第784話 彼女は領都の縄張りに参加する
第784話 彼女は領都の縄張りに参加する
街割りの測量。これは、いわゆる『縄張り』をするということになる。古の帝国の時代から、軍の駐屯基地を作る際に用いられた技術。何のことはない、定められた長さの縄を一定間隔ごとに張り巡らせ、杭などを打って位置極めをしていく作業である。
「めんどくせぇ」
「何言ってんの!! あの図面通りの街割り、この作業抜きでどうやって作るのよ。田舎の集落みたいに、適当に家建てて終わりってわけにはいかないに決まってるでしょ!!」
「馬鹿なんですかセバスさん」
「馬鹿セバス」
「セバスとかいて馬鹿と読むとか言われるぞお前」
なにやらセバスオジサンは、伯姪、赤毛娘、赤目銀髪、狼人から集中砲火を浴びている。杭を打ち縄を張り、街となる予定地に網の目状の杭を打っていく。街路と水路は確実に必要なので、そこを確実にすることが優先となる。
兎馬車にのり縄を杭に括りつけ、10m毎に印をつけた100mの縄を張っていく。途中途中で10m毎に杭を打ち、位置を確定していく。
「これ、街路も水路も広いですね」
赤毛娘が指摘するように、水路も街路も共に10mは確保している。王都やそれ以外の街でも、古くから街壁を持っている都市は、馬車が一台入れるかどうか程度の細い路地が無数に広がっている場所も少なくない。あるいは、人ひとりがやっと通れる路地もある。
そういった場所は、一旦火事になると街が全て焼け落ちるまで燃え広がり燃え続けることになる。王都の再開発でも、外壁を木の板のような燃える素材で作ることは禁止され、煉瓦や漆喰のような燃えない素材で建物を覆う事が義務付けられている。
とはいえ、古い建物が多い地区は『既得権』ということで、強制はされない。古い街は狭く老朽化した危険な建物が多くなり、経済的に豊かな人たちが新しい街区に転居してやがてスラムのようになり、再開発されることになる。時間はかかるが、歴史のある街ゆえに仕方がない。
一部の貴族や富裕な人間は、新しくブレリアのような街を作り、貴族街富裕街として開発してはどうかと考えているようだが、誰がその土地を提供するかということになると話が止まってしまう。王都周辺の土地は大概王領であり、そんなことはするつもりはない。
ブレリアはその例外となる唯一の街となるだろうが、貴族街や富裕層街を設けるつもりはない。あくまでも、領都としての機能整備が優先であり、その土地の持ち主は副伯家であるという点は譲るつもりはない。
「ふえぇ。ここに住んで、毎日これかよぉ」
「文句言うな。お前の名前の付いた門を作ってもらえるんだろ」
「いやいや、作るの俺自身だし。自作自演的な?」
「いいから、やれ。黙って、やれ」
狼人に窘められつつ、杭を打ち縄を張ることを繰り返す歩人なのである。勿論、中間の10m毎の杭は、応援組の一期生が監視を含めて行っている。先ほどから、調子よく杭を叩き続ける赤毛娘。打撃武器なので、とても楽しそうである。メイスだけでなく、斧の薪割り、木槌の杭打ち、楽しくて仕方がない。
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「セバス、こんな感じで、これからしばらく領城でテント生活をして頑張りなさい」
「……」
一日様子を見た後、領城内の外郭に立てる『ギルド出張所』『冒険者宿』『鍛冶工房』の予定地の測量と簡単な仕様図を作成。外郭だけは彼女自身が「おりゃ」とばかりに『土』魔術で成形した。
「こんな感じで、自分でやりゃいいのによ……でございますお嬢様」
「なら、あなたが、レーヌへ王太子妃様をお連れして、その間間にある有力者との会食もエスコートして、レーヌ周辺の防衛体制の視察も行ってくれるのかしら」
「……申し訳ございません!!」
彼女は大変忙しい。そして、伯姪らリリアルに残るメンバーも、対ヌーベ戦争に向け、拠点整備の下準備も必要なのだ。最終的には王都の騎士団が駐屯するとはいえ、整備はリリアル副伯領内の駐屯地となる為、彼女らが行う必要がある。最終的にはヌーベ領が制圧された後、段階的に騎士団が撤退し、リリアル副伯家で管理する施設になるだろう。
「黙ってやれ」
「良いから仕事しろ」
「みんな手一杯なのよ。解らせられないと、理解できないの?」
「忙しい事は良い事だろ? この領城だってなかなかものんだぞ。もっとこの場所での生活を愉しめよセバス!!」
長く流浪生活を過ごしていた『狼人』からすれば、雨風凌げ、尚且つ、食事の心配のない生活であれば、十分満足できるのである。歩人の里で乳母日傘で育った男とは厳しさの尺度が異なる。
「ま、騎士になるってのはそのくらい大変だっつーことだな」
元戦士長の言は相応の重みがある。
領城の外郭西側の領主館下に冒険者ギルドのブレリア出張所と冒険者宿舎を設置。行く行くは、ブレリア商会の店舗も設置したいと考えている。また、内郭入口のスロープには『鍛冶工房』を設置。シャリブルに頼み、この場所で冒険者の装備の補修程度ができるようにしてもらう。商会設置前は、剣やその他の装備の一部も扱わせる。本来が冒険者ギルド支部にその役割を与えるのだが、小さな出張所では難しい。日常遣いの消耗品と傷薬・ポーション程度を扱わせる程度になるだろう。
リリアルの修練場滞在組は、内郭の『居館』に宿舎を割り当てることになる。『領主館』は領主とその代理人の居住及び執務の場所であり、最上階は居室、下階は執務及び官吏の業務スペースとなる。
中庭には薬草園を作り、修練場の機能は内郭に移設することになるだろうか。
「今回はこのくらいかしらね」
「あとは、コツコツやっていく感じね。セバスが」
「そうね」
このくらいできて当然よねとばかりに彼女と伯姪が領城の整備について確認をする。
「……やります……やらせていただきますお嬢様」
歩人の眼に涙。これは悔し涙なのか悲しくて泣いているのかわからないのだが、おじさんの涙に需要はない。悲しいくらいにない。
歩人と狼人を置いて、彼女達はリリアルへと帰還する。これからしばらく、二人での生活が続くのだ。果たして、狼人に耐えられるのだろうか。小鬼や犬鬼を束ね廃修道院を根城に活動していた時期もあるのだから、歩人一匹くらいなんということはないだろう。たぶん。
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リリアルに戻り、廃城塞を領城に回復させるための様々な建具・家具について、老土夫経由で王都の工房に発注を出す。
「紋章などはどうする。伯爵の領城となるのだから、それなりの格式のものを用意するべきなのだろう?」
「いえ。今回は使えるようにすることが優先なので、その辺りは、領都が整備されてきた段階で、必要な個所から変えていこうかと思います」
「それが良いかもしれんな。貴族というのは外観で足元を見られぬようにする必要があるだろうが……」
リリアルの足元を見て舐めるような貴族は、王国にはいない。そもそも、訪ねて来る貴族はいないだろうし、商人や都市の住民なら無駄な経費を使わないところを美点と見る可能性もある。
今の段階で、華美な装飾は必要ないのである。
「窓枠から発注か。古い建物は鎧戸だったからな」
ガラスが普及し始めたのは百年戦争の後であり、最初は大聖堂のような光を取り込むことに意味のある建築物がほとんどであった。今よりもずっと分厚いガラスをはめ込むので、明るさは今一つだがそれも演出のように思える光の入り方であったりする。
以前は海都国がガラスの製造方法を秘匿し、職人を孤島に隔離してまで技術流出を防ごうとしていたが、ここ百年ばかりの間に、随分と各地で作られるようになってきている。ワインの容器然り、窓ガラス然りである。
「ガラス窓は後回しでも構いません」
「そうもいかんだろう」
「いえ、私はしばらく住みませんので」
「……なら、後回しでも良いか。その代わり、良い窓枠と窓ガラスを用意させることとしよう」
「お願いします」
今ではすっかりなくなっている門扉や各建物の扉、鎧戸は優先で用意してもらい、ガラス窓はおいおいということになる。
家具・寝具も注文し、ギルドの受付や書棚、商品棚なども準備することになる。食器や調理器具も宿屋用、リリアル居館用にそれぞれ購入しなければならない。
「手配も大変ね」
「新生活なのだから、しょうがないわね。ワスティンの修練場から持って行けるものがあまりないのだから、仕方ないわね」
修練場自体、あまりリリアル生が居住できるようになっておらず、転用するほど機材が整う前であることもある。食器くらいだろうか。
「ねえ、中庭で鶏を飼うのはどうかしら」
「馬房があるのだけれど、馬はさほど必要ないのだから、鶏小屋にするのも悪くないわね」
内郭の馬房、そのまま鶏小屋になりそうである。餌は、薬草畑から抜いた雑草などが使われそうである。あとは、果樹園の鳥が啄んだ果実などだろうか。贅沢極まりない。
「水路で魚を養殖するのも悪くないわね」
「網を張って、という感じかしらね。そのうち川の流れから入ってくるのではないかしら」
リリアル学院で行っていることをそのまま移植するのは当然だろう。果樹園には一先ず『林檎エント』も移動することになるかも知れない。領都内の警備の一端を担わせるのである。林檎畑もまずは領城内で行うのが良いかもしれない。非常食兼領都の名物にするのである。
「夢が広がるわね」
「アップルパイ作りとかでしょ? 養蜂家も招いた方が良いんじゃない? 受粉しないといけないでしょう」
「……そうなのかしら。調べておくわ」
その辺り、魔熊使いのメリッサが詳しいかもしれない。山野を巡る仕事であるから、どこかで接点があってもおかしくはないだろう。
養蜂は中々に難しい。人工の巣を作り、蜜蜂に蜜を集めさせたとしても、都度幾ばくか、半分也三分の二の巣を破壊し蜜を採取するからだ。蜜だけを取り出す方法は未だ研究中だというが、決定的な方法は見つけられていない。
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レーヌに向かうのであればと、老土夫に以前話を聞いていた魔法袋の製作者に挨拶に向かう事が出来るのではと彼女は考える。その旨、老土夫に伝えると「手紙を出すが、会ってくれるかどうかはわからない」と返される。
「気難しい方なのでしょうか」
「そうだな。貴得夫と呼ばれる存在だ。恐らく、千年以上生きているらしい」
「……千年……」
老土夫よりも年上であろうとは思っていたが、想像の倍以上の年齢であった。聖征の時代などついこの間、といった年齢だろうか。おそらく、古帝国がまだ形を残していた時代を知る存在だろう。
「とても尊い方なのですね」
「まあ、ものすごく長生きしている年寄りというだけのことだ。魔術や錬金術に関しては、儂の知る限り最高の術を心得ている。とはいえ、お前さんたちの扱うそれとは時代の違いを儂は感じるがな」
魔装扇や魔装銃のような魔導具は、今の時代の影響を強く受けている。元々、魔導具でないオリジナルのものが存在し、それを魔導具化しているのであるから当然だろう。
「あの方は長生きしているから、弟子が何人もいるが、それでも普通は一生で片手で数える程度が普通だ。この学院のように、才としてはわずかな能力しか持たないものを『弟子』として集め育てるという方法は、今までにない考え方だろう。その辺り、話しを聞きたがるかもしれぬ」
リリアルはある意味、才能の端材を集めて集団として育てているようなもの。本来なら、魔術師・騎士として役に立つほどの才覚はない孤児を集めて何とか形にしようと工夫している集団に過ぎない。
形の揃わない、歪な才でも扱い方を工夫すれば十分に力を発揮できる。そう考え、信じて育ててきたという自負が彼女にはある。
「その辺り、興味を持っていただけるなら、お会いできるかもしれませんね」
「ああ、あって魔法袋の十や二十、貰ってこい」
「畏まりました。こちらも、欲しているものですから、是非に」
老土夫は、その辺り手紙に書いておくので、話し相手になってくれるなら喜ぶだろう彼女に伝える。
得夫の錬金術師が住む村は、ヴェルロとナンスの中間にある山間の村であり、百年戦争の頃、周辺のブルグント公領と対立し王国に忠節を全うした為略奪にあった歴史がある。
その「牛泥棒」の被害の結果、その村から『救国の聖女』が旅だっと言われる。村が略奪にあったので、頭にきて王様に文句を言いに行った。あるいは、王様のケツを蹴っ飛ばして、牛泥棒どもを討伐させようと思った。牛泥棒のケツ持ちは連合王国。故に、神様は連合王国をぶっ潰せとお告げを下された。そんなところだろうが、そこに『神』と選ばれた王国の神話を絡めれば、素晴らしい物語になる。最後は悲劇であるのが定石。
どうやら、村に墓石はあるが空の棺が納められたという。何故なら、ルーンで火刑に処された後、遺骨が聖遺物として王国に扱われることを恐れた連合王国軍が自国に持ち去ったと伝わっているからだ。
「護国の聖女が救国の聖女の墓参りか」
「せっかくですので、参拝してまいります」
今はレーヌ公国の一領地に編入されたのだという。王国の飛び地扱いであったので、本来あるべき領主になったということだろう。
一週間ほどたった後、王太子宮から「レーヌへ向かう日程が確定した」
と連絡が入り、それに応じた準備をリリアルも進めていく。とはいえ、侍女の装いを整える程度で、後は特に問題ないと思われる。
「そう言えば、新しい被り物があるのよね」
「……被り物……」
彼女と伯姪が学院を開けている間、修道女の僧衣の一つにある『ウィンプル』という頭巾を魔装布で作成したのである。四角い布を筒形に丸め、髪にピン止めし頭から首を覆う使い方をする。侍女服に合うかもしれないと彼女は早速試してみるのである。
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