第746話 彼女はそろそろ帰国の算段を始める
第746話 彼女はそろそろ帰国の算段を始める
賢者学院の見習賢者とリリアル生は、海岸に打ち捨てられている半魚人の死体を彼女の掘った『土牢』の中へと次々に放り投げていく。その数は千以上であろうか。
「姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「姉さんの無駄な魔力で、この中の死体を焼却してもらいたいのだけれど」
「そうだね!! 魔炎旋風乱れ撃ち☆ だよ!! いくよ山羊助!!」
どうやら、山羊男は『山羊助』と姉に呼ばれることが確定したようだ。死体片づけをしている碧目金髪はサムズアップしている。良い笑顔で。
『マッダームゥ!! もう少し、いい感じの名前にしてくれよぉ』
「妹ちゃん、なんかない?」
「自分の従者くらい、自分で名付けなさい」
といいつつ、適当に提案した。古代語で山羊は『カペル』、助けるは『アドユート』。なので……
「カペル・アドユートでどうかしら」
「いいかも。なんでも」
「それはよかった。では、姉をよろしくお願いするわカペル」
『おう、オイラに任せとけってぇ!!』
そうすると、山羊助ことカペルは一瞬で浅黒い肌の痩身の男へと姿を変える。
「はあっ!!」
「お、まあまあいいんじゃない?」
「なななな……なんでぇワイルドイケメン化したぁ!!」
驚き、思わず声に出してしまう碧目金髪。
「それは、マッダームの魔力量が豊富で、人化に足りうるほどであったからです。人型の従者のほうがおそばに侍りやすいでしょうし」
「お、それはいいね。いつも女の使用人しか連れていないから、けっこう物騒だったんだよね」
女の使用人とは『アンヌ』という名の不死者である。『伯爵』の作った存在であるが、元は王都出身の売春婦である。読み書き計算も達者で、一期生の薬師組に混ざっても遜色がない程度に優秀である。姉の相手をできるだけそれ以上かもしれない。
「くぅ……イケメン化すると分かっていれば……」
「魔力量が足らないと山羊男のままだったんだから、仕方ないじゃない」
伯姪が斬って捨てる。無いものねだりは仕方がない。
『リリも名前を付けてもらってうれしかったの』
「……妹ちゃん。ここに、妖精さんが見えるんだけど」
『リリの名はリリ。アリーのお友だちなの』
「うーん、本当に妖精騎士になったんだねぇ」
姉は何やら考え始めている。恐らくは副業である脚本家の構想であろう。ピクシーを登場させて……その子を金持ちの娘に演じさせて……などと金儲けとコネづくりに生かす気満々である。
姉が良からぬことを考えていると言うことは横に置き、彼女はジジマッチョと話を始める。
「直ぐにリンデに戻る予定でしょうか」
「いや、慣れぬ魔導船の操船で年寄りたちは少々疲労しておる」
「なにをおっしゃる!!」
「閣下こそ、腰が痛い肩がいたいとぉ!!」
海軍生活が長いベテランたちとはいえ、寄港地が近く波も穏やかな内海と異なり、白亜島沿海部の航海とはいえ北外海はそれなりに波も高く風も強い。急ぎ帰る必要もないであろうし、この軍船の存在を一つの切り札として彼女は賢者学院の教授会に揺さぶりを掛けようと考えていた。
「お、妹ちゃん、悪い顔をしているね」
「姉さんには敵わないのだけれど」
「いやー 褒められると照れるわ☆」
「褒めてないわよ」
いつもの姉妹の会話をしつつ、伯姪に意図を説明する。
「今回の出来事をリンデ王宮は正確に把握できていないでしょう。それに、この内乱に私たちや王弟殿下が巻き込まれる事も宜しくない」
「それはそうね。でも、私たちがここでできることって何かあるのかしら」
一つは、はったりとしてリンデから急遽、王国と近しい聖エゼル海軍の軍船がリリアル副伯一行を救援するために赴いたと言うことにする。
「まあ、あなたの姉の行動からすれば嘘ではないわね」
「うむ。大切な従姉姪もいるのだ。当然だ」
ジジマッチョはさりげなく伯姪も入れる。
「賢者学院で今回の襲撃に関する会議が開かれるでしょう。そこに、スキュラを出席させて、神国の関与を証言してもらうのよ」
神国が使嗾し、北王国と北部諸侯が南進を開始した。その側面支援として賢者学院が襲撃された。水の精霊率いる魔物の軍勢である。
「水の精霊の加護あるいは祝福のある者は、おそらく攻撃対象から外されるでしょう。それを事前に知っていれば、内部の協力者は安心して襲撃を受けることができる」
「状況証拠に過ぎないじゃない」
「大丈夫よ。申し開きをするために、水派賢者の幹部をリンデ王宮迄連れていくと伝えて……」
「そこで、私たちが威圧するわけね!!」
魔炎旋風を出す振りをする姉。大魔炎以上に気に入っているようである。
「身の潔白を証明する為に王宮へ赴く。そして、その先は……」
「神国の協力者として白骨宮へごあんなーい☆」
「そうね。政治犯なら、戦争終結までは少なくとも収監されるでしょうね」
賢者学院の教授クラスになれば、準貴族あるいは聖職者として遇される。つまり、一般監房ではなく貴族用の監房=白骨宮行ということになる。女王陛下の王宮から川船で一直線である。
「その上で、王弟殿下の婚姻が成立しなくても、王国は神国・連合王国と中立的に振舞う……と言った口約束を結ぶくらいまでは許容範囲でしょう」
彼女の意見にジジマッチョも同意する。
「神国がネデルも白亜島も支配するとなれば、王国は完全に包囲される。国王陛下も王太子殿下も、その判断は問題ないとするだろうな」
親善副使でしかない彼女であるが、王国副元帥として王国の国防に関しては一定の権限と責任を有している。何も、戦場で戦うだけが役割ではない。内戦時において、ある程度政治的判断を下す権限もあると考えて良い。
なにより、味方の欲しい女王陛下との間に、王国優位の関係を築くことができれば悪い事ではない。
「神国はネデルで内戦を行っているでしょう。その背後で支援しているのは周辺国の原神子信徒、特に連合王国にいる貴族商人が協力しているのは明白ね。リンデ王宮の主を原神子派から神国・教皇庁の息のかかった人間に変えるとすると、最適なのは女王陛下の父親の姉の孫娘である北王国の女王。それ以上に、女王の息子の王子ね。赤ン坊だから、傀儡にし放題ですもの」
「そのあたりをつついて、状況証拠的なものを並べて賢者学院の水派以外が『王宮で釈明してこい』という意見で統一されれば、行かざるをえなくなるというわけね」
「ええ。ついでに私たちが送っていきましょう」
「いいね!! 魔導船で競争しようじゃない!!」
姉はリリアルの魔導外輪船『ブレリア』と同航できると考え、少々……いつもの通りテンションが高くなる。うざい。
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その日は、海岸の片づけと領主館の復旧で時間がかかったため、スキュラをつれて賢者学院に乗り込むのは翌日回しという事になった。スキュラは魔導船に乗せ、簡単な食事を与え休ませることになった。
ジジマッチョたちは交代で領主館で食事をとり、睡眠・休息・入浴を行うことになった。
「ほぅ、中々良い建物だな」
「私たちで随分と手入れをしました。なにしろ、賢者学院の迎賓館では」
「おちおち寝ていられないかもしれんな。敵中というわけか」
「ご明察通りです」
魔導具や外部から密かに侵入可能な隠し通路など、なにが仕掛けれれているかわからない潜在敵国の迎賓館など危険極まりない。まして今回は、僅か六人での長期潜入である。帝国遠征以上に、精神的な疲労が大きい。
「幸い、この領主館はこの地を治める貴族の所有物で、半ば放棄されていた建築物ですので、かえって安全でした」
「はは、リリアル学院もそうだが、そうした建築物を利用するのが得意だな」
学院も、領都(仮)ブレリアも廃物利用である。王妃様の所有する離宮とはいうものの、実際は先王の狩用離宮の転用で王妃様はあまり気にいっている場所ではなかった。王妃様自身、アウトドアはさほど好きでない。狩猟小屋擬きの離宮など、まったく興味がないのである。
暖かな食事と姉の持ち込んでいるサンプル品の酒を大量に試飲?し、ジジマッチョたちは一寸した異国の宴を愉しんでいた。半日前は、海岸に押し寄せる半魚人の群れと対峙していたのがウソのようでもある。
「流石に疲れたわね」
「ええ。あの数の魔物を討伐するのは、もう勘弁してもらいたいわ」
彼女と伯姪は、珍しくワインを飲みながらだらだらと過ごしている。リリアルにいれば、二人そろってだべるということもあまりない。それぞれが仕事を抱え、学院生たちが入れ代わり立ち代わり相談や指示を受けに来る。
それが嫌ということはないが、最初に出会った頃の関係ではすでになくなってから久しい。このような無為な時間を共に過ごすのは、随分と久しぶりなのである。
「あなたの姉、相変わらずね」
「リンデでも、ここでも拾い癖が悪いのは変わらないわね」
リンデではサンセット氏を拾い、賢者学園では山羊助を拾った。ともに姉の事業也人生設計に有用なのであるが……節操がない。欠片もない。
「でも、それは貴女も似たようなものじゃない」
「そうかしら? リリアルにとって……と限れば似ているかもしれないわね」
孤児も暗殺者見習も魔物もなんでも集めていると言えば集めている。趣味が悪いと言われるかもしれないが、あって困るものでもなければ共にあってよい。そう考えるのが彼女のリリアルの在り方でもある。
「領主さまになれば、もっと増えるのでしょうね」
「どうかしら。あまり誰でも受け入れていると、面倒なことになるのではないかしら。仕事をこれ以上増やすのは嫌なのだけれど」
男爵の爵位とリリアル学院の運営程度であれば、彼女の許容範囲であったのだが、今はその範囲をとうに越えつつある。ワスティンの森を領地として賜り、こうして外国へも足を運ぶのだから、名声が高まるのも良し悪い……むしろ悪し悪しである。
「婚期が遠ざかるわ」
「そのうち、王宮が世話するんじゃない、あなたの場合」
「それは嫌よ」
これ以上、王都と王家と王国の為に生きるのはどうかと思うのである。
「結婚相手くらいは、選ばせていただきたいものね」
「選べる政略結婚!!」
「……姉さん……早く寝なさい。お化けが出るわよ」
「うえぇぇぇ……やめてよぉ……」
姉はお化けが苦手である。恐らく、お化けも姉が苦手だと思うのだが。
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翌日、木組のメンバーたちのところに顔を出す。午後からは、昨日のうちに先触れを出しておいた「帰国の挨拶」の為に賢者学院の幹部会に顔を出す事にしているのである。
「決勝、残念っス!」
「仕方ないでしょう。そもそも、学院として機能回復を優先しなければね」
防衛戦に成功したとはいえ、一部半魚人たちが学院に侵入し敷地内で戦闘となったこともあり、施設の復旧には少々時間が掛かりそうである。また、防護壁上での戦闘の主力であった火派・風派の賢者・賢者見習の負傷者が多く、こちらも機能不全となりつつある。
水派と木組は試合可能であるが、対戦相手の風派と火派は対戦不可能。結果、『ラ・クロス』大会は二組の同率優勝、二組の三位ということになった。予算配分の権利を掛けたものなので、無効という判断はなし得なかったからである。
「でも、リリアルの皆さんのおかげで、食事も寮の設備も改善されそうだ。ありがとう。本当に助かった」
「いいのよ。でも、もっと本気で鍛錬なさい。そのうち死ぬわよ」
「解ってる。身に染みてな」
内部に侵入した半魚人を、木組が樹木を用いた魔術で拘束し、あるいは討伐したという戦果を今回は上げている。植物がある環境であれば十分に戦えることを示したのである。しばらくは学院内で馬鹿にされる事もないだろう。
「次は是非、あなた達がリリアル学院へ来てくださいな」
「そうそう」
「ワスティンの森で歓迎しますよぉ」
「ですわぁ」
ワスティンの森もそうだが、踊る草が歓迎してくれることだろう。
木組と昼食を供に取る。しばらくは授業や実習は中止のようで、寮周辺をそれぞれが担当し、復旧作業に専念することになる。土派の賢者は補修関係では大活躍するので、暫くは大きな顔をする事ができそうだとエルムたちは嬉しそうである。
「では、そろそろ行きましょうか」
「多分このまま賢者学院を去ることになるでしょうから、ここで挨拶をさせてもらうわ。楽しかった。また会いましょう」
「今度は王国でお待ちしております」
「王都のリリアル城塞も楽しみにしていてください」
王都の新名所は、リリアルの塔あるいは城塞となりつつある。只の人造岩石の塊なのだが。
席を立ち、教授たちが集う場所へと足を向ける。全員が訪れるわけではなく、碧目金髪と赤毛のルミリは領主館に先に戻り、姉たちと帰国の準備を進めることになる。
彼女と伯姪、その従者として茶目栗毛と灰目藍髪が続く。
『スキュラを連れてまいります』
「お願いね」
『猫』が伝令へと走る。最初から登場させるわけにもいかない、捕らえた人語を語る魔物。その口から、神国の関与を明言させる。
魔物の言葉だからといって否定することはできない。そのように彼女は話を進めるつもりなのである。