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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
第九章 王太子妃

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第772話 彼女は黒目黒髪の悩みを解決する

第772話 彼女は黒目黒髪の悩みを解決する


「リリス、配膳手伝って」

『わかった』


 家精霊の元『バン・シー』である『リリス』は、お手伝いをすることも役割の範囲であるとばかりに、王都城塞の台所でお手伝いをしている。精霊の衣装なので汚れるとも思えないのだが、他のリリアル生と揃いの前掛けをしている。それが嬉しいらしく、言葉の調子とは裏腹に大いに笑顔である。


「エルスもお手伝いしたいのかしらね」

『あいつは養殖池でなんかやってんじゃねぇか』


 精霊は場所に居つく存在なので、エルスは確かにあの池が居場所だと認識しているのだろう。それはそれでよいと思われる。


 やや早めの夕食を『馳鴉隊』のメンバーと食べる。エマはたどたどしいながらも王国語で会話し、なんとか二期生三期生と上手くやっている。


「ねえ」

「なに」

「……バン・シーのリリスも一緒に食べるのね」

「仲間はずれにはしない。今までも、差し入れしていたから」


 彼女の問いに班長・赤目銀髪が答える。家精霊も食事するのかと思うのだが。


『この料理、魔力水使ってるだろ? 多分それが目当てだ』


『魔剣』の指摘に彼女は納得する。彼女も帰国してから知ったのだが、三期生の魔力無組の為に、魔力水を用いた料理を作り経口摂取で魔力を取り込んで変化をみるという試みを、居残り組が自発的に行っていたからだ。


 魔力を持つ二期生三期生では、この三か月間で想定以上に魔力量が延びた子がいるものの、単純な成長期なのか、魔力水経口の効果なのか比較ができていない。


「効果あると良いわね」

「きっとある。多分、母乳の問題もある」

「……そういう事ね」


 魔力持ちは遺伝するとされるが、母方の影響が強いと考えられている。胎児は母親の胎の中で十カ月を過ごし、母親の体から血液と魔力を得て成長していく。魔力持ちの母親からは魔力を大きく受け取ることができるので、彼女と姉の姉妹はそういう意味でも高位貴族から大いに息子の嫁として求められていた。

 

 魔力量だけなら、王太子妃・王妃も夢ではなかったが、今は戦乱の時代でもないため、魔力量だけでは決められない。レーヌ公家の血を受け入れることで王国を拡大するという政略結婚は、平和的領土拡張策としてかなり有効な手であると言えるだろう。


 話はやや戻るが、魔力量を高める方法として、乳児期の母乳に魔力を高める効果を求めることもある。魔力量の多い母親であれば、乳母を介さず自らの母乳を与え、そうでない場合は、魔力量の多い乳母役を探し、その役割りをお願いすることになる。


 魔力持ちの乳母は魔力量を重視する家系において何よりも優先される存在となる。仮に、王太子が第一子を得た場合、公女ルネがさほど恵まれた魔力量でなかった場合、彼女の姉に乳母の依頼が来る可能性がある。姉もすでに婚姻を経て三年、子供を授かってもおかしくない年齢になりつつある。


 仮に姉が王家の乳母となれば、また子爵家・未来のノーブル伯家と王家の関係は深く強いものになると考えられる。彼女にその乳母役がくることは……当面ない気がする。残念。


『ま、大きさは関係ねぇぞ。お前の祖母も暫く乳母やったことあるからな』


 なるほど。それは国王陛下が頭の上がらぬ理由がよくわかる。母親以上に乳母には頭が上がらないと聞く。乳母は子供の扶育の責任者であり、母乳を与えるのは別の者ということもあるが、王家の場合、魔力目当てなので文字通りの『乳母』を当てる。


 魔力量の多い母乳の代わりに、魔力水を使った料理を与え魔力量が増えないかという試みは悪くないと彼女は思っている。


 しかしながら、人数の多い学院では、その仕事が黒目黒髪に集中しており、毎日涙目になりながら魔力水を作り続けているという。赤毛娘もできなくはないのだが、魔力の制御に難がある。端的に言えば水桶に収まらず辺りにまき散らしてしまうので、何度か試みて断念。今は黒目黒髪の横で「あきらめんなよ!」とか「自分で限界きめるな!!」などと言い続けているらしい。


――― おまえが制御あきらめんな




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 帰り際に、バン・シーの『リリス』に話しかけると、「伝えておく」と言われる。名付けをしてからだろうが、随分と滑らかに言葉が話せるようになった気がする。


「誰に何を伝えるのかしら」

「あっちのバン・シーに今から帰るって伝えるだけ」

「……そう。意思が離れていても伝わるのね」


 家精霊同士は離れていても簡単な意思疎通ができるのだという。その力があるからこそ、不幸な出来事を瞬時に共有できるという事なのだろうか。家精霊はブラウニーのような小人も存在するので、その辺りが家の者に同行し戦死すればバン・シーに伝えているのかもしれないと彼女は考える。


「ではよろしく伝えてちょうだい。また会いましょう『リリス』」

「うん、またあう」


 たどたどしくはあるが挨拶をすると、リリスはかすかに微笑み返したような気がしたのである。





 薄暗くなりつつある時間。魔装二輪馬車の馭者を務めるのは再びエマ。行きよりも随分と上達した。その一つは。


「魔力が通り始めたわね」

「……多分。夕食の効果だと思います」


 出がけに口にしたのは朝食とはいえ軽いもの。魔力水を用いたスープの類いはなかった。パンとベーコンと卵、野菜の類だけであったので、魔力水経口の効果は実感できなかったのだろう。


「みんなと話をして、少しコツがわかりました」

「そう。良かったわね」

「はい」


 サボア組三人のうち、サボア公邸の下働きであった二人は、孤児でこそないものの扱いはエマたちと似た境遇であった。いわゆる口減らしのために幼い頃から働いてるのだ。魔力をどう使えば楽に働けるか。自分では意識してなかったであろうが、「不思議な力」があることには無意識に気付いていたのだろう。赤毛娘も同じようなところがある。




 

 学院に戻ると、既に夕食の時間は終えており、食堂に残る者もいたが概ねそれぞれの部屋に戻っていた。


「おかえりなさい」

「ただいま。また精霊が増えたわ」

「ふふ、仕方ないでしょう? 王都は歴史のある都なのだから、それなりに居ついている精霊も悪い魔物も潜んでいるのよ」


 伯姪は、『エルス』が「いまからかえる」と急に伝えてきて驚いたらしい。


「バン・シーの死を告げる能力って、そういうことなのかしら」

「距離を無視して即座に相手に状況を伝える能力ね。伝令いらずで便利と言えば便利ね。何か、上手く利用できれば、離れていても遣り取りできて有用な能力ね」

「王都と学院、ブレリアと拠点が複数になれば必要なことかもしれないけど、王都と学院は今のところ問題ないのだから……」

「ブレリアで『バン・シー』を探せば問題解決ね」

「……それ多分違うわよ」


 彼女は伯姪に「そうかしら」と返すのである。


 暫く伯姪と彼女が王都城塞の件について話していると、珍しく黒目黒髪が話しかけてきた。内気な彼女が仕事の時間以外で彼女に話しかけてくるのは大変珍しいのだ。


「院長先生、あ、あの。お、お話があります」

「何かしら。留守居が大変だったので、何日か休みが欲しいという事なら構わないわよ」

「そ、それもそうなんですが……あの……わ、私……」


 だんだん目が充血してきて、涙があふれてくる。


「どうしたの。話してちょうだい」

「そうそう。留守中大変だったことでも思い出しているなら、ちょっと待つわね」


 ただただ涙を流している黒目黒髪。すすり泣くでもなく、泣きわめくでもなく無言で涙があふれている。


 やがて涙が止まり、鼻声ながら、訥々と話し始める。


「私、毎日、全員の夕食分の魔力水を、あの樽いっぱいに作っています」

「「……え……」」


 ワイン用の中々大きな樽である。確か姉が彼女に話した時にはワイン樽一つで三百本ほど瓶詰めできると聞いた覚えがある。


 リリアルの学院で活動している人数は、学院生以外の少数の使用人・薬師・コースの孤児たちを加えても五十人ほどである。一人当たりワイン分六本分の魔力水は必要ないと思われる。


 薬師組は自分たちのポーション作成のために魔力水を自身で作成する。所謂、『小水球』を放つことで魔力水を作る。一つの小水球が小さなグラス一つ分ほどであり、ワインの瓶なら凡そ四分の一ほどの量だろうか。


 計算すると、ワイン樽一杯にするために、『小水球』千二百発を放つことになる。『ブレリア』から与えられた水の精霊の祝福により、魔力の消費量は水の系統に関して十分の一まで減少しているが、放つ時間は減少するわけではない。


 一度に三発放つと魔力消費は一発の時の四倍。それ以降は加速度的に魔力消費量が増えるので、三発固定で十秒ごとに放ち続ける。


 結果、一時間以上、小水球を毎日放ち続けなければならない。魔力操作あるいは、魔力量拡大のためには意味のある鍛錬に当たるのだが、既に彼女に次いで二番目に魔力量の多い黒目黒髪では時間と労苦の割に魔力の拡大は限界がある。そして、毎日・一時間・必ず・この業務を行うことで、心身ともに疲労が重なっているのだという。


「私が明日から変わることにしましょう」

「そ、それは駄目です」

「駄目よね。あなたが学院に常駐するわけじゃないんだから。対案としては少々足らないわ」

「それでも、不在の時は仕方がないとしている時はするわよ」


 結論として、彼女の魔力水は『聖性』を帯びている為、摂取しても体に取り込まれにくいという事。また、魔力水の残りは、魔力適性の低い子の鍛錬用に使われているので、量を減らす事が出来ないのだという。


「それは初めて聞いたかもしれないわね」

「魔力が無い子やあっても魔力操作がまだできていない子がやる鍛錬なんですけど」


 黒目黒髪曰く、魔力水に魔力で干渉することができることで、魔力操作の初歩を経験させることが目的なのだという。魔力を外に放出し、水に触れるか、桶の外から魔力で魔力水に水流を与える鍛錬だ。


「それは、それなりに水がいるわね」

「はい。手桶にある程度入れないといけないので、それだけで、ワイン瓶三四本分の魔力水を使います。一人あたりです」


 魔力操作の基礎鍛錬が必要なメンバーは三期生と留学組。また、二期生の一部もそれに加わることがある。学院に不在の三期生もいるので、常時必要なのは二十人分ほど。これだけで、30Ⅼほどになる。


「使い回しは出来ないのかしら」

「はい。翌日、薬草園に水撒きしますので」

「「ああ」」


 つまり、黒目黒髪が作る魔力水で食事用の煮炊きをし、三分の一ほどは魔力操作の鍛錬に使い、使用後は薬草畑に撒くので毎日必要……という流れになるわけだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 魔力量の多いのは、彼女・黒目黒髪・癖毛が頭一つ抜けており、鍛冶で用いる魔銀・魔鉛用の魔力水は癖毛が作っているので、早々協力はできないのだという。また、一期生も黒目黒髪ほどではないが魔力水を作れないわけではないが、いまはそれぞれ班長として各拠点に滞在しており、魔力水を作るにしても、自身の部隊用に必要となる。


 魔力水の作り手は相当限られているのだ。


「やはり私が」

「あなたの魔力水は『聖水』扱いだから駄目よ」


 文字通りの意味での聖水であり他意はない。


 話に聞いているであろう灰目藍髪と碧目金髪が近づいてくるのが見て取れる。


「先生」

「……はい。なにかしら」

「ご提案があります」

「あるんですぅ」


 二人は『魔力水』の出し手を考えた。身近にいるではないかと。


「マリーヌなら、問題なく大量に毎日出す事が出来ます」

「食っちゃねしているだけなので、鍛錬替わりにやってみてはって思うんですぅ」


 水魔馬のマリーヌは一体で弾幕が張れるほど、小水球を乱射できる。一度に十発、それをかなり短い間隔で放てるのである。


「それは悪くないのだけれど」

「飲食の分は避けてもらって構いません。鍛錬用や水撒き用だけでもこちらで作れば、一時間も必要ではなくなると思います」

「けど、水魔馬を台所のワイン樽まで誘導するの、大変じゃない?」


 戦馬ほどの体格のある水魔馬なので、正直、学院の台所の勝手口から入れないだけでなく、通路なども移動することは困難である。変身できなくはないだろうが、魔力水を効率よく出す為には、今のサイズが必要なのだろう。


「なら、樽を持って行って、今いる養殖池で入れてもらえばいいですよ!!」

「ええぇー 重いよぉ」

「大丈夫!! あたし、力持ちだから。それに、今度はあたしが頑張る番!!」


 赤毛娘参入。黒目黒髪の尻を叩き続けていたのであるが、協力する気が無いわけではなかった。


「空の樽でも大人一人分、水が入れば、その五倍にはなるけど、大丈夫?」

「全然大丈夫です!! 王都城塞で流行っている岩回しに対抗して、学院では樽回し、流行らせます!!」


 赤毛娘は力強く答えたが、絶対流行らないと彼女を始め、その場にいる全員が内心思うのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 経口摂取で魔力増えるなら革命だな、成長期限定の可能性もあるだろうけど あとはどうにかして生活用水、ぶっちゃけ風呂も魔力水に
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