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第773話 彼女は水魔馬に新たな役割を与える

 翌日、午前中に養殖池にいる水魔馬・マリーヌに彼女と赤毛娘、灰目藍髪

は会いに行くとこにする。


『はーい』

「はーい。エルス昨日はありがとう」

『はーい。どういたしまして。リリスの件ありがとう』


 日差しを浴びてクルクルと踊るように歩き回る家精霊のエルス。納骨堂で見た時の薄汚れた姿はすでにそこには無い。名前を得て、居場所を得たことで、本来の家精霊の姿に戻ったのだろう。


『あら、どうしたの連れだって』

「あ、フローチェ」

『最近、ルミリがご無沙汰なのだわぁ』


 何だかつまらなさそうな金蛙。留学組の世話係に任命され、目が回るほどに忙しいルミリである。中々、フローチェに会いに来る時間が無いのだろう。


「今日の水撒きの時間の帰りにでも顔を出すように伝えておくわ」

『そう、感謝なのよぉ』


 喜びの舞を舞う二足歩行の金蛙。


「それと、落ち着いたら留学生組と貴女を連れて、大精霊ブレリア様にご挨拶に伺うのでよろしくね」

『……わかったのだわぁ。覚悟を決めるのだわぁ』


 いや、ブレリア様は喜ぶと思われる。棲み分けはするし、ガルギエム同様領内を守護してもらいたいのだ。泉から離れられないブレリアと異なり、金蛙は領都内のいずこかに池か泉を設けて、そこに住まわせる予定だ。


 リリアル副伯領全体の守護精霊はブレリア、領都ブレリアの守護は金蛙を据えることにする。あるいは、城内に泉を設け、その場所を居場所にするのもよいかもしれない。籠城戦に水源確保は必須である。





 彼女の背後には灰目藍髪、そして、その後ろを……1m程の高さのある樽を肩に担いだ赤目娘が続く。中に自身が隠れられるほどの重さであり、果たしてこの樽に水を汲んで持ち運べるだろうが、零さず済ませられるかは微妙である。


「では、マリーヌを呼びます」


 池に向かい灰目藍髪が声を掛けると、水中からザバザバと音を立て沸き上がるように水魔馬が現れる。


「わっ!! かっこいい!!」

「ふふ、そうね。あなたもブレリア様の祝福を得ているのですもの、どこかで水の精霊か妖精と仲良くなれるかもしれないわね」

「それなら、次の遠征には参加させてください!!」


 いつどこへの遠征になるかはわからないが、彼女は赤毛娘の希望を敵えると約束する。最近、黒目黒髪とセットで学院守護の為に留め置いたのだが、本質的に赤毛娘は姉と似た波長をもつ子である。じっとしている事は苦手で好奇心旺盛、そして何より自分の願望に直線的!!


 なので、そろそろ遠征に組み入れたいとは考えていた。伯姪と茶目栗毛を留守居に据えれば、ある程度どうとでもなる。一期生冒険者組で近隣に遠征する機会があれば、久しぶりに同行させるのもよいと彼女は考える。


「樽を置いてちょうだい」

「了解です!!」


 水魔馬は目の前に置かれた樽に関心を持ったようだが、何のためのものか見ただけでは分からない。


「マリーヌ、あなたの水球でこの樽を……」

「八分目ね」

「上から掌ほどの高さが開くくらいまで満たしてちょうだい。できるでしょう」


 BURUNN!!


 勿論だとばかりに水魔馬は嘶き、途端に、自身の胴の周りに半円形を描くように十個の小水球が生じる。


 BASHUNN BASHUNN……


 半秒毎に拳大の水球が樽の中に放り込まれていく。恐らく、黒目黒髪の一つ辺りの小水球と比べ五割増しの大きさと言ったところだろう。


 次々と放り込まれていく水球を見ていると、みるみる魔力水が樽に溜まっていくのがわかる。


「多分、十倍くらい早いです」

「そうでしょうね。発動速度は十倍以上、一発も大きい。この調子でいくと、五分くらいで溜まるわね」

「可哀そうですね……」


 赤毛娘はハイテンションだが、黒目黒髪の労苦を考えると、明らかに同情の余地があるとばかりに、灰目藍髪は悲しげな表情となる。


「魔力量が多いと、そういう苦労を背負う事になるの。慣れるしかないわ」


 ある意味彼女はその先達。本来なら、今頃商家の若奥様として家人と共に夫と義父母を支え、実家とも良い関係を築きつつ、王都でもそれなりに知られた商会に育てようと奮闘しているはずであったのだ。


 苦手な社交に精を出し、また子宝にも恵まれていたかもしれない。


――― 姉はすでにその先を進んでいる気がするのだが。決して羨ましくなんてない。


「わぁ、もう溜まりました」

「本当に直ぐですね。これなら、毎日でも大丈夫そうです」


 BURUNN!!


 当然だとばかりに嘶くマリーヌ。だがしかし。


「そう言えば、マリーヌが来てから養殖池の魚が減ってる気がするってみんな言ってます。先生、知ってましたか?」


 赤毛娘の言葉に「そういえば」と彼女は思い出す。本来馬は草食だが、それに擬態した水魔馬は草食ではなく肉食なのである。


「それは問題ね」

「ですが、食べるなとは言えません。必要な事ですから」


 灰目藍髪も主人として彼女に主張する。ならば解決策は。


「外の掘りの魚ならいくら食べても構わないわ。この中の魚は、リリアル生が食べる分なので、遠慮してちょうだい」

「理解できましたかマリーヌ」


……BURUNN……


 わかったとは言うが、渋々な嘶きである。それはそうだろう、養殖池の水は水源から引いた清流であり、魚は泥臭くない。それに対して、堀の魚は水が濁っていることもあり恐らく泥臭いのだ。それを水魔馬もわかっているのだ。とはいえ、元の棲家であるリンデの前を流れる川に比べれば、よほどきれいなので文句を言うべきではない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 あっという間に樽を満たしたのち、その樽を抱えて赤毛娘が食堂に現れると、待っていた黒目黒髪が今度は声を上げて泣き始めた。


「ふ、ふああ……ぐすん……も、もう……みずをいれつづけなくて……いいんだぁ……」

「「「……」」」


 それほど苦痛であったのかと今さらながらに知るリリアル生。いつもはニコニコと笑顔を保ち、淡々と仕事をこなす姿しか知らなかったのであるから驚きは当然だろう。


「今まで頑張ってきたわね。その頑張りは、必ずあなたの力になるわ。

無駄な事など何もないのよ」

「は……い……わ、わかって……はいます……けど……うう……つらくって……」

「「「……」」」


 その日のお昼に出るデザートのフィナンシェは、自主的に全員が黒目黒髪に渡す事になったのは言うまでもない。せめてもの謝罪の気持ちである。


「でもこれ、大丈夫かしら」

「大丈夫だと思うわ。魔猪の肉を食べられるのですもの、妖精の作り出した魔力水ならば、人間の魔力よりも余程質が高いはずでしょうし、水の精霊の魔力水なら、水の精霊の加護持ち・祝福持ちとの相性も良いはずですもの」

「それはそうね。先ずは、昼食のスープをこれで試しに作ってもらいましょう」


 彼女の推論を伯姪が肯定する。水の精霊・妖精の魔力水と親和性が良いというのはブレリアの祝福持ちであるリリアル生全員に言えることだ。


 また、魔力を操作できない学院生の中から、祝福の影響で感じ取り、操作できるようになる生徒が現れる可能性もある。その程度の影響は十分期待できそうである。





 結果として、水魔馬の魔力水は黒目黒髪のそれより、水の精霊の祝福をもらった学院生は、魔力が回復したような気がするとか、力が増した感じがするという感想を口々にもたらした。


 その中で顕著であるのが、マリーヌと契約をし『加護』をもらっている灰目藍髪である。


『魔力、かなり纏えているな。こりゃ、お前の相棒くらいに増えているかもしれねぇ。まあ、一時的だろうがな』

「限定的魔力回復ポーションね。解っていれば、使い方はあるわ」


 魔力量だけで魔術の行使能力を計ることはできない。精度が高ければより少ない魔力量で術を行使できるし、発動速度や同時複数展開なども魔力量だけに左右はされない。


 彼女の数分の一の魔力量である伯姪の四割ほどしかないのが灰目藍髪である。身体強化と魔力纏い、気配隠蔽と魔力走査。この辺りを随時使うだけで一杯一杯になってしまう。茶目栗毛や伯姪も最初の頃はその程度であった。


 それが、マリーヌの魔力水を飲む事で、随時回復し、あるいは一時的に二倍程度の魔力量を保持できることになる。それだけで、選択肢は大いに増えることになる。


 他の祝福持ち、加護持ちも同様であり、ルミリは後方事務方要員ではあるものの、同じ事を自身が加護を得た金蛙『フローチェ』で起こす事ができる可能性がある。同じように、魔力量を一時的に増やし、また継続して経口する事で魔力の保有量を増やす事が出来るのであれば、続けるべきであろう。


「ブレリア様の泉の水も効果あるかもね」

「ええ。それと、あの子たちも祝福していただけるかどうか、ご挨拶してみなければならないわね」


 ワイワイと盛り上がる三期生達とは対照的に、あまり体感できない留学組は顔を見合わせ不安そうにしている。帰国のご挨拶もしていないこともあり、長らく領都にも足を運んでいないこともあり、彼女は留学生組と水の精霊たちを連れてブレリアに向かう事を早急に行いたいと考えていた。


「それと、ワスティンの修練場の様子も見ないといけないわね」

「そこは私も見ておきたいのよね。ガルムの奴、調子に乗っていなければいいけど」

「そうね。それと……」


 彼女は連合王国で回収してきた吸血鬼達磨をそろそろ射撃練習場に出したいと考えていた。加えて、ネデル・帝国で捕獲した吸血鬼をそろそろ浄化してもよいのではないかと考えている。


「明日にでも、既存の吸血鬼を処理しましょう」

「良い考えだわ。それと、留学生組に浄化の方法を教えないといけないでしょうね」


 吸血鬼は危険な存在だが、決して無敵でも最強でもない。その姿は見つけ難く一見、地位も権勢も持っている人物に見えるのだ。上等の服を着て貴人のように振舞い、周囲に認識させる。その上で、人を利用し自主的にあるいは強制的に従わせる。

 

 力は人喰鬼(オーガ)並であり、武器や限定的ではあるが魔術を使う者もいる。人間であった時と比べ、体内の魔力を体外に出すことが不得手となり、当然、精霊の加護も消えるので、少ない魔力で魔術を行使する術を失い結果、魔術はさほど使えなくなる。


 変化や姿隠しなど、固有の魔術を使えるが、似たような行為はリリアルの冒険者組であれば行っている。魔力操作で魔力を隠蔽し、身体強化でオーガ並みの力を発揮する。魔力走査を用いて魔物を発見するので、吸血鬼の不意打ちは通用しない。


 なにより、『聖水』『魔銀』を身につけているリリアル生にとって、吸血鬼は存在の認識さえできれば怖ろしい存在とは言えない。





 彼女は午後から留学組に混ざり鍛錬に参加することにした。既にそれなりの時間を学院で過ごし、生活自体にはなれたと判断したからだ。


「あ、あの」

「大丈夫。あなたは教導役として十分仕事をしているわ。それに、この子たちの不安や不安を晴らすのは院長である私の仕事。あなたは、それに必要なことを私に相談し、要求する事が仕事よ」

「はい。かしこまりましたですわぁ」


 暗い顔をしていた赤毛のルミリだが、少し気分は上向いたようだ。その様子を伺っていた留学生組もホッとした様子である。恐らく、自分たちが不出来なせいで、ルミリが叱責されるのではと心配していたのだろう。


「ふふ、安心していいわ。今は、食事をして休息と睡眠をしっかりとって、あとは王国語を話せるようになって、後は読み書き計算の簡単なことを身につければいいのよ」

「あ、ありがとうございます」

「「「「ありがとうございます」」」」

「ええ。今は王国語で挨拶ができるくらいで十分。みな頑張っているわ」


 叱責され、咎められ、あるいは暴力を振るわれる事も少なくなかったリンデでの生活が当たり前の常識となっている留学生組からすれば、リリアルでの生活は不安こそあれ、不満はない。衣食住を保証され、将来のために学ぶ機会が与えられている。それも、馭者や騎乗、あるいは魔力の扱いや薬の作り方までである。


 どれか一つできるだけで、リンデの下層民であれば一生仕事に不自由することはないと言える仕事だ。馬丁や薬師など誰でもなれる仕事ではない。相応の知識と経験が要求されるからだ。ギルドに所属する職人の弟子にならねば教わることも出来ないし、孤児にとっては夢のまた夢である。


「それと、あなた達が他の子より劣っているから魔力水が旨く扱えないわけではないの。絶対とは言えないのだけれど、あなた達にも水の精霊の祝福がいただけないかどうか、大精霊様にお願いしてみるわ。祝福が頂ければ、より拙い魔力操作でも魔術が使えるようになると思うわ。それでも、ゼロは何度積み重ねてもゼロ。少しでも自力で魔力を感じられないと祝福も加護も意味がないわ。だから、今は感じられなくても、魔力を魔力水に流すイメージの練習をしてちょうだい」


 何人かは頷き、何人かはわからないとばかりに悲しげな顔をする。


「では、イリス。こちらに来て座りなさい」


 彼女は悲しげな顔をする幼い少女を招き寄せる。そして、彼女の手首を掴み、人差し指を魔力水に漬けるように言う。


「私の魔力をあなたの手首から指先に向けて流すわ。魔力を感じて」


 彼女が少しずつ魔力を流すと、水に漬けたイリスの指の周りの水が流れを生み始める。最初は時計回り、そしてその反対回り。やがて渦を巻くように激しく回転し始める。


「こんな感じよ。さあ、順番に体験してみましょう」


 誰にでもできる事ではない。相手の魔力に合わせる精緻な魔力操作が必要であり、リリアルでできる者は彼女しか今のところ実現できない。


 彼女の姉は魔力量こそ多いものの、精緻さは大いに欠ける。精緻さには長く真剣な鍛錬が必要であり、魔力量の多いものはそのような労苦を良しとしないからである。


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