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第751話 彼女は姉と『私掠』を語らう

第751話 彼女は姉と『私掠』を語らう


 後悔……航海の最中、暇にあかせて姉と久しぶりに雑談に興じる。実家にいた子供の頃は年齢差もあり、また立場の差もありあまり会話することはなかった。


 姉は父の補佐役、あるいは母とともに社交を担い、後継者として扱われていた。彼女自身は『後継』の予備としてある程度子爵家の仕事を学んだが、詳細まで学ぶ機会を得ることは無かった。


 その代わり、祖母の厳しい貴族教育、法律や契約に関する諸処の実務を学び、あるいは、薬師としてあるいは錬金術師としての学びを経る過程で魔力を鍛える鍛錬を自らに課した。


 本当に幼い頃を除けば、姉と彼女が同じ席に座り二人で話をする機会というのは初めてのような気がする。


「魔装馬車、便利だよね。この、どこでも個室感」

「そうね。波のうねりと相殺するように馬車が動くので、茶器の中身が零れる事もないのですもの」


 赤毛のルミリが淹れたお茶を飲みつつ、リンデに戻って以降のことを徒然に話をする。姉の連合王国の商人に対する印象。


「それにしても、私掠船の出資者に名を連ねるのがステイタスとか、終わってる国だよね」

「そうかしら。神国が冒険商人に出仕して、まだ見ぬ土地を探させるのとやり方は大して変わらないのではないかしら」


 神国や法国の王侯貴族、あるいは富裕な都市貴族・商人は、資金を募り、共同で貿易船を仕立てる。


 これは、『一つの籠に卵を盛るな』という教訓によるものだ。


 一人で一隻の貿易船を用意した場合、上手くいけば大儲けだが船が沈めば多大な損失を被ることになる。そして、再起できなくなることもありえる。


 これが仮に、十人で十分の一ずつ出資し、合計で十隻の貿易船を出すとする。仮に半分が沈んだとしても、その見返りに半数は無事に戻り十倍の富をもたらすとするなら、当初の出資に対して五倍の利益となって還元されることになる。


『合資会社』というものを、貿易船団毎に立ち上げ出資金を募り、船団が戻って富の配分を終えた時点で清算し解散するのが昨今の流行だ。


「連合王国では、まあ国がショボいから私掠船一辺倒だけれど、本来は植民会社なんていうのもあるんだよね。新しい土地に新しい街をつくる船団を編成する。そこで新しく街を作り産業を育てる。人も雇うし兵士も派遣するんだよ」

「国の事業のようね」

「貧乏で、国王の権力も資産もない国はそうするんだよ。それに、一枚噛ませろって奴らを黙らせるにはいい方法じゃない? 王太子殿下あたりが何か考えているみたいだけど、おそらく王国でも新大陸の植民開発では取り得る方法だよ」


 姉は遊び歩いているようで、しっかりと情報を集め分析しているようだ。ニース商会もノーブル伯家としても、その手の「投資」の話は有効に利用したいのだろう。リリアル副伯はそれ以前に領地経営を軌道に乗せることが優先なのだが。


「ほら、国王海軍ってのがずっとあるのよこの国。その船の持ち主は代々の国王でさ。戦争がないからって遊ばせておくわけにもいかないわけ。浮かべて置けば木も腐るし船の価値はどんどん減るからね」


 父王の時代、約五十隻の国王所有の軍船が建造されていた。これは、ネデルや王国あるいは神国の海軍に対抗する戦力として作られたものだが、その使用目的は『私掠』なのである。


 そもそも、陸上の軍隊が傭兵と常備の騎士と徴兵された兵士の集団であるのに対し、海上の軍は、武装した商船とその持ち主という傭兵と大して変わらない存在と、徴用された国民が運用する国王の海軍の併用という

形式なのだ。


「国王海軍は今は古い船を減らして大型の新造船……西大洋でも活動できるサイズに切り替えて三十隻弱くらいで推移させているんだけど、この船を実物出資にして『私掠船団』に加えているのが女王陛下の海軍というわけ。大体五隻くらいで編成しているうちの一隻らしいよ」


 国王海軍の船は船団最弱が定番らしい。同じ仕事なら、優秀なものは郷紳層が船主・船長を務める船に志願して採用され高い給与をもらう。そこには入れなかった者、あるいは弾かれた者が国王海軍の船に乗る。練度もやる気も最低というのは納得である。だが出資者。


「少なくとも、奪った荷の五分の一は女王陛下の取り分。他にも、積荷の清算以前に国の取り分が百分の十五最初に天引きされるのね。それと、仕立てた船の修理代の負担なんかの経費も勘案されるんだよね」


 どうやら、女王陛下の取り分はもっと多いらしい。


「けど、そこは私掠船の船主も船長も考えるんだよ。ほら、奪った荷を持って入港するじゃない、地元の港にさ。すると、どこからともなく顔役が現れて奪った荷のかなりの量を受け取って横流しに廻しちゃうんだよね。港の役人も当然グル。だから、本当は報告される荷の価値の倍くらいかっぱいでいるはずなんだよね」


 つまり、女王陛下も下々の免状を出した人間に騙されている面があるのだということだ。


「やってることは、自国の船以外を襲って積荷を盗み、船員を奴隷にして船を奪っている完全な略奪行為。でも、免状があるからこれは軍事行動、国の権利の範囲って言い張れるんだよね」


 戦争において、敵の戦争継続能力を削ぐために支配下の街や村を襲い略奪破壊することもある。有名なのは百年戦争で行われた『騎行』だろうか。その対策のため、賢明王は大都市を城塞化して周辺の住民含めた避難場所として作り直させ、従わない都市は国王の庇護下から退けた。また、郷土に根ざした常備の軍を設立した。


 海上では『騎行』を防ぐことは難しい。神国などは大船団を形成し私掠船に襲撃されないよう工夫し始めているというが、ネデルや王国近海ではそれも難しい。


「そもそも私掠の定義が守られていないのも問題ね」

「それはそうだよ。護っているかどうかなんて誤魔化し放題じゃない?奪った積荷さえ誤魔化すんだもの、当然だよね」


『私掠免状』というのは、どういった状態で行動が認められるのか条件付けがなされているものだ。





 免状には以下の内容が「約定書」として添えられている。


曰く『攻撃は目標としている商船に限る』


 いやいや、出会い次第、手当たり次第に漁船でも何でも襲撃している。


曰く『目標の海域に直行しなければならない』


 これは、私掠を行う範囲を限定しているものだが、そんなものはお構いなく行うのが普通だ。範囲外に荷をたくさん積んだ船団が存在するという情報を得れば、範囲は自主的に任意変更される。


曰く『捕獲した荷は各船が所属する母港に持ち帰り、政府の任じた海事執政官により評価・査定されねばならない』


 捕獲した荷の半数は、評価査定前に横流しされるのが当然。


曰く『海事執政官は寄港後六週間以内にリンデの『海自高裁』に積荷の査定額を報告する。日付は六週間以内が記載されているが、届くのははるかに遅くなる。日付を何日と書くかはどうとでもなる。


曰く『海事総督に積荷査定額の十分の一を納める』


 但し、賄賂を除く。


曰く『約定を守らなかった場合、金貨三百枚の罰金を支払う者とする』


 それ以前に合資会社は清算・解散し、船主も船長も何処かに消えることになるので、払う事は無い。


 リンデや南部の商業港では、この略奪品の横流しが一大産業であるのは有名なのだ。国を挙げてこの『私掠』という名の海賊行為を行っている。


「海賊は処罰されるべきよね」

「誰が罰するかという問題があるね。それと、そもそも、この国の海運や海軍を散々打ちのめした結果が、今の状態を招いているんだよ妹ちゃん」

「それは……どういうこと?」


 海運に関しては彼女の知識の範囲の外であり、ニースが海運でも栄えていることを考えると、姉に一日の長があることを認めざるを得ない。商会頭夫人として、あるいはニース辺境伯家の縁戚としてさまざな事を学んでいるのだろう。


「ほら、リンデに商人同盟ギルドの巨大な商館があるじゃない?」

「そうね。それも、リンデの一等地。川沿いのいい場所に倉庫込みでね」

「あれって、内戦の時期に商人同盟ギルドと前の王家が戦争して負けたからなんだよね。結果、リンデの商人を始め、連合王国の商人は東外海での貿易から締め出され、商人同盟ギルドは関税無しにどんどん商品を連合王国に持ち込めるようになったってわけ」


 他国のそれも都市同盟の商人が、自国の商人以上の特権を持って連合王国の商業に干渉する。あるいは商売をする。これはとても異常な事だ。


「それに加えて、貿易船は全てネデルか商人同盟ギルドの船を使うことになったんだよ」

「それでは」

「そうそう。この国の船乗りは失業するか、密貿易・海賊になるしかなかったってこと」


 私掠船がはびこる以前から、連合王国近海において、ネデルの貿易船を狙った小型船による海賊行為は激増していた。奪った積荷を安く流す。いつまでも荷があれば、奪われた商人が訴えを上げて捜査されかねない。故に、盗品売買は時間との勝負。


 今の状態になる以前から、既に素地は出来上がっていたということだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『私掠免状』は、本来きちんと管理されるべきものであり、最終的に国王の裁可が必要なのだが、賄賂次第で『無記名』のものが手に入る。許可を与える者の名前が空白であり、必要な時に記名すればよい仕様となっているのだ。


「私掠無くして国成り立たずという感じなんだよね。けど、かなり風向きが怪しくなっているよ」

「どういうことかしら」


 姉曰く、彼女がリンデを離れる前後において、私掠船団が神国の五十隻にものぼる大船団を襲撃し積荷を奪った事件が発生。その被害額、金貨二十万枚相当。


「金貨二十万枚って……国家予算並みじゃない」

「そうそう。もう、神国の大使が頭から火を噴くんじゃないかってほど激怒していてね。女王陛下も返答に困っているみたい」


 ちょっぴりくすねるくらいならお目こぼしもあり得るが、どうやらその二十万枚の資金は、ネデルで活動する神国軍の資金に充てる予定のものであり、神国大使の背後には国王のみならず、ネデル総督の怒りも透けて見えるという。


「もう、一触即発だね。ネデルから渡海作戦もあり得るらしいよ」

「そう」


 オラン公とその与党である原神子信徒の多い北部は、『共和国』として神国から独立する方向で動いているという。その背後には当然連合王国がいるわけで、ネデル総督からすれば先に叩いておくという選択もあるのだが、現在、北王国と北部諸侯の軍が南下している最中と判断しており、遠征を行うにしても一二年先の話であろうか。準備が必要となるだろう。


「神国本国の海軍軍船をネデルに呼び寄せて、ネデルの軍を連合王国南岸に上陸させて占領するってのがいいんだろうね。けど、北王国の王家の元で統一されるならそれもあり。女王陛下は四方皆敵って感じだね」


 海に囲まれているからこそ何とかなっているのだろうが、女王陛下の足元は相当脆弱なのだ。味方を得られるなら、海賊黙認くらいやってのけるし何なら一緒にトゥギャザーしたわけだが、調子に乗りすぎて獅子の尾を踏みつけてしまったというわけだ。


「この辺りも私掠船崩れが湧く海域ってことよね姉さん」

「そうそう、あんな感じで、マストが林立するみたいだよ」

「……あれね」


 水平線に目を向けると、針葉樹の幹のようなシルエットが五本見てとれる。甲板上は俄かに騒がしくなる。


「船長、指示を」

「逃げるふりをして誘き寄せようか。爺様どう思います?」

「偽計は大切だな。帆走を心掛け、相手が並走するように進路を仕向けよ」

「「「「はっ!!」」」」


 姉の魔導船の搭乗員はジジマッチョ以下聖エゼル海軍もしくはニース騎士団の退役者で占められている。なので、全員……肉弾戦が得意。どんとこい白兵!!


『マッダームゥ!! オイラ頑張るよぉ』

「いらないから。普通の船のフリするのに、いらないから」

『つれねぇ……だがそこがいいマッダームゥ!!』


 山羊頭こと『カペル』煩い。





 相対速度は恐らく二ノット程度の差。一時間に三キロほどの距離を近づいてくるといったところか。とはいえ、甲板から見える水平線の距離は意外と近い。精々数キロ程度であり、これが10mのマストの上だと、三倍ほどの距離まで水平線の位置がずれるらしい。


「船同士の戦いというのは意外とのんびりしているのね」

「はは、ガレー船なら全力で漕ぐことになるがな。帆走だけなら、風上をとる戦いになるのではないか」


 魔導船で外輪を回した場合、十数ノットの速度が出る。帆船の平均的速度は五ノット程度なので本来なら全くあいてにもならない。だが、敢えて囲ませるように誘導する。


「五対一ですぅ」

「不安ですわぁ」

「大丈夫よ。どうせ並走して縄掛けて移乗する展開狙いなんでしょ?五隻沈めるのはちょっと心苦しいけれど、仕方ないわよね」

「拿捕するわけにもいかんし。書類やら積荷やらは魔法袋にでも収納して、全部の帆柱圧し折って、放流かの」


 沈めるのも帆柱圧し折って漂流させるのも鬼の所業。どっちもどっちである。


「できれば免状を確保したいわ。それと、船長を一人押さえて、リンデに連れていこうと思うの」

「海事高裁送りね。いいんじゃない? 王国の親善副使御一行を襲撃した犯罪者をどう処刑するか、見ものね」


 どう処罰するかではなく、どう処刑するかとは、これいかに!!


 船足の早い船が一隻遠くから追い抜いていき、聖エゼルの軍船を挟むように左右に二隻ずつが並走する体制に移行した。


「どちらにしようかの」

「先手はお譲りします」

「なら、東の二隻をもらおう」

「では、私たちは西の二隻を仕留めます」


 リリアルで二隻、ジジマッチョ団で二隻を取りあえず仕留める役割分担。海の上を駆け、敵船に移乗し帆柱を圧し折り、相手を制圧するだけの簡単なお仕事である。


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― 新着の感想 ―
[一言] 神国と私掠船で揉めてる所に、オカワリで王国副使の船を襲った船長が連行されるのか…。 関係者の胃は大丈夫か!?
[一言] >国王海軍ってのがずっとあるのよこの国 未だに軍艦にHMS(陛下の船)とか振ってるしね >本来は植民会社 東インド会社の出番だな 植民地化して近代的な教育施したら学力落ちたけど アジア圏で…
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