第778話 彼女は聖ブレリアに報告し許可を得る
第778話 彼女は聖ブレリアに報告し許可を得る
彼女はブレリアに無沙汰を謝罪し、改めて留学組を紹介する。ブレリアは『あらあら、まあまあ』とばかりに微笑みつつ、話を聞いている。六人の新人が一人ずつ挨拶を済ませると、ブレリアは『では祝福を』と手をかざし六人に相対した。
「その、宜しいのですか」
『かまいんせん』
その表情には一切の陰りはない。
『わずかの時間とはいえ、我が子同然に過ごすのでありんすから、祝福を与えることに何の問題もありんせんのでありんす』
「ありんせん」
「ありんす」
「……ありがとうございます」
辛うじてエマだけが感謝の言葉を口に出来た。幼い二人には、女神言葉は衝撃であった様でありんす。
『では、皆様に祝福を』
軽く手をかざし、エマたち六人の頭を軽くなでるように手を動かす。
何かが体にしみ込んでくるような感覚に、六人はそれぞれ驚いたような反応をする。
「ブレリア様、ありがとうございます」
『気にしねえでよいのでありんす』
「「「ありんす」」」
「ありがとうございます」
「ありがとうございますでありんす」
「……ありんす……」
イリス、最後まで呆然としている様子である。
彼女は、暫く連合王国を旅していたこと。そして、その過程で、二体の水の精霊が仲間に加わった事を説明し、その加護を得た者たちにそれぞれブレリアに精霊を紹介するように促す。
「ブレリア様、これが私に加護を与えた水魔馬、名をマリーヌと名付けました。今後は私共々よろしくお願い申し上げます」
BURURUNN
灰目藍髪が頭を下げると、前脚を曲げ、しゃがむように頭を下げるマリーヌ。中々器用である。
『マリーヌとやら。こちらこそよろしゅお願いしんす』
ブレリアも頭を下げ礼を示す。
「ブ、ブレリア様、これが、私に加護を与えた水の精霊、フローチェですわ」
『よ、よろしくなのだわ。遠く、アルマン人の森から白亜の島へ移り住んだ人達の守護精霊だったのだわ』
本物の大精霊であるブレリアを前に、大精霊(仮)でしかない『金蛙』は相当緊張しているようだ。
『そうでありんすか。主さんも苦労したのでありんすね』
『うぅ……そうなのだわ……たいへん……だったの……だわぁ……』
「ですわぁ」
過去を思い出したのか、フローチェはさめざめと泣き始めた。ブレリアが泉を離れ、膝をつくと不細工な二足歩行の蛙を抱擁する。フローチェの嗚咽がやがて少しずつ大きくなり、いつしか大泣きとなっていた。
リリアル相手には精霊として尊大に振舞っていたものの、実際、心細く情けない、一歩間違えれば狂い悪霊となっていた可能性もあったのだ。そこに至る前に出会い、こうしてブレリアにより救われ得たと言えるだろうか。
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ブレリアに「近々また参ります」と暇を告げ、彼女は丘を下り領都の予定地へと足を向けた。
「本物の女神様にお会いしました……」
「生きててよかったよぉ」
「本当に……院長先生……ありがとうございました」
まだ始まったばかりなのだから、感謝してもらうほどのことではない。
「ふふ、ご挨拶させていただいただけよ。もし、有難いと思うのであれば、一人前の護衛侍女となって、王国と女王陛下の懸け橋となれるよう努力することね」
「「「はい」」」
偉そうなことを言っていると我ながら思うのだが、女王陛下を失えば再び内戦、あるいは神国の操り人形が王位につく可能性すらある。それを防ぎ時間を稼ぐには、あの女王陛下に末永く統治してもらう必要がある。
味方ではないが、敵の敵。同じ敵を共有する者同士、協力できることもある。彼女は女王の身の回りの安全を高める為に協力し、女王は神国とネデルに影響を与え不安定化を促す。
そうして、王国が内部を固める時間を確保することで、神国の暴走を抑止することができる。
その為に、王国内における神国の与党を目に見えて削る必要がある。
『ブレリアを安定させるにゃ、隣領をどうにかしねぇとだぞ』
「ええ、わかっているわ」
リリアル副伯領・ワスティンの森の南には、古くから存在する『ヌーベ公爵領』が存在する。百年戦争以前から続く、旧ブルグント公の分枝の系統。ヌーベ伯領から百年戦争の期間中に公爵領へと格上げ。王国と連合王国、二人の王弟の派閥を行き来しつつ、勢力を強め反王家として力を蓄えてきた。
第一次の聖征に参加したヌーベ伯は、ブルグント公家と王女の間に生まれた子どもであり、王孫であった。王家の分枝として、相応の自負があり、聖征も願いをかなえるための遠征であったとされる。王国の王となる。その辺りは定かでないが、血統とその行動から、そのような動機であったのではと類推されている。
代を重ね、血は薄まったものの王家に対抗しようとする姿勢は変わらず、百年戦争終結後は王国内で孤立しているものとみられていた。しかしながら、ヌーベは古帝国時代から、王国の中央に位置し様々な街道が東西南北へと続いている。また、内海から外海、ブルグント・帝国からギュイエ・神国へと通じる内陸路の交差点にもあたる。
王国の監視の目の届かない戦略的要衝。ヌーベ公領はそうした場所であると認識されている。
リリアルがその北に配置されたという事は、領地の経営だけでなくヌーベ公領を監視し、抑止せよという暗に命を受けたと考えてよいだろう。でなければ、副伯・将来の伯爵位を小娘に与えるはずがない。
廃城塞の他何もない原っぱと流れる小川。
「夢が広がるわね」
「「「……」」」
「わかりませんわぁ」
そう、彼女の頭の中、心の中だけで夢は広がり続けている。とはいえ、外側だけ作っても人がいなければ意味はない。一先ず、廃城塞を整備し、内郭に駐屯地、外郭にブレリア商会と冒険者ギルドの出張所、そして冒険者用の宿泊施設を設けようと考えている。
簡単な依頼をリリアルから出し、ワスティンの森の修練場の機能をこの場所に移すこともありだと考える。少なくとも二体のノインテーターが守護者として滞在するので危険は減るだろう。
半年、一年先のことになるかも知れないが、この場所に滞在できる施設を整備し、人を採用し配置するにはある程度時間が必要だ。
「人手が必要よね」
『ババアの伝手が使えるんじゃねぇか。隠居して閑なやつらがいるだろ?』
彼女の祖母は既に子爵家当主を引退しているものの、相応の人脈、実務能力を維持している。そして、同世代の老人たちも同様。新しい領地でゼロから人を育てるという経験は、なによりも代えがたい経験となるだろう。
祖母は院長代理をお願いしているので除外するとして、冒険者宿舎の管理人や、出張所の職員など、お願いしたいこともある。
『狼人の守備隊長と、歩人のおっさんもここでいいんじゃねぇか。あいつ、もうそれほど学院で必要ねぇだろ』
一期生が育つ前、歩人セバスはそれなりに使いでがあった。とはいえ、今では茶目栗毛や黒目黒髪に業務面では追いつき追い越され、祖母も扱いにくい人間になりかけているという話も聞く。
「……領都の代理人辺りの肩書をつけて、この場所で仕事をさせましょうか」
『経験者に顎でこき使われ、しごかれるのも奴の為だろうな。あいつ、それなりに器用だろ。さぼれない程度に仕事を与えれば、それなりにやるんじゃねぇのか」
『駐ブレリア副伯代理・ビト=セバス』。肩書は立派だが、その実はブレリアの万屋・便利屋稼業である。
『魔猪の群れも移動させたらどうだ』
「主に相談ね」
魔猪の主は癖毛である。癖毛が定期的に会いに来なければ臍を曲げかねない。それはそれで面倒な存在になる。
「やはり夢が広がるわね」
彼女は再び周囲を見回し、一人夢見心地となるのである。
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再び修練場に戻り昼食を食べ、午後からは備え付けの薬草園の整備と戦闘の練習。今回は、気配を消す敵についてである。
『僕に任せろ。丁寧に教えてやる』
「ノインテーターは気配を消せない。むしろ目立つ。無理」
『ぐぬぬ……』
ガルムの言に即答でダメ出しをする赤目銀髪。吸血鬼はともかく、ただの不死者であるノインテーターは喰死鬼同様、気配を消す事は出来ない。
「なので、手本を見せる」
赤目銀髪は『魔力飛ばし』で注意を引きつけ、『気配隠蔽』を行い一瞬で姿を消す。
「自分の魔力で魔力が出ていく分を相殺して気配を消す『気配隠蔽』は、姿ではなく気配を消しているの。だから……」
彼女は赤目銀髪に魔力飛ばしを投げかけ、何かの破裂音とともに、修練場の中庭の一角に潜む赤目銀髪が視認できるようになる。
「ぜんぜんわからなかった」
「気が付きませんでした」
「ふん、この手品が何なんですか」
『手品』と貶めるマゴットだが、そうではない。
「そうね。手品よ。けれど、王宮や滞在先の城館にも死角は沢山あるの。柱の陰や見えにくい場所にある隠し部屋。使用人用の通路や階段も暗殺者が潜むには好都合ね」
「「「暗殺者」」」
『護衛侍女』の仕事を思い出し留学組の顔が真剣なものとなる。
「気が付かなければ、護衛対象である女王陛下ごと皆殺しよ。わかるでしょ?」
暗殺者は『気配隠蔽』を行いつつ接近してくる可能性はある。見れども見えず、聴けども聴こえず。そんな場合どうすればいいのか。
「魔力走査の密度を上げるのよ」
「ま、まだできません」
「なら、見えないけれどそこにいると思って、動いているものを感じるの。何かが動けば、空気が動くでしょう? ただ隠れていても、動けば感じる。そして、なにを為そうとしているかはわかっているのだから、それを阻止するように護衛対象を囲み盾となる」
「た、盾」
「大丈夫よ。短い短剣のような武器なら、ドレスを切裂くのも大変。簡単に斬られたりしないわ。もっとも、短剣は刺すものだから、動きも限定されるでしょうし、暴れてくれれば時間も稼げる。普通の侍女だと刃物を持った男が暴れていれば恐れおののくと思われているわ」
貴族の子女で女王の「お友だち」役なら剣も魔術も扱えるとは思えない。まして、質の良い人材は諸侯が抱え込み私兵としている。暗殺者の能力はその辺りも検討して人選されるだろう。
「道具も与えることになるのだし、その鍛錬もするわ。とはいえ、今はまだ基礎の段階。目に見えない気がつけない敵がいるという事を知っているだけでかまわないわ」
「「「はい!!」」」
赤目銀髪の講義終了。これからは、ガルム先生の時間となる。
「ガルム、仕事を依頼するわ」
「偶には働け」
『……なんだ、僕に頼み事か』
昨日、狼相手に三人は対峙したが、今日は対人戦の経験を彼女はさせようと考えていた。
「馬車などで移動する際、こういう不逞な武装した者に襲撃されることもあるでしょう」
『おい!! この侯爵家の末子である僕が不逞だとぉ!!』
「ノインテーターは魔物。不逞すぎるほど不逞」
『……』
木剣を持たせたガルム相手に、代わる代わる留学組が『杖』
で相対する。
「剣を狙ってはダメよ。下から、足元、踏み込んできた敵の剣を持つ手を叩き上げる。上げた杖の先端を今度は振り下ろすなり、引いて相手の胸を突く。そう、いい感じよ」
何度か実際に彼女が杖を用いた戦い方の手本を見せる。暴徒相手なら持ち上げた杖で威嚇するのもありだろうが、訓練された傭兵・騎士相手なら、やや低めに杖を構え、相手の飛び出しを杖の長さで抑えつつ、足や剣を下から狙い動きを止める方が効果がある。
一対一なら、杖の先端を面前に向けるのもよい牽制となるが、多数と多数で囲み囲まれる状態では、それは難しい。
『あ、まだ、鍛錬を続けるのか』
「騎士を目指していた割には不死者になっても軟弱者ね」
『ば、馬鹿を言え!! 僕はこの娘たちの疲労を心配してだな……』
六人に絶え間なく代わる代わる相手をさせられたガルムは、既に体内の残存魔力が枯渇気味。魔力切れは即ち稼働停止状態となるので、若干焦っているようである。
「まだまだだいじょうぶです!!」
「お気遣いありがとうございます!!」
やる気を見せている留学組。どうやら、非力で耐えるだけが全てであったこれまでと心理的に変わりつつあるようだ。自分と仲間と護るべきものを護れる自分になりたいと……そう考え始めているように彼女には見えたのである。