第783話 彼女はレーヌ行きの準備を行う
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第783話 彼女はレーヌ行きの準備を行う
レーヌ行きは魔装馬車を用いるが、体力と魔力の続く限り走る『リリアルスタイル』ではない。
次期王太子妃(当確)として、主な領地の高位貴族・有力者との晩餐は必須である。その昔、王女殿下の護衛として旧都であったような会合が行われることになる。
とはいえ、未だ成婚前でお披露目も済んでいない為、盛大な歓迎ではなく、コネクションづくりの一環としての食事会が主である。彼女も同行する『リリアル副伯』としてご相伴に預かり、同行の護衛侍女三人は、背後で従者として待機することになるだろう。
「予定は出たのかしら」
「一応はね」
とはいえ、普通の馬車移動が一日当たりニ三十キロといったところであるのに対し、魔装馬車ならば百キロを目安に移動できる。リリアルの場合、さらに倍。護衛無し、裸馬の疾走同様になるので、明るい間、それなりの速度で移動し続けるので結果そうなる。一日千里=四百キロは無理だがその半分程度は可能。
水魔馬なら不眠不休で一日二千里は移動できるかもしれない。嫌だが。
初日に、シャンパー領と王都圏の境目にある『テルリ城』まで移動。シャンパーや王都北東部の領主層との会食となる。主催はシャンパー伯。
翌日は聖都へ移動。聖都からミアン近郊の有力者を招いた聖都大司教主催の晩餐となる。これは、貴族ではなく各都市の市長クラスが招かれている。寄進の多い順ではないだろうか。
三日目は新領地の一つ『ヴェダン』に移動。この地は、レーヌ周辺の『タル』『メス』とともに王国領に編入された場所であり、聖都とメスの間にある要衝。現在は既に魔導騎士団中隊の駐屯地として整備され、軍事的拠点として整備されている。
この地で会食するのは、軍・騎士団の幹部たちとなると想定される。
そして、四日目にしてレーヌ公都『ナシス』へと到着する。当日の会食予定はなし。家族での食事となる。たぶん彼女も招かれるだろうが。
「四日、けど、王家とすればかなりの速度ね」
「王弟殿下なら十日は掛けるわね」
「あの方は、あの方なりの社交があるのでそれは仕方ないでしょう」
新領地に向かい後背地の有力者と顔を繋がなければ、背筋に冷たいものを感じることになる。連合王国の影響の強い地域であり、また、ネデルとの関係から神国の紐付きもいないではない。
独立心の高い地域であり、その結果、王国の直接統治ではなく旧ブルグント大公の緩やかな統治を選択した経緯もある。王弟殿下の政治的手腕は正直期待できないが、王太子殿下の鞭と王弟殿下の飴体制がほどよいのではないかと考えられる。
なんとかと鋏は使いようというではないか。
「うわ、小さくなってる!!」
「そりゃそうよ。私なんて、丈は兎も角胸が苦しいもの」
「……ツンツルテンのドレス。かっこ悪い」
彼女は三者三様の言葉に沈黙をもって答えた。侍女頭用の彼女のドレスは全く以って問題ない!!
赤毛娘は背も十センチほど伸びているし、ストンとした体形も丸みをおびて来ているので当然。赤目青髪は十五歳となり、既に大人の女性の体形となりつつある。赤目銀髪はスレンダーながら背が伸び、彼女を越え灰目藍髪に近い身長。当然、膝が出るほどの丈にドレスがなっていた。
ビスチェは着丈はさほど変化はないが、胴回りはどうしても補修が必要となりそうである。今のものをそのまま活用するより、二期生に廻して新規のビスチェを与え直した方が良いかもしれない。
「大急ぎでお願いしないといけないわね」
魔装のビスチェは老土夫経由で依頼済み。とはいえ、魔法袋は移植することになりそうである。
侍女ドレスも彼女の祖母のおすすめ工房に今回も依頼。王国の流行をそれなりに踏まえた侍女らしい装いを丸投げできるからだ。王宮にも衣装を納めている工房なので、その辺りも問題ないだろう。ルネ殿下の趣味と合うかどうかはわからないが、リリアルの護衛侍女なので、寛大な気持ちで接していただきたいものだ。
「問題は」
「晩餐の際の衣装でしょう? 護衛なので、ドレスは遠慮させてもらうつもりよ。流石にレーヌの宮殿では着ないつもりなのだけれど、移動中の晩餐は騎士の礼装にするわ」
「エスコート役を務めるなら、それがいいかもしれないわね」
彼女とルネ公女の身長差はほぼないので、男性騎士と比べ少々見劣りするかもしれないが、限られた人数でやりくりするのでご容赦願いたい。
「これ、近衛とすり合わせするのよね」
「ええ。今回は私の計画が主体で構わないそうなので、この案であとは向こうが検討して修正案を出す形になると思うわ」
魔装馬車を用いての移動は近衛も経験が少ないため、リリアル主体で考えるようにと王太子殿下の指示となっている。王太子も自身で南都と王都を往復しているものの、相応に護衛を減らして迅速な移動を優先しているので余り参考にならないと考えたようだ。近衛は、王太子の移動に関わらないので、相談しようがないのだ。王国騎士団の精鋭が通常は王太子の移動の際の護衛を務めており、王太子宮内だけが近衛の警備範囲となっている。
近衛=王都から一歩も出ません!! が基本なのだ。
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「え、俺がかよ……でございますかお嬢様」
「そう。そろそろあなたも次期里長としての役割が果たせるように、仕事を任される時期だと思うのよ」
彼女は、副伯代理代行として領都ブレリアへの駐在をセバスに打診した。打診というよりも打震なのだが。予定は確定。
「いや、俺なんて一人じゃ……」
「先遣隊の四人のうちの一人になるだけよ」
「……因みに、他の四人は誰なんだ……でございますか?」
相変わらず敬語が使えないおじさんセバスである。彼女は、『狼人』、ノインテータ―二人を予定している事を告げる。
「全員人間じゃねぇのかよ」
「普通の人間だと、大変でしょう。あの場所に長く駐留するのは」
「……いや、俺も正直きついと思うんだが」
「ふふ、面白い冗談言うのね」
「冗談じゃねぇよ!!」
一切聞く耳を持たない彼女である。とはいえ、具体的な指示と作業の流れを決めておかないと何をするかわからないので、具体的な作業計画を作成しておかねばならない。
「この一カ月ほどの間に、領城を改修し、修練場の機能を移転し、あの場所に冒険者ギルドの出張所兼職員宿舎と、冒険者用の宿泊施設を開設する予定なのよ。シャリブルの鍛冶工房もそこに移動。簡単な装備の補修も可能なようにして、ワスティンの修練場での活動をブレリアに移行します」
「お、おう」
「その為に、土魔術で領城の補修と、あなた達の宿泊施設となる場所の整備、それと、ギルド出張所、簡易宿、鍛冶工房の躯体部分を土魔術で作成してもらう事になるわね」
「……うへぇ……」
ひたすら『土』魔術の展開が確定。
「その後、領都内の水路の開削工事に移行してもらうわ。水を引くのは最終段階として、街路と水路の整備を行って、住民の誘致が行えるように進めておこうと思うの」
「げぇ……」
水路・街路が作成されて領都の範囲が決まれば、その周囲を城壁で囲み、さらに堡塁を外部に設置し攻城砲に対応できる城塞に改修することだろう。
「それと、領内の旧修道騎士団支部の改修。それぞれを前進拠点として領の統治に生かす予定なの。一つは確定しているので、その場所にも城壁と堀の開削が必要ね。支部の建築物も経年劣化しているので、内外装の補修は必須」
「うげぇ……」
顔色はどす黒くなり、いまではどどめ色になりつつある。肝臓悪いのか。
「ふふ、先が楽しみでしょう」
「……何が楽しいんだよぉ、オイラを虐めてよぉ」
「何を言っているのかしら。副伯の家令として、この程度当然でしょう」
「……家令……」
「そう。この仕事を見事仕上げることができたのなら、その功績を持って貴方をリリアルの騎士として叙任しましょう」
「騎士……叙任……なんかやる気になってきたぁ!!」
歩人が王国の騎士として任ずるのは前例がないので難しいが、リリアル副伯個人の騎士であれば、問題なく叙任できる。王国では本来子爵家は騎士の叙任が出来ないのだが、将来の伯爵として扱われる副伯は、騎士の叙任が可能なのだ。
「一先ず、従騎士に任じます」
「……はっ、謹んで拝命いたします」
彼女はリリアルの紋章入りの『スティレット』を歩人に渡す。剣で肩ぽんは叙任の時に行うことになる。因みに、剣の腹でポンしないと痛い。
そこに、今一人の男が現れる。
「御呼びだと聞いたが」
「ええ。あなたに新しい役職をお願いすることになったの」
現れたのは長らくリリアル学院守備隊長をお願いしていた『狼人』である。
「あなたを、リリアル副伯代理代行補佐兼領都ブレリア守備隊長に任命します」
「……な、長いな……」
「略称は領都守備隊長ね」
「分かりやすい。で、補佐ってのはなにを補佐すればいい」
「仕事を予定通り進めているかどうかの確認と、代理代行が誠実に職務を勤めているか私に報告してもらう事かしら」
「「おい!!」」
「ええ、信頼しているわ二人とも」
大概副官や副司令官というのは、その上の人間を監視・報告する役目もある。暴走や手抜きを防ぐためには、そうした役務が必要なのだ。セバスおじさんは絶対に必要だろう。
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翌日、彼女は一晩掛けて作った『領都ブレリア:街路概略図』を手にしていた。午前中の間に、伯姪と内容について検討する。
「いいんじゃない。領城を背に、中央に教会と広場、住宅地と商業地区を離して、工房の周囲には防火兼物流用の水路も巡らされている。広さは凡そ500m四方といったところね」
「ええ。領都内に農地と果樹園・演習場も確保して、長期の籠城にも耐えられるようにしたのよ。今時とは思うのだけれど」
「それはいいのよ。公園だと思えば気分転換になるでしょうし、いざという時には拡張できるスペースだと思えばいいのだもの」
周辺からの避難場所としても活用できるだろう。水路を巡らせ水運を活用しやすくしたのは、運河と魔導船の活用を前提としているからでもある。王都ではなく、シャンパー・ブルグント方面への物流拠点となれば、商業的に良い効果もあるだろう。
「この規模の領都を下位の伯爵程度で整えられるのも、貴女の魔力が前提だからよね」
「ふふ、今回はセバスに活躍してもらう事にしたの」
彼女は、セバスを代理代行、その補佐を『狼人』とし、一先ず先遣隊として領城内の整備を優先に現地へ向かわせることにしたと伝える。
「あの二人、最近閑そうだったから丁度いいわね」
「やはりそうなのね」
「そうそう。セバスは一期生が育ってきて今迄みたいに忙しくないから。それはそれで、ちょっと可哀そうではあったのよね」
そう考えると、セバスをリリアルの騎士に叙任する前提で派遣することは十分意味があったかもしれないと彼女は思うのである。
午後、セバスを執務室に呼び、領都ブリリアの街割りについて説明を始めると、セバスは硬直していた。
「これ、マジでやんのかよ……でございましょうかお嬢様」
「ええ。あなたが騎士に相応しいかどうかの試金石には十分な内容でしょう。これだけの仕事を務めたのであれば、誰からも後ろ指刺されることなく、貴方を騎士に叙任できると思うわ」
沈黙するセバス。確かにそうだろうとは思うのである。正直、ワスティンの修練場程度の砦を半日程度で構築するのであれば、周りは納得しないであろうことは理解できる。
彼女自身が、恐らく小一時間でこなす作業であり、騎士に叙するほどの功績とは言えないからだ。
「仮に、この地に領都が建設され、城門楼を設けたとしましょう」
「……」
何を言い始めたんだこいつとばかりに、歩人は訝し気に彼女の顔をじっと見ている。
「一つは、聖ブレリア門。今一つを……」
彼女は一呼吸入れ重々しく述べた。
「『ビト=セバス門と、貴方の名前を残す事にするのはどうかしら」
「おお……マジでございますか……」
「あなたの構築した領都ですもの。その名が残る建物があっても良いと思うわ」
「良い考えじゃない! まあ、ちょっと守りが弱そうだけれど」
「そんなことねぇだろ……でございます」
伯姪に茶々を入れられたものの、歩人は大いに乗り気となったようだ。公的な建物に名が残るというのは、やはり名誉なことである。人の世に歩人の名が残るというのは……彼女に命名された仮の名とはいえ悪い気はしない。むしろ、叙任以上に名誉なことである。
『周囲二キロの領都の外構工事、一人でやるってんだから名誉以上の何かがねぇと心が折れるだろうな』
歩人は目の前の餌に飛びついていしまい、思考の外へと消えているのかもしれないのだが、街の外壁は人造岩石製で作るであろうし、その距離は王都城塞の50倍にもなる。尚且つ、水路を巡らせ、街割り後は、街路を土魔術で整備し、硬化させる必要がある。
なかなか大事業なのだと、まだ気が付いていないのは何も始っていない故に仕方がないのである。
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