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第748話 彼女は賢者学院を去る

第748話 彼女は賢者学院を去る


「決闘だ!!」

「まてまて、力づくで決めるのは愚かなことだぞ」

「何を!! やましいことが無ければ、決闘を受けて立つはずだ。ますます怪しいではないか!!」


 全くもって賢者ではない。殴り賢者……賢くなさそうな言葉である。


 客観的に見て見解の相違は平行線。神国の企図した襲撃を知らぬ、関わっていないと言い張る水派に対し、状況証拠から考えて結託していたと見る他の派閥。


「ほっほっほっ、まったく困ったもんじゃ。さて、どうしたものか」

「学院長。これは、一度王宮に裁定いただいては」

「いや、賢者学院は中立の立場。女王陛下の裁定に従うというのはおかしなことではないか」


 連合王国が聖王会を建てず教皇庁を上に頂いているならばその論は成立する。父王が修道院を廃止する以前までの価値観であればそれでよい。


 しかしながら、この国の中において全ての宗派の上には『女王陛下』が君臨するという形に変わっている。修道院に準じた賢者学院は、解散こそ免れたものの、他の教会組織と同様、聖王会の元に管理監督される。


 その裁定者は教皇庁ではなく、女王陛下とその幕僚であるリンデ王宮

となる。歴史ある学院にとってそれが望むもののわけがない。


『それが気に入らねぇってのもあるだろうな』


『魔剣』の言葉に彼女も内心同意する。他派閥であったとしても、水の精霊の『祝福』持ちは存在する。例えば、彼女がそうだ。雷の精霊の加護と水の精霊の祝福を持っている。


 その場合、加護を持つ派閥に入ったとしても、祝福持ちの力は有効である。恐らくは水と反発しない土と風の派閥の中には、内通している者がいるだろう。それらは水の祝福持ちであり、今回の襲撃の際、最終局面では水派に合流し身の安全を図るつもりであった可能性が高い。


 この辺りは、申し開きの際に女王陛下に諫言しても面白いだろう。





「結論は出そうにもない。ならば、それぞれの話を王宮にて申し開きをし、裁定してもらうほかなし」


 学院長の判断に異論は現れず。散々言い合い、怒鳴り合った結果として気力を失った事によると思われる。消耗するのを待っていたのか学院長。


「水派の領袖と、あとは……儂は残らねばならぬからな……」


 ちらっちらっとばかりに視線を送る学院長。しかしながら、残りの三派の領袖は視線を下げて無視をする。


「私たちがリンデに戻る際に、お送りすることも可能です。その場合、三日とかからず到着できると思いますが」

「「「「なっ!!」」」」


 火派と風派の賢者たちが目を輝かせ始める。魔力量は多くとも加護に乏しい火派は魔導具の使用に貪欲である。また、風派は航海の際に船に同乗することが少なくないこともあり、新型魔導船に興味津々なのだ。


「「では!! 私が!!」」


 風派のトメントゥサ師と火派のペイニア師が、学院長へと詰め寄る。


「ん- ペイニア師よ。東部で混乱が起こりノルド公が収監されたと聞いておる。公との関係のちかしいお主は、王宮に近付かない方が良いのではないのか」

「……」

「それに、学院の復旧には風の精霊魔術より、魔力量の多い火派の魔術師の貢献度が大きくなるであろう。その指揮を、誰に任せれば良いというのじゃ」


 魔導具を用いるならば、火派の賢者の魔力量がものをいう。土派が最も活躍の余地があるのだが、次点は火派。水派は治癒などで効果を示すであろうが、原状復帰させる土木工事ではさほど役に立つとは思えない。それは風派も同様である。


「トメントゥサ師よ。風派は王宮と王都周辺の者とつながりが深い。リンデの状況把握と、帰路は幾つかに別れて南進する北部諸侯の動向を確認しつつ戻るが良かろう」

「承知いたしました。幾人か、腕の立つ者を同行させたいと思いますが」

「その間、風派の者たちは儂が預かろう。ほっほっほっ」


 ということで、風派の領袖と幹部賢者数人を彼女の帰路に同行させることが頭越しに確定する。


「姉さん」

「大丈夫だよ!! 聖エゼルアイネ号は大きいからね。ドンと任せなさい!!」


 しれっと自分の名前を船名に入れている姉。聖エゼル海軍には二隻の魔導船が導入されるので、聖エゼル***という船名は理解できるが。


「あれ、羨ましいのかなー 妹ちゃん」

「姉が恥ずかしいだけよ」

「そう。リリアルの二番艦は聖アリックス号とかにすればいいんじゃない? 聖ブレリア・聖アリックスの二隻体制でGO!!」


 GO!!ではない。とはいえ、アリーの実名が『アリックス』であることを知る者は少ない。また、王国の過去の女性で聖アリックスと称される貴人が居ない事もないと思われる。聖征の時代以前においては、王女・公女にもみられた貴族女性に相応しい「守護者」を意味する名前なのである。


 但し、シワシワネーム感が甚だしいのだが。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「久々のリンデ行じゃ。ちくっと楽しみじゃのぉ」

「ダン、騒ぐな。それに、この揺れは……ぼっけぇきょうてぇ」

「何言うちょるがや!! 飛べばいいが。しぇしぇい」


 賢者学院の桟橋から、彼女が持ち込んだ魔導外輪船に乗せ沖に停泊中の『聖エゼル号』までリリアル一行と姉、そして賢者数名を乗せるのだが、一行の中には学院訪問当初世話になった『ダン』とその指導賢者である『セアンヘア』が乗っていた。


 その他には、領袖のトメントゥサ師、ポンテシャン、マルバドが同行者となっている。ポンテシャンは四角い顔の頑固そうな初老の男であり、マルバドは賢者と思えぬ鮮やかな衣装を身に纏い、幾つかの楽器を携行している。


「賢者というよりも、吟遊詩人ね」

『吟遊詩人は歌に魔力を乗せるドルイドの配下の魔力使いだな。魔術や精霊魔術ほどはっきりしない、身体強化に近い能力を使う』


 賢者の助手あるいは従者として従い、歌と楽器を用いて人心を掌握する手伝いをする。また、噂を流し情報を集めるために、場末の酒場から宮廷深くまで入り込むことも行う。今回の任務に最も向いている人材なのだろう。


「つまり」

『吟遊詩人や楽師は要注意ということだ』


 言い換えれば、孤児の中で楽器の演奏に才能のある者を集め、演奏家として各地に潜り込ませ情報提供者として育成するという手段もあり得る。魔力は無くとも楽器の演奏という才能があれば、生きる手段となる。


 とはいえ、楽器は高価であり才能がわかるように誰にでも与えられるような道具でもない。


『歌くらいなら、上手い下手は解る。道具もいらねぇ。教会や孤児院で讃美歌を謳うくらいはできるんじゃねぇか』


『魔剣』の言葉に彼女も納得する。歌の上手な子を「リリアル合唱隊」として孤児院から集め、練習し各地を巡業したり、王都の孤児院を慰問させることもできるかもしれない。


『有名な演奏家ともなれば、各地の宮廷にもよばれるしな。顔も繋がる』


 姉ほど社交的ではない彼女にとっては、そうした存在を介して知人を広げる事が出来るという事も悪い発想ではない。


「先立つものは時間とお金よ」

『ちげぇねぇ。そういえば、クラーケン祭りはまだだったな。どうするんだよ』

「リンデに持ち込むのよ。サンライズ商会経由で、市場に流そうと思うの」


 彼女の魔法袋は、魔力量の向上とともにどうやら時間経過が緩やかになってきたようである。オリヴィが十分の一と伝え聞いているのだが、彼女の場合精々三分の一。とはいえ、三日の旅程を考えるなら実質一日程度の経過に過ぎないので、恐らく鮮度に問題はない。


「問題は、蛸を食べるかどうかよね。悪魔の魚とか」

『聖典にはそんなことは書いていない。厳信徒には関係ないんじゃねぇの』


 リリアルの魔導船から沖の『聖エゼル号』に乗り移るころには、賢者の殆どが船酔いを始めていた。そのお陰で、無駄に騒いでいたのが静かになり彼女は一安心するのである。





「さあ! リンデに向け全速前進!!」


 姉が魔力を供給する『聖エゼル号』。操舵を握るのは姉である。煩い。


 沖に出るまでの間、魔導外輪を主動力として海上を進む。水車に似た外輪が海水をかき分け、ぐんぐんと船は姉の意思を汲んで前進を加速させる。


「の、のう、アリックス閣下」

「……普通に閣下で良いわよ」

「そうか、閣下でよいか。いやそうじゃない、この船、なんぼ速度が出るがか」


 彼女は少し考えてから答える。


「追い風全速くらい常時出るわね。魔力を供給する限りにおいてだけれども」


 風力が大きく過ぎれば帆を張るほど加速するというわけでもない。帆が風を捕らえすぎれば破損もするしコントロールも出来なくなる。微風、あるいはそれに近い弱い風が一定方向に吹いている方が帆を生かしやすい。大風になればほとんどの帆をたたまざるを得ないので、強風=速度向上ということにはならない。最大の速力は、ある程度限られる。


「一時間に20㎞くらいだと思うわ」

「馬より早いか」

「いや、馬は明るい間しか動けないし、休憩も必要だ。船は魔力を与える者が交代できるなら、一日中動ける」


 風向き関係なく、一日で500㎞近く移動できる船。速度が速く無駄な移動が無ければ食料や飲料水を減らしてより多くの物資や人間を移動させることもできる。これが、どのくらい脅威なのか多少船を用いた戦争を考えるならば、その脅威度はより明確となる。


「海上においても、リリアルはリリアルであり続ける……ということです」


 灰目藍髪がダンの言葉に自分の言葉で返す。神出鬼没、そして少数で相手を叩きのめし立ち去る。海上の戦闘、接舷するまでもなく、魔力壁を蹴って中空を突進し敵船を攻略する。矢も銃も魔装鎧で弾き飛ばし、帆柱を一撃で斬り倒し、甲板を血の海にする。


「目に浮かぶようじゃ」

「触らぬリリアルにたたりなし……きょうてぇ」


 徐々に沖に向かい、うねりの大きくなる中、ダンとセアンヘアは改めて『リリアルとは仲良うしう』と考えるのであった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 姉の全速前進……は船の試験航海としては不適切ということで、幾人かのジジマッチョ軍団と交代しつつ、最大船速の半分ほどの速度で昼夜通して移動することになった。


「この馬車便利で仕方がねえ」

「まっこと」


 魔装荷馬車に魔装のハンモックを釣り、船酔い対策中のダンとキョウテェ。いや、セアンヘア。


「お前たち、賢者としての矜持は無いのか。オロロロロ……」

「「……」」


 嘔吐しながらの説教、全く説得力はない。


 一人佇むのは水派賢者の領袖『アマダイン師』。静かに遠くの水平線辺りに視線を送っている。日よけの布を張り、日差しを直接浴びることはないが、海面からの照り返しもあるので、意外と眩しいのだが意に介さないようだ。


「船に乗るのは珍しい事なのでしょうか」


 彼女は常に一人でいようとするアマダインに声を掛ける。昼食も就寝も

一人、他人のいない場所を選んで済ませようとしているからだ。


「あなたは、賢者学院に何しに来たのだ」


 彼女の質問には答えず、自らの質問を返す領袖の賢者。


「最初は、王国と長らく敵対してきた国を中から見て見たかったのだと思います」


 彼女は、これまで王国内であった人攫いや盗賊、あるいは賊に見せかけた連合王国兵による攻撃、あるいは連合王国から向けられたであろう魔物について話して聞かせた。


「滅ぼそうと思ったとでも言うのか」

「はい。この魔導船もそういう意図がなく作ったとは言いません。なにしろ、この船が数隻、王国対岸の港街近くでこの国の私掠船なり商船を襲撃し続ければ、半年程度で経済的に麻痺するのではないでしょうか」


 羊毛を輸出し木材や小麦を飼う。連合王国は王国ほど国内だけで自給できる国ではない。特に、父王の代以降、ネデルとの結びつきを強くし、農耕から牧畜に産業を切り替えてきた。その方が経済的だからだが、国防という意味では後退したと言うことも出来る。


 神国もネデルも王国も食料を輸出しないとなれば、どこから不足する食料を輸入するのか。羊毛も輸入することを止めるあるいは減らす事は可能なのだ。羊毛が一年手に入らずとも即困ることはない。だが、小麦は一年手に入らなければ早晩餓死してしまう。


「ですが、王国も同様ですが、様々な思惑を持った人たちがそれぞれの立場で行動しています。それは仮に敵国であろうと変わらない」

「なるほど、だから連合王国に味方すると」


 彼女は首を横に振る。


「聖征なんて時代錯誤な発想を持ち、異端審問などという自分が如何にも正義であると狂信するような人物が国王とその側近を務める国とは、最終的に王国は合わないのです」


 そして、彼女は「狂信者に従うような人間は、全て王国の敵です。それが、どの宗派であろうと、どの異教徒であろうと、例え教皇庁であっても王国の敵なのです」と加えた。


「神国は調子に乗り過ぎました。ネデルで争い、この国でも争いを焚きつけ。恐らく、サラセンと直接対峙する役割を帝国皇帝に押し付けて自分は好き勝手しようとしているのでしょう。もしくはこの世界を支配できると勘違いしている」


 王国の敵は神国とその与党。今回の連合王国訪問において、彼女はそう確信した。


「なので、神国の甘言に騙されるような『愚者』にはこの世から退場してもらおうかと思っております」


 彼女の言葉に嘘は無いと理解した領袖賢者は、その顔を青くし強張らせるのであった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] >『吟遊詩人や楽師は要注意ということだ』 「竪琴の聖母」さんは広範囲のバフ、デバフが使えそうで恐ろしいですね…
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