第70話 彼女は鍛冶屋を考える
第70話 彼女は鍛冶屋を考える
「実は、鍛冶屋はドワーフなのです……」
「……あの、お伽話に出てくる……斧を持った小柄な……」
「そうですね。ミスリルの素材を加工するのには魔力が必要であるという話は御存知ですね」
彼女は頷く。ドワーフの工房主は自分の後継者に魔力を持った腕のある者を弟子にしようと考えていた。ところが、彼が思うほど魔力を有する者が鍛冶屋を目指すことは少なく、残念ながら、彼の技を受け継げる技量を持つ弟子は魔力を持っていなかった。
「ですので、通常の武具はこれまで通り受注できるのです。ミスリルなどの魔力を使用して加工する者は、彼の引退した後は私どもの店でご紹介できる者がおりません」
本来、魔力を通す武具自体が一般的に流通する物ではない。国で管理する工房になる場合が多いのだが、王国ではギルドの冒険者に使用することを許すという前提で、ドワーフの工房を国で囲い込まなかったのだという。勿論、工房主の意思もあるのだ。
そこで、学院で鍛冶をする傍ら、下男や庭師のような仕事をさせてもらえないかという打診なのだ。
「あなた方の孤児を育てるという志に共感を覚えたという事もあるようです。彼の故郷は、随分と前に滅ぼされたと聞いています」
「……それは、お気の毒なことです……」
引退するのは良いが、帰る場所が無いという事なのだろう。年配の男性が一人いるのは悪いことではない。何しろ、女子供しかいない……見た目は子供のオッサンしかいない学院だからだ。
「今回の依頼は受けてもらえるのでしょうか」
「ええ。鏃と槍の穂先程度なら、日数はかからないと思います。もしよろしければ、その納品の際に顔合わせをさせていただけないでしょうか。ご検討いただけるのであれば……ということになりますが」
鍛冶、それも武具を作る鍛冶師になれるというのは、孤児にとっては非常に大きなチャンス。但し、『魔力持ち』ということが彼の希望なのだろう。既に、鍛冶師としての弟子は育成しているのだから、魔力のない者に用はないだろう。それに、心当たりは……ある。
「そのお話、受ける方向で検討させていただきます」
「……本当ですか?」
「リリアルが街になる過程で、鍛冶屋は必須なのです。その為に、どなたかお願いするつもりでした。王都のギルドに所属する鍛冶師は無理かと思っておりましたが、引退されたとはいえ、腕の確かな方に来ていただけるのは何よりです」
ただし、揃っているのが野鍛冶のレベル、すなわち、ヌーベの城塞から回収した道具だけになる。
「工房を建てるにしても今しばらく時間をいただくことになりますが」
「いや、彼の方で用意するでしょう。場所さえ確保していただければ問題ありません。小屋も自分で用意できるだけのスキルを持っていますので」
「……承知しました。上の者の許可が取れ次第、お返事させていただきます」
彼女は学院の責任者ではあるが、現状は王妃様の学院であり宮中伯様が最終決定権を持っているので、彼女の判断では確定ではないのである。
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手紙で、宮中伯に「鍛冶屋を招聘する件」についてお伺いを立てることにしたのはその日の夜の事。街づくりをするにも鍛冶は必要であり、職人として成長する時間を考えると、今からでも遅いくらいだろうと思われる。とはいえ、懸案事項が一つ解消されたのは言うまでもない。
一息ついていると、魔剣が話しかけてきた。
『新しい魔術、覚えるか。今回の《狩り》にも応用できるぞ』
ここしばらく、髪を切っていない……『魔剣』に対価を払っていないので、髪が伸びている。彼女が覚えた「水」「火」「風」に関する魔術。これに、何か加えようというのだろう。
「何を覚えたらいいと思うのかしら」
『まずは。《結界》だな』
魔力で成形した「壁」で4つの面を組み合わせ、物理的な移動を妨げることができる魔術だ。自分自身の周辺に形成するのが基本だが、熟練すれば、見える範囲での展開も可能となる。すなわち……
「魔物を囲い込んだり、見える範囲の味方や敵を魔力で囲うことができる」
『正解だ。それに、魔力は貫通するので魔力を纏った武器や魔術によるダメージは透過する。一方的に魔力でダメージを与えることができる』
相手に魔力がある場合、注入した魔力量を上回る打撃を与えられると破壊されることもあるので、万能とは言えないのだという。それでも、猪を拘束することはできるだろう。
『狩りが楽になるな』
「魔力で形成した箱罠みたいなものね。なら、ミスリルの剣で刺突して止めをさすことも可能でしょうね」
『ただ、剣よりも槍で心臓を刺す方が肉も皮も傷まないから、ミスリルの槍を手に入れた方が効率がいい』
もしくは、ミスリル合金のサクスを作り、槍の穂先にするという案もある。今回は、複合弓の作成も含め、武具屋に相談すべきだろう。
「冒険者ギルドにより、猪の駆除依頼も確認しておきましょうか」
『ああ、駆除した猪も近隣の村に何頭か渡すのもいいだろうな。リリアル学院の生徒からの寄贈って感じでな』
名前を売ることも大事だろう。子供たちも、自分が世の中に多少貢献したという気持ちになれる。養われるだけではないという、自立した精神も彼らの中に育む必要があるのだ。
『魔剣』いわく、今回の髪の長さなら、ついでにもう一つ教えることができるという。
『《雷》の魔術を覚えるのはどうだ?』
「あの、光と音と衝撃が発生する、ドンと落ちるあれよね」
『それだ。命中すれば即死だし、場合によっては火傷や裂傷も発生する。少々慣れるまでは発動に時間がかかるが、距離も見える範囲ギリギリに即座に落とすことができる』
「例えば、城門とか塔に落とすこともできるのよね」
『威力次第では叩き割ることもできるんじゃねえの。俺はそこまで魔力が無かったから保証はできねえけどよ』
「ふふ、楽しみね。『神の鉄槌』という感じかしらね」
北の「海国」の神話には、雷の神様が登場するとかなんとか。『トオルの戦鎚』という神器も存在するという。雷は恐ろしいイメージを持つ。それが自由自在に発射できるとすれば、味方は勇躍し敵は恐れおののくだろう。
『魔物の動きも一瞬で止められるだろうな。何しろ、雷は一瞬で命中する。まあ、当てるために一工夫必要だろうな』
「どういう意味かしら」
『ああ、雷が落ちる目印になる槍でも剣でも刺しておかねえといけねえんだよ。もちろん、無しでも落ちるが、当たるかどうかはわからねえ。雷は金属に落ちやすいんだ。教会の十字架とか、よく落ちるんだぞ』
高い場所=空に近い場所ということも影響しているだろうが、金属に雷がひかれるのは間違いがない。
「では、その二つ、新しく教えてちょうだい」
『契約成立だ』
翌日、バッサリ……とまではいかないが、ギルドに冒険者登録をしたころの髪の長さになった彼女を見て、学院の皆は少々驚くことになった。
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その日の午後、彼女は自分の新しく習得した『結界』の魔術の練習をしながら、他の学院生たちの訓練を確認していた。集中と選択の成果だろうか。
赤目銀髪は、新しい弓の習熟の為のテスト中。弦は魔力の使用に耐えられる特別な仕様に変更しなければならないかもしれない。赤毛娘と茶目栗毛は二人で形稽古のような事をしている。片方が攻め、片方が受けているのを交互に繰り返している。
黒目黒髪は水球の発生速度と移動速度を上げる練習。魔力の多さと、コントロールの正確さはかなりのレベルに達している。自分が『結界』の魔術をマスターしたなら、次は彼女に習得させることを考えた方がいいだろう。彼女は、性格的に守備要員だからだ。
そして……癖毛は相変わらずである。多分、マイナスのスパイラルに陥っていると考えられる。周りが進んでいるのに、自分は様々な面で後れを取っている。
魔力はあるが、性格的に薬師・魔術師のようにコツコツ突きつめる、それも
座学メインの仕事は向いていない。
体を使い、それに合わせて頭を使う……猟師や鍛冶師といった仕事の方が向いているだろう。彼については、ドワーフにつけることを彼女は考えているのだ。
『主の考える通りで良いでしょう。彼は、考えるのは苦手に思えます。それに、髪の毛同様捻くれておりますので、金床と金槌で叩きのばすのが良いでしょう』
『猫』の意見ももっともだろう。とはいえ、ヘタレである癖毛がドワーフの鍛冶師にへし折られ逃走する未来も見えなくはない。その場合、それはそれで仕方が無いとは思うのである。
魔力が多いからと言って、使いこなせるかどうかは全く別の才能に過ぎない。とはいえ、水たまりを作り続けることはそろそろやめてもらいたいのである。
さて、その日の夕方、『結界』の魔術はほぼ十全に扱えるようになった。
「なにこれ、凄く便利!」
「魔力を通せば攻撃は貫通するから、その辺りが運用のポイントになるわね」
結界を張った状態で、中から魔力を用いた攻撃を行うことができるのだが、反面、魔力の反動によるダメージは緩和されないのが問題であったりする。自分自身の魔力で発生させた『雷』のダメージは『結界』を貫通するが、その結果発生する爆発や火災に関してはダメージを受けないとでも説明
すればいいだろうか。
「……覚えたい……です」
「ぃざという時、自分を守れるのに……いいかも」
黒目黒髪と赤目銀髪が答える半面、茶目栗毛は「僕は無理そうですね……」と魔力が少ない分、ややあきらめ気味だ。
「一瞬だけ発動させるなら、魔力の消費は少なくて済むでしょう。当たる瞬間だけ発動させて、ダメージを軽減させるという使い方もできるわ。自分の身は自分で守れる方がいいじゃない?」
「そうそう。私も、覚えよう」
「覚えたら……特攻させられそうだぜ……でございます」
伯姪は単身切込みする気満々で魔力が少なくても扱えるレイピアタイプの刺突剣をミスリル合金で作りたそうであるし、セバスは……まあ、頑張れである。
魔力のコントロールと維持が胆の魔術なので、これも癖毛には向いていない魔術となる。ただ燃やす、水をぶちまけるといった魔力の豊富さを生かす運用なら何とかなるのだが、実際、そのような局面が限られている。それに、術の展開速度も遅い。厚い鎧より早い脚が大事なのだ。
「あの子、またしょぼくれてるわよ」
「……考えがあるから。後で話をするわ」
魔力を持つ鍛冶師を目指す。その過程で、体で魔力のコントロールを覚えるということを癖毛には提案するつもりなのだ。何しろ、ドワーフの鍛冶師とサシで仕事をし続ける事になるのだから、ある程度、腹をくくらないといけないのだろう。とはいえ、その話は、宮中伯からの返事を待つことになる。
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翌日、狩りをするチームは、朝から学院の南にある村に猪狩りの依頼を受けて移動することになった。彼女と伯姪にセバス、茶目栗毛と赤目銀髪、黒目黒髪に赤毛娘の七人である。冒険者ギルドの依頼の中に、学院傍の村の物があったのは幸いであった。
「意外と近場で依頼があったのね」
「そうね。今までなら受けるような依頼でなかったので、気にしていなかったわ」
素材採取とゴブリン討伐、山賊に関しての討伐依頼以外は注意していなかったのだが、学院生の育成と学院の知名度と印象改善の為にも積極的に王都周辺の細かい依頼を拾っていくことも大切な気がする。
「なにしろ、妖精騎士様が受けてくださるんだからね!」
「……それは無しにしましょう。騒がれるのも困るし、学院出身の冒険者という事だけで問題ないわ」
彼女は濃赤の冒険者であり、騎士爵持ちでもある。その辺りはきちんと説明して置くべきだろう。どう見ても、子供のピクニックにしか見えないのだから。
今回は、彼女の『結界』を用いて追い込んだ猪を抑え込んで刺突して止めを刺す予定である。なので、ミスリル合金製スクラマサクスを用いる。特に、生き物を殺す経験のない、赤毛娘に重点的に刺突させる予定だ。
多少のトラウマにはなるだろうが、獣を狩るというのは基本的な冒険者の業務であるし、素材だって植物採取だけではなく動物の胆を使うものもある。薬師として冒険者から購入することも可能だが、魔力を有するのであれば、冒険者としても活動できるに越した事は無い。
何より、自分を守り仲間を守るためにも実際に「殺せる」ということは抑止力になる。八歳の子供にさせる必要があるかと言えば否なのだが、獲物の解体も肉を作ることも経験させるので、その辺りの事は覚悟してもらっている。
「……ですよねー」
「う、うん。肉を食べるって……そういう事なんだよ。命をいただくってことだもん」
馬車の中では皆、覚悟を決める話し合い中……特に女子二人。馬車の御者台では……
「一番いいところ、俺がもらっていいなら、手本見せてやる……でございます」
「へー ほんとは自信ないんじゃない? 口だけ歩人ってやつ?」
「ば、ばっか、俺は里でも名うての弓の名手で、猪なんざ、毎日のように狩ってたんだぜ」
「本当は?」
「……当番で。月に一頭くらいです……」
「解体ができるならその辺りは構わないわ。男性陣にまずは頑張ってもらいたいもの」
血抜きをどうするかというのもある。水にさらすには学院傍の川で流れに漬けるのは問題ないのだが、死んですぐに血抜きはした方がいいのだろうか。
「血抜きの後、肉を冷却することが大事なのよ。血生臭い肉にしないためには流水につけて冷やすのが一番。なければ、雪を掛けるとかいろいろあるのよ」
美味しく肉をいただく話をしている間に、馬車は依頼のあった村に到着した。街道に面していることから、村の中心には酒場と食堂と宿屋兼業の店もあり、また、雑貨店もある。代官の村から騎士の駐屯所をなくした感じだろう。
彼女は馬車を止め、近くにいる村人らしき若い女性に話しかけた。
「王都の冒険者ギルドから、猪駆除の依頼で参りました。村長さんのお家はどちらでしょうか」
少女が『冒険者』と名乗ったことに驚いたようだが、猪の被害は村で問題になっているため「来てくれてありがとう」とまず礼を言われた。彼女の案内で村長の屋敷にまずは向かうことにしたのである。




