第749話 彼女はリンデへ向かう前に一仕事する
第749話 彼女はリンデへ向かう前に一仕事する
「ねぇ、妹ちゃん。あのお爺ちゃん元気がないんだけど、何か知ってる?」
姉の指し示す「お爺ちゃん」とは、水派賢者の領袖『アマダイン師』。お前はなにしに来たと質問されたので、王国の敵とその手先を討伐に来たと魔力を込めた殺気を放ちつつご説明したところ、大いに心を病んでしまったようである。甲板の隅に横たわり、「るーるる」と口にして涙目が一点を見つめている。
師の今後は、女王陛下の王宮で洗いざらい吐いて、白骨宮に収監されるまでがセットとなるだろう事に思い至り、心が病んでいるようである。
「なに、賢者だと頭でっかちであるから、心と体のバランスが崩れて心が病むのだ。ほれ、我らと一緒に鍛錬すればよい」
「そうだな。この、鍛錬用メイスを貸してやるから、無心で振り回せば心も晴れるであろう」
鍛錬用メイス……実戦用と何が違うのだろう。
「トゲトゲの先っちょが丸いとか?」
「重めに作ってあるのと、フィンやスパイクはおとなしめかのぅ」
姉とジジマッチョは自称鍛錬用メイスを手に、一応説明しているが、周りの賢者やリリアル生は納得していない。今回の遠征に、メイス使いは誰も参加していないので当然でもある。
海上は微風、そしてその上を風を切って進む魔導外輪船。外輪が水を櫂く音がリズムを刻み、そのリズムに合わせるようにメイスを持つ者たちが一心不乱に形を繰り返す。
「こりゃあーしょうえいものだ」
「ほんまやわ」
何故かジジマッチョたちと共にメイスを振るう二人の風派賢者。離れた場所では、伯姪と灰目藍髪が軽く手合わせしている。
「この揺れになれないと、タイミングが狂うのよね」
「なるほど……船上の戦闘はかなり近い距離での斬り合いになるということですね」
揺れる甲板の不安定な場所であれば、飛んだり跳ねたりすることは難しい。突然、ぐらりと横波でも受ければ、足元はふらつき、間合いも一瞬で変わってしまう。隙も生まれる。
故に、殴り合うほどの接近戦での斬り合いを選ぶ。
むしろ、殴る。
『メイスもちなら、正に殴り賢者になるじゃねぇか』
「悪い影響を海外迄輸出してしまったようで気が引けるわ」
とはいえ、修道士や聖騎士がメイスを振るうのは不思議な事ではない。剣を振るう修道士よりも、メイスや杖を振るう方が違和感もない。なので、これはこれで良いのだ。
「聖エゼル海軍の影響を受けているのかしら。いえ、恐らくは相乗効果ね」
脳筋×魔力馬鹿=魔力を纏ったメイスでぶん殴る。いたってシンプルな答えである。重さは同程度だが、メイスは剣より短く、重心は先端にあるため細かな術理は覚束ない。その分、シンプルに一撃を磨く、あるいは、そこに至る駆け引きを学ぶ。姉好みの一撃必殺に至る道である。
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このまま沿岸をひたすら南下し、『テイメン川』の河口から遡上しリンデへと至る予定だ。リンデの手前で止められる可能性が高いのだが、その場合、リリアル副伯一行だけ下船し、姉とジジマッチョら聖エゼル海軍一行はそのまま帰国することになるだろう。むしろそれでいい。
「妹ちゃん」
「なにかしら姉さん」
「ちょっと寄り道していかない?」
海岸沿いに街道は存在しない為、肉眼で確認することは出来ないのだが、賢者学院を出発する時点で、北部諸侯の反乱軍は対岸のウィックを抜き、モースパスを越えて北部防衛の要衝であるポンスタインへと至っているとのことであった。
北部の貴族は姻戚関係を結んでいる身内同士か、王命で送り込まれた孤立した男爵家のどちらかであり、ポンスタイン迄は妨げる存在は無い。北部からの南下を阻止するための石橋の門楼を城塞化した拠点を中心に、簡単には攻略できないよう工夫されているのが特徴でもある。
とはいえ、後方のダンロムの司教軍が後詰として出るかどうか今の段階では微妙であろうか。東部諸侯の反乱をノルド公捕縛で潰したものの、女王陛下の率いる援軍が到着するのには時間が掛かるはずだ。
また、有力な側近……例えば『レイア伯ロブ・ダディ』辺りを指揮官に軍を起こした場合、リンデ近郊でクーデターが起こる可能性もある。王宮には護衛隊は存在するものの、「近衛騎士団」「近衛連隊」のような王家が直接指揮する軍事力が女王陛下にはほぼ存在しない。護衛隊は儀式的な存在であり、戦力にはならず、数も百少々に過ぎない。
「何をする気なの」
「ちょっとした水上からの支援攻撃?」
タイ川を河口から遡ることは可能だ。ポンスタインは中継港としての役割りを担っている。上流から集められた資材を荷下ろししまとめ、大型の海運用の船舶に乗せ換えるのである。
なので、聖エゼル海軍の魔導外輪船がやや大型であったとしても、十分に遡行することはできる。
「問題は、聖エゼル十字を誇示して攻撃すると、後で神国と揉めるのではないかしら」
「あっ」
「あっ ではないぞアイネ。ニースと神国は友邦関係なのだぞ」
「し、知ってましたー わかってますー」
遡行しての魔導船での襲撃で頭がいっぱいであった姉。絶対忘れていたであろう。雑なごまかしである。
「夜間襲撃に切り替えるか。旗も船のシルエットも見えまい」
「初めての場所で、座礁の危険があるのではないでしょうか」
川は至る所に中州があり、水深の浅い場所も存在する。
「なに、『外輪』があれば問題ない。それに、儂等が最悪縄掛けて牽引
するでな。魔力を纏わせておけば、船体も問題なかろう。なあ皆!!」
「「「「おう!!!」」」」
魔力纏いを船体全体に可能なほどの魔力を持つ者が二人も乗っているのであるから、安心して座礁するが宜しいということである。
「聖エゼルの軍船ですもの。決定権は私には無いのだから、勝手にしてちょうだい」
リリアル勢は彼女の決定に従い、賢者学院の同行者は興味津々といった態度で様子を見ている。
『マッダームゥ!! オイラ頑張るよぉ』
「川の上で帆走するわけないでしょ? 勝手なことしないで」
『それはねぇよ、マッダームゥ!!』
因みに、帆船が最大に帆を張れるのは微風追い風の場合であり、余り風が強く吹くと帆を減らさなければ帆柱が持たない。過ぎたるは及ばざるがごとしである。
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賢者学院を出帆して半日、ポン川を遡り、まもなくポンスタインが見えてくる。
篝火を焚き、橋の北端にある城塞が浮かび上がっている。
「どうやら、北岸の街は焼き払ったようだな」
「仕方ないでしょうね。相応の軍を展開させるには、家屋は邪魔になりますから」
「略奪もしているだろうね。ポンスタイン自体は中部辺りの商人たちが進出してきているから、北部の連中からすれば身内じゃないから襲いやすいんだろうね」
遠目ではあるが、攻撃は始まったばかりか未だ準備段階のようであり、城塞側に目立った被害は見てとれない。
「攻城砲・攻城櫓や投石機は用意できていないようですね」
「進軍が順調すぎて工兵が追い付いていないか、最初から装備していないかね」
王国や神国の軍と比較しても、連合王国の軍は火砲の装備が相当劣っている。特に野砲と呼ばれる牽引式の軽量大砲などは圧倒的に装備できていない。大砲は高価であるし、用いて破壊する必要のある城塞が白亜島にはほぼない。
昔ながらの石壁をよじ登る式の攻城で事足りるからとも言える。連合王国が内戦以降、まともな戦争を行っていないのに対し、王国・帝国は法国北部で五十年以上戦争を行った。数万の軍を用い、大砲を生かして野戦や攻城戦を行った経験がある。帝国は、東の皇帝家と西の神国王家に別れたので、神国軍も強力な軍を有していると言える。
「確かに、大砲の音が聞こえません」
茶目栗毛の言に彼女も頷く。攻城戦は昼夜問わず城壁や城門を破壊する大砲の砲撃から始まる。とはいえ、何度も砲撃を行うと砲身が割れたり歪んで射撃できなくなるのだが。
「大砲がないなら余裕で護り切れるわよね」
伯姪が防衛側有利だと明るく言い切る。しかしながら、夜間の渡河攻撃や上流に別動隊を派遣して渡河、背後に回って包囲する可能性も無いわけではない。城塞を守る戦力としては十分だが、街全体を守るには全く戦力が不足している。
目先の利くものは、既にダンロムか、それ以南の場所へと避難している事だろう。
「とはいえ、お姉ちゃんは仕掛けます」
姉はリリアルの小型魔導船(川船仕様)を所望する。帝国遠征で使用した、川下り用の小さな船である。
「妹ちゃんとメイちゃん、手伝って」
「……仕方ないわね。さっさと終わらせましょう」
「良い土産話になることを期待するわ!」
川船の操作を行うのは彼女と伯姪。そこに乗り込むのは姉。ゆっくりと流れに逆らうように北岸へと近寄っていく。
橋桁の陰に隠れるようにゆっくりと移動する。橋桁の周りは沢山の杭が打ってあったり、橋桁の部分で流れが狭まる為、勢いが急となるので本来は船で近付くのは危険である。
なので盲点だと考えたのだ。北部諸侯の軍は橋桁の下に関心はないだろうし、防衛する側はそこまで戦力がない。なので隠れるには最適なのである。
「さて、そろそろ始めましょうか。『カペル』役に立ちなさいよ。帆に風を送るだけが、あんたの仕事じゃないんだからね」
『もちろんですマッダームゥ。炎に旋風を送り込むよオイラァ!!』
幸い、野営地には天幕の他、破壊した北岸の街の廃材、主に木材が散乱しているはずである。勝った気になり酒宴でも開いていてくれるとなお良い。
「妹ちゃん、ちょろっと、野営地の周りに土壁築いてくれないかな? お姉ちゃんのお願い☆」
「……豪奢な天幕の周りを囲むようにでいいかしら」
「そうそう。解ってらっしゃる。指揮する高位貴族や傭兵隊長だけでも囲い込んで焼き殺してやれば、しばらく身動き取れなくなるか、支払いに不安を持って勝手に解散するでしょ? 神国って太客はいたとしても、下っ端には縁がないしね」
彼女は気配隠蔽を行い、魔力壁を足場に密かに野営地へと忍び込むことにした。
奪った食料と酒をたらふく喰らい、一部の見張の兵士以外は、大概、上から下までいい気分で寄っているのが北部諸侯の野営地であった。
『どうやら、北王国軍の南下待ちみてぇだな』
「本当に来るのかどうかわからないわ」
北部諸侯の反乱は珍しい事ではない。北王国との関係が深いだけでなく、元々御神子教徒が多い地域であり、また、王宮の施策、特に経済の中核であった修道院を解散させられ、代替する産業や貿易などの資金源もないため、父王時代から北部は困窮しているからだ。
姉王時代は反動の時代であり、一息付けたのであるが、当代の女王陛下は父王時代に施策を戻している。不満が高まらないわけがない。
北王国が南進するかどうかはさしたる問題ではない。黙ってリンデの商人どもの利益を代弁するような王宮に従うつもりはないと意思表示する為の反乱なのだ。ついでに、憂さ晴らしできれば越したことはない。
城塞から離れた一角。恐らく町の広場であった場所に豪奢な天幕が幾つも建てられていた。周りを騎士の装備を身につけた者たちが警備している。ここが、北部諸侯軍の幹部の集まる場所であろう。
「さて、始めましょう」
『さっさと終わらせようぜ』
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の壁で敵を囲め……――― 『土壁』」――― 『堅牢』
街の四角い広場、50m四方ほどの周辺が全て3m程の高さの土壁で覆われる。厚みは1mほどであろうか。堅牢を施されているので、並の身体強化程度では破壊できないだろう。
すると、ふと背後に人の気配が現れる。
「姉さん、一人で来たのかしら」
「いえ、メイちゃんも一緒だよ。船を仕舞ってきたんだよ。おー いい感じに囲んだね。これなら外には燃え広がらないね」
「中の人間は、逃げ出せなさそうね。あー しっかり焼き殺されそうでコワ!!」
伯姪が先の展開を想像して、やや青ざめた顔となる。
「反乱を起こすのは勝手だけれど、途中の街や村を破壊するのは貴族・騎士としてどうなのかしら。死んでも仕方ないと思うわ」
「それは……そうかもね。まあほら、ここで女王陛下が身罷られても困るから、帰国するまではなんとか保ってほしいってことかしら」
「そうそう。ま、神国よりは商売の話ができる分、リンデの商人はマシだから。神国に囲まれる王国ってのも、宜しくないからね!!」
姉王時代、連合王国は神国と歩調を合わせてランドル方面に出兵したこともある。王太子の嫁として、いいところ見せたかったという事なのだろうが、中途半端に戦争を始め途中で死んでいる。女王陛下の最初のお仕事は王国出兵を終わらせ停戦条約を結ぶことであったりした。
「さて、始めるよ!!」
姉は魔力を高め、ゆらゆらと体の周りに魔力があふれ出してくる。
『逝くよカペル!! 響け爆轟、舞い上がれ火旋風、逝け!!「魔炎旋風ぅぅ!!」』
『マッダァァァァァームゥゥゥゥゥ!!!!!』
四角く壁で覆われた広場に、渦巻く火柱が天高く伸びていったのである。