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第07話 彼女は宵闇に奏でる

第7話 彼女は宵闇に奏でる


 さて、ここまでくると彼女と出会うまで、『魔剣』がなぜ書庫に収まり続けたかという疑問もあるだろう。気にならない方は先に進むと良い。


 魔剣の魔術師が寿命を迎えるころ、彼女が守り抜いた子供は既に亡くなっていた。特別短命であったわけではなく、魔術師が人の余命の倍ほども生きたから当然であった。


 彼女の子供は男爵に叙爵された。父も母も街と民を守って死んだことを尊んだ当時の王が宰相を後見人として育てさせることにしたのである。その両親のおかげで、彼は庶子ではあるが辺境伯の娘を妻に貰うことになった。彼は魔力をほとんど持たなかったのだが、妻である辺境伯の姫は強い魔力を持っていた。


 二人の子供のうち一人は辺境伯の騎士団長として招かれ、跡取りの息子は父の後を継ぎ、その頃まだ小さかった王都の都市計画を扱う家柄となった。


 祖父の武名を辺境伯騎士団長として、祖母の民と街を守る魂を王都の都市計画を担う男爵家として継いだと言えよう。




 

 さて、辺境伯の妻の子供たちは当然魔力持ちであり、当時は母自らが魔力の扱い方を教えたため、書庫にやってくることはなかったのである。魔術師はこの辺境伯の姫であった夫人とも年の離れた友人となり、会えば彼女の今は亡き義母の話をするのが恒例であった。そして、魔術師が亡くなる時に、自分の形見である魔術書を子爵家で保管してもらいたいと願ったのである。


 魔術師として、また魔導士としても優秀であった夫人は、喜んで魔術師の遺品である書物を当時の男爵家の屋敷に収めることになる。つまり、彼女が足繁く通っていた書庫は元々、魔術師の蔵書置き場であったのだ。


 魔剣はひたすら待ち続けた。護るべき彼女が現れるのを。それは、まったくの偶然であり、男爵家が子爵家となりかなり経ってからのことであった。既に、武名は忘れ去られ、子爵家の家名ばかりが著名となってきたころ、その女は子爵の妻となった。


 女は美しかったのであるが、伯爵令嬢としては非常に少ない魔力しかもたず、魔術もほとんど使えなかった。故に、侯爵家の夫人となることができず、魔力を必要としない王都を守る子爵家の夫人となった。それが、彼女の母である。


 自分がなしえなかったことを姉に、自分と同じことを妹に強いているのが彼女の母であった。故に、魔剣は再び彼女と再会できたと言えよう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 泥塗・板立て・逆茂木づくりが終わり、夕食を軽めに済ませる。女と年寄りが立ち去り、戦えるものだけが残っている。


 篝火を焚き、村内は昼間のよう……まではいかないがかなり明るい。数をケチれば影をたくさん作り、返って死角が増えるのだ。見張り台には数人の弓の使える村人を残し、彼女と女僧に野伏と村人はゴブリンとの戦いに備えた話を進める。


 明日の朝を迎えることが無事できれば、王都から援軍が来るはずなのだ。馬車を見たゴブリンの支配種は今夜、必ず攻めてくるだろう。明日はないのだ。


 村人と冒険者の違い。それは、ゴブリンとゴブリンたちを分けて考えるかどうかである。例えば、火事で死ぬ人より水難で死ぬ人が多いのは意外と知られていない。火は誰でも警戒するが、水はそこまでではない。量が多く、勢いがつけば水は火より恐ろしいのだ。


――― ゴブリンは怖くない、しかし、ゴブリンたちは怖ろしいのだ。


「ゴブリンを殺す時は二人一組」

「……ゴブリンなのに?」

「ゴブリンだからだ」


 力が弱くとも、頭が悪くとも奴らは狡猾だ。それに、数が多ければ短い時間で止めを刺さねば、次のゴブリンに襲われる。ゴブリンの怖さは数にあるのだ。


「一人が長柄の武器、槍なら文句なしだが、なければ長鎌かフォークね」

「長い棒ではダメか」

「駄目だ。押さえつけられない」


 一人が押さえつけ、一人が鉈などで頭を叩き割る。逃げ回れれば反撃も受けるし時間もかかる。二人一組で速やかに確実にゴブリンを殺す。流れ作業だ。


「何度も言う。ゴブリンは弱い。だがしかし、ゴブリンたちは決して弱くない。何匹も殺し続ける用意と覚悟が必要なの。いいですね」


 そして、さらに薄黄野伏が話を継ぐ。


「大きな群れにはオークやオーガ並みに強力なゴブリンがいる。それは俺たちが倒す。間に合わなければ無理に戦わず、複数で牽制しながら時間を稼ぐことに専念してくれ。とにかく、死なないこと。誰かが死ねば、傷つけばその隣の奴が危険になる。それは村全体の危機につながることを腹に入れて務めろ」

「「「「応」」」」


 気の合う者同士ペアを作り、村長が配置を決めていく。一晩寝ないくらい問題ない。そうでなければ、永遠の眠りが待っているだろう。





 この世界のゴブリンは悪さをする小鬼というテンプレートな存在であり、特に詳しく説明する必要はないかもしれない。スライムやジャイアントコックローチは寒冷な気候と相まってあまり見かけられないのだが、彼女の住む王国にいないだけなのかもしれない。


 冒険者の主な仕事は、いわゆる傭兵の仕事と害獣駆除の猟師の仕事が主であり、魔物と言えども人型のものを沢山討伐することは少ない。それは、騎士団や兵士の仕事であるからだ。


 つまり、経験のある中堅冒険者と言えども、少数で多数の人型の魔物、兵士の様な小鬼を何の訓練も受けていない者(とはいえ、徴兵制度はあるので、定期的な訓練を王国直轄領の農民は受けているため、街に住む住民よりはましなのだが)を率いるのはなかなかに難しい。


「明日の朝まで生き延びないとだものね」

『今更後悔か』


 後悔はない。死んだとしても悪い死に方ではないだろう。今日の夜にでも手紙は王宮に達する。その時点で自分が死んだとしても、ある程度目標は達せられる。とはいえ、皆には生き残ってもらいたいのだ。


「あなた、ゴブリン討伐の経験はあるのかしら」

『……多少な。王宮で魔術師しているときに動員されたり、冒険者ギルドの応援に弟子を連れて参加したこともあるな』


 魔術師が生きていたころは王国の勃興期であり、魔物を狩る者が少なく、ちいさな農村中心に、魔物に蹂躙されることも多かったのだ。彼の恋した幼馴染の騎士の娘もそんな中で命を落としているのだからなおさらだ。


「今の段階で打てる手は……」

『十分だ。火矢対策に潜入対策。二人一組で抑えて止めの役割分担。農民なら兵士の訓練を何回か受けているだろうし、徴兵されて軍役に付いた経験者もいるだろうからそれで十分だ。とはいえ……』


 ゴブリンのメイジは火球くらい放つだろうし、弓だってそれなりに脅威だ。魔狼に、ゴブリンの将軍やチャンピオンならオーガ並みに強力だし、ホブでさえオーク並……つまり並の騎士程度の能力はあるのだ。


『まあ、村に入られたらやばい。それなら、最初に橋を落としたのは正解。後は柵を乗り越えるタイミングで抑えて止めを刺す。魔狼のライダーなら堀を飛び越えられるだろうから、それはお前が仕留めるしかないな』

「そうね。任せておきなさい」


 既に一度、魔狼は倒しているので問題はないだろう。あとは数と、村人はパニックにならないことを祈るだけだ。


『なら、お前のハープを使えばいい。勇気をもたらしてやれ』

「いい考えだわ。私たちが怯えていないことを、性悪小鬼たちに知らしめてあげましょう」


 彼女の声には力がある。それは、質の高い魔力に裏打ちされたものだ。魔力が強ければよいという事でもない、守りたいものがあるから、その力は注ぎ込まれるのである。


 教会の司る回復魔法は、助けたいという強い願いを込めなければ発動しない。魔力を持っているだけ、それが強いだけでは回復魔法は発動しないのだ。祈りとは強い願いのことであり、祈る力がなければ回復魔法は発動しない。ただのお願いとは違うのだ。


――― 彼女の奏でる唱は祈りに似ているのである。





 その調は、風に乗り村の周りに広がっていく。古い叙事詩である。その物語は、国を守るため民を守るために攻め込んできた敵国と戦い死んだ騎士と、魔物に襲われる王都で最後まで民を救い続けた騎士の妻を讃えた詩である。


『なんでこの詩選んだんだよ……』

「昔から好きなのよ。自分の気持ちにぴったりなの。こんな生き方をしたいのよ」


 彼女の遠い先祖のお話であり、魔剣の恋した女性とその夫の物語なのは偶然ではないのであろう。


『今度は死なせない……』


 彼女がうたう声を聴きながら、魔剣はそう誓うのである。


 村人が声を合わせ始める、士気が上がる、その声は遠く森に潜むゴブリンどもにも聞こえている。彼女は知らなかった。ゴブリンが数に頼んで押し寄せて来るのは、相手の心を折り抵抗する力を奪うためであり、弱気な相手にはとことん残酷になる存在であることを。


 そして、ゴブリンどもは怯んでいた。ただの無力な農民を皆殺しにし、全てを奪うつもりが、奴らは自分たちを殺す気満々であるということを知らしめているのだ。





『ちょっといいか。今の形じゃ魔狼の首をポンポン刎ねるわけにはいかねえだろ』


 彼女はそれはそうねと思うのである。数頭以上の仔馬大の狼の首は馬よりもずっと太く、斬るのは難しいだろう。背中にはゴブリンも乗っている。


『お前の詩の力で魔力が高まったのでな、少し大きな剣になろうかと思う』

「わかったわ。お願いね」


 魔剣は少し輪郭がぼやけると、少しずつ長くなり始めた。そして、やや反りのある片手剣へと形を変えた。


『ククリってやつに似せた。先が重いから力を加えずに切れ味が増している。それに、魔力を通せば更に斬撃力が上がる。魔狼程度ならバッサリだ』

「それで、魔石を飲み込みたいわけね」

『御明察だ。ただ働きは性に合わねえ』


 魔剣らしいと彼女は思った。彼女は守られているのだ彼に。彼の魂に。素直でないのはお互い様だ。


『そして、体に魔力を巡らせろ。疲れにくくなるだろう。動くときは筋肉を意識して魔力を巡らせる。身体強化だ』

「身体強化……ね」


 魔法で体を強化するのは、気功術に似ているだろうか。体の表面を強化することもできるし、魔力を高める事で腕力脚力瞬発力持久力が高まる。今の彼女なら、濃黄の戦士の腕力と薄黄の剣士の瞬発力を兼ね備えるレベルで動くことができるだろう。


『基礎の力が大事だな。今のお前が薄黒なら、濃黄がせいぜいだ』

「なんでもお手軽に強くなれるわけではないのね」


 魔術は魔法ではないし魔導でもない。無いものを生み出すことはできないのだ。あるものを魔力を用いて強化するにすぎない。


――― それでも、並の騎士程度には彼女は強化されている。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ゴブリンは夜目が利く。故に、暗い場所では人間は不利である。武器には毒が塗ってあることが多く、傷を負ったなら速やかに洗い流し毒消しを塗布しなければならない。武器は粗末であり、錆びたり折れたり歪んだ剣や槍、石斧などで武装していることが多い。


 言葉というよりは、耳障りな音を発し、簡単な意思疎通を行う。その攻撃は野犬が群れで襲うようにじりじりと寄ってきては飛び掛かるように武器を叩きつけてくる。あまり質の高くない武器なので、しっかりとした革鎧程度で安全となるのだが、村人にそれを望むことは難しい。


 とは言え、厚手の外套は毛布ほどの厚さと強度を持っているので、ゴブリンの弓矢や剣程度なら致命傷を和らげる効果がある。斬りつけられても出血が激しくならないように、腕や足をある程度帯状の布で縛る。あれば手甲や脚絆を着ける。靴よりは地下足袋のようなものが足元をしっかりさせる。


 頭には鉢金替わりの鉢巻きを巻いておく。これも、不意打ちされた時に多少でも傷を浅くすることができる。腕力に不安はない。落ち着いて確実に怪我無く殺せるかどうかなのだ。


「どうやら現れたようね」


 今日は月のない夜だが、星明りはそれなりだ。篝火も十分だし、先ほどから村で集めてもらった……油もある。魔力も込めて練り上げた油だ。


『さて、士気を挙げるには、先手のゴブリンどもを派手に仕留めねえとな』

「そんな大魔法、あなたから教わってないわよ」

『それもそうだな。そのうち教えてやる』

「ええ、また髪が伸びたらね」

『ああ。だから、教わるまでは死ぬなよ。……いや、……死なせんぞ……』


 彼女はそれには答えず、くすりと薄く笑った。





 恐らく100を越えるゴブリン、その大半は普通のゴブリンだが、明らかにサイズの異なる大型種もちらほら見かけられる。


『最初に狙うならあのでかいやつだぞ』

「ええ、あいつら卑怯者だもの。強いやつが逃げまどえば、途端に怖じ気づくのよ。では、始めましょうか」


 村の中にゴブリンの接近を知らせる音が鳴り響き、見張り矢倉には火矢が突き刺さっては消えていく。水を含ませた茣蓙を泥を塗った板の上にさらに掛けてあるからだろう。これは、野伏の工夫だ。


『やれ!』


 彼女は柵の向こうに近づいてくるホブゴブリンに向け魔力を込めた油球にちょっとした工夫をして撃ち放つ。油球は野球のボールほどの速度で闇夜を飛翔し、狙ったホブの頭部に命中、そして一拍おいてホブが炎に包まれる。


 周りのゴブリンが奇声を発しながら右往左往する中、燃える大きなゴブリンが転げまわり炎を消そうとするところに、見張り矢倉から矢が放たれる。ゴブリンが見やすくなったおかげだろうか、数匹のゴブリンに矢が突き刺さる。


「いい始まり方だわ」


 そう彼女はほくそ笑み、次の目標に再び油球を放つのである。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 父と母が街を守ったから宰相を庶子の後見人にってのは流石に無理絶対無理それをやるなら絶対他が黙ってるはずがない、それを強行したのならよっぽど無能極まりない 魔力無しの庶子とか後見人になれ…
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