してくださいましたね」


 里帰りが楽しみなのか終始朝からいつも以上の笑顔である。


「あら、随分と小さな侍女さんね」


 赤毛娘に気が付き、ルネは十二歳の少女に話しかける。


「初めまして公女殿下。リリアルの騎士で『アンナ』と申します!!」

「リリアルの……騎士?」


 彼女は、今回の侍女が全員、王太子殿下が討伐した竜「タラスクス」の攻囲に参加し、騎士の叙任を受けた者たちであることを伝える。


「そ、そうなのね」

「はい。六本足の鰐は結構すごかったです!!」

「……六本足の鰐……」


 『鰐』というだけで怖ろしい動物であるのに加え、『六本足』というパワーワードにさらに驚くルネ。


「背板が固くって、バリスタの矢も弾いちゃうし。毒を付けた剣や槍で痛めつけても弱らないし、大変でした!!」


 そう。リリアル創成期の大討伐。主役は王太子とその配下の騎士団とはいえかなり力不足。リリアル生が体を張って行動を阻止し、魔熊の『セブロ』も一役買ってくれた。


「毒の息も吐くし」

「「「毒……」」」


 最終的に、リリアルが当時出せる辛子球、油球や『聖歌』を駆使し、最後は生き残ったリリアル勢と魔熊がタラスクスを無理やり抑え込んで、王太子が彼女のバルディッシュを用いて頭を叩き割ったという討伐になる。


「最後は、殿下が討伐されたのですね」

「そうそう。いえ、さようでございます」

「ふふ、今まで通りの話し方で構わないわ。その方が、その場にいるような気持ちになれるから。構わないわ」


 王太子殿下の活躍するお話。竜討伐の件は様々に聞いているのだろうが、あくまでも伝聞。リリアル生のように、王太子と共に討伐したわけではない。王太子自身も聞けば「そんなこともあった」という程度であり、自ら過去の功績を公女に語るような事もないのだろう。


 語っていたらかなり恥ずかしい。


 その後の祝勝会、そして、王都への凱旋。王国内において、王太子殿下の名声は一気に高まり、次期国王の座を不動のものとしたのは言うまでもない。


「王太子殿下とは他にもご一緒したことがあります」

「……それは……どのような場所で?」


 王太子と戦場を共にした二回目は、『ミアン防衛戦』。リリアルはミアンに籠城し、王太子は近衛連隊他を率いてミアン解放の先陣を務めた。中からはリリアル、外からは王太子率いる近衛連隊が攻撃し、ミアンを包囲した万を超えると思われる不死者の軍団は見事排除され、ミアンは無傷で解放されたのである。


「王太子殿下は、私が思っている以上に果断な方なのですね」

「そうだと思います」

「王太子殿下は、王家が国を守る力を十分有しているということを自ら内外に知らしめておられるのだと存じます」


 腹黒王太子であるから、危険と成果を天秤にかけて成果がより大きいと判断すれば果敢に行動するのだろう。タラスクスを放置すれば、南都は破壊され、王太子領の再建どころの話ではなくなる。


 また、ミアンが不死者により蹂躙されるのであれば、周辺の王国北東部・ランドルの都市は、神国や連合王国の元に走る可能性もあった。それを後日奪還するより、手持ちの全力でミアン解放を試みる方が良いと判断した。幸い、リリアルが先に入場していたことも、判断の助けとなっただろう。


「殿下のこと、もっと聞きたいわ。ねえ」

「「はい、公女様」」


 ルネ付きの侍女はレーヌから連れてきた腹心たちであり、王太子の人となりを公女以上に知りたいと考えているだろう。恐らく、レーヌ公家の重臣の娘であり、情報収集を依頼されている。


 とはいえ、彼女も王太子殿下が南都でどのようなことをしたのかを姉から聞いた範囲でしか知りえていない。旧態依然の在地領主たちとのしがらみを断ち切り、王都と並立できるほどの南都を中心とした経済圏の確立を志しているのだとは思う。

 

 特に、王家に直接忠節を誓う、下級官吏を在地領主の下の層から抜擢し、王都に送り込み管理教育をしたのち、王太子領での統治に活用するということを目指していると思われる。


 その為に、直接人品を確認し、優秀な人間をリストアップし王都に連れて来ているのだと彼女は考えている。今、代官として派遣されている王都出身者はしがらみなく問題を強硬に潰す役割であり、その者たちが膿を出し切った後、王太子領出身の若手官吏が教育を終えて各地に帰任し領地を立て直していくといった形になるのだろう。


 勿論、膿を出す過程で情報は王都に集めた王太子領出身者から得ているので、何が問題で、なにを排除するのか、その後の対応まである程度王太子-前任者と情報は共有されている。言わば、出来レースなのだが。


 推測を交えつつ、彼女は当たり障りの……ない程度で王太子領の改革について話をする。


「王国南部は、百年戦争の前まではまるで別の国のような場所であったと聞いております」


 王国各地に侵入したアルマン人の部族も、北部と南部ではかなり異なる。聖征の時代頃までは、それぞれが独立した存在であり、王国と言えども、王家の支配する範囲は王都周辺程度であり、各地に公伯領が独立王国のように存在していたのだから、当然であろうか。


 聖征の時代の後、王国出身の教皇が立てられ、王国主導で王国南部の異端『タカリ派』に対する聖征が行われた。強い勢力を持っていた南部の諸侯は領地を荒され、異端として攻撃され、多くの領民を失い、力を失い王国の一部として従う事を約束させられた。


 百年戦争でも、黒王子の「騎行」により多くの街や村が荒らされ、民の多くも殺された。王国は王都を失い滅亡の危機もあり、王太子領となった南部に積極的に関わる機会が先延ばしになっていたのは仕方がない事なのかもしれないが、王太子殿下が親政を行うまでは、半ば放置であったのである。


 なので、地元の小領主・小貴族が好き勝手に自己の利益を追求し、当然、王国の利益に反することも容認していた。神国やヌーベに利することも行っていたのだと思われる。


「殿下はまた王太子領に向かわれるのでしょうか」

「定期的に足を運ばれると思いますが、今は移動手段がこの馬車のように早くなっておりますので、年にニ三度一月も滞在されれば、ある程度政務は問題なく対応できるのではないかと思われます」

「私も南都に向かう必要があるのでしょうか」

「それは王太子殿下の思し召ししだいでしょうか。これは私見ですが、成婚後は今回のように、各地を回り有力者と顔合わせする必要はあるかと思います。各地の有力者が必ずしも王都に足を運ぶという事はありませんでしょうし、わざわざルネ様が自分たちの街に足を運んでくれたという事は、各地において大いに感嘆されることでしょう」


 その昔、国王の宮廷は各地の王領を巡り、税を徴収し、各地の宮城に宮廷を開いた。王都に徴税したものを運ぶ移動手段が不足していたという面と、裁判や議会などを開くのに、その土地土地で王が巡回する方が効率が良いという面もあったのだろう。加えて、同じ場所に大勢が滞在し続けることで食料やその他様々な問題が発生するので、長期滞在は避けたいという理由があったともいう。


「行ってみたいわね。王太子領」

「是非、王太子殿下と共に行幸ください」

「その時は、あなた方も同行してくれるのよね?」


 ルネ、リリアルに無茶振り。そもそも、リリアル副伯であって、王太子の侍従でも侍女でもない。


「王太子殿下からのご依頼があれば、謹んでお受けいたします」

「そう。約束よ!!」

「……畏まりました」


 公女ルネ、予想以上に押しが強い淑女であった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 午後、まだ日の高い時間に『テルリ城』に到着。シャンパー伯らの出迎えを受け、ルネ殿下は一先ず、着替えのために誂えられた客室へと向かう。彼女もエスコートの為に侍女服から礼装に着替える為、用意された客間へと移動する。


「この城、凄い場所にある」


 八百年ほど前に建設されたこの古い城塞は、丘の頂上に建つ石積みの城塞であり、旧王国時代は王宮が置かれていたこともあるという。円塔を二つ繋いだ城門楼は当時としては堅牢なものであったろうが、狭間も少なく防御施設としては能力不足であると言える。


 今は城壁の中に幾つかの城館が立てられ、古い時代を感じさせられるものは、この城壁と、それにより繋げられる円塔くらいのものだろうか。


「リリアルの領都もこんな感じになるんでしょうか?」

「似ているでしょうけれど、ここまで豪華な城館を建て増ししたりする予定はないわね」

「確かに。リリアルの本館よりも豪華ですけど、ここって」

「いつもは管理人だけでしょうね。シャンパー伯の領都はトロワですもの。領地の端にある不便な丘の上の城館なんて使い道があまりないのでしょう」


 なので、病院として一部利用させているのである。


「王都に聖都方面から進軍するなら、ここは要衝になる」


 赤目銀髪がそう指摘する。カ・レ方面に北上することも、南都方面に南下することもできる場所に位置している。城塞はいまだ使用できるよう王家からも資金を出して護持しているのだろうか。


「この場所が戦場になるということは、神国也帝国からかなり攻め込まれているということになるわね」


 聖都もミアンも陥落している状態になるだろう。ネデル駐留の軍の半分でも侵攻作戦に転用されると、その程度の被害は発生するかもしれない。


 問題は、ネデルから戦力を半分も抽出して、その結果、叛乱が各地で発生した場合、対応できるのかという問題がある。


 占領により発生するコスト増加を、占領地からの徴税で賄うのであれば、確実に占領下の都市は神国の統治から抜け出そうとするだろう。既にネデルはそれが不満で内乱が発生しているのだから、同じ事が起こること

になる。


「問題は、神国に与するこの地域の大貴族がいるかどうかという事ね」

「いるんですか?」


 彼女自身は直接知っているわけではないが、先日の王太子との話で出てきたギュイス家は親神国・教皇庁の貴族であり、北王国女王の母親の実家に当たる。北王国の女王は現在、連合王国に亡命しているはずなので若干、関係性は薄まるだろうが、その息子である王子はやはりギュイス家の血を引いており、当主とは大叔父と従姉孫という関係になるだろうか。


 王族が血縁者にいるということで、伯爵から公爵に陞爵した家系であり、本拠地は聖都とナンスの中間に位置する『バルデ』にある。


 神国に与し、第二のブルグント大公になろうとするには十分な動機付けになるのかもしれない。



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