第774話 彼女は吸血鬼の在庫処分をする
第774話 彼女は吸血鬼の在庫処分をする
なんとなく魔力を感じることができ、ルミリと留学組は明るさを取り戻した。魔術の行使は精神面の影響も受けるので、あまり思いつめるのも善い事ではない。精神の平静さも魔術師にとって、あるいは騎士・兵士・冒険者にとっても重要な事だからだ。意外と平常心を維持するというのは難しい。特に、弱い立場の者にとっては。
留学生組の雰囲気が、緊張をはらんだものからやや弛緩した様子を見て夕食時の食堂はかなり明るい雰囲気となっていた。
食後、歓談の時間に移行する前に、彼女は明日の予定を急遽発表した。
「明日の午後、課題の時間の後に留学生組は今の射撃練習場にいる吸血鬼の残党の浄化体験を行います。留学生組は必須ですが、参加希望者は明日の昼食時に希望を伝えてください。三期生から優先に、見学を許可します」
吸血鬼や不死者と散々対峙して来ている一期生はともかく、二期生三期生はその対応の経験も討伐経験も少ない。また、魔力無の三期生にとって吸血鬼はとても恐ろしいものだろう。故に、吸血鬼は「殺せる」ということを目で見て理解させようと彼女は考えている。
とはいえ、未だ十歳に満たない三期生達にとって、吸血鬼体験は今後それなりに考えられる。期間が限られ、未だ魔力の活用も不十分な留学生組に先に体験させることが良いと彼女は考えている。
ノルドで捕らえた吸血鬼でも同じ事は出来る。一年後、二年後に浄化体験させても三期生は十分間に合うのである。
午前中の通常課題、そして昼食時も、リリアル生の二期生以下の新人たちはそわそわとしていた。喰死鬼を始め、ノインテーター、吸血鬼、あるいはスケルトンのような存在を含め、一期生は不死系の魔物に対しての討伐慣れがあるので、あまり関心がない。
「じょばじょば聖水掛けちゃうよ~」
「だめだよ!! 無駄遣いは!!」
赤毛娘がテンション上げている横で、魔力水作りでトラウマがある黒目黒髪が『魔力水の無駄絶対ダメ』とばかりに否定する。とはいえ、リリアルの『聖水』は彼女が作る魔力水であり、青髪女神の花鳥風月張りにいつまででも出し続けることができるくらい無駄にできる。むしろ、無駄が必要なくらい魔力が有り余っている。
「でも、吸血鬼って、聖水だけで殺せるんですか?」
「人間が熱湯か熱せられた油を掛けられるくらいの感じだよね」
「うん。でも、あいつら首刎ねれば死ぬから、どうということはない」
二期生その素朴な質問に、薬師組の誰かが答えたのを横に座っていた赤目銀髪が間髪入れずに答えると、見学でソワソワしていた二期生三期生がざわッとする。
「首を刎ねるの簡単そうに言うね」
「簡単。魔猪よりか細いし。元は人間だから。難しくない」
「な、なるほど」
「だから、あんな感じで捕まってるんだ」
「そう。吸血鬼は弱い」
「「「……」」」
吸血鬼の強さは、肉体的な部分より夜目が効き姿を隠す事が得意で、尚且つ、不死者と再生能力、そしてオーガ並みの膂力を有するということに鍵がある。
言い換えれば、姿を見つけることが得意で、夜目が効き、不死性・再生力を無視できるほどの装備と、オーガ並みの身体強化能力があれば、吸血鬼は「弱い」と言い切れる能力を持つことになる。リリアルの冒険者組はその水準にあると言える。
「魔力の扱いが上手になって、十分に、魔力走査と身体強化、魔力纏いができるようになれば、問題なく対応できるから安心なさい。それまでは、第一線に出さないから」
「普通に盗賊やゴブリン、狼が狩れるようになるまではその範囲ではないと思いなさい」
小鬼なら黒、醜鬼なら黄、食人鬼なら赤等級が討伐可能な王国の冒険者等級となる。吸血鬼は食人鬼並の赤等級以上が対象となる。一期生冒険者組は薄青程度まで能力が上がっているので、全く問題ない。
因みに彼女は赤・青の上、紫等級に随分前に昇格認定されている。伯姪は竜討伐一度目で濃青等級評価となった。ジジマッチョ? 当然半世紀前から紫等級です。
二期生は冒険者登録済みだが、年齢的に三期生はあと二三年は登録する事は出来ない。素養・能力としては冒険者として二期生を上回る子たちなので、魔力の有無にかかわらず冒険者登録は最短で行いたい。
当然、リリアル特権を活用する。何事も、先んずれば人制すというではないか。
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吸血鬼に対する恐怖心を多少払しょくした二期生以下新人を帯同し、彼女は留学組の為に吸血鬼浄化の実習を行う為、射撃練習場へと希望者を引き連れ向かっていく。
『あらぁ、今日は沢山つれているのねぇ~』
声を掛ける『踊る草』を一瞥すると、その横にいるはずの林檎エントが数歩本来いた位置より森に近付ているのが見て取れる。足を止め、彼女は話しかけることにした。
「随分と動いたのではないかしら」
『そうそう、少し動きがなめらかになっているわぁ~』
踊る草から蔦が伸び、林檎エントの幹へと絡みついている。離れても、繋がりを保てる手段と工夫はあるようだ。
そして、樹高は5mに近付こうとしている。さらに……
「枝の先に……蕾がつき始めているわね」
『ほんとうねぇ~ お花が咲くかもしれないわねぇ~』
そういうと、嬉しいのかクネクネし始める。その姿を見て、三期生が同じようにクネクネし始める。暗殺者見習、ノリがいい。
暫く踊って納得したと三期生を連れ、そのノリについていけない留学組を伴いようやく射撃練習場へと至る。
「では、最初に吸血鬼のどのような点が危険かについて簡単に説明するわね」
彼女は吸血鬼とは『血を吸う』『人喰鬼』であると定義する。
「食人鬼は、人間が何らかの理由、飢えやあるいは人を嗜虐する悪癖の延長で人の肉を食べ、魔力を急激に高めた結果、人外の魔物に至ると考えられているのね。その力は、魔力持ちの身体強化に相当し、魔力切れのない身体強化だと思えば間違いないわね」
吸血鬼の身体能力は「食人鬼」並であり、さらに、人間の血を吸い下僕とする能力を有することを続けて説明する。
「より高位の吸血鬼は、自ら捕らえた魔力持ちの魂を『分霊』する事で、自分の下僕を作ることができるのね。その場合、血を吸うだけでなく力を分け与えることになるから、時間もかかるし何体も作ることは容易ではないとわかるでしょう」
一体の隷属種を作るのに十人分の魔力持ちの魂を『分霊』する必要があり、従属種なら百人、貴種であれば千人分を与える必要がある。故に、高位の吸血鬼と言えども下僕を作る事は自らの力の源泉である魔力持ちの魂を分け与えることになるので、容易ではないのだ。
「それ以外に下僕を作ることは出来ないんですか?」
三期生の質問に彼女は出来ると答える。
「血を吸うだけで下僕となる存在を作ることは出来ます。けれど、これは『喰死鬼』と呼ばれるオーガ並みの腕力とゴブリン程度の知能を有する動く屍のような存在でしかないの。それに、陽の光に弱いので、日中は表に出てこられない。言い換えれば、洞窟や日の届かない屋内、あるいは陽が沈んだ時間帯は……活発に活動するようになります」
最近では吸血鬼を積極的に討伐した結果、『喰死鬼』の発生は見られなくなっているが、一体の隷属種でも街一つ程度支配下に置くことは可能だと言える。ただし、何のために喰死鬼で街を埋め尽くすのかという疑問はある。
「吸血鬼は自らの力を高める為、『魔力持ち』の魂を狙っています。これは、魔力持ちであるという自覚の有無は問わないので、持っていさえすれば吸血鬼に狙われることになるわね」
「「「……」」」
「それと、吸血鬼になるのは魔力を持つ者だけなので、餌になるか下僕にされる危険性があります」
「「「……」」」
リリアル生の多くは魔力持ちであり、魔力水を常飲常食することで、魔力が体に溜まる体質になる可能性を考えると、全員がそのターゲットになりかねない。
「なので、これからどういう方法で吸血鬼が討伐できるのか、確かめていきましょう」
「「「はい!!」」」
最初に、『聖水』の効果から試していくことにする。コップ半分ほど、恐らく100mⅬ程度の聖水をワインボトルほどの瓶から注いでいく。留学組の六人がそれを手にすると、彼女は三体の達磨吸血鬼の前に二人ずつ並ぶように指示をする。
「さて、これから試していくのだけれど」
「先生!! 先生の小水球で吸血鬼を攻撃してください!!」
「見たい」
「ちょっといいとこ見てみたい!!」
彼女の魔力で生み出した水は『聖性』を有している。その水は『聖水』に相当し、当然吸血鬼には……大きなダメージを与えるはず。
周りからの声にやれやれとばかりに彼女は反応する。
「わかったわ。一度だけよ」
――― 『水球』
彼女は人差し指を吸血鬼に向けると、その指先に五センチほどの直径の水球が現れる。その水球が弓ほどの速度で放たれ、パシンと三体いるうち、中央の吸血鬼に命中する。
GIYAAAAA!!!!!!
既に表情も反応も失っていた吸血鬼だが、水球の命中と共に激しく湯気のような煙が立ち上ると、体をくねらせ暴れ始める。痛みによるものか皺枯れた絶叫が練習場に響く。その声に反応して、左右の吸血鬼も体をよじり始める。
「はは、なんか動きがおかしいね!!」
「「「……」」」
赤毛娘は楽しそうに反応しているが、下級生はかなり顔が強張っている。慣れているかいないかの差はあるだろうが、一期生は吸血鬼の悪行の結果を知り、その後始末をしている。その点から、容赦しないという気持ちと、一切の同情心を無くしている。子が親を襲い、親が子を襲う。村一つ全てが喰死鬼と化していた情景は控えめに言ってこの世の地獄であった。
吸血鬼は決して許さないという強い意志を持つことに至るのは、何もおかしなことではない。ノインテーターはそれよりはるかにましであり、精々、自分がノインテーターとなるに至った恨みを晴らす程度で可愛げがある方だと言える。
「うるさい」
「最初にそれを仕留めちゃいましょう!!」
赤目銀髪と赤毛娘がさらっと伝える。先ずは、留学組が、一人ずつ、コップの聖水を中央の吸血鬼に掛けていく。掛ける都度、煙が激しく上がり、吸血鬼の絶叫が激しくなる。
叫ぶこと六度。そろそろ、反応が悪くなってきているので、彼女は次の段階に移ることにした。
「それでは、次ね。魔力を込めた魔銀の武器で攻撃することで、吸血鬼は比較的容易に倒す事が出来ます。並の武器では再生するので、首を一撃で斬り飛ばせるだけの膂力と技量がないと、魔力無での討伐は難しいのね。でも、これなら、魔力量に依存せず、討伐できます」
その昔、教会の聖騎士用に作成した、魔石に彼女の魔力を込めたものを埋め込んだヘッドを持つメイス。棘多目である。
「このメイス。スパイクドクラブに似ているのだけれど、これで頭を叩くことで容易に倒せるわ。そうね、貴女がやってみましょうか」
「……え……私ですか。エマじゃなくって」
「ええ。エマにはもう少し難易度の高いことをお願いするつもり。なので、マルゴが最初の一撃を入れてちょうだい」
エマには自身の魔力で討伐することを試してもらうのである。
魔銀のメイスを持ったマルゴは、おそるおそるメイスを持ち上げる。
「薪割りと同じ。一度、頭の上でメイスを止めて当たる位置を確認しておいて振り上げて叩き潰す。それでいいわ」
「は、はい……や、やってみます」
メイスヘッドを吸血鬼の頭上に当て、薪割りの要領で思い切りメイスを振り降ろす。
GUSHAAA
「「「「……」」」」
声にならない悲鳴を上げる留学生組と二期生。そして、ある程度残酷な場面に耐性のある三期生は「なるほど」とばかりに目配せし確認し頷きあっている。内心「できそう」「余裕だ」等と思っているに違いない。
やろうと思えば、鶏を潰したり兎を捌いたり子どもでもできることだ。当然、暗殺者養成所では幼い頃から動物の解体くらいはさせていただろう。刃物の使い方を学ぶのも、生き物を殺す事もそうして慣れさせておく方が、後々教育が楽であるから当然だろう。
兎を見て可愛いと思う子供と、美味しそうと思う子供がいるという事だ。
エマは自身の魔力を持って吸血鬼に止めを刺す仕事を与えられた。とはいえ、魔力操作も不慣れなこともあり、魔力量が少なくとも使えそうな装備という事で、『魔銀鍍金仕上げのスティレット』を渡される。細身の剣身で必要な魔力量も少なくて済む。
「さて、魔力をまずは纏わせてみてちょうだい」
「は、はい」
エマは魔力量こそ少ないものの、扱いに関しては年齢也に他の子と比べ上達が早い。そろそろこうした体験をさせてもよいと思える程度には進達している。
「はあぁぁぁ!!!」
全身から魔力をほとばしらせるような気合で魔力を薄っすらとスティレットに纏わせると、嫌がる吸血鬼の額にずぶりとその尖った刺突短剣の切っ先を突き刺し、一気に後頭部へと貫いたのである。
一二度痙攣すると、吸血鬼は頭から灰に変わっていった。