表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
799/985

第756話 彼女は神国国王について知る

第756話 彼女は神国国王について知る


 ジジマッチョは王国に帰属してから長いニース辺境伯である。帝国皇帝やその息子である神国国王との直接の面識はない。では、いかにしてその人となりを知るに至ったのであろうか。


「先代のサボア公の公妃は神国王女でな。奴は、先々代皇帝がネデルを息子に継がせるしばらくの間、後見人として一年少々ブルへで過ごしたのだ。帰国後会う機会があってな。それはそれは愚痴を聞かされたものだ」


 カトリナの夫となるサボア大公は、神国王家の血を引くということになる。彼女はそれを知らなかったので、少々驚いた。


 ブルへは、神国国王の父親が生まれ育ち、また、皇帝となってからもネデル滞在時は宮廷を置いた都市である。今ではかなり廃れてしまったが、長くネデル・ランドルの中心的都市であった。商業同盟ギルドの在外公館が置かれた都市でもある。


「それで、人となりはどうなのよお爺様」


 散々愚痴られたという人となりについて、伯姪が話を即させる。


「寡黙で真面目、信仰心に篤い男という評価なのだがな」


 と最初に客観的とも思える『評価』を口にしたのち、さらに続ける。


「神国大好き人間なのだ」

「「……え……」」

「何かあると、『国に帰りたい』と言い出してだな、面白くないことがあれば部屋に引きこもってしまう。いや、能力もある、人柄も悪くない、人の話を聞き、正鵠を射る会話もする。だが、ネデルや原神子信徒が大嫌いで、神国と御神子教徒が大好きなのだ」


 ネデルで行われた『異端審問』と、オラン公に匹敵する大貴族の処刑、あるいは貴族・富豪の収監と追放・財産没収。為政者として考えれば、ネデルの豊かな経済を支える存在を叩き潰し、都市の価値を棄損させると考えるであろうが、そうではないのだ。


 利よりも感情が先に立ってしまう。好悪で物事を判断する。それも、自身の信仰心を拠り所にしてだ。これは良くない。合わない。生き難いだろう。が、それも信仰で乗り越えてしまう。姉王の様に。


 王太子時代、父親の配慮でネデルに滞在し有力者との関係を築かせようと試みたことがある。祝宴や馬上槍試合に参加したりしたのだが、王太子の周囲は全く人が集まらない。ネデルで話される王国語やランドル語を父の助言もあったにもかかわらず学んでこなかったと言うこともあるが、一番はそっけなく不愛想であるということであった。


 ネデルでは明るく社交的で会話を楽しめる『商人気質』が好まれる。派手に金を使い、快楽主義者を標榜し周りを愉しませることも人気を得るには必要となる。厳格な教徒として自らをはぐくんできた王太子とは相いれない気質であったのだろう。水と油、ネデルの貴族と神国の宮廷人は全く相容れない関係である感じてしまった事と思われる。


 彼女には分かる気がする。幼い頃に『そっけない』『不愛想』と姉と比較され貶められたと感じる事もあったからだ。姉の性格はまさに『商人気質』であり、周囲の空気を盛り上げ楽しませ、自らの影響力を高める術を身につけていると言えるだろう。


 神国国王について、彼女は本質的な所で理解することができた。自分自身と同様、これは厄介な相手であると。



「子供の頃は体が弱かったらしくてな。それで、まあ、一人遊びに馴染んでしまったらしい」


 十歳になる前に、痔を患い、胃病・喘息さらにマラリアにもかかる。


「王太子なのだから、将来の側近候補のような子供も集めていたんじゃないの?」

「まあほら、気難しい子どもだったようであるし、将来の国王に余計なことをいうよりも臣下として付き従うほうが無難であろう。目端の利く貴族の子供であれば、そのような判断位する」


 並の貴族の子弟なら同格の貴族子弟と切磋琢磨するということもある。が、王太子は唯一無二。王女は何人かいたが、王子は一人だけであったことも拍車を掛けた。


「十になる前に母である王妃も亡くなっている。敬虔な教徒であったらしいし、世界を飛び回る夫である皇帝を『あなたのお父様は大変素晴らしい方です』と常に褒めたたえたというのも聞いているな」


 マザコンぇ……つまり、信仰心も父に対する尊敬も、幼い頃に母親に育まれた資質であると言うことなのだろう。そういう意味では、彼女の価値観も、祖母から伝えられたものであると言って良い。


 後継者教育を祖母から指定間しか受けていない姉は、彼女と異なる性格に育っているからだ。あるいは、祖母は姉ではなく彼女を選んだとも言える。


「結果だな……まあ色々言われておる」


 内向的で一人を好み思惟的な性格。言い換えるなら。


「一見して何を考えているのかわからず、独断的独善的な発想をする」


 教皇庁や狂信的な反原神子思想の御神子教徒である修道士らからすれば素晴らしい君主だが、実際のネデルの住民からすれば迷惑でしかない。君主の独善の為に自分たちの生活と関係のない税を撒き上げられ、あるいは信仰に土足で足を踏み入れ、否定し処罰し財産や命を奪う。


 少なくとも聖典にそのようなことを君主に赦すとは記されていない……はず。


 だが、神国国王は自分は信仰の正しさを体現していると妄信しているであろうし、その行動を否定するような側近や後見人もいない。同じような人間が周りに集まっている、あるいは集めているのであろう。


 その背景には信仰心と母への愛、そして尊敬する父を長年苦しめ老いを加速させた帝国に巣食う原神子信徒とその与党である貴族・商人に対する怒りの感情があるのだろう。これは解くことは出来そうにない。


 長い抵抗の結果、父であろう皇帝は、帝国内の領邦はその君主の信じる宗派を選ぶことを認めたからだ。原神子信徒の選帝侯が存在するのだ。


 皇帝位は叔父とその息子が継ぎ、自らは帝国と直接かかわることはないのであるが、その分、ネデルでの異端審問が猖獗を極めたということなのだろう。


「交渉は不可能なのですね」

「そうだ。相手が力をで何かを為すのであれば、それを跳ね返す力を持たねばならない。王国も、ネデルも、連合王国もだ」


 神国にとって、原神子信徒との妥協は悪魔との取引に等しいと感じるだろう。融和的に務める王国は敵に利する行為を行う裏切り者であるし、そもそも教皇庁よりも自らを国内における宗教の最高権威とした聖王会を設置した連合王国とその女王にも本質的には許されざる存在として考えている事は容易に推測できる。


「なら、どうもならないじゃない」

「どうもならぬわ。あれじゃ、聖征の際も聖王国を維持する為にサラセンと協調しようとする現実派と、神の加護を信じて真っ向戦う強硬派が存在してな、後者が主導した結果、聖王都は再びサラセンの手に落ちた。その後、暫くして、聖王国も消え去った。どちらがましか、容易に想像がつくのだが、信仰心という大義名分の前には、現実は見えなくなってしまうのだろうよ」


 聖堂騎士団がドロス島が長らく維持できた理由も現実を受け入れたからに過ぎない。聖王国を復活させようと聖征を何度も計画したが、二度と奇蹟は起こらなかった。信仰心の問題ではないのだ。


「そう考えると、私掠船でちくちくと神国から富を奪うという戦い方は、現実を見据えているとも言えるわね」

「海賊なのだけれど」

「海賊じゃな。それもたちの悪い公営海賊だ」


 本来、王国と神国は今でも戦争を続けていてもおかしくないのであるが、王太子が神国国王となった時点で、即、和平交渉を行い始めた。実際、王国と帝国の間にあった幾つかの都市は、現在王国領になっている。


 メス・タルといった元帝国自由都市のいくつかが王国に編入され、北法国で王国が主張していた北法国の領有権を放棄することの対価としてである。


『カ・レ』もこのタイミングでようやく王国領に復帰しているのだ。


 この判断も政治的なものではない。父親である皇帝が王国との戦争終結を望みながら達成できていなかったことに対する帰結に過ぎないのだ。自身の判断でも価値基準でもない。恐らく、王国との戦争は続けたかったのだろう。しかし、兵士に支払う金もなくすでにこの時点で二度の破産をしていた神国国王は戦争を断念する必要があった。信仰心で兵士の腹は膨れない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 各国大使の伝える『神国国王像』というのも微妙である。


 姉王はその肖像画を見て一目で恋に落ちたとされる。ネデル人の特徴である蒼目赤毛。肌は白く、悪くない外見をしている。


 しかしながら、その人となりは……人気取りを一切しない君主という姿しか見えてこないのだ。


 ある国の大使は「見た目はネデル人、しかし中身はいかにも尊大な神国人」であると評した。


 胃痛持ち腰痛持ちであり、体の線が細い中肉中背の男。意思は身体を強化し、また憂鬱的思考を離れる為に狩りを勧めたと言われる。


 性格は内向的であり、食べることが大好きで特に甘い菓子が好物だと聞く。

どこぞの女王陛下も砂糖大好きなので宗派は関係ないのだろう。甘いものは

正義!!


「最近では王太子時代とは随分と変わったようだが、それも、父親の様に

なろうとする努力の表れであろうな」


 ジジマッチョの知人の某法国の外交官の評価である。


 曰く、ネデルでの横柄で傲慢な態度は影を潜め、穏かで優しくまた慈悲深い王であるとみなされているのだとか。


 知的で働き者、そして大変エネルギッシュなのだそうだ。働き過ぎであるとも噂され、あらゆる書類に自ら眼を通し、話を聞き、その全てに応えようとするのだとか。


 しかしながら、他者と目を合わせることなく、素早く簡潔に答えるものの、どこかで借りてきたような物の言い方をするのだという。内省が進み過ぎているのかもしれない。


「神国語の読み書きは十全であり、古代語・法国語・王国語もいまでは十分嗜んでいるそうだな。大の勉強好きで、歴史地理と芸術・とくに彫刻と絵画の造詣が深い」

「それも父親と母親への思慕がなせる業でしょうか」

「追われるように仕事をし続けている姿が目に浮かぶわ。求道的というのか、まるで修道士ね」

「そうだ。神国国王は、王位を修道士として勤めていると思えば間違いない」


 現実ではなく、かくあるべきという思いで事を為すのであるから、やはり信仰に元づく修道士的活動であると考えるのが妥当であろうか。


 ネデルの商人に似たリンデの商人に担がれた女王陛下とは相いれないであろう。女王陛下は、本来、神国国王に似た思索的人物であろうが、それでは女王の座は務まらない。父王の姿をイメージし、活動的な姿を周囲に見せている。


 本人の好むと好まざるとに関わらず、周りの望む国王像を演じていると言えばいいだろうか。


 正式に王位を父親から継承した神国国王と、一度は庶子ですらない孤児として処され、姉王の時代には政治犯として収監された女王陛下とでは、その立場を守るにもあるべき姿が大いに異なるということだろう。


 二人ともふるまいを変えるわけにはいかない。神国国王は父母の思いと自らの信仰心の為。女王は自らを神輿として担いでいる有力者の意思を代弁し、利を示す為。相容れないのだ。


「さて、王国としてはどう振舞うべきなのでしょうか」

「儂は国王陛下でも副伯閣下でもないからの。隠居爺にはとんとわからん」

「お爺様、意地悪を言わないでください」


 ジジマッチョは珍しく人の悪い笑みを浮かべ、彼女と伯姪の顔を伺う。


「王国を代表するのは別の者であろう。お前たちは、お前たちの分で振舞えば良い。分相応の行いを心掛ける事だ」


 国王ではなく、前辺境伯としての知見ならジジマッチョも話す事が出来るということでもある。


「アリーはどうしたい。メイはどうしたい」


 自分がどうしたいか。王国を守る為に女王に対してできることは何か。リリアルはどうにかすることはできないかもしれない。


「ニース商会を通じて、女王陛下の情報機関に、神国の情報を伝える事は可能でしょうか」

「可能か否かであれば可能であろうな。サンライズ商会がリンデに存在し、ニース商会がそこに関わっておる。そして、商人にとって情報は飯のタネであり、売り物でもある」


 情報を売る対価は金銭とは限らない。有力な情報との交換、あるいは伝手、貸しにしておくという方法もある。貧乏な女王陛下に金銭の対価は難しいかもしれない。


「オラン公への協力。オラン公は神国と対立しつつ王国と関係を深めてもらうというのはどうでしょう」

「悪くないんじゃない? オラン公との協力関係を維持するのは王太子殿下も肝いりの施策ですもの」


 わざわざオラン公を出迎えた王太子である。今後、王国内の原神子信徒との融和を目指すうえで、オラン公支持の姿勢は国内の安定をもたらす。神国との緊張は高まるが、こちらには教皇庁の支持がある。


「現実見ている分、オラン公や女王陛下の方がましなのは残念かもしれないわ」

「そうね。どちらが交渉可能かと言えば、お二人の方でしょうね」


 信仰心に基づく判断を覆す事は難しい。命が掛かっている状態でもである。まして、神国国王はその生き方そのものを信仰心に依存している。厄介極まりない。





 明日のことは明日考えるとして、随分と頭を使った彼女はすっかり疲れきっていた。


『お疲れだな』

「ええ。大変疲れたわ。そろそろ王国に戻りたいわね」


『魔剣』の呟きに、珍しく弱気を漏らす彼女である。


「残してきた学院生のことも気がかりであるし、ブレリアの再建も進めなければならないのだから、あまり長居をする気にはなれないわ」


 既に気持ちは帰国へと切り替わっている。学院で、ワスティンの森で、あるいは今回の外遊で得た情報を王宮へ伝えねばならない。


 真の敵は神国。オラン公も連合王国も潜在敵ではあるが、妥協も協調も必要とあれば行う事が出来る。教皇庁も王国が一強となれば、帝国神国を使嗾して攻め立てるかもしれないが、その隙を与えなければどうということはない。


 だが、神国とその国王の精神だけはどうすることもできない。妥協や協調は信仰心が試されることに変わりなく、断じて行わないことが強い信仰心を示す事になるだろう。そして、亡き父を苦しめた原神子信徒どもを調子づかせる施策を行う王国を許すはずもないのである。


『帝国はそれぞれの諸侯ごとに宗派選んでるじゃねぇか。そこはいいのかよ』


 長い内戦の結果、父である皇帝は原神子信徒に譲歩した。ならばその姿勢を見習ってもらいたいと彼女も思うのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 姐のような商人気質がなくてよかった これでパリピだったらアジテーター爆誕だよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ