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第782話 彼女は王太子の依頼に応じる

第782話 彼女は王太子の依頼に応じる


 冒険者ギルドの出張所に関しては、人の手配ができ次第ということになった。ワスティンの修練場内に宿舎を用意することも考えており、一階が出張所、二階が宿舎という事を考えているのである。住み込みであれば、家賃も不要であるし、小さな子供がいるならば同居も可能なように考えている。


「心当たりはありそうなので、早々に決まるといいわね」

「宿舎はやっぱり、土魔術で作るんですか?」

「ええ。内装は職人に依頼するとしても、躯体は私が作るわ」

「……」


 副伯兼城塞建築家と思われても仕方がない。だって便利なんだもの。


「セバスオジサンにも仕事をさせてくださいね」

「もちろんよ。ブレリアの領城の再開発は領主代理として派遣するつもりなの」

「……代理代行くらいで十分だと思います。あまり良い肩書を与えると……」

「調子に乗りそうね。考慮するわ」


 黒目黒髪の懸念はもっとものこと。勘違いして暴走、リリアル副伯の信用が損なわれるのは容認できない。既に、歩人の里でやらかしていることを踏まえれば、慎重に権限を与える必要があるだろう。


 餌を与えすぎてはいけません。





 再び到着する王太子宮。今日はどうやら王太子妃ルネ様も同席のようである。


「どどど、どうしましょう」

「慣れなさい。あなたも国王陛下から叙任された王国の騎士の一人なのよ。王家の皆様に直接会える身分ではあるのだから」


 黒目黒髪、後方支援役ながら『竜殺しの騎士』の一人である。


 案内されたのはやや奥まった私的空間の談話室・サロンのようだ。公女ルネ様が同席をする事を前提で、仕事用の応接室を避けたのであろうか。





 通された部屋には王太子と公女ルネが予想通りいた。


「やあ、今日はすまないね」

「アリー、また会えてうれしいです」

「王太子殿下、ルネ様、リリアル副伯アリックス参上いたしました」


 と、いつもよりさらに仰々しく挨拶したのはちょっとした嫌味である。忙しいんだよ!! と言いたいところだが、恐らく婚約披露絡みの依頼であろうから、受けざるを得ない。


「ああ。そう言えば、今日の連れはあまり見ない顔だな」

「ふふ、タラスクス討伐に参加したリリアルの一人です」


 彼女は黒目黒髪を王太子夫妻に紹介する。王太子は「ん、そう言えば見た顔だな」などと口に出し、公女ルネは「まあまあ」と大いに驚いた顔となる。


「このように可愛らしい少女が、竜殺しの騎士様なのですね」

「ルネ、アリックス卿も可愛らしいと思うが」

「それはわざわざ言う必要ないでしょう? ああ、ごめんなさいね早速、お願いごとなのだけれど……」


 婚約披露の式典、当然レーヌ公国の摂政である公女ルネの母君と、弟である公太子殿下も出席されることになる。お二人は、レーヌ公国の公都『ナシス』の宮殿で過ごしているという。


「ルネを里帰りさせる際に、護衛として同行してもらいたい。勿論、王太子の近衛を付けるが、別途、侍女とは別に護衛役を頼みたい」


 いわゆる『護衛侍女』である。とはいえ、王国内の移動であり、レーヌも自国の公女殿下の帰国を妨げる勢力がいるとも思えないのだが。


「依頼は護衛の他にもある。一つは、魔導騎士中隊と騎士団駐屯地を建設中の『タル』の状況確認。今一つは、公国の宮廷にいる貴族たちの見定めだ。反王国と露骨に姿勢を見せる者は今のところ見かけられないが、帝国の諸侯・商人と強いつながりを持つ者は、レーヌが王国側に加わる事を良しとしない者もいる」


 長く、帝国で『自由』を謳歌してきた貴族・都市の有力者にとって、王国の勢力下にはいり制限を受ける可能性があることが面白くないと考える者もいる。帝国の諸侯・諸都市は、二つの宗派のどちらかを選択することになっており、共にあることを許容する王国の姿勢を面白くなく思っている者もいるだろう。


「何か探ってもらいたいわけではない。顔見世、王国でも著名なリリアル副伯は王太子妃と懇意であると示してくれればいい。表立って口には出ないが、オラン公が軍を維持したまま帝国からネデルを通過し王国に離脱できたことは、リリアルが関わっている事は広く知られている。逆鱗に触れた場合、何が起こるか、想像させるだけでいい」


 うまく使われるのかと些か嫌な気分になるが、王国の次世代の国王夫妻の御世が安定するのであれば、その程度の手間はどうということでもない。


 彼女は一通り王太子から話を聞くと「承知しました」と言葉を返した。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「ルネ、この先は軍に関わることになる。席を外してもらえるか」

「はい。ではアリー、レーヌへの旅、楽しみにしていますね」


 よくよく弁えている公女殿下である。これがカトリナなら「む、軍議か。詳しく聞こう」等と言い出しかねない。


 飲み物を差し替えさせると、ややリラックスした姿勢に王太子が変わる。


「ふう。すまんな、余計なことを頼んで」

「いえ。東の国境、王弟殿下の領地の後背を守るという目的もあるのでしょう。確認しておきたいお気持ちは理解できます」


 ランドルはネデルと対抗するために安定した領地で会ってもらわねばならない。とはいえ、帝国とはその南に当たるデンヌの森からレーヌ、そしてブルグント公領で接している。メイン川上流からブルグント公国に進軍するより、ランドルとブルグントの結節点であるレーヌを抑える方が行動的に容易であることはおかしなことではない。


 理由としては、『原神子信徒を保護する為』などと嘯き、内部協力者が先導しレーヌを陥落させ摂政殿下と公太子殿下を抑えて帝国に服属させるという絵が想像できる。ランドルは東と南に敵を抱えることになり、王弟殿下では容易に維持できなくなる可能性が高い。


 その為のレーヌ公女との婚姻、レーヌ公国の国防力強化のための隣地『タル』の街の城塞拠点化につながるのだろう。当面はサボアのような同盟国あるいは保護領としておき、世代を重ねる中で王国の一部に吸収する。今回のランドル大公のように、公女ルネの血統から後嗣が出るのなら、王国の王子でも問題なく『レーヌ大公』『レーヌ公爵』となれる。


「それで、王太子成婚の前にはだ。そろそろヌーベを排除したい」

「その為の王太子領の親政でしたのでしょう。王国騎士団を率いて、今度は親征でしょうか」

「今は準備段階だがそのつもりだ。それに関して、リリアルにも協力を願いたい」


 既に根回しは進みつつあり、レーヌの南側を占める王太子領からは、歴史的にヌーベ公と親しい貴族・基礎を騎士団から排除し、また、公職から追放しているのだという。


「完全に情報を封鎖することは難しい。王太子の成婚式に参列させる為王国騎士団が動員される……という態で軍を動員する」


 王太子の腹には、ヌーベ公領の完全制圧を持って国王戴冠の権威付けに利用したいようだ。国王陛下の存命中に王位を譲られる可能性はまだないが、前神国国王のように、病を理由に王位を譲ることもありえないわけではない。


「ワスティンの森とヌーベ領の領境に監視用の拠点を設けるつもりです。放棄された修道騎士団支部の簡易城塞があるようですので。一つは確認しております」

「そうか。廃街道沿いにはそうした施設は残っているか。調べて、何箇所か押さえの為の城塞を整備してもらいたい。費用と人員は王都から派遣させる」

「承知しました」


 加えて、王国内に放置されている修道騎士団の支部で、整備し使えるものは騎士団の分駐所にするのはどうかという提案に、王太子は「検討に値する」と答えた。放棄されている拠点でも、設備や立地によっては有用であり、野盗や反乱を企む者に利用されるよりはよほど良い活用方法である。


 これでリリアルにおいて懸案の人員確保のめどは立ちそうだ。


 王太子の構想では、南から王太子直卒の王国騎士団を主力としてヌーベに侵攻。西のギュイエ公軍はロアレ川西岸を確保し、ヌーベからの逃亡者を捕らえてもらう。東からはブルグント公領軍が街道沿いに進出し、東の領境周辺の街や村を押さえてもらう。


 北はリリアルと王都の騎士団が領境迄進出し、逃げ出すヌーベ公を捕縛する戦力となる。といったところである。


「目安はいつごろでしょうか」

「半年以内だ。早い方が良い」

「承知しました。この後、レーヌ行きの準備と並行し、リリアル領内の整備に入ります」

「頼んだ。予算は潤沢に与えるので、前倒しでどんどん進めてもらいたい」


 東の国境線を固め、国内にある反王家勢力の排除を持って、次期国王としての力量を国内に示し貴族・平民の支持を堅固なものとする。おそらく、ヌーベ・レーヌには神国の支援が存在するだろう。神国は王国最大の仮想敵。


 百年戦争が長引いた理由も、王国内が『賢明王』の死後、教皇庁を国王の上に置き、大貴族によるこれまで通りの分権を維持しようとする『シャンパー派』と、国王を国内の最高権力者として王国を強国として堅固なものにしようとする『ポワトゥ派』に別れて内乱状態となった事が一つの理由である。


 百年戦争は『ポワトゥ派』とそれに擁立された『勝利王』により連合王国軍が駆逐され国王を頂点とする集権的体制が確立され今日に至る。『シャンパー派』は敗れたものの、ランドル・ブルグントの相続権を持つ『ブルグント大公家』として王国から離脱、長らく王国と対立することとなった。


 その後、何代かにわたり、王国と融和・対立を繰り返したものの、最後の大公は王国との戦争で戦死。後嗣が女大公しかおらず、その女性は帝国の皇太子と婚姻し、皇帝領の一部となり、今日ブルグントの東半分とネデルが皇帝家・神国領となっているのである。


 王国は、この旧ブルグント大公領の再度の統合を目指していると言える。レーヌ公国はその楔なのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 リリアルへ戻る馬車。馭者を務める黒目黒髪は、何やら憂鬱そうに溜息をつく。何故かは想像がつく。


「はぁ、戦争ですか、そうですか」

「……大丈夫よ。あなた達が前線で戦う事はまだないわ」

「まだ……ですよね」


 黒目黒髪、戦いが苦手な少女。


 故に、魔力貯蔵庫的な役割か後方で学院の文官的な仕事を担っている。


「考え方が違うのよ」

「どういう意味ですか先生」


 戦争に忌避感を感じるのは彼女も同様だ。


「これまで、王国内で問題を起こす存在と私たちは戦ってきたのだけれど、その背後には近隣の国の支援があるのは解るわよね」


 ルーン周辺やロマンデ、あるいはミアン・聖都周辺の事件。露骨に兵士を派兵していた連合王国のような存在もあれば、非正規に魔物を放ち、あるいは国内を不安定にする山賊などを送りこんできた存在もいるのだ。


「王国のど真ん中に、王国に敵対する勢力があり、その領地を支援する外国の勢力、その領地から支援される王国内の反王家の勢力があるなら、中継地点となっている中心を排除することで、反王家の勢力は一気に支援元との繋がりが途絶える。一度の戦争で、複数の内乱や反乱、反王家活動を抑え込む事ができる」

「元を断つための戦争ということですか」

「そう。レンヌへの王女殿下の降嫁も、ギュイエ公女カトリナ殿下のサボア大公家への輿入れも、王国周辺への工作を阻止するために必要な政略の一つね。王太子殿下の婚姻もその延長線上にあるの。けれど、婚姻だけでは阻止は出来ない」


 恐らく、ヌーベの中心には吸血鬼かそれに与する者が統治に深くかかわっていると考えられる。鎖国同然に周囲から孤立しているにもかかわらず長い間経済的に破綻しないことも、連合王国や神国からの支援以外に強制的な統治が為されている可能性が高いと考えられる。


『魅了』のような手段が統治に効果的に用いられ。尚且つ外部との交流が制限されていれば、自分たちが特殊な環境にいると気が付くことはできない。それが当たり前、疑問にも思わないだろう。


 村に生まれ、村の外のことは知らされず一生を終えるものばかりという世界は、森深い世界に生きていた世代においては、おかしなことではなかった。古の帝国時代において、王国にあった先住民の生活はそのようなものであったという記録もあるのだ。





「レーヌへGo!!」

「……まだ誰が同行するか決めていないのだけれど……」


 赤毛娘、今回も同行させてもらえるという前提で盛上っている模様。


「こ、今回は……」

「少数精鋭でいくわ。護衛侍女役でお願いするので、女性だけで向かいます。期間は恐らく二週間程度でしょうから、お婆様に代理をお願いする必要もないわ」

「今回私はお留守番でいいのかしら」

「ええ。副院長、後はお願いするわ」

「了解よ。帝国遠征の短期版といったところね」


 帝国遠征はニ三ケ月を見ていたが、今回はその程度であろうから問題ないと思われる。


 彼女が選抜したのは、赤毛娘、赤目蒼髪、赤目銀髪の三人。赤目銀髪の『馳鴉隊』の隊長代理は灰目藍髪に依頼する。正規の騎士の教育を受けていることもあり、その辺りの経験を積ませる意図もある。『水瓶隊』の隊長代理は同様に碧目金髪。水瓶隊には薬師組も多く含まれているので、元薬師娘の片割れとしては指揮を執りやすいと判断した。


「隊長代理ですかぁ」

「本来は隊長であってもおかしくないわよね」

「これを機に、隊長交代でもいいですね!!」

「隊長後退」


 赤目銀髪、辛辣!! 確かに、碧目金髪は隊長向きではない。どちらかというと副官向き。調整役であろうか。


「さて、護衛侍女組は、侍女の衣装の手配と、魔装ビスチェの調整もしなければならないわね」


 体が成長期の一期生。以前のものでは少々小さいのである。また、『護衛侍女』仕様の魔法袋付にする先行試作の意図もある。それを使いこなせるドレスも用意しなければならない。


「私は……今ある物で問題ないわね」


 悲しい事に、彼女の成長期はまだまだこれからなのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ま、まだあわてるような時間じゃない……、はず!
[一言] 広く戦力としてのリリアルが公になる前に王国の不穏分子を刈り取るしか
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