第765話 彼女は王国へ帰還する
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第765話 彼女は王国へ帰還する
「では、きぃつけての」
「そのうち伺うので、よろしゅうね」
リンデの桟橋に見送りに来てくれたのは、風の賢者・ダンとその師匠であるセアンヘア女史である。
「けど、思い切ったことをされたんじゃね」
「賢者学院のリクルートと同じです」
賢者学院の見習賢者たちは、巡回活動の間に加護持ち祝福持ちを見つけ同意のうえで連れて帰るところから始まる。王都孤児院・暗殺者養成所の次は他国の救貧院であったというだけのこと。
「会長、不安でございます」
「だいじょうぶだいじょうぶ。サンライズ商会のバックにはニース辺境伯家がいるって広めてあるから。今までの弱小悪徳商会とは違うって、リンデの商人は十分知ってるし、ニースの騎士団OBを常駐させるから、城館だって襲撃は……まあるかもだけど、大丈夫だよ!!」
何かあれば魔導船で駆けつけるからと姉がいいきり、不安で胸いっぱいのおっさん会長代行サンセット氏を適当に宥めている。
「大きな船じゃな」
「元海賊船を接収したので、元手はかかって無いのよね」
「……ほうか……」
ホイス船は18mほどの大きさであり、リンデの岸壁に寄せるにはそこそこ大きい。とはいえ、リリアル・王弟殿下一行、姉とジジマッチョ団を乗せるには少々手狭ではある。河口から海に出た時点で、ジジマッチョ団は姉が収納している魔導外輪船を展開、王弟殿下一行を乗せて『カ・レ』経由でニースを目指す事になる。初回航である。
ホイス船は一旦収納し、いつもの小型外輪船でリリアル一行はルーン経由で王都へと帰還することになる。10m級魔装クナール船ではかなり狭いのだが、精々丸一日程度なので、何とか許容の範囲だろう。
「ダンとセアンヘア師には大変お世話になりました」
「なんの。賢者学院はリリアル閣下に救われたようなもの。むしろ礼を言うのはこちら」
「俺が王都を訪問する時には、是非、リリアルを見学させとおせ」
「勿論よ!! 学院生全員で模擬戦のお相手をするわ」
「……こらえてね、お願いするがで……」
出帆の準備もでき、別れの挨拶もそこそこに三ケ月に渡った連合王国訪問は終了した。本来、滞在期間は勿論だが、その往復に時間を取られることがとても多い。だが、魔導船であれば精々三日もあれば王都とリンデを移動することができる。なので、彼女の中では王都と学院を往復するくらいの感覚でしかなかった。
川を下りながら、周囲の景色を目にしつつ彼女と伯姪はなんとはなしに会話をする。肩の力を抜いた、とりとめのない話である。
「また来る機会があるかしらね」
「さあ。それより、内政でしょ?」
彼女には、リリアル副伯領の開発という課題もある。領都ブレリアを再建し、街や領内の視察も必要だろう。その過程で、魔物の討伐や街道の整備、あるいは領軍の編成、あるいは冒険者の誘致も進めなければならないと考えられる。
先立つものの調達も必要であろう。税収はないに等しいただの森しかない領地なのだから。
「ゆっくりでいいわよ領地の開発」
「いいえ。リンゴでのシードル作りも必要でしょう。リンゴの木を植えて直ぐに実が生るわけじゃないのよ」
実をつけ実際収穫したものが利用できるまでに四五年の期間が必要となる。世話をする人員も確保する必要があるし、その為の村も開拓する必要がある。実が生り収入源が確保できるまでの生活も保障しなければならない。教導できるリンゴ農家の経験者も探さねばならないだろう。
「小さなことの積み重ねが沢山あるわね」
「あなた得意でしょう? 細かい仕事」
「どちらかといえば、得意かしらね」
「ふふ、きっと学院のみんなも私たちの帰りを待ちくたびれているわよ。早く帰って、先に進みましょう」
川を下る船べりに並び、彼女と伯姪は、戻った学院でのその先についてあーでもないこーでもないと話すのであった。
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二隻の魔導船は『カ・レ』沖で分かれ、聖エゼル海軍は王弟殿下を送る為『カ・レ』へ入港。リリアルはそのまま海岸に沿って西へと向かっていく。
「中の皆は大丈夫かしら」
「さあね。魔装馬車なら、多少の揺れは軽減されているから、かなりましだと思うけど、鍛錬どころじゃない生活していたでしょうから、仕方ないわね」
救貧院から連れてきた六人と魔力持ちなので、魔装馬車に乗せ自分たちの魔力で魔装馬車を維持しつつ、揺れを軽減させている。川ではそうでもなかったが、沖に出ればうねりも多少ある。揺さぶられ続け、徐々に酔いはじめたので、彼女は魔装馬車を出して中に入れたのだ。
馬車の扉をノックし開ける。中では六人はぐったりしていた。何故か、魔力の無いエマの妹レアだけが元気に甲板に出ている。左舷に顔を乗せ、遠くの海岸線を何が楽しいのか見続けているのだ。
「気分は……悪そうね」
「我慢しないで、吐き気がするときは吐きなさい。それと、何もないと吐くのも苦しいから、水を飲んでおくと良いわよ」
「「「……」」」
リリアル勢は体をそれなりに鍛えているという事もあるが、身体強化をかけ続けているので、船酔いすることはない。
「酔うのは、内臓が揺さぶられるからなのよ。お腹の周りの筋肉を鍛えると内臓が動かなくなるから、酔わなくなるわよ」
「……船に乗ることはそんなにあるの……」
「んー 多分ないわね。でも、馬車に乗っても同じよ。馬車はそれなりに乗るから、鍛えておいて損はないと思うわ」
「「「……」」」
魔装馬車であれば酔う危険はないだろうが、並の荷馬車や箱馬車の乗り心地はよろしくない。護衛侍女ともなれば、香水臭い女王陛下と同じ密室箱馬車に長時間同乗することになる。このままでは酔わないわけがない。
「慣れよ慣れ。なにごともね!」
伯姪に言いきられ、顔面蒼白の侍女見習たちは黙って頷くしかなかった。
ルーンに立ち寄り、新市街のニース商会の息のかかった宿屋に泊まる。
シャルト城館で侍女見習たちには入浴をさせ、新たな着替えを渡していたが、やはり栄養状態はよろしくなかった。魔力量を伸ばす為にも、食事と休息はとても大切である。魔装馬車を安定させる為に魔力もそれなりに消費したので今日はゆっくり休養して体力と魔力を回復させてもらいたい。
「マリーヌが魔装馬車を曳けば魔導船よりも早く王都に戻れるのではないでしょうか」
「急いで帰ってもねぇ」
「王弟殿下が帰還されるまでは王宮に挨拶に伺えないのよ。正使と副使が揃って帰還のご挨拶を陛下にしなければならないのですもの」
『カ・レ』から王都に戻る王弟殿下は、『行き』と同様、途中の街に宿泊するたびに当地の有力者と晩餐を開き、顔を繋ぐための面談もするだろう。つまり、なかなか帰ってこない。恐らく二週間くらいはかかるだろう。
「謁見の後は、報告会でしょ?」
「あなたも参加なのだから、覚悟しておいてちょうだい」
「うへぇですわぁ」
「真似しないでほしいのですわぁ!!」
伯姪、***ですわぁがちょっと気にいっているようである。
夕食後、すっかり疲れ切った見習組が部屋に引き上げ、半ば貸切となっている宿の食堂には、リリアルのメンバーだけが顔を揃えている。
「今後の予定はどのようにお考えでしょうか院長先生」
「まずは、私たちが不在の間のリリアルの状況確認と、四期生の滞在手配。それと、最初の半年の教育スケジュールの確認ね」
「それは、使用人コースのカリキュラムをベースにすればいいわよね」
連合王国育ちの七人は、王国語はほぼ話せない。とはいえ、王国での生活の間に言葉を覚えると、先々仕事の幅も広がる。庶民は使わないが、貴族や王宮では王国語由来の法律用語・政治用語を用いることが多い。元は王国貴族であったロマンデ公一党が王侯貴族となり、また、ギュイエ公女が共同統治者として連合王国の女王となったさい、あるいは百年戦争の初頭まで、連合王国の王家は蛮国語ではなく王国語を用いていた。
なので、未だに王国語語源の言葉が上流になればなるほど多く使われているのだ。学ぶ意味はとても大きい。
「魔力の量は小もしくは極小。薬草畑の世話をしながら、魔力水を畑に
撒く仕事になるのかしらね」
「あの、草の精霊の祝福は受けそうではありませんか。問題ないでしょうか」
灰目藍髪の疑問は、リリアル滞在中に、リリアルにかかわりのある大精霊の祝福や加護を受ける可能性について問題ではないかという事なのだが。
「それだけ真摯に世話をしたことに対するご褒美ではないかしら」
「そこまで規制は出来ないでしょ? 護衛の為には多少、精霊魔術も使えた方が良いでしょうし、賢者が指導する場合も祝福持ち・加護持ちのがいれば助言しやすいものね」
彼女も伯姪も、精霊に関しては精霊の与えるものなので特に危惧しないと判断したようだ。
「四期生を皆にどのように紹介するおつもりですか」
茶目栗毛は既存のリリアル生に波風が立つのではないかという危険性を示唆する内容であった。
「一期と二期は普通の応募であったけど、三期はデンヌで四期はリンデでってことだもんね。四期はリンデに戻ること前提だし」
「留学生ということで片付けましょう。在院生は王国について四期生に教え、四期生は在院生にリンデのことや蛮国語を教える。そういう関係でいいと思うわ」
三年期限の在籍であることが大前提。そして、最終的には袂を分かつのであるから、それを踏まえて関わっていく必要がある。溝を感じるかもしれないが、それは仕方がない。
「戻りたくないっていいはじめたらどうするんですかぁ」
「それは無いわよ。王国では同じ給金も身分も与えられないもの。不法入国扱いで、強制送還にするから。どの道、帰国してもらうんじゃない」
リンデの救貧院から女王陛下の使用人として貰い受け、それをリリアルで預かるという流れとなっているのだから当然だろう。身分は新王宮の使用人見習という枠になる。残りたいと言われても、王国に勝手に滞在させるわけにはいかないのだ。
「職人や商人の子なら既に下積みが始まっている年齢でしょうし、救貧院でも何らかの仕事を任されていたはずよ。ある程度、事前に説明してあるのだから、改めて確認のうえ、心得違いをしないよう言い含めておくべきかもしれないわね」
長く一緒にいれば「仲間」であると錯誤するかもしれない。四期生ではなく「留学組」と呼ぶ方が誤解を生みにくいだろうか。
「四期生ではなく、留学生としようかしら」
「それが誤解を生まずに済みそうです。お互いその方が良い気がします」
「賛成ですぅ」
「ですわぁ」
因みに、蛮国語の日常会話に問題のないルミリが「留学生世話役」として任命された。非常に嫌がられたのだが、他に選択肢はない。恐らく、興味本位で赤毛娘辺りが言葉を学びたがり、黒目黒髪が付き合わされて先におぼえてしまうまでが目に浮かぶ未来である。
二期生以下は新築の宿舎に居室を与えられているので、留学組の世話係としても適切だろう。
「それと、エマを班長とするのはいいのだけれど、補佐役・副長も決めておく方が良いと思うわ」
「確かに、六人まとまって行動するには人数が多すぎるかもしれないものね。
教えるなら半々にして、副長と他二人で三人組を作る方がいいでしょうね」
誰を指名するかを任せるのもよいのだが、年齢的に次点のマーゴットこと『マルゴ』十歳を任命することにする。このころの一歳の違いは能力的にもかなり大きな差となる。なので、年齢で選ぶことは妥当であろうか。
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翌朝、副長をマルゴとする事を彼女は留学組に伝える。また、学院内の正式呼称も『留学組』とする事も伝えている。
マルゴは一見気の弱そうな雰囲気を醸し出しているが、意外と抜け目なく爪を隠しているようにも思える。それは世渡りの術として悪い事ではない。貴族ならともかく、平民の中でも立場の弱い孤児であれば、有用であると思われない方が危険が少ない。使えると思われれば、使い潰される危険もあるからだ。孤児の扱いが悪いのは当然だとも言える。
馬車で戻るか魔導船で戻るかを考えたが、陸路は面倒なので川を遡る事に決定。ルーンと王都の間の距離は凡そ100kmほど。朝、ルーンを出れば日が沈む前に王都へと到着できる。
王都のリリアル城塞で一泊し、先触れを出して留学組の受け入れ態勢を整えてもらったのちに、午後、リリアル学院に本隊が向かうという段取りが良いだろう。
リンデを流れる川はかなり水が汚れている。都市としての再開発など行わず、生活排水をそのまま川に垂れ流しているからだ。少し前の王都も似たような状況であったが、地下に下水道を整備し、また、川の上流に水源をもつ水道などを徐々に整備している。古帝国時代の水道には未だ及ばないものの、王都の拡大に合わせた社会資本の整備には着手している。
なので、魔導船から見る川沿いの景色も、リンデ周辺と比べるとなかなか牧歌的な風景に見える。リンデから出たことが無い留学組の孤児たちにとっては、ずっと見ていても飽きない風景のようだ。船酔いもなく、半ば舟遊び気分である。
「王都はどんなところですか?」
「リンデより広くて綺麗な街ね」
「リンデより汚い所、無いと思う」
「「「「確かに」」」」
リンデの孤児たちにとっては薄汚れた場所しか記憶に残っていないのだろう。当然と言えば当然。おそらく、救貧院はまだ全然マシな場所であったと思われる。相対的にだが。
それでも半日船に乗っていれば流石に飽きる。なので、ルミリ先生による簡単王国語講座が始まる。海の上では船酔いでそれどころではなかったからだ。
「何から教えましょう?」
「緊急事態からじゃない」
「お腹が痛い」
「お腹がすいたですぅ」
それはそうかもしれない。簡単なあいさつ、返事、そして日常使う生活に必要な単語から教え始めることになる。例えば「トイレはどこですか」などである。
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