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第763話 彼女は『救貧院』で模擬戦を見る

第763話 彼女は『救貧院』で模擬戦を見る


 エマの妹レアもリリアルに同行させる件は女王陛下に承諾を戴き、その名で院長に命じられた。何やら不服そうな院長であったが、女王の前では媚びた笑顔を張り付けていた。


「六人でどうにかなるのか」

「最初の六人とお考え下さい。魔力持ちの侍女がいれば、鍛錬させてみればよろしいかと思います」

「む、それはそうか。良い教官がいればよいのだがな。賢者学院の者にでも教導させるか。依頼を出せば、嫌とは言うまい」


 賢者学院の者たちも、魔力による身体強化の術は身につけている。魔力を持つ護衛隊や侍女たちに護身程度には身に着けさせても良いのではと彼女は考えている。


 既に王国に連れていく七人に関しては院を出る手続きに入っており、今はその処理待ちで彼女は女王陛下と時間を潰している最中なのだ。





 すると、暫くすると何やら護衛隊の一部が騒がしくなってきた。何事かと思っていると、数人の護衛隊員が女王陛下と彼女のいる応接室にどたどたと足音を立てて現れた。


「し、失礼します女王陛下」

「何事か」


 深々と会釈をすると、おろおろする護衛隊長の背後にいきり立つ隊員が数人追従している事に気が付く。


「今回の救貧院来訪の目的が、侍女見習を孤児から選ぶというお話を伝え聞いた者たちが……陛下にお話を聞いてもらいたいと申しております」


 どうやら、物言いたい者が背後のイキリ隊員たちのようである。


「ふむ、構わぬ。今は少々時間があるから聞こう」


 有り難き幸せと断り、隊長は背後の隊員たちに話すように促す。喜色を湛えた若い見目麗し気な隊員が仰々しく礼をすると、申し上げますとばかりに女王に話し始める。


「陛下、恐れながら孤児から侍女を選ばれたと聞きました」

「まあ、そうだな。魔力持ちは希少であるし、孤児だからと放置するのは国にとっても損失。故に、侍女兼護衛となる者を魔力持ちの孤児から探し育てることにした」


 女王の言葉にわざとらしく深い同意を示しつつも、恐れながらとばかりに、それに真っ向反対する話を始めるイキリ隊員たち。


「なるほど。卑しい孤児を魔力持ちの護衛ゆえ傍に置かれる。肉盾にするおつもりですか」

「いや、しかしながら、既に我ら同様、それなりの家の娘を侍女として置かれ、また、我ら護衛隊もいるのですから、わざわざ卑しい孤児などを肉盾とはいえ傍に置く必要はないのではありませんか陛下」


 王国の近衛騎士が王女殿下の侍女を拝命した彼女を試そうとしたかのように、護衛隊の存在意義を奪いかねない孤児の護衛侍女を否定しようと考えていることが伝わってくる。


「なに、リリアルの騎士達を見ると、そうした試みも試す価値があると思ってな」

「はは、孤児から騎士擬きを育てているリリアル閣下に、何事か吹き込まれておられるのですか。王国には王国の考えがあるのでしょうが、陛下には不必要なものではございませんか。わざわざ孤児をお側に侍らせる必要はございますまい」


 孤児の軍隊と言えばサラセンの親衛軍が有名だ。異教徒の孤児を集めて皇帝に忠節を誓う軍を編成するという。優先的に強力な装備がいきわたり、諸侯の領軍を上回る戦力を有している。それまで、サラセンは各地の領主・総督が編成する軍を皇帝が代表して率いていたが、皇帝直卒の軍が脆弱であり、叛乱や皇帝に忠節を誓わない地方軍に手を焼いていたという経緯がある。


 連合王国は親衛軍を持たないサラセンの皇帝と似た状態にあると言える。ならば、親衛軍を持てばよいのだが予算の関係で持つことができない。故に、小さなことからはじめようと護衛侍女を魔力持ちの孤児から選抜するに至ったのだが、それは面白くないというのが護衛隊の主流の意見であるのだろう。


 護衛隊の隊長とは言えまとめ役に過ぎない存在は、隊員の意見に否とはいえず、女王の前で醜態をさらすに至り顔面蒼白である。


「そなたどう思う」


 女王は彼女に意見を求めた。


「そうですね、今の段階で比較していただくのであれば、リリアルの女騎士と護衛隊の皆さんで模擬戦をしてみればよいのではないでしょうか。折角この敷地には広い中庭があります。陛下の訪問記念の余興として、孤児出身のリリアルの騎士と郷紳層出身の護衛隊の皆さんで力試しをしてみるのは

良い記念になるのではないでしょうか」


 女王は彼女の提案に「であるか」と答え、同意を示す。


「女騎士との模擬戦ですか。それでは、馬上槍試合に出た女騎士を出していただきましょう。我等も手合わせしていただけるのであれば願ってもない機会になります。いかがでしょうかリリアル卿」


 卿ではなく閣下と呼べと言いたいものの、そのルイダンほどの年齢の護衛隊員には「承知しました」とだけ返答する。


「面白くなってきたわね!!」

「面倒です」

「なんなら、代わりに出ようかなぁ」

「ですわぁ」


 灰目藍髪は少々嫌そうな顔をしたものの、連れていく孤児の前で手本を示す丁度良い機会だと彼女と伯姪にそそのかされ、すっかりその気になったのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 中庭を巡る窓という窓から、鈴なりの顔が見て取れる。鉄格子の入った窓はどうやら刑務所か留置所扱いの棟にあたるようだ。職員の顔も数多く覗いているのがわかる。当然、囚人も。


「刃挽きの剣を使います」

「わかった」


 彼女の魔法袋からこんな事もあろうかと用意してあった刃挽きの剣を取り出し用意する。刃がついていないだけで、叩けば怪我をする代物だ。とはいえ、灰目藍髪は魔装を付けているので、よほどのことが無い限り魔力を纏わせているのであれば危険は相当少ない。


 灰目藍髪は本来、片手半剣を好んで用いる。女性としての身長差・体格差を補うためと、馬上でのサブウエポンとして有効であるからだ。リリアルは本来、徒歩の冒険者の装備を標準としているので、片手剣が標準的な装備なのだが。


 今回選ばれたのは所謂、幅広剣(ブロードソード)と呼ばれる片手剣である。連合王国ので手に入れた装備の一つである。その護拳は持ち手を覆う形のものが付いている。切裂くことに重きを置いた剣であり、甲冑を装備しない相手であれば相応の効果を有する装備。刺突剣(レイピア)と比較してのブロードソードであり、鉈の様に幅広というわけではないのだが。


 対する相手は、法国風のレイピアを持ち出している。女王陛下の宮廷は法国風の料理や衣装、あるいは音楽やダンスが持て囃されている。その傾向もあり、法国風のレイピアも護衛隊には取り入れられているようだ。


「ニース流で対応しなさい」

「もちろんです。副院長」


 伯姪が灰目藍髪に声を掛ける。ニース流とは伯姪の好む『殴り剣術』のことである。魔力量の少ない灰目藍髪は伯姪に剣を教わることが多い。伯姪もまた魔力量の少なさを戦い方の工夫で補ってきたからだ。


 接近して護拳や小楯で殴打し不意を突く、あるいは近距離から手数で打ち倒すことを得意とする戦い方を工夫しているのだ。


 剣を構え、対峙する灰目藍髪と対戦相手の男。護衛隊員の中でも体格もよく剣術にも自信があるのか終始ニヤついている。


「孤児上りが、どれほどのものか見せてもらおう」

「ふふ、平民如きが。図が高いですよ」

「なんだとぉ!!」


 ニヤ付きからの激昂。灰目藍髪は当たり前のことを指摘したに過ぎない。


「何を勘違いしているのかわかりませんが、私は騎士の庶子であって孤児院育ちではありますが孤児ではありません。それに、王国において騎士学校を経て王国の騎士として正式に叙任されています。さて、あなたの身分はどうなっていますか。自由民、あるいは……親が郷士あたりでしょうか。残念乍ら、王国において騎士に叙任されているものは貴族と見做されます。平民が騎士・貴族を舐めるのはどうなのでしょうか」


 剣を持ったまま、両腕を広げ「何言ってるのかわからねぇぞ」とばかりに肩をすくめてみせる灰目藍髪。


 相手の護衛隊員は赤からどす黒い顔色へとさらに悪化している。貴族が少ないこの国において、郷紳層の子弟というのは微妙な立場でもある。自由民より上だが、貴族ではない。平民と貴族の中間の準貴族だと自身は主張するが、曖昧な立場だ。


 故に、貴族の下に付いたり、あるいは宮廷に仕える事で自らの立場を正当化しようとする動機が生じやすい。他者依存、より高い身分の存在に依存しやすい中間層と言えばいいだろうか。身分に対しては生まれながらの貴族よりずっと敏感なのだ。


「剣を落とすか、地面に転がされるか、敗北を相手が宣言することで勝負がつくものとする。では……始め!!」


 ジジマッチョの宣言で試合が開始される。審判を務めるが、馬上槍試合のようにどこに剣が当たったかではなく、実質ノックダウン制での勝負となる。


「ジョン!! 倒しちまえぇ!!」

「加減はいらんぞぉ!!」


 ニヤケ隊員は『ジョン何某』というようだ。法国風の剣は直線的に刺突を行う技が基本であり、その踏み込み速度に特化した戦い方は、慣れない者にとって厄介ではある。


 とはいえ、決闘などで先に相手に傷を負わせれば勝利といったルールで戦うには有利だが、よほど急所にでも刺さらない限り、手傷を負ったとしても一撃必殺とはならない。


 神国風刺突剣はリーチを生かし、円を描くように剣先を撓らせ連続して斬りかかる剣技を主とする。これは、斬り合いを前提に、相手が回避しにくい広範囲の斬撃を連続して繰り出す事で小さなダメージを重ね反撃する力を削ぐ戦い方に繋がる。


「それそれ!!」


 シッシと前に出て刺突を繰り返すジョン何某。灰目藍髪は円を描くように後退しつつその切っ先を躱していく。リーチはレイピアの方が長く、刺突は半身で腕を突き出す分、遠間から攻撃できる。踏み込むタイミングを計りつつ回避している灰目藍髪の姿を「劣勢」とみて、護衛隊の声援が高まっていく。


『魔力持ちッポイな相手』

「ええ。でも、かなりお粗末ね。もう魔力切れになるわ」


 仕掛けが分かりにくい刺突だが、灰目藍髪は斜め後ろに避けることで正面に立たず躱している。真正面からでは刺突を回避しずらいものだが、斜めから見ることができれば技の起こりは容易に見ることができる。


 二度三度と回避している間に、ジョン何某は肩で息をするようになってきた。


「もうあなたの攻撃は終わりですか」

「ば、馬鹿を言うな。ようやく体がほぐれたところだ!!」


 大声を出し威嚇するジョン何某だが、魔力による身体強化に慣れていないのか、既に体の動きと剣技が一致しなくなってきている。身体強化の効果を十分に生かせていないのだ。何かを強く叩くといった単純な動きならともかく、魔力による身体強化を用いて剣技の威力を増すという行為は、相応の鍛錬が必要とされるものだ。


『出来が悪ぃな』

「お飾りの護衛では、こんなものでしょう。そもそも、魔力も剣技も磨く必要性なんてないのですもの」


 欲しいのは女王の側に侍っているというステイタス。実際武力行使の可能性のあるような仕事ではないと思われている。名ばかりの護衛である。実際はなにも守れそうにはない賑やかしの一団。


「ふぅふぅ、戦えぇ……」

「では、どこからでもどうぞ」


 半身となり剣を下段に構え後方へとそらす。突いてこいと挑発するような構え。息を整え、ジョン何某は雑な身体強化とともに、灰目藍髪に刺突を繰り出してきた。


 半歩斜め前に踏み込み、伸びて来るレイピアの剣を下からかち上げ、そのまま前に出てくるジョン何某の頭上に護拳を叩き落した。


GOSHA!!


 前のめりに頭から地面へと叩きつけられるジョン何某。


「勝負あり!! 勝者グリィフォンス(Grisfonce)卿!!》」


 しんと静まり返る護衛隊員に対し、観戦する孤児たちからは黄色い歓声が沸き上がる。まさに一撃必殺。大男相手にきめて見せた灰目藍髪の姿に興奮が一段と高まる。


「先生、本物の護衛というのを見せたいと思うのですが。三対一での模擬戦をしてもよろしいでしょうか」


 思わぬ提案。灰目藍髪、ハードルを自ら上げてきた。


「可能なのか」

「護衛対象を守る事も必要でしょうから。ルミリ、あなたが護衛対象の役を務めなさい」

「……!!……畏まりました……ですわぁ」

「頑張れェ~!!」


 涙目のルミリ、他人事で適当に応援する碧目金髪。だがしかし、そう世の中甘くはない。伯姪が話しかける。


「次の模擬戦は、侍女服姿の槍銃装備であなたが務めるのよ」

「えぇ……マジですかぁ」

「マジよ。一人だけだと、たまたまとかまぐれと言い出す輩がいるからね」

「はぁいぃ」


 三戦目は選手交代、もう一人の孤児出身の女騎士・碧目金髪こと、カエラ・スドレ(Sedorer)が対戦することが確定した。


 



 三対一の模擬戦、護衛対象を守りつつの戦いは、魔力壁と気配飛ばし、そして身体強化を駆使した灰目藍髪があっという間に三人の襲撃者役である護衛隊員を倒し、先ほど以上の大歓声を受け大いに盛り上がった。


 孤児たちは大興奮であり、リリアルに向かう六人の表情も戸惑いから今ではなにかしらの決意を含んだものへと変わりつつあった。


「席は温めておいたわよ」

「ちょっと、熱々すぎそうなんですけどぉ」


 三対一は少々しんどかったようで、息のやや上がった灰目藍髪が珍しく碧目金髪へと軽口を叩いている。


「さて、あなたの力を見せてちょうだい」

「お見せするほどの力はありませんが……がんばりまっす」


 碧目金髪は、市場に連れて行かれる子牛のようにとぼとぼと向かうのであった。




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