第752話 彼女は私掠船団を私掠する
第752話 彼女は私掠船団を私掠する
「じゃ、じゃあ、私たちはお留守番で」
「ですわぁ」
「そんなわけないでしょう!!」
逃げようとする碧目金髪と赤毛のルミリ。それを真っ向否定する伯姪。とはいえ、水魔馬を操る灰目藍髪と異なり、二人は水上を移動する手立てがない。
金蛙の加護で、水面を歩ける気もするのだが。ルミリの場合。
「マリーヌなら三人乗れます」
BUHUNN!!
「「ええぇぇ(ですわぁ)」」
ネデル以来愛用のタンデムシート。その前鞍部分にルミリを乗せれば何とか三人乗れる。生身の馬なら重さで負けそうだが、魔物なら問題ない。
精霊だし。
『大丈夫よぉ~ あなたが海に落ちたとしてもなんとかしてみせるわぁ☆』
「……私はノーガードじゃないですかぁ!!」
『それは加護の相手じゃないから、いろいろ差がつくのだわぁ』
碧目金髪、いつか君にも良い加護を与える精霊が現れる……はず。
最初に強襲を掛けるのは、冒険者組の彼女・伯姪・茶目栗毛。そして、三人が起こした混乱の隙を突いて水魔馬で甲板に乗り込むのが元薬師娘+1である。
「最近、海賊狩りも慣れてきたわね」
「襲われる側からの逆襲も定番ですね」
伯姪はややけだるげに、茶目栗毛は淡々と答える。
「私が最初に帆柱を叩き折るから、後は適当に乱戦に入りましょう。殺さず、海に叩き込むのが最善ね」
「「了解」」
甲板を蹴り、中空に形成した魔力壁の足場へと踏み込む。左右の足元に次々と現れる拳大の魔力の塊。200m程先に見える私掠船の甲板に到達するのに十秒と掛からない。
「な、なんだこいつっあぁ!!」
「叩っ殺しちまえぇ!!」
着の身着のままの襤褸を身に纏い、潮焼けした肌はかさついている三十前後の男たちだろうか。手に持つのは片手剣なのではなく棒切れ。
囲まれる前に彼女は二本ある帆柱のうち後方の主帆柱と思われる太い柱に魔力を纏わせたバルディッシュを叩きつける。
SHALTU……
一閃、子供の胴程もある太さの主帆柱が1m程の高さから斬りおとされ水面へと倒れていく。
「おおおお!!!!」
「なんだ、何で折れたんだぁ!!」
折れたのではない。斬られたのだ。
すると、前方の帆柱も同じように海面へと落ちていくのが見て取れる。
「へへ、いけそうだから、叩き切ってみたわ!」
「お見事」
魔力を纏った片手曲剣で伯姪も彼女に負けじと斬り倒したのである。
「おいおい、どうしてくれんだよぉ!!」
「こりゃ、高くつくぞぉ」
小柄で華奢な彼女のを取り囲むように数人の男。しかし。
「おっ」
「な、なんだ」
DOBONN!!
DOBONN!!
DOBONN!!
気配隠蔽を施した茶目栗毛が、ひょいひょいと半裸の男たちを想いつくままに海へと投げ込んでいく。
「海にごみを投げるのは良くないのだけれど」
「大丈夫よ、綺麗になるわそのうち」
伯姪はバックラーを上手に使い跳ね上げ、跳ね飛ばし海へと叩き込み、彼女は魔力壁をバルディッシュの刃の部分に纏わせ擂粉木で吹き飛ばすように男たちを海へと容赦なく叩き込んでいく。
PANN!!
CHUNN!!
「な、なんで鉛玉弾いてんだよぉ!!」
鍔広帽子に派手な羽飾りをつけた髭の濃い男が大声で怒鳴っている。
「もしかして、船長?」
「だったらどうした小娘ぇ!!」
「こうするのよ」
バルディッシュの刃の無い峰の部分で思い切り脛を叩き折る。
「いっでぇぇぇ!!」
「海賊の分際で、真人間みたいに痛がるんじゃないわよ」
伯姪が怒鳴りつけているところに現れる水魔馬に乗った三人。ルミリはドン引きである。
「い、痛いのは海賊関係ないのですわぁ」
「そんなわけないじゃない。人の痛みがわからないんだから、痛みに鈍感に決まってるでしょ?」
「人に暴力振るう奴に限って、自分の痛みには弱かったりしますよぉ」
「ですわぁ……」
涙を流しながら痛みに転げ回る船長らしき男。
「私掠免状はお持ちかしら」
「いっでぇぇぇぇ……」
「質問に、答えなさい」
GAINN !!
「ぎゃああぁぁ!!!」
折れているであろう脛に、バックラーを叩きつける伯姪。鬼である。
「先生、これではないでしょうか」
船内を簡単に捜索していた茶目栗毛が、宝の小箱風の収納の中に免状が入っている。
「……そうね。それっぽいわね。大方の書類関係はすべて回収。それと……この男はどうしましょうか」
「煩いから、海へ投げ込む」
「首を刎ねましょうか。海賊ですから、裁判なしの処刑で問題ありません」
「一応、免状持ってるみたいですよぉ」
「死人に口なしですわぁ」
彼女は、船長に質問することにした。
「あなたが海賊か、女王陛下の免状を持つ冒険商人か確認する為に、幾つか質問します。正しい内容であれば、放免しますし、差異があれば海賊として捕縛、このままリンデの海事高裁へ連行します」
「……ざけんなぁ! お前に何の権限」
激昂する船長(仮)。しかしながら、彼女は冷静に答える。
「あります。私は王国の副元帥リリアル副伯ですから。王から認められた軍の指揮権があります。この海賊船を制圧したのは、王国に対する攻撃への報復行動です。賊であればこの場で処刑し、私掠船であれば……その時はその時です」
「死人に口なし」
「ですわぁ」
最初の勢いはどこえやら。王国の『妖精騎士』が目の前にいる少女であると知り、船長らしき男は硬直している。
「ねぇ、あっちの船も制圧してきていい?」
「お願いするわ」
「では、参りましょう」
「私もお供します」
伯姪は、茶目栗毛と灰目藍髪を連れて、並走するもう一隻の海賊船へと向かう事にする。海面を一瞥し、船によじ登ろうとする船員たちがいることを碧目金髪に指摘すると移動を開始した。
「これ、どうすれば、いいですかぁ」
「魔装銃で適当に痛めつけて置いてちょうだい」
「畏まりました!!」
PANN!!
船によじ登ろうとする海面の男たちに向け、近寄れば撃ち殺すとばかりに魔装銃を放つ碧目金髪。銃声に驚き水中にもぐる男たち。
「面白いですわぁ」
『ひどいわねぇ』
必死なさまほど他人からは可笑しく見えるものだ。
「あなたのお名前は」
「……ジュリアス・シーザー」
「ふふ、立派なお名前ね。けれど、この免状は……無記名ね」
「……」
どうやらこの船団は正規の私掠船団ではなく、モグリのそれであり所謂ところの海賊にあたるのだろう。
「それで……どの範囲で活動することになっているのかしら」
「……」
「この免状によると……西大洋北部ということになっているわね。いつから、白亜島の東の海は西の大洋になったのかしらね」
「……」
私掠免状の書面は正規のものかもしれないが、その許可された範囲を完全に逸脱しており、許可された人間も記入されていない。私掠船の仮面を被った海賊船と言うことになる。
「船倉を調べてきてちょうだい」
「ええぇぇ……」
『大丈夫よぉ~まもってあげるんだから♡』
「信じるのですわぁ」
フローチェの水の大精霊(仮)の守りの力を信じるしかない。とはいえ、聖エゼル海軍の魔導船と比べれば一回り小さく、さらに言えばこれは近海用の商船にも、大型の漁船にも見える。
暫くすると、ルミリが戻ってきた。何やら少々涙目である。
「先生、船倉にあったのは……魚の塩漬けの樽ばかりですわぁ」
『ちょっと処理が悪くて、半分腐っているみたいなのだわぁ』
ルミリの涙目の理由は、船倉があまりにも臭かったからだろう。
「さて、船長。この船は漁船なのかしら。漁具は見当たらないのだけれど」
「……」
「ふふ、これも免状違反ね」
「どういうことですの?」
何でもありなのは海賊であり、特定の場所・目標相手に襲撃をするから軍事行動として認められるのである。船倉にある魚の塩漬けの樽は、恐らく、この海域で操業する漁船から奪った者であろう。めぼしい商船と出会わなかったので、漁船を襲ってその水揚げ品を奪ったというわけだ。
「海賊ですわぁ」
『海賊なのだわぁ』
「海賊ですから、処刑しておきます」
PANN!!
PANN!!
PANN!!
淡々と水面の男たちに鉛弾を叩き込む碧目金髪。
「船長はそのまま捕縛して連れて帰るわ。私掠免状がでたらめで、海賊がはびこっていることも、陛下にお知らせしなければね」
船長に銃口を向ける碧目金髪を制止し、彼女は生かしておくように伝えたのである。
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伯姪らの向かった船の帆柱が倒され、ジジマッチョ&姉の向かった二隻も一隻は帆柱を圧し折られ、そして……
「あっ」
「火柱が上がっていますわぁ」
「火薬でも積んでいたのかしら」
姉の襲撃したであろう二本帆柱の船が燃えている。どう見てもなんたら『魔炎旋風』にしか見えない。
「海の上でも燃えるのね。精霊の力は関係ないのかしら」
『そういう問題じゃねぇだろ。多分、嫌なもん目にしたんだろうな』
「ああ、そういうことね」
海賊に攫われなぶり殺しにされた死体でも載せていたのだろう。一瞬で頭に血が昇り、火災旋風で窒息させ焼き殺したのか。
生きたまま火刑に処せられた場合、体の外側が焼けて死ぬよりも、炎で熱せられた熱い煙を吸い込んで肺が焼けて窒息死することになる。生きたままの火刑は溺死や肺炎並みに苦しんで死ぬ。
「一隻損しましたー」
「ですわ~」
「いいえ、二隻よ」
頭を抑えに先行した一隻は、囲んだ仲間の船が次々逆襲されるのをみて、さっさと逃げ出している。追いかけるつもりはない。
「それより、あの船が気になるわ」
伯姪たちが制圧した船。帆は圧し折られ、船員は海へと投げ込まれているのは今いる船と同じ。だが、外見が少々特徴的に思える。
「聖ブレリア号と最初の魔導船の中間くらいですね」
「船尾に楼がついていて、なかなか良さげな商船に見えますわ。ネデルや連合王国でよく使われている貨客船ですわぁ」
ルミリ曰く、浅喫水であることを生かし、河川や水路、沿岸での移動に近年活躍している船種で『ホイス船』というらしい。
「近くで見てみましょう」
「……海の上を移動してですかぁ」
彼女は自分だけでなく、二人が走れるように長い廊下状の魔導壁をホイス船まで200mほど伸ばすのであった。