第776話 彼女は二体のノインテータ―と再会する
第776話 彼女は二体のノインテータ―と再会する
「順番に馭者を務めてもらうから」
「大丈夫。魔力が無くても、馭者自体は務まるから。兎馬は馬よりも扱いにくいのだけれど、同乗するから大丈夫よ」
ワスティンの森へ向かう二台の兎馬車。班長エマと副長マルゴがそれぞれの最初の馭者を務める。先日、王都行きの二輪馬車の馭者を務めたエマは二度目だが、マルゴも前日に他の留学組と共に兎馬車の練習をしていた。因みに教官は、薬師娘ペアである。兎馬車の馭者と言えばこの二人。
今日同行するのは、彼女と留学組の他、世話役のルミリ、水魔馬に乗り灰目藍髪が先導することになっている。
「では、出発」
「「「「しゅっぱーつ!!」」」」
馭者を務める二人以外の留学組はたいそう楽しそうである。見ることはあっても、孤児が馬車に乗る機会はまずない。あったとしても……まあ、あまり良い待遇で載せられるとも思えない。
今日はワスティンの森に向かうという事で、草木染の上下の駆け出し冒険者胴衣を着ている。胸当こそつけていないものの、革の帽子と手袋を付け、腰には短剣『バゼラード』を差し、足元は革の半長靴。
駈出しとしては充実した装備だと言える。その辺りもあり、留学生組はちょっとテンションが高めなのだ。
「先生、修練場ってどんなところですか?」
最年少のアイリスこと『イリス』が質問する。
「学院はいろいろな機密……そとで知られてはいけない訓練もしているでしょう? けれど、ワスティンに来る冒険者の初心者はいきなり森に入れても大怪我や死ぬ危険があるので、ある程度の訓練をそこで行って、見極めができた子供から森に入る事を許可しているのよ」
まだ来て日が浅いが、救貧院の生活とリリアルの生活は全く異なることは理解できていた。衣食住が充実しているということだけでなく、勉強や鍛錬、身につける技術も沢山ある。冒険者になる子供は、要は親の伝手でどこか良いところに奉公に出られなかった子、あぶれ者がなる仕事であるのだろう。そう見当はつく。その子たちが、リリアル生のように何年も鍛錬して冒険者になるはずがない。だから簡単に怪我をし、死ぬ。
「冒険者は初心者のうちに怪我して不具者になったり、死ぬ確率が高いそうなのよ。王都周辺では最近治安が良くなっていることもあるから、冒険者の仕事も減っているのね。なので、リリアルで王都とワスティンを兎馬車で送迎してあげて、一週間を目安に泊まり込みで安全に冒険者の仕事ができる拠点を設けたの。そこで腕を磨いて、依頼を熟して自分自身で依頼を熟せるようにすることが目的の施設よ」
ワスティンの修練場を利用できるのは、基本『黒』等級の冒険者ということになる。『白』は完全見習であり、雑用を熟しつつ下働きを通じて仕事を学ぶ段階。その次は『黒』で、素材の採取や簡単な討伐依頼など行いつつ、冒険者としての基礎を学ぶ。
やがて成人し『黄』となれば、見習ではなく一人前の冒険者として認められ、護衛や討伐などの依頼を受けられるようになる。
ワスティンと王都は本来であれば徒歩で二日三日離れた場所であり、駈出しが足を運べる距離ではない。また、ワスティン自体が魔物の量も決して少なくなく、王都周辺と比べれば格段に危険である。その事も踏まえ、修練場という安全地帯を設け、経験を積ませる機会を設けているのである。
将来的には領都ブレリアには簡易宿を設けて、若い冒険者や労働者が気軽に滞在できる環境を整えたいと考えている。仕事はあっても人手はないという状況を避けるためにも、修練場での経験をもとに、街づくりに生かしたいと彼女は考えていた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「「「先生お久しぶりです」」」
「あなた達も元気そうで何よりね」
『隼鷹隊』メンバーと久しぶりの顔合わせ。リリアル生の半分が今は学院にいない状況にある。一週間ごとにローテーションし、王都と学院と修練場を回って役割を果たしている。
とはいえ、王都・学園・修練場はそれぞれ環境が大きく違うので、学院生はそれなりに楽しんでいるように見えるのだ。
「あ、この子たちが留学組ですね。よろしくね、赤毛の子!!」
「ま、前からおりますわぁ!!」
ルミリ、弄られ中である。
『隼鷹隊』そして滞在している冒険者見習たちは彼女らに注目しているが、その背後にいる『水魔馬』にも興味津々である。
「先生、あの馬は……」
「連合王国で出会った妖精・『水魔馬』のマリーヌね」
彼女は掻い摘んで水魔馬の能力と、その加護を受けているのが灰目藍髪であることを説明する。
「水の精霊の加護持ちか。羨ましいぜ」
「私もそう思います。ですが、水魔馬は女性にしか懐きません」
青目蒼髪は『ぐぬぬ』といった表情。何故か女子全員が胸を張っている。
「これで、私も騎士としての面目が立ちそうです」
「いや、馬上槍試合での活躍は聞いてるぜ。俺も、出てみてぇな」
「こればかりは巡りあわせですから。それに、女性騎士であるという事で多少、優遇されていると思いますよ」
エントリーを受けて貰えた理由は、彼女の同行者であるという事と女騎士が少数であるということもあるだろう。試合に花を添える的な意味もある。本来は、貴婦人が騎士に自分の身につけているショール也ハンカチ也を渡し、勝利を願う者であるのだが。男女同権・参画社会である。
青目蒼髪が試合に出る機会は恐らくない。余計なことをしてリリアルに悪意を向けられても困る。勝って当然、そして、勝てば恨みを買う。所詮、貴族子弟の婚活・就活の場であるのだから、既にリリアルに永久就職が決まっている青目蒼髪が出場する意味がない。
騎士学校で恐らく模擬戦の一環としてやるはずなので、そこで思う存分叩きのめし、叩きのめされると良い。
彼女は、王都に戻る駆け出し冒険者たちに軽くあいさつし、中には女の子の冒険者から握手を求められ応じていた。小柄で華奢な彼女の姿を見て、『なんかイメージと違う』と小声でつぶやく少年がいるが気にしない。女の子たちは、想定外に『少女』である彼女を見て大いに感激していたようだ。身近に感じることができたからかもしれない。
『隼鷹隊』は『馳鴉隊』と入れ替わりで王都に向かうのだが、今日は留学組と彼女がいるので、早々に戻ることにした。
すると、奥の工房から二人の姿が現れた。一人は中年の細身の職人風の男性。表情は穏やかな笑顔を湛えている。一人は、二十代半ばほどであろうか、やや華奢な印象を受けるが貴族の子弟といった雰囲気を纏っている。腰には細身の剣を携えている。
ともに顔色は悪い。前者の名は弓銃職人の『シャリブル』、後者は騎士未満『ガルム』。ともにノインテーターという不死者の一種である。
『ご無沙汰しております閣下』
「ええ、シャリブルさんも変わりないようで何よりです」
『不死者ですからね。それで、後ろのお嬢さん方は、新人ですか?』
彼女は留学組の事情を掻い摘んで説明し、ここで少し鍛錬に参加する事を説明する。
『……僕にも挨拶させろ』
「別に構わないわ。遠慮しておきます」
『おい!! シャリブルに対して随分と僕にはぞんざいではないか!!』
魔装弓銃の設計製作者であるシャリブル。旧工房を姉に譲ってくれた恩もある。また、ワスティンの修練場の管理もお願いしている。まったくもってアタマが上がらない。ガルム? いらない子ですね。ガルムと書いて『動く標的』と読むとらしい。
彼女は一歩後ろに下がる留学組に簡単に説明する。帝国に住む不死者の一種で、戦場では兵士を狂乱状態に強い戦闘力をもつ存在だが、元は人間が魔物化された者であり、死ねない理由・目標があった故に討伐せずに生かして協力してもらっているのだと話して聞かせた。
『有難い事です。こうして、工房を与えられているのですから』
『ふん。いつか騎士となって、兄上姉上に認めてもらうのだ!!』
前者は何となく理解できるが、後者は理解不能であるという顔をする留学組女子たち。
「騎士になるとか言う妄想はその辺でやめてもらえるかしら」
『妄想ではない!! 本気だぁ!!』
「……で、誰に叙任してもらうの? 私は嫌よ」
『……え……』
「リリアルには国王陛下に叙任された騎士が既に沢山いるもの。あなたを騎士にする理由はないわ」
『そ、そんな……』
何を夢見ていたのであろうか。法国の侯爵家の馬鹿息子の不死者を、なぜ彼女が騎士に叙任しなければならないのかということを問い詰めてみたい。
「そもそも、討伐しないであげただけありがたいと思いなさい。そして、ここで、冒険者見習の子たちの剣術の相手をすることで、少しでも罪を償う事ね」
『……』
沈黙のノインテーター【完】――― であった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「今日はここで野営の練習をします」
「「「え……」」」
留学組は固まっているが、学院でできない鍛錬の一つに野営の練習がある。ここならば、安全に野外で食事と休息をとる練習ができる。
「街の路地で寝ることにくらべたら、全然安全よね」
「そ、そうだよね」
「安全安全、超安全!!」
孤児になり、あるいは路上生活の後に保護された子もいる。リンデの貧民街などは、人攫いや暴力を振るう大人たちが沢山いる。その者たちから隠れて息を殺して時が過ぎるのを空腹に耐えながら待つことを考えたならば、大した問題ではない。
「今日の野営はこれで寝泊まりします」
「「「「すごい!!」」」」
彼女と伯姪もお気に入りの『狼毛皮テント』である。雨露も弾く全天候仕様。そして、とても暖かい。
「先ずは、外に出て薪を集めましょうか」
「「「はい!!」」」
修練場に備え付けの背負い籠を班長・副長が背負い、他の子たちは一緒に薪拾いへと向かう。
「一緒に食べられるキノコや野草があれば採取しましょう。なんでもは駄目よ、食べられるものだけ。解らなければ……」
そこに、王都に冒険者を迎えに行っていた赤目銀髪以下『馳鴉隊』の魔装荷馬車が到着する。
彼女は、馳鴉隊の二期生に同行してもらい、採取の指導をお願いしようと考えていたのである。
「行かないでも大丈夫?」
「ええ。私もいるのだから、問題ないわ。それに」
彼女と一期生は遠征その他、学院で様々な関わりがあるものの、二期生はルミリ以外の関わりが薄い。ルミリも親善行に同行させたからであり、それ以前はさほどでもないのである。
『馳鴉隊』の二期生四人のうち、騎士志望であるという『碧目銀髪』こと「ヴェル」に、 このままいけば姉のノーブル領で騎士をやらされる水晶の村の村長孫娘「ジョヌ」を同行させることにする。
なので、彼女と灰目藍髪、ルミリ、ヴェル、ジョヌの二期生三人に、留学組六人の計十一人で森へと入ることになる。
「二手に別れましょう」
「承知しました」
彼女とヴェルがエマとシャルロット、イリスを連れ、灰目藍髪が他のメンバーを引率することにする。ジョヌは十五歳になっており、これまでの村長の孫という立場もあり、それなりに年少者を面倒を見ることができる。ルミリも連合王国での旅で……成長している。加えて、精霊二体がついていくのであるから、心配はない。
「これは必要なんでしょうか」
「ええ。剣を望むのかもしれないのだけれど、侍女に剣を帯びる機会はないと思うわ。むしろ、手元にあり隠しておいても違和感のない『スタッフ』を十全に扱える方が意味があるでしょう」
今回の護身用の装備は短剣の他、子供の背丈ほどの杖。これは、足元が
悪いために突くという理由以外にも、狼やゴブリンと遭遇した場合の得物として使う意味を持たせている。
「剣で斬る・突くというのは、相応の鍛錬が必要なの。刃筋を立てなければただの薄い細長い鉄板にしかならないの。杖は突く、叩く、払うといった操作と、使いこなせるようになれば長柄武器、例えば槍・ビル・ハルバードなども使いこなせるようになるわ。刃のない槍だと思って鍛錬すること」
「わ、わかりました……」
彼女の言葉はそのままの意味なのだが、エマは煙に巻かれたような気でいるように彼女には見えた。
『ベテラン冒険者のスタッフ遣いを見せてやりゃ理解できるかもしれねぇな』
引退間際の『濃赤戦士』おじさんの馭者と杖遣いとしての技量は学ぶべきものがある。その二つは護衛侍女を目指す留学組には必須の技術であるので、専門家に教えてもらう必要があるかも知れないと彼女は考える。
森へと入り、乾いている小枝や枯葉を籠へと収めていく。
「……院長……狼の足跡だ」
ぶっきらぼうな言葉で『ヴェル』が彼女に注意喚起の声を上げつつ、杖を足跡が消えた先の薮に向け、姿勢を低く構える。
「エマ、私の後ろに皆を下げて。狼がいるかもしれないわ」
「「「ひっ」」」
魔力走査に掛からないことを考えると、魔狼ではなく狼なのだろうと理解する。
すると、前方の薮ががさりと音を立て何かが姿を現す。それは、三頭の灰色の毛を持つ狼であった。