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第753話 彼女はリンデへと舞い戻る

第753話 彼女は彼女はリンデへと舞い戻る


 魔力壁の『橋』を渡ってホイス船へと至る。船の周囲には海に投げ落とされた海賊たちが頭を浮かべて彼女たちの来訪を驚き見上げていた。


 既に船の中の捜索は終えているようであり、船体中央にある小さめの荷室には、海賊行為の成果と思われる物資が納められている。無論、魚の樽ではない。


「終わったわね」

「先生……」

「ふふ、意外と魔力壁を伸ばせば船同士も行き来が簡単にできそうね」


 無駄魔力のある姉や彼女がいればだ。普通はそんなことはしない。船と船の間が近ければ多少考えられるのだが。


「この船が船団の主だったようね。私掠免状も記名ありのものがあったわ」


 縛り上げられた壮年の男が足元に転がされており、免状の主であるとされていた。


「こ、これは女王陛下に対する反逆だぞ。我等は女王陛下の許可を得た軍属なのだ!!」


 口を塞いでいないので、大声でわめき始める船団の長らしき男。彼女も伯姪もそ知らぬふりをする。


「面白いことを言うわね。ならば、こちらも正式に名乗りましょう。聖エゼル海軍とその協力者である王国のリリアル騎士団。私は、リリアル副伯本人です。王国の副元帥を拝命しており、この集団においても指揮権を有しております」

「なっ!!」


 ジジマッチョ団は、帆に聖エゼルの緑十字を掲揚しており、旗幟は鮮明。

軍船を軍船が襲ったのであるから、正式な戦闘行為・戦争である。


「つまり、あんたたちは私たちに負けて捕虜になった。降伏するか、殺されるか選んでいいわよ」

「この船は当然接収します。戦利品ですもの」


 当然である。彼女が『ホイス船、これいただくわ』と思ったからではない。戦闘で負けた場合、相手の命・装備品その他もろもろは勝者の戦利品となる。対価を支払い買い戻す事が出来る財産なのだ。


 この場合、船もその対象となる。海賊のおっさんらは奴隷として換金するくらいしかないだろうが、それでも生かしておく理由は『戦利品』だからでしかない。放棄し、処刑するのも勝者の勝手である。


「さっさと決めなさい。降伏するか、拒んで処刑されるか」

「……こ、降伏する……」


 伯姪が即断を求め、船団の主は降伏を選択したのである。





 一隻が燃え、一隻が逃走した為、残された船は帆柱の折れた三隻。


「いやー 燃やしちゃった~♡」


 姉は爽やかに一隻焼沈めたことを報告する。


「詳細は聞かないわ」

「汚物わぁ!!」

「消毒ですわぁ~!!」


 姉にすっかり毒されている碧目金髪と赤毛のルミリ。


 結局、ジジマッチョ団が激しく破壊した為、もう一隻も燃え沈めなかった

船も航行不能となったようだ。


「はは、血がたぎってのォ」

「「「真に!!!」」」


 久しぶりの海上戦闘で、抑えられなかったらしい。結局、ホイス船は彼女の魔法袋に収容、最初に制圧した船に海賊たちを押し込め、魔導外輪船で牽引することになる。操舵は必要なので、何人かジジマッチョ団が牽引される海賊船に移乗することになった。


「海賊共は、船倉にでも縛って押し込んでおけば問題あるまい」

「水なしでも三日は生きられるもんね。その間にはリンデに到着するんじゃない?」


 船倉には、目が虚ろな三十人ほどの海賊が押し込められている。当然、垂れ流しである。『ホイス船』を収納したのは、出来る限り良い状態で回収したかったからであり、リンデで海賊ごと処分するこの船は割とどうでもよい扱いとなっている。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 その後の航海はややゆっくりとしたものとなった。魔導船の推進力は相応のものだが、一隻を曳航した状態では思うように速度を出す事はできない。これは、牽く力の問題ではなく、独自に帆を張る事の出来ない曳航される側の問題でもある。勢いよく牽きすぎれば、上手く操れないということだ。


 加えて、魔導外輪船は相応の安定力を魔力で生じさせているので問題ないのだが、普通の船が15ノットなどだそうものなら、船体が激しく動き、軋み歪みも発生し浸水するかもしれない。船倉には海賊たちが座れないほどみっしり立っていることもあり、浸水はさけたいところだ。換金できなくなる。


「やっぱり、この免状も行動範囲を逸脱しているから無効ね」


 記名済みの免状もネデル海峡周辺ではなく、西大洋での私掠を認めるものであった。船の大きさからして西大洋に向かうには小さすぎることを考えると、まともに申請し得た私掠免状とも思えない。


「私掠免状ってどのくらい発行されているのかしらね」


 海事総裁が審査し、女王の承認の元に免状は発行される。女王陛下の名のもとに発行される免状なので、あまり多すぎる事もないだろう。


「リンデで耳にしたところによると、毎年百通くらいみたいだよ」

「そんなに多いのね」

「まあほら、発行すれば手数料も支払われるし、私掠免状を与えることも女王陛下の権力・権威を高めることになるでしょ? 私掠船団の主な出資者は王宮に集うリンデ商人の利害関係者だからね。船長も、郷紳層出身の成上りを目指す冒険商人? とかなんだよね」


 冒険商人というのは、国によって多少の解釈の際があるが、危険を冒してでもハイリターンを目指す投機的商人と言えばいいだろうか。未知の土地に富を求めて命がけの旅に出たりする存在と言えばいいだろうか。


 連合王国の場合、この存在が『私掠船』となる場合が多い。金を集め船を仕立て、そして一獲千金を狙って他国の商船を襲撃する。仕入れはゼロなので、奪って売り払っただけ金になる。上手くいけば、商船と船員まで換金対象となる。なので、上手くいけばぼろ儲けとなる。


 当初投入した資金の五倍十倍の利益を得ることができる事も稀ではない。反面、私掠する対象が見つからなかったり、護衛の軍船に反撃されたり、航海中に荒天に会い船団が破壊され空手でのままほうほうの態で逃げ帰る場合もある。


「女王陛下の立場的に、無下には出来ないんだよ。一大産業だしね」


 リンデの繁栄の背後にあるのは、泥棒市も真っ青の私掠品の故物売買市場ということなのだろう。盗んだ商品を素早く捌き、本来卸されるはずであったネデルの市場へと出荷されていくのだろう。





 リンデに到着早々、サンライズ商会経由で回収した海賊と破損した船を売却。『海事高裁』に書面を整えて申請するということも検討したが、蛇の道は蛇。サンセット氏が「済崩しに証拠を破棄され、捕らえた賊もどこかへと消えてしまうでしょう」と助言をもらう事になったからだ。


 私掠船と海事高裁・海事総督も裏で繋がっているのだから、当然かもしれない。無駄な時間と労力を支払って損するのは趣味ではない。


 久しぶりに戻ったリンデの市内は活気を保ちながらも、どこか変化していた。


 街中はピリついているのが伝わってくる。不穏なうわさ話が耳に入ってくる。


 北からは北部諸侯と北王国の連合軍が攻め寄せ、また東からはネデルの神国軍が上陸してくるのではないかという噂が信憑性を持って伝わっているのだ。


 具体的な日にち、戦力、指揮官、上陸地点、派遣される軍船の数などなど……詳細すぎるほどなのだ。


「恐らく、意図的に神国側が流しているのでしょう。内部からの揺さぶりで、どの程度揺らぐのか、観察されているようですね」

「そうでしょうね。大軍の上陸作戦なんて、年単位の準備が必要だもの。幾らなんでも早すぎるわ」


 茶目栗毛の推測に伯姪が言葉を添える。


「実行するなら、私掠船母港への襲撃じゃないかな? 数隻の船団で

強襲して係留中の船に放火。街を荒して、奪い燃やし殺し若い女は連れ去る

とかやるかもね」

「海賊の根拠地への襲撃ね、まるで」

「そうそう。公認海賊だからね、この国の私掠船・冒険商人はさ」


 久しぶりの『シャルト城館』。王弟殿下のリンデ滞在中の宿舎として半ば貸し出しているが、本来はニース商会傘下のサンライズ商会の本拠。そして、筋骨隆々なニース人が鍛錬する僧房の如き場所。


 城塞としての安全性は並程度だが、敵地同然のリンデにおいては、もっとも心の休まる場所でもある。


「おお、会頭夫人にリリアル閣下、よくぞ御無事で!!」


 商会長代理のサンセット氏がやややつれた顔で挨拶に現れる。


「留守中御苦労!!」

「おかげさまで無事帰還できました」


 姉と妹、どちらのセリフか一目瞭然。黙って背後で笑顔で腕を組んでいるジジマッチョ。


「顔がお疲れですぅ」

「ですわぁ」

「そ、それは、この騒ぎですから。中々、商売も落ち着きませんので」


 数名のジジマッチョ団を最低限の護りとして残したものの、リリアル勢とニース商会の本隊はリンデを一ケ月以上開けていたのだから、命の不安を感じていたのだろうか。


「ノルド公はどうなったのか耳にしている?」

「……表向きは王宮に呼び寄せられたと言うことになっておりますが、既に反乱を起こそうと傭兵を募っていたことは公然の秘密扱いですな」


 神国は神国で噂を流し、女王陛下の宮廷も相応の噂を流している

ということなのだろう。


「北部諸侯の先鋒部隊が壊滅したという噂は聞いていませんでしょうか」

「は?……いえ、北部の重要都市である橋の街が攻囲されたということは聞いておりますが、壊滅というのは……事実なのでしょうか」


 『橋の街』というのはポンスタイン(Ponstyne)の通称である。


 ポン川に掛かる端を守る為に築かれた城塞と街であるからだ。


「これ、勝負ね」

「……然様でございますね。手持ちの小麦や食料品は全て売り払います」

「そうそう。高値で売りつけちゃって。王国産の高級小麦はどこでも人気だからね☆」


 姉とサンセット氏の目論見は理解できる。戦争となれば食糧の輸入もままならなくなる。ネデルからの小麦の輸入ができなくなれば、リンデのような都市では即座に食糧難に陥る。故に、叛乱とその背後に神国・北王国の存在を感じている商人たちは、先を争って小麦のような重要物資を買いだめし、市場から小麦が消失しているのだ。


 これから起こるのは売り渋り……のはずだが、諸侯の反乱の勢いが連合王国の北部にとどまり、それ以外の場所に広がらないと知られれば、この高騰も一時のものとなる。


 姉は常にそういう際に高く売りつけることのできる商材を無駄魔力にあかせた魔法袋に納めている。


「蒸留酒も高価になっているのでは?」

「わっかってるねーちみぃ!! 蒸留酒は、気付や消毒用にも使われるから、またこれもすっごい値段で売りつけてあげて―」

「勿論でございます、会頭」


 ニース商会の会頭夫人であるアイネだが、サンライズ商会においては『会頭』である。サンセット氏は、王国の商会に雇われているリンデ出身の商人ということになる。


 姉とサンセット氏は「在庫出さなきゃね」と、そそくさと中庭へと出ていく。


「そう言えば、王弟殿下主従はこちらにいらっしゃらないのね」

「女王陛下の王宮に賓客待遇で滞在していると聞いたわ」


 リンデの食事は美味しくないのだが、女王陛下は法国出身の料理人を抱えるなどしており、王国の宮廷と変わらない料理が提供されているのだという。つまり、餌に釣られた蛙ということのようだ。


 王弟殿下の従者が何人かずつ交代で『シャルト城館』に滞在しているらしい。





 夕食をリリアルメンバーと囲んでいると、彼女の元に王国の駐在大使から使者がやってきたという。待たせることも可能であるが、身内だけの夕食なので皆に断りを入れ、彼女一人で応接室へと向かう。


『何かあったか』

「さあ。どうかしらね」


 恐らくは、リンデから王弟殿下共々彼女らを退避させるための相談をしに来るものだと予想する。北部諸侯の軍は国境紛争で戦い慣れており、装備は百年戦争時代から大して変わらぬ古色蒼然としたものだが、騎馬の使い方が優秀であり、長駆して北大道を一気にリンデ迄進む事も十分可能であると考えられていた。


 各地の都市を包囲せずにそのまま通過し、リンデと王宮を攻めるのであれば、攻城兵器も兵糧も大して必要ではない。


 サンセット氏以上に顔色の悪い大使がそこにはいた。


「おお、よくぞ御無事で。先代ニース伯もご健勝でしょうか」

「はい。嫌になるほど」

「はは、それは何よりです」


 笑い声にも力が足らない。空気が抜けたような笑い声と言えばいいだろうか。

馬上槍試合前に会った時と比べれば別人のようである。


「それで、ご用件を伺いましょう」

「それでは、こちらをご確認ください」


 羊皮紙を丸めた筒に、女王陛下の封蝋が施されている。


「女王陛下からの書状。中身はご存知でしょうか?」

「おそらく、閣下へのご相談。王国への安全な亡命……をご希望なのではないかと」

「……」


 王国副元帥を拝命していると言え、中身は貴族の小娘(自己評価)に過ぎない。原神子信徒であり、連合王国において聖王会の長である女王陛下を王国へ連れて行くというのは……少々無理筋ではないかと彼女は思うのである。


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