第762話 彼女は女王陛下と『救貧院』に向かう
第762話 彼女は女王陛下と『救貧院』に向かう
リンデの救貧院は父王が王になりたての頃暫く住んでいたリンデの川沿いにある小さめの元宮殿であった。父王亡きあと、弟王の代には孤児院として利用されたという。
また、その一角はリンデ市内で禁止されている商売……例えば売春婦などを収監する留置施設等としても利用されている。元宮殿だけあり、護りやすく逃げ出しにくい構造となっていることが白骨宮同様有効に利用されているといったところか。
また、孤児院同様、施療院もこの場所に慈善団体が設置している。修道院を廃止した結果、施療院の多くも無くなってしまった結果に対する対応であるのだが。
孤児院は孤児の為の施設というよりも、リンデに捨てられる孤児を収監し犯罪被害に合わせない、あるいは犯罪者に利用させないための施設といったところだろう。その昔、王都の孤児院も同じようなものであった。
救貧院に到着すると、筋肉達磨爺を連れた碧目金髪と赤毛のルミリが侍女服を着て待っていた。
「先生、急にどうしたんですかぁ」
「ふふ、ここでリリアル四期生を募集します」
「マジなんですかぁ」
「マジよ。まあ、最終的には女王陛下の護衛侍女になるんだけどね」
伯姪の説明に二人はなるほどと納得する。王国の近衛騎士もリリアルから見れば今一なのだが、それでも魔力持ちの騎士としては一定の水準に達しているので、盾代わりにはなる。
ところが、女王陛下の護衛隊は宮廷道化のようなものであり、単なる侍従に騎士風の衣装を身に着けさせただけの役立たずだと彼女たちは馬上槍試合の際の帯同を見て感じていた。
周囲を警戒するでもなく、魔力を纏い盾となる事も出来そうにない、本当に役立たずなのである。少なくとも、ルイダンはじめ王弟殿下が連れている近衛騎士は、相応の戦闘力を持っているので比べるべくもない。
「やっと気が付いたんですね」
「……不敬ですよ。慎んでください」
「はぁーい」
碧目金髪も剣技にはさほどの自信はないが、騎士として一定の水準には達している。魔装槍銃を用いた『槍銃術』という棒術擬きの腕も磨いているのだ。
先にリリアルの馬車が到着し、暫くすると大勢の供を携えた女王陛下の御一行が現れた。女王陛下の抜き打ち視察とはいえ、午前中に訪問は告知されており、孤児院の職員のみならず、収監されている孤児たちも全員がお出迎えの為に並ばされていた。
血色悪くがりがりに痩せ、襤褸着を着せられた子どもたちばかりであり、正直あまり良い施設ではないと彼女たちは感じていた。とはいえ、余所の国の孤児院のことであり、思うところはあったとしてもどうすることもできない。
女王陛下の馬車が正面入り口前に止まると、孤児院の関係者全員がひざまづく。リリアル勢は後方でならんでそれを見ている。
「女王陛下、お出ましになります!!」
馬車の扉が開かれ、踏み台が置かれる。やがて中からとんでもなく大きな鬘を被った女王陛下が、金糸の施された豪奢な衣装を身に纏い姿を現すが、孤児院の者はだれ一人顔を上げる者はおらず、その姿を目にしているのは女王の供と彼女達だけである。
「皆のもの立つが良い」
女王の声に一瞬立ち上がろうとする子供を、年長者たちが押さえつける。一度目ではどうやらたってはいけないらしい。
「女王陛下のご下命である。全員立ち上がり、陛下をお出迎えせよ!!」
侍従の一人が同じ内容を再び伝え、孤児院長らしき一番豪華な身なりをした夫人とその周りにいる院長の側近らが立ち上がると、恐る恐る孤児たちも立ち上がり始める。
『教会のシスターや修道士たちの面倒の見方とはかなり違う感じだな』
「そうね。いかにも管理されているといった感じね。悪い意味で」
院長以下職員は『官吏』という雰囲気であり、あるいは『看守』としての目線が板についている。慈愛の欠片も感じられず、ここは孤児を集め外に出さない為だけの施設なのだと感じさせられる。
大広間に孤児全員が集められる。その数は百を少々欠ける程度。全員ではなく七歳以上十二歳以下の子どもたちだけが対象なので、この程度になる。既に外に働きに出ている卒院間近の者たちも当然この場にはいない。
女王の名代として、彼女は今回の訪問目的と、孤児院を出て使用人教育を受けることができる魔力持ちを探しに来たと端的に伝える。
彼女は連合王国語・蛮国語で話しかける。
『私たちは魔力を持つ女子を求めています。三年間、王国にあるリリアル学院で最初に読み書き計算と王国語、使用人としての仕事を半年程度で覚えてもらいます。その間当然、衣食住は保証しますし、僅かですが小遣いも支給します。また、魔力を増やし、扱う鍛錬を継続して行う事になります。 その後、冒険者として魔物と闘う鍛錬を行い、あるいは、魔力を用いて身を守る訓練を行います。最終的には、女王陛下の護衛侍女として陛下のお側で交代で御守する仕事に就くことになります。大変名誉なことだと思います』
彼女の説明が進むにつれ沈黙が広がり、やがて彼女の声が朗々と響くだけとなる。彼女に続いて女王陛下が護衛侍女の待遇を説明する。
『いま、リリアル卿が説明した通りだ。我が侍女として侍り、身の回りの世話をしつつ魔術で我の安全を護ってもらう。報酬は月に小金貨二枚を支給する。
勿論、衣食住は別途提供するつもりだ』
月給小金貨二枚というのは、一般的兵士の二倍、従騎士並といったところだ。
条件について何やら理解できないようで、一気にざわつく。不敬ではあるが、孤児たちの素振りに女王は特に気にしていないようだ。気さくなおばさ……お姉さんを演じているように思える。
その中で、恐らく最年長の少女がそっと手を上げる。
『どうぞ、何か聞きたい事でもあるのかしら』
『その、お貴族様と話したことが無いんで、無礼をお許しください』
おそるおそるといった態で自分の知るもっとも丁寧な話し方であろうか。
『構いません。それで、聞きたい事とはなんでしょう』
『……小金貨二枚というのは、銅貨で何枚になるのでしょうか』
孤児は小金貨など見たこともないので、価値がわからない。
『交換レートに寄りますが、小金貨一枚は銅貨千枚前後です。なので、二千枚に相当します』
小さな声にならない悲鳴があちらこちらから漂ってくる。銅貨二枚でパンが買える程度なのだ。恐らく、銅貨十枚でも孤児にとっては大金と感じるだろう。その二百倍、毎月もらえた上で、衣食住は保証されるのだ。驚かざるをえないだろう。
「どうするのだ」
「魔力走査を使います。魔力持ちはそれでわかりますので」
女王は「む」と一言口にすると、黙って用意された椅子に腰を掛けた。
『これから魔力を持つ人を確認します。特に何もする必要はありません。こちらで感知できますので、指名された子は誘導に従い前へと出てもらいます』
子供たちは祈るような目をしてこちらを見ている。ここから出られるかもしれないという期待からくる視線だ。
彼女は淡々と右最前列から指をさし、リリアルメンバーに連れ出させていく。
「それほど、多くはないな」
女王の呟きが背後から聞こえ、彼女も内心同意する。王都の孤児院で二千人から見つけ出した一期生メンバーは十一人。その二年後に選抜した二期生は六人。確率は二百人に一人であった。
とはいえ、王都では魔力持ちの男子は養子に早々に出ることもあり、魔力持ちの女の子だけが主に残っていたのだが。
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結果、魔力持ち女子は六人見つけ出す事が出来た。
六人を残し、後は退出してもらう。子供たちの中には泣き出す者もいたが、魔力が無い者を連れていくことも出来ない。理由もない。
『さて、これからあなた達は私たちに従うかどうか決めてもらわねばなりません』
彼女はそう断わり、女王陛下の侍女がいかなる仕事であるかを、その意味を説明し始める。
『護衛侍女は、自らの体を盾に陛下を御守しなければなりません。仮に、その任に失敗すれば、責任をとることになります』
『それは……』
『処刑されるでしょう』
『『『!!!』』』
王侯貴族の護衛が任務を全うできずに護衛対象を守り切れなければ、必然処罰の対象となる。自分の命を惜しんで守らなければ、どの道処刑され死ぬと分かっていれば躊躇することが無いからだ。名誉ある死か、不名誉な処刑かを考えるなら、迷う事もない。
『このままこの場所で過ごす事も一つの選択ですが、魔力のあるあなた達は身を立てる機会があるのであれば、その機会を逃すべきではありません。そのままでは魔力を十全に仕えるように自然にはなりませんし、今のままでは、魔力量が少なく大した役には立たないでしょう』
赤毛娘の様に、自然に身体強化を使いこなす力持ちが生まれないではないが、王国より白亜島の住民は魔力持ちの数もその魔力量も少ないと彼女は見ている。恐らく、精霊魔術が中心であり、先住民の時代から魔力量に依存しない魔術を主に使ってきた結果ではないかと推測する。
この場にいる女子の大半が魔力量極小レベルであり、一人か二人小レベルがいる程度だ。今の段階では薬師コースにしかリリアル基準では採用されない。とはいえ、灰目藍髪や碧目金髪レベルには三年で育成できると彼女は判断していた。
『では、この後、一人ずつ意思の確認を行います。順番にあちらの小部屋に来てもらいます。しばらく時間を与えますので、相談するなり一人でよく考えるなりしてください』
そうして、年齢の高い順に彼女は面談を始めるのであった。
最初に来たのは先ほど質問をした少女であった。
『あなたが魔力持ちで良かったわ』
『なぜ、そう、思うの……ですか』
彼女は、女王陛下や貴族の前でも臆せず話をする少女の胆力を買っているのである。
『わからないこと、知りたいことがあれば答えてもらえるかはわからないけれど、質問する価値はあるわ。あなたは、そういう考えが身についているということに、感心したのよ』
少々気恥ずかしげに頷く少女。どうやら、何でも聞くなと大人に怒鳴られる事が多く、もしかして失礼なのではと感じていたらしい。
『そういう事は貴女にではなく、相手に理由があると考えられるわ』
『よくわかりません』
『知らない、説明できないという事を本人が恥じ、その恥をかかせた相手である貴女に怒りを感じる。だから怒鳴る。そういう心理ね』
だから貴女は悪くないわと彼女は答えた。
『それで、あなたのお名前は』
『あたしは、エマです』
『そう。エマはどうしたいのかしら』
『あたしは……行きたい……けど、妹と離れたくない』
エマの妹であるレアは残念ながら魔力が無かった。年齢は七歳である。
『一緒に連れていくことはできなくはないわ。陛下の御心次第だけれど、リリアルでは魔力の無い子も使用人教育を行って、商家や貴族の家で勤められるように教えています。あなた方が最初に教わる事ね。そのまま、使用人教育をして、知り合いの商家の使用人として雇ってもらうのはどうかしら』
エマはしばし考え込んでいる。
『陛下の侍女になった時は……どうなる……のですか』
『リンデのサンライズ商会なら勤め先として紹介できます。そこで働いてもらえば、あなたがお休みの時に合う事が出来るのではないかしら。下働きで王宮に入るよりは……良い待遇を約束できます』
孤児の使用人は王宮のような場所では肩身が狭い。身元の保証がある使用人が幅を利かせるからだ。やれ、側近の誰それの領地の農民の誰それの娘のような存在が有利だ。
『それで……お願いします……閣下』
『これからは院長先生と呼んで頂戴』
『はい、院長先生』
エマの年齢は十二歳、魔力量は恐らく極小。とはいえ、薬師娘であった灰目藍髪、碧目金髪よりは若くしてリリアルに参加するので、魔力量的には増やせそうではある。
エマを含め六人全員がリリアル行きを希望した。『マーゴット』十歳、『マヤ』九歳、『チャーリー』八歳、『シャーロット』八歳、『アイリス』七歳である。
『呼び名は、王国風に変える方が良いだろうな』
『魔剣』の言葉に彼女も同意する。リリアルでいかにも連合王国から来ましたと分かる呼び名は控えた方が外聞が良い。
となると、マーゴットはマルゴ、マヤはマイア、チャーリーはシャーリー、シャーロットはシャルロット、アイリスはイリスと呼ばれることになる。エマとレアはそのまま同じ呼び名である。
「四期生(仮称)六人とレアの七人分、また仕事が増えるわね」
『同じ事だろ、三期生だってかわらねぇよ』
半年程度の差であれば大して変わらないかもしれない。また、年齢的にも三期生は幼いこともあり、進捗を考えると同じ程度に収まる可能性は高いだろう。
「さて、早々に王弟殿下と連絡を取って帰国しましょう」
『面倒事が降りかからねぇうちにだろ』
北部諸侯の反乱の影響が広まり王宮が騒がしくなる前に彼女はさっさと帰国しようと思うのである。神国王弟閣下は既に帰国しているのだから。