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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
第七章 女王との対談

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第755話 彼女は女王陛下に人払いを願う

第755話 彼女は女王陛下に人払いを願う


 ひとしきり賢者学院での出来事、思い出話を語って聞かせる。女王陛下は父王の影響で冒険譚や英雄譚が大好きであるが、自らそのような行動をとることはあまりない。


 リンデから離れる事もほとんどない。行幸も限られた範囲の王宮や臣下の邸を訪問するだけなのだ。彼女たちの様に、王国内外を物見遊山に行き来するようなことはない。


 故に、私掠船の船長のような冒険者的行動をする男には、身分がかけ離れていようとも、側に侍ることを許してしまうのだ。


「ほう、北にはまだまだ魔物が多いのだな」

「かもしれません。あるいは」

「……意図的に北王国から送り込まれている可能性か」

「御意にございます」


 北大道を北上していく過程で、彼女達が体験した魔物との遭遇。それは、常なら陸路の移動が途絶しかねない強力な存在もいたのである。本来であれば、その地を差配する高位貴族が領軍を率いて討伐するレベルの強力な魔物たちであった。


穴居する『歪人』の群れ然り、『獲哢』然り、『野良狩団(ワイルド・チェイス)』に『竜使い』迄遭遇した。


――― 運が悪いと言えば悪い。どちらがかは分からないのだが。


「だが、僅か六人でそれだけの相手をするとは……卿らはまさに英雄と言って差し支えないのだろうな。いや先日の馬上槍試合でそこの女騎士の活躍を眼にしているのでな。疑う余地など何もないのだが……だが信じられぬのよ」


『妖精騎士』の物語として書物や芝居として演じられることもある彼女の活動だが、姉が大抵の脚本を手掛けているので、真実七割程度で書いているようなのだが、やはり荒唐無稽と思われているのだ。英雄譚というのは、脚色がつき物であり、大きな尾鰭がつくのが相場。そう思われても仕方がない。


「それに、一つ付け加えるべき事がございます」

「ふむ、話すが良い」

「その前に、セシル卿とウォレス卿以外の方にこの場から席を外してもらっていただけますでしょうか」


 ウォレス卿は上司であるセシルに同意するよう目で促す。その様子を見た女王は「皆の者下がれ」と侍女や護衛の騎士らを退出させる。一瞬躊躇する騎士達であったが、「お前たちではリリアル卿に束となっても敵わぬであろう」と女王陛下に言われ、渋々席を外したのである。


「さて、これで良いか」

「ありがとうございます。では、ご報告を」


 彼女は、ポンスタイン城塞を包囲していた北部諸侯軍の指揮官たちが戦死しており、恐らく、反乱軍はその後北部へと軍を返したであろうと伝えたのである。


「……真か」

「はい」

「そ、そのように簡単に壊滅するとは……信じられん」

「ふふ、可能にする者がここにいるではありませんか」

「「「……」」」


 女王も二人の側近も彼女が「北部諸侯軍が壊滅した」と口にすることの意味を改めて噛みしめる。


「それは、いつの話なのだろうか」

「一昨日の夜です」

「……その、どうやって指揮官を倒し、二日でリンデ迄戻ってきたのだ」


 彼女は笑顔で口に指を立て当てる。「ないしょ」とでも言っているように見える。


「ふむ、種明かしはしてくれぬか」

「申し訳ありません。私たちは王国の人間ですので、陛下にあかせぬことも多々ございます」

「そうよな。それは当然か。だが、何故人払いをした」

「陛下、これはリリアル閣下のご配慮でございます。人は、危機に陥った時ほど本性が現れます。真なる味方を見極める機会を土産に頂いたものであると愚考いたします」


 セシル卿は重々しく頷く。この数日、正式な使者が北部諸侯軍撤退の報告をリンデにもたらすまでの間、ゆっくりと人物鑑定を行う事ができるというものだ。


 急ぎ援軍を編成する者、取り急ぎ身一つで逃げ出す者、伝手を頼って北王国や北部諸侯に誼を通じようとする者、あるいはこの機会に女王陛下を裏切り害そうとする者などなど。人の行動を確かめる良い機会なのだ。


「陛下、今日はゆっくりとお休みください」

「……忝し。が、明日は晩餐に招待させてもらえるだろうか。食事をし、そのあとは夜通し語り明かしたい。もうすぐ帰国をするつもりであろう? 今なら余人を交えることなく時間が取れる。何しろ、北部諸侯と北王国の連合軍がリンデに攻め寄せてくると噂でな。誰も、会いに来ないのだ」

「畏まりました。ではまた明日」

「ああ……リリアル副伯、世話になった。衷心より感謝する」


 女王は再び座ったままではあるが深々と頭を下げる。それに倣う、ビル・セシルとウォレス。


 彼女も伯姪も大いに恐縮するのであった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 新王宮から戻ると、シャルト城館は帰国準備を急ぐ王弟殿下一行が大騒ぎの最中であった。そこに、「大儲け!!」とテンションの高い姉とジジマッチョが現れ、昨日までの静かな館は一気に騒々しくなる。


「女王陛下、元気だった☆」

「……不敬よ姉さん」

「だいじょうぶー だって王国民だもん。ここの女王陛下とか、異端だし。問題ないよ!!」


 教皇庁に近いニース辺境伯家の嫁としては、確かに、教皇庁から異端扱いされている女王陛下に敬意を示す方が問題かもしれない。だが、女王陛下は女王陛下である。


「明日、晩餐に呼ばれているわ。余人を交えず話をしたいそうよ」

「随分と仲良しになったね妹ちゃん。さすがジジババ殺しなだけあるよ!」


 素直で真面目である彼女は、祖母を筆頭に年配者に受けがいい。とはいえ、女王陛下はまだ三十過ぎ。そこまで年寄りというわけではない。大年増くらいである。


「ふむ、どうだ、その席に儂も同道しよう」

「……お爺様……」


 ジジマッチョの意図が読めず、伯姪が思わず問い質すように名を唱える。


「なに、儂も長年、ニース辺境伯としての経験がある。王国とこの国、あるいは、帝国・神国・ネデル、教皇庁にサラセン、どういう経緯や関係で今の状態なのかはよく理解している。あちらにはセシル卿がいるであろうが、こちらにそのような者は儂以外いない。ならば、生字引としてついてまいろうということじゃよ」


 彼女はなるほどと納得する。


「では、明日の朝一に前ニース辺境伯が同行すると先触れを出しましょう。でないと」

「儂の分の料理がでぬのであろう?」


 そんなことはない。恐らく、人数分よりも少し多めに用意することになる。飽くまで儀礼的な問題だ。


「あちらも驚くでしょうね」

「かも知れぬ。だが、儂等がリンデに滞在している事は既に知られているであろう? 隠居とはいえ、ご挨拶しないのも失礼ではないかとも思うぞ」

「あー お姉ちゃんもー」

「姉さんは存在自体が失礼なのだから、ご遠慮してくださる?」


 姉は「そんなことないよー」『もちろんですマッダームゥ』と山羊頭にフォローされていた。いや、絶対余計なことを言うでしょう。ノーブル伯に正式に叙爵されてからでも遅くはない。





 明日に向けての予習。彼女と伯姪はジジマッチョこと先代ニース辺境伯と話を進めていく。


「この国は原神子信徒の国になっておるが、神国はその存在を全力で否定しようとしているのはわかるな」


 神国国王は帝国皇帝であった父の遺志を継いで、教皇庁と神国による正しい御神子教の国を作るという方針を貫いている。


「元は、女王の姉の夫がいまの神国国王で共同統治者であったわけだ。皇帝である父親からネデルの統治権を先に相続した上で、姉王が王子を生めばその子に連合王国とネデルの王として相続させるということであったのだよ」


 因みに、その時の後見人は先代サボア大公が務めることになっていた。サボア公は当時、ネデル総督を務め王太子を支える事になっていた。


「が、残念ながら父皇帝が死亡し、先代サボア公も死去。姉王は若いころの貧困生活が祟って体も弱く、かなり体調も悪かった。故に、ほどなくして亡くなっているのだ」


 姉王は父王が実の母である神国王女(神国国王の大叔母にあたる)を元兄の婚約者・妻であるからと「近親婚」を理由に婚姻無効を教皇庁に認めさせ、母娘を王宮から追い出し、さらに娘を王位継承権者から排除し庶子扱いとした。


 母は長年の心労と扱いの惨さから病を得て亡くなり、姉王も毒殺を恐れ食事も使用人の残飯を口にするような生活を送った結果、成長も不十分で病気がちの体質となった。


 反面、神国王女として御神子教の熱心な信徒であった母の影響から、また、修道女も同然の貧困生活から強い信仰心を持つに至る。


「敬愛する父が選んだ父の従兄妹である連合王国の女王と今の神国国王は一回りも年上の老婆同然の女をそれは大切に扱った。この国にいた期間は二年足らずであったし、完全な政略結婚であったが、姉王は神国王太子を深く愛し、王太子も姉王の生き様を深く敬愛し大切に接したと聞く」

「……その姉を苦境に追いやった異端の女王にして元妻の仇が今の

女王陛下というわけですか」

「まあそんなところだ。だが、姉の死後、この国が聖王会を復活させる以前には、神国国王は女王陛下に求婚している」

「それは……父親の希望であったから」

「そうだ。ネデルと連合王国を一つにするには、この国の女王との間に子を作り王位を継がせることが神国にとって大切だからだな」


 御神子教に対する考え方もそうなのだが、連合王国との関係性も父の残した既定路線を守ろうとすることにあるようだ。


「それで、神国は北王国の女王陛下に肩入れしているのでしょうか」

「それもあるな。北王国は御神子教徒の国で、女王も姉王ほどではないがまあまあ敬虔な信徒だという。今は夫もおらず……まあ、愛人はいるようだがそこは気にせずとも良い。夫を失った女王と、妻を失った国王がいるのだから問題ない。幸い、北王国の女王の祖母は連合王国の王女だから、この国の王家の血が流れている」


 北王国の女王陛下の父親の母親が父王の姉であり、また、女王の母親は王国のとある公爵家の由緒正しい御神子教徒の娘なのだ。リンデ商人の娘をもち、原神子信徒で異端の女王陛下よりも、余程嫁にするのに相応しい。


「北部諸侯の反乱が成功していたのなら……」

「今の女王陛下とその側近、それに連なるリンデの富裕層・都市貴族は纏めて収監されていただろうな。既に、ネデルで行われているアレがここでも始まるだけだ」


 ネデルでは『異端裁判所』が設置され、万を超える原神子信徒が捕縛されその約半数が処刑されたと言われている。ネデルの統治を託した三人のネデルの高位貴族のうち、オラン公以外の二人は処刑されている。また、オラン公は絶賛亡命中でもある。

 

「けど、王国からすればどうするのがいいのかしらね」

「神国一強となるのは避けねばならない。連合王国・帝国・ネデル・神国と周囲全てが敵となってしまう。神国が最も敵視しているのは王国だからな」


 ともに教皇庁に従う二つの国であるが、問題は教皇にある。教皇は神国主導の教皇庁の運営に腹立たしさを感じていた。特に、先々代皇帝である神国国王の父に戴冠を行った教皇は法国の南部に位置する『南掘国(ナポル)』出身であり、その王位を皇帝が実子である神国国王に譲ったことが気に入らなかったようである。


 皇帝を敵視し、帝国との対抗上異教徒であるサラセンと盟を結んだ王国に接近することを選んでいる。


「王国がいるから神国は主導権を取れないと」

「逆恨みじゃない」

「まあほら、あの国の君主は自分が世界の中心だと真剣に考えている狂信者だからの」

「「ああ……」」


 ジジマッチョの言葉に彼女と伯姪が納得したとばかりに声を上げる。利害でもなく理屈でもなく、信仰心から来る自らを正しいとする確信。とても厄介な相手である。


「連合王国が神国に下れば、ネデルの原神子信徒もどうなるかわからぬ。ネデルの住民の一部は帝国の原神子領に逃げ出しているようだが、それでも、いまのネデルの原神子信徒を生き延びさせるには、連合王国が原神子信徒の国として残らねば厳しい」

「王国もネデルを支援するべきと言うことでしょうか」

「そうなる。その場合、王弟殿下が前面に出てランドル大公として独自に活動し、神国からの苦情を躱す必要があるだろうな」


 王国は神国と対立するつもりはないのだが、弟が勝手にランドル経由で助けているみたいなんだよねーと言い訳するわけである。今回の連合王国訪問もその理由づけになるだろう。曰く、連合王国とランドル商人の関係は歴史も長く、貿易する為にあまり厳しく対応できない……そんな感じだ。


「その辺は王太子殿下が旨くやりそうね」

「ええ。笑顔で嘘をつく名人ですもの」


 腹黒王太子……風評被害も甚だしい。かもしれない。





国と国との関係は、それまでの様々な歴史的しがらみが左右する。ある時代自領であった地域が、戦争や相続の結果、他国の領土となる。そこに住む在地の領主・貴族の間でも、本家と分家の立場が入れ替わったり、あるいは、追放されたり没落することもある。


 復権を望む者もいれば、恨みを抱えて代を重ねる者もいる。


 とはいえ、国王が変わればそれまでの遺恨が水に流される事もないではない。他国との関わり方が変わり、あるいは表向き過去にこだわらぬよう現実の利益を取りにくる、あるいは一旦蓋をして手を結ぶこともある。


 帝国とたたかうためにサラセンと盟を結んだ王国などその典型だろう。それを許容する教皇庁も、神国・帝国に対する当てつけとはいえ、異教徒と一時的にとはいえ協力した王国を異端や破門扱いしないのであるから大概である。


 では、問題の神国国王はどのような人物なのだろうか。彼女はその人となりについてほぼ知らないと言える。


「神国国王とは、いかなる人物なのでしょう」


 ジジマッチョはしばし考えた後、深く溜息をつく。


「あれは、親父殿を理想とし、この世の英雄だと信じている男だ。そして、その親父殿の理想を実現することこそが自分の信仰心を示す唯一の道と確信している。その側近たちも、価値観を一にする者たちばかりであると聞いている」


 その話を聞き、やはりそうかと彼女は納得するのである。




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