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第768話 彼女は王太子に呼び出される

第768話 彼女は王太子に呼び出される


 魔装二輪馬車で戻る王宮からの帰り道、彼女と伯姪は同じような溜息をついていた。やれやれ。言わなきゃよかったとは言えない。あとから護衛侍女の話が漏れ伝われば、その心根を疑われかねないからである。


「また仕事が増えたわね」

「仕方ないわ。護衛侍女が必要なのは、王太子妃殿下も一緒だもの」

「ルネ様ね。固いわよ呼び方」


 彼女の中で、王族を名前呼びというのは、なかなか難しいのだ。これは子供の頃からの教育だから、一朝一夕には治せない。心理的な壁がある。


 因みに、王太子妃殿下から伺う王太子像は「優しく誠実、常に他人に心配りをする素晴らしい殿方」という大絶賛であった。


 物は言いようであるのだが、恐らくそのまま素直に評価しているのだろう。優しく誠実に見えるように振舞い、人物観察から最適な答えを導き出し、他人を上手く操作することに長けている人物なのだ。


 常に言葉の裏を考えさせられるという意味では、王妃殿下と王太子殿下はそれぞれ曲者である。因みに、国王陛下はそのままの意味で理解すればよいという祖母のお墨付きをもらっているので、相対した場合も気が楽なのである。


「近衛の仕事という気もしますが」

「そうね。でも、騎士姿ではなく侍女という点では、少々難しいかもしれないわね」


 ギュイエ大公女であるカトリナの護衛兼侍女であるカミラは、幼馴染兼将来の筆頭側仕・側近という役割を与えられていたように思えるので少々毛色が異なる。侍女姿も板についていたが、それはあくまでも必要に応じて衣装を変えていただけだろう。


「侍女に護衛のための技術を教えるのは、魔力操作さえ身につければさほど時間を掛けずに教育できるでしょう」

「そうね。魔力纏い、魔力走査、気配隠蔽、魔力壁、身体強化くらいまで使えればいいのでしょう? 継続時間もさほど必要ないでしょうし、なんとかなるわよね」


 それよりも、大切なこと。


「魔装箱馬車、王太子妃殿下専用のものを納めなければならないのではないでしょうか」

「「あ!!」」


 馭者を務める灰目藍髪の言葉に、親善副使行の間に色々な仕事が溜まっているなと彼女は考えるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 リリアルに戻り、王都の貴族の娘を王太子妃付きの護衛侍女にする依頼を受けた話をする。


「えー ほんとうですか」

「貴族の令嬢って相手するの面倒くさそうです!!」


 学院常駐の黒目黒髪と赤毛娘が危機感を表明する。


「私も一応男爵令嬢なんだけど」

「「「ですよねー」」」


 騎士に憧れ剣術を嗜んでいた伯姪と、普通の貴族令嬢を同列には扱えない。とはいえ、希望は騎士の娘あるいは、騎士としての素養・鍛錬を行った経験のある貴族の娘である。


 公女であるカトリナも近衛騎士を務めていたのであるから、人材的には見つけられるだろう。人数は四五人ということなのであるが、本館に部屋を用意しろであるとか、使用人をつけろ等と言われる可能性もある。


「まあ、何かあったら爵位でぶん殴ればいいわよ」

「……伯爵の娘だと殴り返されるのではないかしら」

「その時は、副元帥杖でぶん殴りなさい」


 王国にはそれなりに伯爵がいるものの、歴史ある街の領主程度の身分が多い。街の規模も一万人を超える事はほぼなく、公爵や王家に対抗できるほどであったその昔の大貴族である伯爵などは、百年戦争で消え去るか、公爵になっている。


 今を時めく(と思われる)リリアル副伯に対して、上から目線で物申す侍女狙いの貴族子女はいないだろうし、いたとすれば王宮に報告し馘首してもらうべきだろう。王太子妃に対しても宜しくない影響がありそうである。


「人となり含めて評価、教育して欲しいというところかしらね」

「それに、留学組の実務訓練にもいいんじゃないかしら。貴族の娘を間近で学び慣れる良い機会だと思うわ」

「それもそうね。是非受けましょう」


 機会は思う存分利用しようと彼女は考えていた。





 王宮から戻ると、留守の間に彼女宛てに王太子から呼び出し状が届いていた。


「何の用かしらね」

「さあ。連合王国の話とか、婚約披露の警備の相談じゃない」


 可能性としては魔装馬車・魔導船を王太子妃用に用立てろという可能性もなくはない。魔装馬車であれば、レーヌ公国まで二日もあれば到着するのであるから、里帰りも容易である。護衛をどうするかという問題はないではないのだが。


「王太子殿下の呼び出しは、私だけでいくわね。副院長の仕事、お願いね」

「了解。私が代わりに行くわけにはいかないもの、仕方ないわね」


 王太子妃殿下との顔合わせは二人ともした方がよいであろうが、王太子の呼び出しなら一人で構わないだろう。なんなら一人で行ってもよいくらいだ。


「先生!! あたしも偶には王都に行きたいです!!」

「ええぇ、大人しく仕事しようよぉ」

「無理。留守番はもう限界!!」


 赤毛娘からそんなお願いがされる。馭者役と侍女役を兼ねて二人で王太子宮に向かうのもよいかもしれない。魔装二輪馬車で向かうなら足も速いだろう。


「ついでに、王都城塞に差し入れも持って行ってください先生」

「勿論よ。明日の朝、用意して渡してちょうだい」

「了解です!!」


 王都城塞は、王都にあるとは言うものの特に買い物などできるわけではないので、当番隊は同じような毎日で精神的に辛いものがあるようだ。その結果、『岩回し』に至ったらしい。


「フィナンシェまとめておきます。あと、卵と葡萄ジュースですね」


 リリアルの薬草園の一角に林檎の木を植えようという話も出ている。林檎でシードルを作り、ワスティン開発で林檎畑を作るときに生かそうということのようだ。


 ブレリア城内に植えるのもよいかもしれない。古い城の中庭には、食料となる果樹や煮炊きに利用できる木材となる木々が植えられていたという。先に、林檎の木を植えるだけ植えてもよいかもしれない。


 王都城塞もである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王都の実家である子爵家に林檎の苗木の手配をお願いする。幾つかの村の代官を務めている事もあり、林檎の苗木を手に入れる伝手くらいはあるだろうと彼女は考えている。


 できれば、林檎栽培の経験のある年配者も紹介してもらえないかと手紙に書いて添えてある。使える者は親でも使う派の彼女である。


「林檎、育てたことある。お父さんと」

「そう、なら、ここの苗木の世話は貴女が中心になってお願い」

「わかった。修練場にも植えるといい」


 王都城塞、学院、修練場と三箇所に植えると、各隊それぞれが常に世話を経験することになるので良いかもしれない。


 フィナンシェと葡萄ジュースの差し入れに『馳鴉隊』メンバーは大変喜んでいた。特に三期生は興奮していた。まだフィナンシェ慣れしていないということだろう。


『シードルはワインと被らねぇし、生食でも美味いからな。良いんじゃねぇか』


どうやら、『魔剣』も林檎は好きなようだ。実際食べられるわけではないのだが、香りだけでもいい気分になれるのだとか。





 その後、王太子宮へと移動する。二輪馬車に二人だけ乗っての訪問に門衛は訝しく思うものの、「リリアル副伯です。殿下からの御呼び出しで伺いました」と口上を述べると、慌てて門を開き中へと通された。


 先日、『大塔』の大掃除をした時と比べると、本館も大塔も白く補修され、見栄えが良くなっている。


「あの白いの何ですか」

「漆喰で仕上げたのでしょうね。城館の壁が白あるいは乳白色のところは仕上げにそれを塗っているのよ」

「あ、学院の本館もそうなんですか」

「ええ。元は王妃様の離宮ですもの」


 赤毛娘はなるほどとうなずく。


 出迎える侍従が数人。その先頭には、どこかで見たことのある金髪碧眼の男が立っている。


「殿下、なにをされているのですか」

「やあ、今日は公式な訪問じゃないからね。ちょっとしたいたずら心を発揮してみたんだよ。さあ、中へどうぞ」


 悪戯好きで、姉を師匠と呼ぶ赤毛娘も、王太子殿下のオオタワケぶりには少々面食らった様子である。先が思いやられると彼女は思うのである。





 彼女は帰国の挨拶と婚約成立の祝辞を述べる。それに王太子は労いと感謝の言葉を返した。


「昨日、会ったんだよね」

「はい。聡明で美しい方だとお見受けしました」

「そうだね。レーヌ公の血筋はともかく、母方は電国王家の血を引き、実母である摂政殿下はネデルの宮廷で教育を受けている聡明な女性だ。なんでも、連合王国の王がネデルの美女の姿絵を集めた際、是非とも王妃にと願われたらしい」


 今から三十年近く前の話であるが、孫ほど離れているもののネデルとのコネクション、電国王家の血とあの父王からしたら喉から手が出るほどの貴種の美少女に思えたのであろう。


「聡明な義母が摂政を務めてくれるお陰で、レーヌ公国は何とか維持できている」

「御夫君は早世されたのでしょうか」

「ああ。先代レーヌ大公はルネの祖父にあたる。父君は若くして亡くなってね。弟である公太子は王宮で教育を受けて、ルネと入れ替わりでレーヌに帰国したよ」


 摂政を立てなければならない段階で、早々、王国は接触したのだろう。レーヌ公国は帝国と王国の緩衝地帯として長らく平和を享受してきたが、宗派対立の波を受けつつある。


 先代レーヌ公は御神子教徒として堅実な政治を行い、ネデル・神国・教皇庁と安定的関係を築いてきたが、帝国の内部には皇帝に対抗する為に原神子信徒の勢力と結ぶ諸侯が増えている。その工作活動がレーヌにも広がってきていた。


 両宗派を許容し、宗派対立による騒乱を許さない王国の存在は、摂政殿下にとって魅力的に映ったのは間違いない。先ずは公太子を王都に留学させ、王国との関係を強化。さらに、娘を王太子妃とすることで婚姻を盾に庇護下に入ることを選択した。


 レーヌ公国周辺の帝国自由都市のいくつかは既に王国の庇護下に入っており、それを踏まえてという判断もある。


「今は、公都ナシスの近くにある『タル』の街を大改造する計画が進んでいる。ここはもう王国の直轄領扱いで、代官を配置した。その上で帝国・ネデルに対する防御拠点にする予定だ。近代的な堡塁で街を囲み、一先ず、王国騎士団の中隊と新設の魔導騎士中隊を配置する」

「随分と大きな戦力と思えますが」

「なに、ランドル・聖都の後背に位置するからね。その予備戦力を兼ねて少々多目の戦力を国境に置く。それに、レーヌの宮廷からタルに逃げ込めるようにする意図もあるんだよ」


 王太子は『護衛侍女』の件もすでに耳にしており、既に連合王国から連れてきた女王陛下のそれについて聞きたがっている。


「そうか。女王陛下の足元は盤石には程遠いか」

「はい。その為に……」

「孤児を選抜して魔力持ちの護衛侍女を育ててあげるんだろ。数人ならいいんじゃないか。流石にその程度では何もできないだろう。今の女王の立場が危うい間は、多少、暗殺除けにも精神安定剤にもなるだろうから、私は良い判断だと思うよ」

「恐縮です」


 王太子は女王の危うさと、王国と女王間の私的なパイプ役として、リリアルで学んだリンデの孤児が護衛役として側に仕えるのは良い事だと判断したようだ。


「ネデルで神国の総督が異端審問を始めたように、女王が変われば、同じことを連合王国でもするだろう。そうなると、ネデルの原神子信徒や帝国の同胞も被害にあう。帝国でも宗派争いは再燃するね。その飛び火が王国の内部に浸透する可能性もある」

「危険なのでしょうか」

「そうだね。レーヌ公国の庶子家である公爵家、これが北王国の女王の母方の実家で、かなり神国寄りの貴族なんだ。ランドル・ネデルに近い場所に根付いているから、総督府と繋がっているのではないかという噂がある」


 ギュイス家。


 レーヌ公家の分家筋にあたるギュイス伯家が陞爵して公爵となった家。ギュイス伯の娘マリが北王国に嫁ぎ、現在の北王国女王を生んでいる。


 初代『クロト』は先代『巨人王』の宮廷で教育を受け育ち、王室の同盟者として遇されるようになる。当時の王宮を取り仕切っていた王太后(現在の王の祖母にあたる。彼女の祖母を重用した女傑)に評価される。


 法国戦争において目覚ましい活躍をし、おおいに面目を施す。


 シャンパー・ブルグントに侵攻した帝国軍を迎撃、敗走させる。また、レーヌ領で発生していた帝国から飛び火した農民反乱を制圧。


 この戦功を持って公爵へと陞爵した。



 二代目『フラン』はレーヌ公女ルネの従兄叔父にあたる。


 先代同様軍事に秀でた貴族であり、『向う傷』と綽名されるほどの勇猛さを誇る。メス防衛に貢献、帝国軍を敗走させるに至る。また、『カ・レ』奪還に大いに貢献した。モラン公とはライバル関係であり、また北王国女王の伯父として御神子教徒貴族・親神国貴族の領袖と見做されている。


 過激な原神子信徒から暗殺を幾度か受けているとされる。



 弟の『シャル』は聖都の大司教を長らく務める。

 また、弟『ワラン』は聖マルス騎士団総長を務めた。


 三代目と目される公子『エンリ』はレーヌ公女ルネの再従弟であり、彼女と同い年である。軍人として祖父から薫陶を受け、優秀であると評されている。


 武闘派のキナ臭い家であり、神国国王とその側近たち、あるいは異教徒との戦いで多くの苛烈な戦いを指揮したネデル総督を務める老将軍と波長が合いそうである。戦争に生きがいを感じる血族だろう。



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[一言] タルの街は星型城塞でキル・ゾーン満載か リリアルが近代的な兵を育成すれば完璧
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