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第759話 彼女は『神国』について語らう

第759話 彼女は『神国』について語らう


 法国戦争の話は続く。何故なら、ジジマッチョが話の中心になるからだ。女王陛下は冒険譚が大好きなようだ。恐らく、長い間不遇な虜囚生活を強いられてきた反動だろう。


 王国ならば、騎士を引き連れ王太子や王妃殿下でも国のどこにでも足を向けることができる。最近は魔装馬車もあるので、移動の時間は極短くすみ、また、防御も堅牢な城館を各地に有している。国の半分は王領なのだ。


 連合王国は百年戦争前の王国に近い。修道院を解散させ王領は増えたというものの、もとは一諸侯であった分家の分家が王家を名乗っているのだ。自領も少なく、王家の手にする資金も限られている。人口は王国の数分の一でさらにその大半を諸侯が握っている。


 女王陛下が安心に生活できる範囲はリンデから中部の辺りまでであり、東西南北、離れるほど危険となる。全国行幸など夢のまた夢に過ぎない。故に、私掠免状を餌に、郷紳層と手を組んで非正規戦争で稼ぐしかないのであろう。


 ちなみに、神国はこの時王国に協力している。協力というよりは……火事場泥棒に近いのだが。


「あの時の王はどうかしていたな」


 南法国には『南堀国(ナンポリ)』があった。この国は歴史が古く、元は東古帝国領であり、一時はサラセンに占領されたこともあった。とはいえ、サボア以上の大国であり、王国はこの国の王位を手に入れたかった。


 だが、北法国の戦争で手いっぱいの王国軍は南堀国まで遠征軍を送り込むには無理があった。そこで、王国は神国に占領を依頼し、南堀国を二分して統治しようと提案した。結果どうなったのかは想像に難くない。


「自分たちでできないことを他人の力を借りて為そうとするなんて、土台無理な話でしょ? 確かにどうかしてるわ」

「ふむ、耳の痛い話だ」


 伯姪はジジマッチョの話を聞き同意し、女王は我がことのように難しい顔をした。同じようなことを姉王時代に神国にそそのかされ王国とやらかしているからだ。実利ではなく信条で協力したのだから仕方がない。結果、『カ・レ』を失い、王国内の橋頭保に足りる都市は全て失ったのだ。


「どうすればよかったのでしょう」

「終わったことを責めてもせん無き事だがな。王国は考えねばならなかった。何故、北法国の諸侯は自分たちを支持したのか。強大な軍隊だけでは統治することも支持を受け続けることも出来ん。城塞を攻めるのは下策、心を攻めるのを上策と為すというではないか」


 力づくで抑えつけるのは難しい。金も労力もかかり、尚且つ反発心も生む。心を従えることができるなら、その地を治めることも容易となる。戦争で占領すればその土地の民も死に、街や村も荒れる。戦争せずに従わせることは、戦争するよりもずっと価値があるのだ。


「内乱続きの国には耳の痛い事ばかりだ」

「王家の威信を高めるのには時間が掛かる。代を重ね、王の威光を世に知らしめる必要がある。陛下の御世では難しいかもしれぬ」


 ジジマッチョの言葉に、セシルが物言いする。


「……言葉が過ぎるのではありませんかニース公」

「これは失礼。年寄りのたわごとと笑い飛ばして下され」


 はははと自ら笑い飛ばして見せるジジマッチョ。夜に煩い!!


 が、女王陛下は気を悪くした様子もなく、なるほどと深く頷き、ジジマッチョの言葉をかみしめているようにも見える。


「時は何よりの薬と聞く。まだ十年、されど十年。我が統治が時を重ねることで、その正統性も真価も磨かれるという事か」


 ジジマッチョは頷く。


「王はかくあるべしと思う姿を体現し続ける。騎士であれば騎士の、貴族であれば貴族のかくあるべしという姿を体現することで、仮初の存在も真なる存在へと変化する。かくいう儂も、領主を継いだ後は大いに迷った。だが、先代である父、先々代である祖父の在りし日の姿を想い、あるいは、父なら祖父なら辺境伯としてこう振舞ったであろうと考え、その姿を自分と重ねた。いつしか、押しも押せれもせぬニース辺境伯よ。儂に出来たことが陛下に出来ぬはずもない。陛下は、儂よりずっと君主に向いておられる」


 そういうと、再び大きく笑う。やはり夜中に煩い!!


「アリーもメイもそうであろう。騎士となり、騎士としてあるべき姿を示し続けた結果が今の立場だ」

「少々やり過ぎたかと反省しております」

「えー 他に選択肢なかったじゃない? やらなきゃよかったとか思って無いわよね」


 ジジマッチョに振られ、彼女は自分がなぜこうなったのか思い返しつつ反省してみたのだが、伯姪は「それはない」と全面否定。確かに、彼女は騎士になる前からずっと「子爵家の次女としてかくあるべし」と考え自分を育ててきたという思いはある。


 なので、その先にどのような結果が生じたとしても、その生き方を選んだのだから変わりようがないと納得することにした。


「まあ、わかりやすいから私はあなたの生き方好きよ」

「そう。ありがとう」


 自分の在り方を肯定され、彼女は面映く感じた。二人の様子を微笑ましげに、また羨ましいという思いで見る女王の視線がある。若くして出会う事の出来た同性の友人。共に歩む者を得ている二人に、孤独の中王位についた女王が少々羨ましいと思うのは理解できるのである。


「二人は女らしいようで女らしくないな」

「はぁ」

「褒めているのだ。貴族の女性というのは、家に従順であり、あまり余計な事を考えずに父に夫に従うものだという考えが多い。古代語を読み書きし、学術書を読み、男と対等に話すような女を良しとしない風潮があるだろう?」


 そういえば、最近はあまり感じなくなったが、男爵になりたての頃、あるいは騎士に叙任されたばかりの頃は、侮られ理不尽な目にあったことを彼女は思い出す。


 大抵その後、叩きのめして済ませるのだが。領地を賜り副伯・伯爵になることが確実視される王国副元帥に、正面から喧嘩を売る存在はほとんどいない。ゼロではないが。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 神国は世界に冠たる大国だといえる。神国国王は神国本土のみならず内海にある様々な島の「王」を兼ね、また、ネデル公・ランドル伯・ブルグント大公の爵位を有している。


 先代の神国国王・先々代帝国皇帝であった父親の代においては、アルマン人の王・東方大公・ミラン公などの位階も有していたが、今は弟、そして神国国王からすれば従弟が皇帝位ともども世襲している。


 それを差し引いても、神国・法国・ネデルを有しており、王国の国力よりもその経済力・軍事力で大いに上回っている。連合王国からすれば十倍にもなるだろうか。


「神国一強はいつまでつづくのであろうな」

「翼は折れつつあるようだが」


 神国本国は、長くサラセンとの戦いで王家を中心に一丸となっており、また、異教との戦いの歴史から教皇庁・王家への忠誠心の高い戦士・騎士が数多く揃っていると言える。その中から、新大陸へ派兵される軍が編成され、その領土拡大を熱心に進めている。


 国土の拡張の流れはサラセンとの戦い以降も、その意識が全く変わっていないと言っても良い。


 しかしながら、その他の領地は少々事情が異なる。


 神国国王の元に各領地が治められているとは言うものの、それはあくまで同じ君主が治めているだけの別々の国でしかないのだ。例えばネデルは、先代国王からの重鎮である将軍が総督として治めている。異教徒との戦争に皇帝と共に長らくかかわった男であり、原神子信徒に対する強硬な姿勢は神国本土の考え方を踏襲している。


 異端は死すべし。そのような発想だ。


 先代の神国国王・皇帝が退位した際、ネデルは三人の大貴族を中心に神国国王の元、これまで通り統治される手はずであった。オラン公と二人の伯爵がいくつかの州を代表し、ネデルの各都市を中心とする諸州が合議で統治を行う。総督はあくまでも名目上の代理人であり、主導権は各州・都市にあるはずであった。


 それを当代の神国国王は強固に否定した。


『共和制』のネデルに、専制政治の仕組みを押付けたのだ。当然反発が発生し、総督は国王の指示の下、その反発したものを「異端」として次々収監し、財産没収・処刑を行った。オラン公以外の二人の伯爵も処刑されている。


 ニコル書簡によれば、『共和制』を御することは難しく、完全破壊か君主自らその地を治めるか、代官を置きこれまで通り仕組みを維持しつつ時間を掛けて骨抜きにするという選択肢が考えられる。


 先代神国国王はネデル生まれのネデル育ち、側近の多くはネデル人であったこともあり、二番目の統治を行った。しかし、当代国王は神国生まれの神国育ち、側近もガチガチの神国人。ネデルの統治を行うなら第一の完全破壊を選ぶことになる。


 結果どうなったのかは、良く知られる事だ。北部・海沿いの諸州は離反、ネデル南部は辛うじてネデルに駐留する神国軍の力もあり統治の範囲となっている。


 貿易の盛んな北部諸州を失い、ネデルの収入は大量の軍の駐留費や富裕層の海外逃亡など含めて大いにマイナスとなるだろう。また破産しかねない。


「神国本国が健在なら、そう簡単に行き詰まることもあるまい」

「神国は世襲の国王で、異教徒との戦いを五百年も続けた筋金入りの戦闘国家。騎士や兵士の割合も王国の三四倍はいる。平民騎士は当然だし、騎士も大した領地を持っておらんから、子供たちは冒険商人になる他、神国軍や軍船乗りになる他ない。あの国では、未だに聖征時代の行動がそのまま続いていると言っても良い」


 五百年前と言えばまさに聖征が始まった時代。教皇庁主導の聖王国への聖征は二百年余りで頓挫したのだが、その後もずっと神国は自国領土内で聖征を続けていた。すべての聖王国へ派兵していた聖騎士団が向かったわけではないが、解散させられた修道騎士団の騎士達の多くは、神国の聖騎士団に吸収されたとも言われる。


「それじゃ、話が合わないのは当然ねお爺様」

「まあ、異教徒との戦いや海賊討伐なら協力は出来る。だが、あ奴らは最終的に神国国王あるいは王家による世界の統一しか興味がない。先ずは同じ国王を持つ領地を神国の支配下に置き、その周辺の国へも勢力を広げようとしている。ようは、世界中を御神子教徒の国にし、それを成し遂げる事こそ自分たちの使命だと考えておるわけだ」


 そう考えると、ネデルの次に狙われるのは連合王国。もしくは、ネデルを完全制圧する為に原神子信徒という共通点のある連合王国を先に倒し神国の勢力下におくことを優先する可能性が高い。


 北部諸侯の反乱、あるいは北王国への支援はその辺りを考えてのこと。ネデルでの抵抗は継続してもらいたいが、こちらにあまりに注目されると連合王国が危険となる。


「王国は似て非なるもの。かえって憎まれているかもしれませんね」

「そうだな。豊かな国土、発展している都市と商業、サラセンを追い払った大王の業績、教皇庁の支持、人口は神国本土の二倍。最大のライバルは皇帝を除けば王国であろうな」


 法国戦争の時代、神国が西大山脈を越えてギュイエ大公領へ侵入したことがある。とはいえ、山越の進撃路では補給も難しく大軍を派遣することもできなかったため、幾つかの国境線の要塞を攻略して停止。法国戦争の終了とともに神国とも和平を結んでいる。


 正面切っての戦争は不利と判断したのだろう、神国は連合王国に対する北部諸侯のような存在を王国内で探している。隣接する領地ではなく、敬虔な御神子教徒を神国与党へと誘い、王国内の原神子信徒を攻撃させようとしている。


 これに対して、既に王命で「宗派の違いを理由に他者を攻撃する者・勢力は反逆罪と見做す」と告知されており、中々行動に移せていないようなのだが、王家の枝葉の公爵家がその御先棒を担ごうとしていると姉に彼女は聞いている。


「ネデルのことは、我等共々他人事ではない。陰に日向にオラン公一派を支援しなければ、こちらに剣先が向きかねぬ」

「そうですね。リリアルもオラン公家とは少々関わりがありますので、無下にするつもりはありません」

「魔導船は渡せないけど、力くらいは貸せるかもね」


 オラン公に魔導船など、虎に翼のようなもの。あまり強くなりすぎる事も問題になるので、それはそれである。


「いざという時に、逃げる先が選べるというのは悪くないな」


 そういえば、オラン公は妻を無くして独身になっているのではなかったか。女王陛下と年齢的に釣り合わないではないが、ネデルの君主を王配に迎えるというのは、神国を刺激し過ぎると側近たちを含め周りが許さないと思われる。





 神国談議がしばらく続いたのち、女王は改めて話を始める。


「率直に言おう。神国は王女を王妃として送り込み、少なからぬ援助をしてくれた過去がある。同盟を結び、王国を共に攻めたこともある。故に、王国とは敵対することは容易だが、神国とは……難しいという面もある」


 国力の差が同じ程度であれば、仇敵である王国よりも神国と手を結ぶ事の方が容易であるというのが、連合王国の在り方なのだと女王は語る。


「然様。王国とは、何度も戦争をしているのだ。百年戦争の時代以前も、英雄王が戦死したり、その弟王が王国内の王領を次々失い、そういったしてやられたという気持ちも貴族の間では特に強いと言えるだろう」


 セシルが女王に同意し、過去の話をし始める。それなら、敵視するのは王国であるはずだ。


「ふふ、面白いことをおっしゃいますねセシル卿。何故、強盗が、強盗に入られた家人が恨む事を恐れるのでしょう。それは当然。襲われたのは王国であり、襲ったのはこの国の王と唆された諸侯と騎士達ではありませんか。条約を結んだとはいえ、奪った物を返しただけの話。幾百の街や村が破壊され、どれだけの民が殺され奪われたか。その事もお忘れなのでしたら、陛下の側近を辞された方が宜しいのでは?」

「……」

「王都は十五年も占領されておりましたの。その間、どれだけ迷惑であったか。王都の護り手である我が子爵家の記録でもお聞かせしましょうか」

『おう、任せて置け。俺が諳んじてやる』


『魔剣』は書庫に残されている記録はほぼ網羅している。歩く書庫……いや話す書庫と言っても良い。


「ビルよ。こちらの負けだ。我等は加害者の子孫、そちらは被害者の子孫。立場は弁えよ。それを踏まえて、王国と連合王国はともに神国と対峙し、神国の世界征服……統一であろうか、それをネデルから阻止するということになるのであろう」

「……は。分を弁えず失礼しました、リリアル閣下」


 彼女は無言で首を横に振る。言葉にして赦すつもりはないが、女王の言葉にこれからの関係構築を是としたのである。


「しかし、一度王国を中から見てみたいものだ。近衛連隊を始め、常備の軍を有し、諸侯の軍の助けを借りることなく国を守る。なにやら『魔導騎士』という特別な戦力もあるとか。仮に、リンデに配置するなら、どの程度の数が

必要だろうか」


 魔導騎士は拠点防衛戦力なので、リンデを守る為に配置するのはおかしなことではない。外周数キロの都市であるから、恐らく、一個中隊十二基もあれば十分ではないかと彼女は考えるのである。




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[一言] 魔装騎士が生まれた以上、魔導騎士は旧世代になったよね
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