第764話 彼女は更に模擬戦を愉しむ
第764話 彼女は更に模擬戦を愉しむ
碧目金髪ことカエラ・スドレが中央に進み出ると、周りはざわめきはじめる。灰目藍髪が如何にも女騎士といった姿であったが、碧目金髪は……地味目のドレスを身につけた侍女風の姿である。
「そ、その姿で模擬戦をするのか!!」
護衛隊長のやや引き攣った顔での質問に、碧目金髪はさらりと答える。
「はい。騎士の叙任は受けていますけどぉ、この姿で戦う事もあるので、折角の模擬戦ですのでぇ、この姿で戦えというリリアル閣下の下命ですぅ」
いや、彼女ではなく伯姪の無茶振りである。
「ま、リリアルなら当然じゃ」
「当然じゃないですぅ」
適当な相槌をうつ審判・ジジマッチョに本気の反論をする碧目金髪。その手に持つ魔装槍銃の槍先には革の鞘に収まっている。
如何にもなドレス姿の相手に、自ら進んで戦おうとする者はなかなか現れない。
「面白いな。侍女でも戦えるという事を証明したいのか。なら、俺が相手をしよう」
「……いきなりですねロブ。何故ここに」
現れたのはレイア伯ロブ・ダディ。女王陛下が婚姻をしない理由であるとされる幼馴染の元公爵令息である。
「北部に向かう前に一言ご挨拶をと思い新王宮に向かう途中で、こちらの救貧院に来ていると聞いて訪問した次第です、我が女王陛下」
「そうですか……では、久しぶりにあなたが騎士として戦う姿を拝見させてもらえますか」
「勿論です。勝利をあなたに捧げます」
ロブには常の口調である「であるか」ではなく女性的な口調に戻っているのは内緒だ。
ロブ・ダディは若かりし頃、馬上槍試合で幾度か優勝しており、騎士として相応の実力者であると評価されている。
「先生!!」
碧目金髪が彼女と伯姪の元に駆け戻ってくる。
「どうしたのかしら」
「あ、あの、まともに勝負していいんでしょうか? 勝っても問題……」
「ないわ。あるわけないでしょう。何なら、私が敵討に出るわよ」
「……実力がわかる程度に戦ってちょうだい。あくまでも腕試しなのだから、勝敗は二の次よ」
伯姪は勝てと言い、彼女は腕を見せれば負けてもよいと告げる。当然、碧目金髪は……楽な方を選択する。
「怪我しない程度にファイトですわぁ!!」
「代われるものなら代わりたいところです」
ルミリは適当に応援し、ダディ卿との戦いを灰目藍髪はやや羨ましそうに見ていた。
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「レイア伯とスドレ卿の模擬試合を始める。ルールは、剣を取り落とすか倒されれば負け。また、敗北を宣言した場合も同様である。では……始め!!」
ロブ・ダディは、マスケット銃にしか見えない魔装槍銃を構える灰目藍髪を見てやや戸惑っている。
「珍しい装備だな」
「そうですか? リリアルの銃兵は標準装備ですよぉ」
正確には、両手で構えることが前提の魔装槍銃と、片手でも射撃可能な魔装騎銃とに分かれる。格闘用には長い魔装槍銃が当然用いられる。とはいえ、銃としては長めであるが、短槍としてはかなり短い。
「銃の先端に槍の穂先がついている複合武器か」
「はぁ。でもそれだけじゃありませんよぉ」
『魔装』であるから、魔力を纏う事が出来る。魔力で相手の攻撃を受け、あるいは弾くことも可能だ。
相手の胸の辺りに穂先を向け、腰だめに構える碧目金髪。ロブ・ダディは細身の剣身のバスタードソードを構えている。戦場での殺傷能力より取り回しの良さを狙った儀礼的な剣にも見える。
『ありゃ、魔銀合金だな』
「そうね。魔力を込めなければ断たれないでしょうけど」
『いざとなったらわからねぇな』
斬るつもりはなかったが、思わずという言い訳が出来かねない。碧目金髪の槍銃術はさほどのものではないが、初見からすると困惑する場面があるかもしれない。
「行くぞ!!」
剣を振り下ろし、碧目金髪が半身分横にずれ躱しつつ、銃床を下からかち上げるように振り回す。
「おおっ!!」
GAINN!!
剣をひこうとしたダディ卿の護拳に銃床が当たり大きく跳ね上げられた。ダメージはないだろうが、思わず後ずさりするほどの威力であった。
「見た目通りではないな。手弱女かと思っておったが」
「ふふ、カエラは中々の癖者です」
ドレスの足元は外からは見えない。どのような足運びをしているのかわからない分、相手は攻撃しにくく回避されやすくなる。間合いを狂わされ、必殺の剣筋をするりと交わされ、『騎士ロブ・ダディ』は些か苛立ってきている。
「ははっ、なかなかの腕前だ。どうだ、私の妾にならないか」
「ご遠慮しますぅ。私の旦那さんになるにはちょっと年上すぎますぅ」
碧目金髪、女王陛下のいい人を秒で一蹴。
「手厳しい……な!!」
GINN!!
魔力を纏わせた切っ先を、魔力を纏わせた魔装銃の銃身で弾き飛ばす。
「王国の騎士として、それなりの手当ていただいてますからぁ。既に、王国の妾と言っても過言ではありませんのでぇ」
騎士の給金はかなりのものである。本来は、装備と騎馬をその給金で自弁する事が前提だからである。兵士も剣程度は自前で用意するが、本来は揃いの装備を提供される分、給与は安めとなる。
「王国の妾か……それは手が出せねぇ……か!!」
下から切り上げ、頭上で返しての切り下し。
「ほっ、はっ!!」
GINN!!
当たった切り下しの切っ先は弾き飛ばされ、ロブ・ダディは体勢を崩す。そこに、振り回した銃床をメイスのように頭に叩きつけ、体を回転させそのまま魔装槍の切っ先を腹に叩き込む。
「ぐあぁ」
「手応え……ありですぅ」
フラフラと後退しつつ、頭と腹の痛みに朦朧とするロブ・ダディに、魔装槍銃を再び腰だめに構え対峙する碧目金髪。
「もうよい!! そちの勝利じゃ。レイア伯を治療せよ」
ワラワラとロブ・ダディの近習と女王の侍従が痛めつけられた伯爵を囲み連れ去っていく。救貧院には病院が併設されており、恐らくそこに向かうのであろう。
「お主ら、やり過ぎだ」
「申し訳ありません」
「いえ、孤児の魔力持ちの少女でも、騎士や護衛隊員に勝てるということを示したのですから、これから陛下の周りも変わらざるを得ないでしょう」
「であるか」
不服そうであるが、今の状態を客観的に考えれば、貴族の反乱、民衆の叛乱の際、女王を守る護衛戦力が心もとないという事は理解できたであろう。
「スドレ卿、なかなか良かったぞ」
「おそれいりますぅ」
「ですわぁ」
ジジマッチョも魔装槍銃を用いた近接戦闘は初見であったようで、なかなか興味深そうに見ていた。
「短槍より短いが、間合いは変わらんな」
「そうなんですぅ。銃床が重いので、後ろを持つことになるのが影響しているみたいですぅ」
重たい銃床をメイス代わりに振り回すことも短槍とは異なるところだ。短槍の石突も攻撃手段になるが、メイス代わりにはならない。
「重いので、振り回すときの威力も高まりますから」
振り回し叩きつける攻撃も、大きな効果を生みやすい。銃身は金属であるから、その辺りも効果に反映される。
愛しのロブを叩きのめされた女王陛下は不満そうな顔を隠しもしなかったが、リリアルの侍女枠が魔力量が少なくともそれなりに戦えるという事を示せたので良しとしよう。護衛隊? 知らない子ですね。
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レイア伯の怪我は大したことはなかったが、滅多に負けることのない男であり、女王が動揺甚だしかったこともあり、リリアルの回復ポーションを提供し即座に怪我を治すに至る。
北部諸侯の反乱に対抗する為、レイア伯が率いる軍をダンロムに派遣することになっている。指揮官が怪我をしていたのでは、少々格好がつかないということもある。
「はは、情けない姿を」
「いいえ、あなたは勇敢でした」
昼メロのような会話をする二人。女王陛下はキャラが変わり過ぎである。
「お加減如何ですかレイア伯閣下」
「おお、先ほどはお恥ずかしいところをお見せしました副元帥。鍛えているつもりでしたが、年には勝てませんでした」
「ロブ、あなたは十分若いわ」
「いや、馬上槍試合に出られるほど現役ではないよ。勿論、今回の討伐軍の指揮を執るには十分だと思うがね」
「ええ。頼りにしているわ」
何だか二人の空間を展開し始めているので、彼女達はお暇することにする。
「陛下、では護衛侍女の件確かに承りました。三年お時間を戴きますが、責任を持って教育させていただきます」
「……うむ、リリアル卿の厚恩忘れはせぬ。何等かの報償を」
「いえ。それには及びません。陛下の身の安全を護れることが、王国にとってなによりの報償となります。それと一つ提言がございます」
彼女が不安と不満を感じたのが、プライドばかり高く、なにを護衛しているのかさっぱりわからない『護衛隊員』の資質であった。郷紳層の子弟の箔付けの場としか考えられていないと思われる。人気取りも必要だが、その為に女王の身の安全が担保できないなら、あの数のバカモノを侍らす必要を感じない。
「護衛隊の隊員に対して、三ケ月毎に逆トーナメントを行わせます」
「逆トーナメント。なんだそれは」
勝ち抜き戦ならぬ、負け抜け戦である。ランダムに一対一で勝ち抜き戦を行わせ、負けた者同士を更に戦わせる。一戦で半分の五十人となり、二戦目でその半分の二十五人、三戦目でその半分の十二人、四戦目でさらに
半分の六人となる。
「負けつづけた六人は馘首します」
「……それで」
「三ケ月毎に六人を補充し、常に鍛錬する意味をもたせます。また、三年間生き残った者には、『名誉騎士』としての栄誉を与えるというのはどうでしょう」
正式な叙任には及ばないが、自由民・ただの郷紳層よりは格上の存在として扱われることになる。
『聖蒼帯騎士団』・ブルーリボンは女王陛下の側近集団であり、例え郷紳層出身者であったとしても、団員である間は男爵相当
としてあつかわれる。
女王曰く、今は授与することも無くなったが、この『聖蒼帯騎士団』の下位互換として『聖紅帯騎士団』・レッドリボンという名誉称号があるのだという。
「今は完全に休眠称号なのだが、これを護衛隊の長期経験者に授与することにしよう。名誉だけでしかないが、その名誉を求めて護衛隊に入るのであるからそれで十分であろう」
「それはいい考えです我が女王陛下」
「もう、何でも褒めるのは辞めてロブ」
レイア伯に話しかけられると、途端に乙女になる女王陛下。
「「「「……」」」」」
『ラブラブかよ』
さて、そろそろお暇しようと考え彼女が挨拶をしようと考えていると、背後が俄かに騒がしくなる。どうやら、急使が女王の元へとやってきたという。
「陛下は何処におられますでしょうか。セシル卿からの緊急の伝言です!!」
「こちらに」
侍従が伝令を呼び寄せる。女王の前で一礼し膝間づいた伝令に、女王が「簡潔に述べよ」と声を掛ける。
「そ、その人払いが必要かと」
「良い。リリアルは友人だ。構わぬ」
「で、では失礼して。先ほど、北王国の女王陛下が亡命されて来ました。軟禁されていたところを脱出され、ダンロム城にて保護されました!!」
北部諸侯の反乱の背後には北王国、更には神国の姿があると考えていたのだが、まさか北王国の女王が軟禁され、更には連合王国へと亡命してくるとは、だれもが思ってもみなかった。
「急ぎ王宮へ戻る。リリアル卿、ここでさらばだ」
「はい。大変お世話になりました陛下」
「うむ、貴公と我は友人だ。いつでも気軽に顔を出してもらいたい。その遠慮は無用だ」
女王は彼女を抱きしめ、別れの挨拶を済ませると、怪我から復帰したばかりのレイア伯を帯同し、新王宮へと戻っていった。
「政治の季節というわけね。私たちも、私たちの為すべき事をしましょう」
声をかけ、護衛侍女見習の少女と共に、彼女はシャルト城館へと帰還。王国へ戻る準備を進めるのであった。
【第八章 了】
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