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第779話 彼女は駐屯地の遺構を確認する

第779話 彼女は駐屯地の遺構を確認する


 翌日、リリアルに帰る彼女と留学生組なのだが、午前中の鍛錬の時間、ガルムは起きてこなかった。


「不死者は日光が苦手なのでしょうか」

「それ、昨日は朝から起きてたよね」


 ガルムが姿を見せないことに様々な推測をするエマたちだが、真実は一つ。


「魔力切れが回復しなかったのね」

『駄目な不死者だな。まあ、仕方ねぇか』


 ノインテーター自身は自然な魔力回復量はさほど大きくない。吸血鬼は血を吸うことで再生力を維持することができるのだが、不死者に過ぎないノインテータ―は休息による回復専門なのだ。死ににくいが、稼働時間には制限がある。故に、使い捨ての先鋒としてネデルの神国軍で利用されていたのだろう。日光に強いということもある。


「次は学院で鍛錬」

「よろしくお願いします」

「うん。楽しみ」

「「「……」」」


 三つの隊は一週間毎のローテで王都城塞・学院・修練場を回っている。次は学院滞在となる際に、再び留学組に稽古をつけるという赤目銀髪の宣言である。


 仮想暗殺者役は、赤目銀髪か茶目栗毛(本職)が向いている。鍛錬度合が上がってくるならば、実戦訓練も想定して良いだろう。


「院長先生、昨日お話していた得物ってなんですか?」


 兎馬車に同乗するイリスから率直な質問。護衛侍女が屋内で襲われた際、身につけて置ける武器は表立ってない。帯剣することもなく、素手で立ち向かう必要がある。それは表向きの話。


「これが武器、そして、これが防具よ」


 示すのは魔装扇(簡易型)。本格的に装身具として用いることを前提とした扇型とは異なり、所謂『鉄扇』と呼ばれる、開かぬ扇である。これを短いメイスのように用いて戦うのだ。魔銀鍍金ではなく、強度と耐久性に優れ比較的安価な魔鉛合金製。赤みがかった金色で高級感もある。


「これに魔力を纏わせて、相手の剣を持つ指を砕く、あるいは、肘を斬り飛ばすようにして使うといいわね」

「「「……え……」」」

「魔力を纏わせて使えば、短剣のように使えるわ。そうでなければ魔装も魔力纏いも必要ないでしょう?」


 何をわかりきったことをとばかりに彼女は口にするが、リリアルの常識は世間の非常識であることも知って欲しい。扇で肘や指は斬り飛ばせないのだ。


 今一つは、魔装のケープである。首回りを保護し、あるいは、場合によっては腕に巻き『バックラー』のように用いることもできる。あるいは護衛対象を守る為に両手で広げ魔力を纏わせ『大楯』のように用いることも有効だ。なにしろ、細長い布なのだから。


「これは……」

「お高いんでしょう?」

「あなた達と女王陛下の御命には替えられないわ。その程度のものよ。自分たちの分は、自分で糸紡ぎしてもらう事になると思うから、これも魔力を使う鍛錬だとおもって頑張りなさい」

「糸紡ぎ……」

「習いたかった。嬉しい……」


 家庭に入る為には、糸を紡ぎあるいは布を織る・編めなければならない。竈の無いような貧民層ならともかく、家を持つまともな住民なら糸紡ぎができることは主婦として必須の能力だ。しかし、救貧院にはそのような事を学ぶ機会はなかった。あったとしても、院を出る直前に少し習う程度であり、布一枚折れるほどは使わせてもらえないのだ。


 食事でも、着るものでも住むところでもなく、糸をつむげるということだけで、ようやく自分たちは貧民から抜け出せるかもしれないと思えるのである。施しは一時的な物であり、身につけた技術は死ぬまで失われることはない。貧民には馭者や糸紡ぎのような技術を学ぶ機会は与えられないのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 糸紡ぎの件で昼食時は盛り上がり、早速今日から二期生に混ざって留学組も糸紡ぎに参加することになった。三期生はまだ年少者であり、在院期間も長いことから、留学組が優先という事で納得してもらう。


「少し中だるみ気味だったから、良かったわ」

「ええ。学院の中だけではリリアルの活動は解りにくいかもしれないわね」


 留学組のワスティン行は、意識を変えるきっかけとなると同時に、精霊の祝福を得ることができた事も大きな意義があった。少なくとも、水系の魔術を用いる際には、魔力の消費量が十分の一となり、言い換えれば同じ魔力量で十倍の鍛錬ができることになる。


 魔力切れを考えて恐る恐る鍛錬する必要が無くなり、魔力操作の精度も大いに改善されるだろう。魔力水の操作などは、魔力の消費が減衰する項目だからである。




 

 ブレリアと修練場を結ぶ比較的王都に近い場所に関して、特に問題はなかった。また、守護精霊であるブレリアから何かしら危惧すべきことがあるとも伝えられていないこともあり、彼女は一先ず問題はないのだろうと領地に関しては安心する。


 領地経営と開発に関しては、一度祖母に相談をし、人を紹介してもらう必要があるだろう。王家に相談すれば、相応の人材を送ってくれるだろうが、王家推薦の人員を途中で解雇することも憚られる。そういった過度な配慮を必要とする人材を彼女は求めていない。


 リリアル生に対して色眼鏡で見ない人物でなければ、領地の経営に参加してほしいと思えないからである。『王家の方から来ました』という人間に、孤児を対等に扱えと話すのは少々憚られるのだ。


 それならば、市井の人材でそうした面で上手に振舞える優秀な老人の当てもあるだろう。


 何よりも、祖母の世代の優秀な人たちは、既に功成り遂げており余計な功名心を働かせることもなく、尚且つ、後進が育つ頃には天の国へと旅立っていく可能性が高い。その辺りも計算に入るのだ。





『主、ブレリア領境の調査から戻りました。ご報告してもよろしいでしょうか』


『猫』は、広範なワスティンの森とブレリア領、とくにヌーベ領都の領境周辺までの調査を依頼していた。魔物の生息状況や、ヌーベ領境に気になる構築物でもあれば、報告してもらいたかったからである。


「構わないわ。長くなりそうかしら」

『いえ。幾つか気になる点がありましたので、それだけお伝えしたいと思います』


 ワスティンの森の警備に関しては、馴染みの冒険者四人にも依頼しているが、他の依頼を受けている最中に関してはそちらを優先させている。現在、レンヌに赴いているようで、王都を空けている為、今回の調査には参加させられない。


 故に、単独で『猫』が帰国後ワスティンを広範囲に捜索しているのだ。


『一つは、前回の醜鬼の襲撃から退却するルートの再確認です』


 猫曰く、百以上の醜鬼がヌーベ公領へと退却しており、途中で投げ出された装備品なども経路上に複数確認できているという。


『ヌーベの領都からではないのよね』

『はい。聖征から百年戦争の時代にかけて、ヌーベ公爵領、元はヌーベ伯領ですが、領内に多数の城塞を建設しております。それがそのまま維持されているので、恐らくはその施設を利用しているものだと推測されます』


 その昔山賊討伐に向かったブルグントとの領境の城塞のような施設は多数存在し、現在も稼働中という事になる。百年戦争以降、大都市に防御施設を集中させる王領、また、聖征の時期に進んだ修道院への寄進の減少による廃院により、石材は転用され、王国内では小さな城塞は石材採掘所として再利用されている。


 それが、そのまま残っているという事なのだろう。


『それと、醜鬼の集落がかなりあるようです』

「なんですって。魔物の村が沢山あるというのは……」

『あー お前勘違いしているぞ。醜鬼は、魔物じゃねぇ。あれは先住民の慣れの果てだ』


『魔剣』の言葉に彼女は大いに驚く。確かに、レンヌで襲撃された際は入江の民の用いるような船で襲ってきた記憶もある。また、装備もゴブリンなどとは比較にならないほど人のそれに近いものであった。


 そもそも魔物ではなく、先住民なのであれば大いに納得できる。


「ゴブリンは……」

『ありゃ悪霊と精霊の合体技の魔物だ。だから、小鬼(ゴブリン)は人を喰うけど醜鬼は喰わねぇ。まあ、力の強い敵は食べる事でその力を身につけるという意味で一部食べることはある。それは儀式的なもんだ。それと、醜鬼と人間の間にが子ができる。歩人や得夫、土夫よりも人間に近い……というか、あいつら半精霊だが醜鬼は完全に人間の一種だ』


 あれほどの統率された部隊を率いているのであれば、相当の訓練を施したのかと思ったが、『醜鬼』として討伐対象とされた先住民を自領に匿う事で、兵士として戦力化したということなのだろうか。


 因みに、食人鬼(オーガ)と吸血鬼は、もともと人間であり、前者は食人行為により超常の力を得た存在で、後者は上位の吸血鬼により下僕として生成された元人間の魔力持ちである。


 喰死鬼と吸血鬼の違いは、元々魔力持ちであり、尚かつ、上位の吸血鬼から魂の分霊として魔力持ちの魂を分け与えられているかどうかによる。


「醜鬼の集落の調査もできればお願いしたいわ」

『承知しました。ではこの後に行います』


 引き続き、『猫』は幾つかの報告をする。やはり、ヌーベ領内の情報が少ないこともあり、判断が難しいのだ。『猫』には引き続きヌーベ領内の調査に移行してもらう事になりそうだ。





 彼女が気になったのが、ワスティンの森の外れにいくつか残っている『修道騎士団支部』と呼ばれる施設である。元は修道騎士団に寄進された荘園・領地の管理施設として整備されたものだが、小規模とはいえ城壁を有し、騎士の宿舎・領主館・倉庫・鍛冶・肉屋・馬房・礼拝堂を備えた小さな街とも言える施設がそのまま放棄されているという。


「ブレリアのような城塞が幾つか残っているというのね」

『規模はかなり小さいですが。50m四方といったところでしょうか』


 ワスティンの修練場がほぼ同じ程度の大きさである。つまり、小規模な街程度の規模をあの修練場は備えていることになる。


 まだ利用可能であれば、補修し、対ヌーベの監視場所として整備することも吝かではない。


 とはいえ、誰をどの程度駐留させるかも考えねばならない。現状、リリアル生を配置することは難しく、ブレリアに冒険者が集まれば依頼として出せるかもしれないが、王都の冒険者ギルドでは無理だろう。あるいは、騎士団に頼ることも一案だが、副伯領内のことであるから、騎士団から反発される可能性もある。


 最前線(仮)に配置される騎士の心理も慮るなら、これも難しいだろう。


『まずは下見だな。悪いものでも入り込んでいなきゃいいけどよ』

『私が見た限りでは、特に問題はありませんでした。城壁が既に解体されどこかへ持ち去られた施設もありますので』


 修道騎士団が解体され、聖母騎士団に管理が移ったところで放棄されあるいは譲渡・売却され有名無実化した施設なのだろうか。王国内においては数がもともと多かったという事もあり、放棄された修道騎士団司令部は少なくない。


「記録によると、ワスティンの森の南半分は、修道騎士団に寄進された元男爵領だったということね。その支部が放棄され、今に至るという事なのよ」

『その男爵って、どうなったんだ? 取り戻さなかったのかよ』


 男爵家は存在する。但し、それはヌーベ公の庇護下に置かれ、今では公爵領の一領主になっていると言われる。


「一度、見に行くわ。案内してちょうだい」

『承知しました主』


 翌日、彼女は再びワスティンへと向かうのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日、彼女は一人兎馬車で向かおうかと考えていたのだが。それは流石に止められた。全力で。


「先生」

「はいはーい!! あたしもいきましゅ!!」

「いいですよぉ、お手伝いしますぅ」


 魔装荷馬車一台を水魔馬に牽かせ、彼女と赤毛娘、灰目藍髪、碧目金髪の四人で向かう事になる。伯姪は同行したがっていたが、黒目黒髪に涙ながらに縋られ断念。彼女の祖母である院長代理は不在であり、伯姪がいない場合、親善行の悪夢再びとなると考えたからだ。


「今回は、施設の場所と状況確認なので、一日で戻るから問題ないわ」

「戻れればいいですけどぉ」

「楽しみです!!」


 嫌なフラグを断てたがるのはどうかと思う。





 ワスティンの修練場をスルーし、そのまま領都を経由し、ロアレ川沿いに南へと進んでいく。街道らしい街道は廃れており、領境を封鎖しているが故の状況かと彼女は内心納得する。


「道なき道を進む魔装荷馬車の旅」

「……マリーヌじゃなきゃ、大変なことになっていたよぉ」


 魔導船で川を遡るという選択肢もあるが、かなり目立つだろう。運河入口辺りまでは河川での行き来はそれなりであったが、それを過ぎると船の姿はめっきりと減る。


 河口から旧都までは西から東への流であり、これは西風が吹く関係で帆走で川を遡れるのだ。旧都で川の流れは南へと屈曲し、遡るには普通に川沿いに船を牽引しなければならない。下るのは三日、遡るのは一月と言われる場所もある。メイン川上流などはそんな感じだ。


「新型魔導船楽しみです!!」

「あれはいいものです」

「魔力が少なくていいらしいもんね。そうじゃないと、ちょっとしんどいですからぁ」


 特に黒目黒髪。泣きながら操舵する姿が目に浮かぶ。赤毛娘? 姉と同様、暴走する姿しか思い浮かびません!!


 荷馬車を進める事数時間、川からやや離れた草原の中に、石造りの礼拝堂らしき建物と、塔を備えた何かが建っている姿が見て取れる。『猫』は荷馬車の馭者台に乗ると、その方向を見て本物の『猫』のように鳴き声を上げ彼女に知らせる。


「先生の使い魔登場!!」

「わぁ、本当に真っ黒なんだぁ」


 誰ですか、腹の中と一緒とか言っているのは!!





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