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第767話 彼女は王妃殿下に紹介される

第767話 彼女は王妃殿下に紹介される


 王妃殿下の呼び出しに、彼女は「なるはや」との文言を確認し、リリアルに戻った当日午後に祖母を送るついでの灰目藍髪に返事を託しておいた。


 そして、「明日の午後」と言われ、彼女と伯姪、そして馭者役の灰目藍髪の三人で二輪魔装馬車を水魔馬に牽かせ王宮へと赴いていた。


 見るからに尋常ではない馬が牽いている馬車を見た門衛はぎょっとしたが、二輪馬車に座る相手がリリアル副伯であると見定めると、顔色を戻し、何事もなかったかのように門を通したのである。


「驚かれているわね」

「水魔馬を見る機会なんてそうそうないのでしょうね」


 水魔馬のマリーヌは無事学院の養殖池に馴染んでいる。『金蛙』こと水の大精霊(仮)フローチェも同様であった。水がきれいで大変喜んでいたのはとても良かったと思われる。ブレリア様にもご挨拶させた方が良いのだろうかと少々悩む。ガルギエム……知らない竜ですね。


 魔装二輪馬車を魔法袋に仕舞い、マリーヌは馬房に預けずそのまま王宮の堀に放つことにする。悪さをしないように、灰目藍髪経由でよくよく伝える。


「悪さをしてはいけません。特に人を襲ったりちょっかいを掛けてはだめですよ」


BURURUNN!!


 元気よく空返事するマリーヌ。何だか心配だが、馬房に預けるよりはマシだと思う事にする。他の馬が怯えてしまうからである。


 青みがかった漆黒の馬は、ざぶんと堀へと飛び込み姿を消す。なにやら大きな音がしたと気にする者がいるが、何も見えないのだからすぐに関心を無くしてしまったようだ。





 待合で暫く待機していると、直ぐに王妃付きの侍女が呼びに来た。


 勝手知ったる他人の家ならぬ王宮ではあるが、所々装いが華やかになっている気がする事に気が付く。


「変わりましたね」

「はい。王妃様が王太子妃様のために、手を加えられておりますので」


 なるほどと彼女は理解する。王妃殿下の出身は王国中南部、王太子妃殿下は帝国との境であるレーヌ。嗜好や趣味が帝国・ネデルの影響を受けたモダンなものを好む傾向がある。王妃様は純王国風を良しとしたが、悪くいえば野暮ったいのだ。その辺り、自身の趣味を修正したといったところだろう。


「王太子宮はもっと大々的に手が入っております」

「そうなのですか」

「はい。リリアル閣下がその地均しをされたと聞き及んでおります」


 確かに、親善副使として渡海する前に、『納骨堂』『大塔』に潜む魔物を討伐し、王太子宮である元修道騎士団王都本部を浄化した記憶も新しい。


「レーヌで好まれるブドウやリンゴの苗木を植えたり、王太子妃様が故郷を偲べるように牛や豚などもあちらの種を取り寄せ肥育しているそうです」


 伯姪はニヤニヤとしている。不敬ではあるが、あの腹黒王子が婚約者様に気を使っている事を思い浮かべると、その気持ちはわからないではない。


――― 似合ってない。


 その一言である。いつまで隠し通せるか、あるいはすでにネタバレしているか。甚だ怪しくもある。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王妃殿下のサロンへと案内されると、そこには王妃殿下と共に見知らぬ若い女性が待っていた。


「連合王国への親善行、大儀でした」

「いえ。女王陛下とは相応の関係を築けたので、一安心しております」

「ふふ、そう。どのような方なのかは、王弟殿下の帰国後にでも改めて聞かせてもらえるかしら」

「承知しました」


 どうやら、もう一度、二週間後くらいに訪問することになりそうだと彼女は判断した。


「そうそう、今日はね私の義娘を紹介したくて呼び出したのよぉ」


 やはりなと思いつつ、彼女と伯姪は、改めて王妃殿下の横に座る淑女に

カーテシーをする。


「レーヌ公女ルネです。高名なリリアル副伯、ニース卿にお会いできて

嬉しく思います」

「始めまして公女殿下。リリアル副伯アリックスと申します」

「王国紋章騎士、マリーア・ド・ニアスと申します。以後お見知りおきください公女殿下」


 楚々とした美女であり、髪はブルネット。そして、瞳は薄緑と灰色が散りばめられた不思議な色合いである。電王家の血筋にあたると聞くので、その辺りの影響であろうかと彼女は推察する。


「年齢も近い事ですし、仲良くしてもらいたいの。私のことはルネと呼んでもらえるかしら」

「はいルネ殿下。私のことはアリーとお呼びください」

「勿論ですルネ様。私のことはメイとお呼びください」

「ふふ、嬉しいわ。今日はお友だちが二人も増えたのですもの」


 屈託のない笑顔。これが王太子同様腹黒作り笑いであれば、恐ろしい人格であると思われるが、今のところ演技ではなく素のようである。


「ルネはいままでレーヌの公宮に摂政である公妃様と共に暮らしていたのです。この度、王太子妃となる為に王都に来ています。次期大公である弟君は王都での教育を終えて入れ違いでレーヌに戻り、公妃様の下、大公としての実務を学ぶことになるのです」


 レーヌ公国は十数年前の帝国との戦争で王国の保護領となった領地である。それ以前は、帝国の諸侯の一人であったが、レーヌ公家は元は王国王家の分家筋にあたる。王太子妃が子を産み、仮に弟大公に子がなければ次男以下が大公の養子として送り込まれ、準王族となるかもしれない。レンヌ公国と似た状況になるのだろう。


 政略結婚と言えば政略結婚だが、少なくとも血筋は王家に残ることになるのであればレーヌ公国が保護領になったとしても悪くはないのだろう。





 四人のお茶会は王妃様主導で進んでいく。魔導船の乗り心地はどうであったのか、連合王国の首都や王宮はどうであったのか。王弟殿下と女王陛下の関係はなどなど。


「やはり婚姻は難しそうですねぇ」

「陛下が希望しても、周囲の側近たちはそれを是としないようです。王国と明確に結んでしまえば、神国との決裂は明確となりますでしょう。それは、今の状態では許容できないと思われます」


 国内の反乱を次々に潰しつつ、王家に敵対する北部・東部・西部の諸侯を排除し王家に権力を集中させていく。百年戦争において、連合王国に従った古い貴族・領主層は家系が断絶したり、敗走し後継者がいなくなり取潰されたりし、結果として王家が直接統治するあるいは庇護する都市が多くなっていった。


 帝国においてはその状況を宗派戦争によりなせる可能性もあったのだが、皇帝の力不足と諸侯や帝国自由都市の力が強く妥協せざるを得なかった。神国は本国はともかく、ネデルは二つに割れたままであり、それを良しとするはずもない。


「残念ね」

「神国はネデルを統治する為に、連合王国を影響下に置かねばならないと考えていると思われます。王国の影響は面白くないのでしょう」


 それを前提に、王国はオラン公を消極的ではあるが支援し、王国内の原神子信徒の権利も一定程度認めている。ネデルに留まれないもののうち、連合王国や帝国内の原神子信徒の諸侯・都市に逃げ出したものが大半だが、地縁血縁のあるランドルに移動した商工業者も少なくない。


 神国はそれを面白くないと考えており、ネデルが落ち着けばランドルへの侵攻も考えている事だろう。神国による支配こそが、信仰の確立に繋がるなどと、本気で考えているということなのだろう。それは、聖征でサラセンの支配する諸都市を襲撃し陥落させた事と同じ振舞いであろうか。どうも、聖征を自国で完結させた神国は、その国の在り方から離れる事が出来そうにない。


「義叔父様はランドルに公爵領を得られるのですね」

「今回の婚姻が流れれば、王太子の成婚の後に、王弟から公爵に臣籍降下してもらうことになるでしょう。そうなれば、ランドル周辺の歴史ある貴族家から公爵夫人を娶って支えてもらう事になるでしょう」


 その辺りの経緯もあって、『カ・レ』からの帰国道中もゆっくりなのだと彼女は理解した。嫁探しの旅も兼ねているのだ。


 アラサー王弟殿下だが、夫人は一回りくらい若くても問題ないだろう。





 連合王国内の状況を詳しく話す事は憚られるが、馬上槍試合の話であれば特に問題ないだろう。


「では、貴女方は馬上槍試合には参加しなかったのですか」

「はい。リリアルからは、そこに控えている騎士マリス・グリィフォンスが予選から出場し、本選迄勝ち残っております」


 彼女が灰目藍髪を紹介すると、騎士の礼で王妃殿下・王太子妃殿下に挨拶をする。


「王国の騎士なのですか」

「はい。まだ騎士学校を出たばかりですが、正式に騎士に叙任されております」


 試合の展開を掻い摘んで説明したが、最後敗れた相手が優勝者である雇われ騎士であったことを伝えると「残念でしたね」と王妃殿下から言葉を頂くことになった。


「女性の身でありながら、王国の代表として立派な成績を収めたと思います。騎士として誇るべき結果でしょう」


 因みにルイダンは予選落ちであることは黙っておく。騎士の情けである。


「是非、騎士の技を拝見したいですわ」

「機会がございましたら是非」


 王太子妃殿下は無邪気におねだりされるのだが、恐らくその機会は王太子妃が危険な目に合う時になりかねない。秘すればこそ華というものである。


 そして、賢者学院を訪問し、『ラ・クロス』の試合でリリアルと最弱寮がタッグを組んで勝ち続けた話をすると、再び大いに盛り上がることになる。


「王太子殿下も、是非、リリアルと『ラ・クロス』の試合を王太子宮で行いたいと仰っておりましたわ」


 彼女と伯姪は内心「うへぇ」と思っていたが、練兵スペースに競技スペースは設けられそうだと思われる。恐らく、王太子の側近・近衛を務める王国騎士団に対する引き締めを兼ねて、リリアルをネタにしごこうというところなのだろう。


 成婚、そして次期国王として権力の中心に近づく過程で、近衛同様勘違いする騎士達が増えるに違いない。南都騎士団は腐敗した後解散となったが、演習なり実戦経験を積ませなければ、精鋭となることは難しい。


『ダシにされるんだろ。ま、仕事のうちか』


 リリアルの『ラ・クロス』熱がどうなっているのか多少疑問だが、そのまま続いているのであれば、面白い展開になるかも知れないと彼女は思うのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 リンデの救貧院から魔力持ちの孤児を六人リリアルに留学させ、女王陛下の護衛侍女として育てる事にきめた件を報告した際には、王妃殿下も微妙な顔をされたことに彼女も気付いている。


「リリアルで育てた魔術師を連合王国で活動させる。危険ではないのですか」


 彼女の中ではリリアルの技術は魔装と一体であり、また、攻撃よりも防御に向いた能力だと判断していた。特に、魔力量の少ない者であれば、咄嗟の襲撃の際などに自衛と女王陛下を守る時間を稼ぐことができる程度の魔力持ちを整えれば問題ないと考えている。


「女王陛下には、近衛騎士がおりません。騎士を抱えているのは、各地に割拠している公爵・伯爵の私兵が大半で、各州の領軍を率いる小貴族や郷紳層が騎士を務める程度です」

「では、女王陛下は誰が守っているのですか」


 公女ルネが素朴な疑問を呈する。


「自由民あるいは郷紳層という騎士未満の層の子弟を周囲に侍らせておりますが、護衛隊と名付け騎士のような格好をさせているものの、その実は従者・侍従に過ぎません。女王陛下が軍を編成する場合、ネデルや帝国人の傭兵団を雇う事になります」

「「!!!」」


 その昔、王国においても国王の率いる軍は少数であり、諸侯の寄り合い所帯の軍を名目上王が率いるという形態であった。実際、諸侯の軍はそれぞれの当主の命令しか聞かないため、銘々が好き勝手に戦い始め、百年戦争は当初全く勝てなかった。


 諸侯の軍が崩壊し、王家が編成した軍が増えるにつれ勝利を重ねられるようになっていった経緯がある。とはいえ、百年戦争後は戦争の規模が拡大し、帝国との法国戦争では、傭兵を雇って戦う必要も増えた。そして、戦争に勝てなくなった結果、近衛や騎士団の拡張、それを中核とする王国軍を編成する流れに至っている。


 連合王国は以前の王国、百年戦争の前半と変わらない状態なのである。


「今、連合王国の君主が変わるのはよろしくありません。今代の女王陛下は国内の原神子信徒の支持を得ながらも、極端な政策を取らないように時間を稼いでいます。神国の庇護を受ける事も、また、ネデルのように神国と全面的に対決することもよろしくありません」


 女王は時間を稼いでいる。国内の勢力の中で、露骨なあるいは内々に神国に与する存在を潰し、安定させようと考えている。直接的ではなく間接的に自分の敵を潰していく。私掠船も厳信徒の扱いも諸侯との関係も時間を掛けて有利に持ち込もうとする算段なのだ。


「ですので、女王陛下には生き延びていただかなければなりません」

「わかりました。リリアルへの留学生の件、私の方からも国王陛下に申し上げておきます。それと」

「王宮にも護衛侍女は必要ですわ。私たちの側仕えの中から、教育してもらう事は可能ですかアリー」


 王妃殿下はともかく、王太子妃殿下は今後命の危険もある可能性はある。王太子の王子・王女を生んだ場合は、更に母子共々危険が生じる可能性が高まる。王国東部の安定は、神国・帝国にとっても面白くない事だろう。


 レーヌから連れてくる譜代の侍女たちも、どの程度信用できるかは不明であろう。


「勿論ですルネ様。既に侍女として教育されている方であれば、魔力のある事がわかっているという前提で半年程度で護衛侍女として育てることは可能だと思います」

「そうですか。是非、王都の貴族の子女の方から、良い方を選んでリリアルで護衛教育を受けていただきたいですわ」

「わかりました。王家に忠実な騎士・貴族の娘の中で魔力のある者から良い資質の者を召し上げましょう」


 こうして、リリアルは『国内留学組』を抱えることになったのである。


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[一言] リリアルで護衛育てると特殊部隊じみた護衛になるけど良いの?
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