第745話 彼女は元精霊と対峙する
第745話 彼女は元精霊と対峙する
スキュラの魔力壁を維持しつつの大魔術と魔刃の展開は、さすがの彼女でも大いに魔力を消費し疲労した。
「倒したわね」
気が付くと、領主館から戻った伯姪が後ろに立っていた。その周囲には灰目藍髪と茶目栗毛が剣を手に半魚人を斬り倒している。
HYAAAA!!!!
YAAAA!!!!!
周囲の半魚人は、クラーケンがバラバラにされた事で恐慌状態となっており、『人梯子』も次々に防壁上の賢者の魔術で崩されている。やはり、自らの後ろ盾だと信じていた巨大な魔物が討伐されたことで、半魚人の士気が一気に崩壊したのだろう。
「そういえば、あそこにいるのはなに?」
「スキュラらしいわ。内海にいるのでしょう?」
「そうね。私も見たことないのよ。けど、そういう魔物のはずだわ」
既に掃討戦に移行しつつある状況で、砂浜から海岸、海岸を離れ海に逃れる半魚人を放置する方向でまずはスキュラを討伐しようと考えていた彼女と伯姪の眼に、突然、炎の尖塔が立ち上がった。
炎の柱は竜巻の様に回転しつつ、半魚人を次々に焼き殺していく。
ふと海岸から海上に視線を向けると、そこには見たことのある紋章を帆に掲げた一隻の軍船が見て取れた。
その軍船には緑十字に盾の紋章。そして、船体の左右には突起が配置されており、風とは無関係にこちらに向かい一直線に進んで来る。
『今こそ、妹ちゃんを助ける時!! 響け爆轟、舞い上がれ火旋風、逝け!!「魔炎旋風ぅぅ!!」』
砂浜に突然炎の塔が林立し、回転しながら旋風のように海岸を移動しはじめる。
「一時、領主館に撤退」
「「はい」」
「……貴女の姉、迷惑ね」
伯姪の心からの言葉に彼女も心から申し訳なく思うのである。
海岸から海に逃げようと後退してきた半魚人の少なくない数の個体が、姉の放ったであろう炎の柱に次々と巻き込まれ、あるいは周囲の空気が炎で失われバタバタと倒れていく。魔力の炎とはいえ、周囲の空気が影響を受けないわけではないし、熱による放射も半魚人を傷めつけている。
移動する幾本かの炎の柱を避けようと海岸を右往左往する半魚人が逃げきれずに次々と巻き込まれていく。
「ここの拠点土魔術で改装しておいてよかったですぅ」
「ですわぁ」
魔装銃による射撃を一旦休止し、屋上の足場から階下を目にする碧目金髪とルミリ。目を移せば、防護壁上の賢者見習たちも炎の柱とそれが打ち倒す半魚人たちを呆気に取られてみている。
「なにか、高笑いが聞こえてくるわね」
「魔力による拡声かしら。無駄に魔力があるとこういう使い道もあるのね」
「少々羨ましくもあります」
魔力量の少ない灰目藍髪には、彼女の姉の無駄魔力も多少は魅力的に思えるのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
領主館屋上から砂浜に降り、水際迄倒れた半魚人に止めを刺して回る。
こういう時には剣よりも短槍が有効である。
「さあ、速やかに止めを刺しましょう」
「あなたもよ」
伯姪の御指名は赤毛のルミリ。
『大丈夫なのだわぁ。勇気を出して止めを刺すのだわぁ』
「ですわぁ……」
フローチェに元気づけられ、渋々とばかりに槍をもつルミリ。
その目の前で「おりゃ!!」等と言いつつ、碧目金髪が魔装槍銃を用いて銃剣で止めをグサグサとさしていく。ネデル遠征ではよく見た光景である。
すると、海岸に緑十字の魔導外輪船が近寄ってきた。岸まで乗り上げることなく、どうやらスキュラのいる場所で停泊し、なにやら話しかけているようである。
「行きましょうか。ここは皆に任せていいかしら」
「はい」
「じゃあ、あなたの姉に挨拶しましょうか。それと、スキュラにもね」
彼女と伯姪は魔導船に向かって魔力壁の足場を蹴って中空を飛び、残されたメンバーは半魚人に止めを刺す役割分担である。既に、クラーケンの素材は彼女が魔力袋に収納している。クラーケン祭りはじまるよ!!
魔導船に降りると、そこにはジジマッチョを始めとする聖エゼル海軍を引退した男たちが乗っていた。どうやら、聖エゼル海軍向け魔導外輪船の習熟航海を兼ねてディズファイン島にリンデからやってきたらしい。
「お爺様」
「おお。久しぶりだな。リンデでは北部諸侯が反乱を起こしたと急報が入ったと耳にしてな。急ぎ、迎えに来たというわけじゃよ。みな無事か」
「はい。半魚人とクラーケンの襲撃を撃退したところです」
「それは重畳。それで、あれはスキュラか。どうするのだ、討伐か?」
伯姪、そして彼女に視線を向けるジジマッチョ。即座に討伐するような魔物ではないと言外に言っているように思える。
「いえ。どうやら、ここに連れてこられた事情があるようですので。その話を聞いたうえでと考えております」
「そうか。元は力ある精霊。討伐せずに済むなら、その方が良い」
ニースでの一般的な認識は、討伐せずに済むならそれに越したことはないということのようだ。
甲板を進み、スキュラに話しかけている姉の横に立つ。
「ねー うちの妹ちゃんは最強なんだからー まあ、私の次にだけどー」
『ですよねーマダームゥ』
「……何でこいついるの?」
「さあ。何故かしらね」
そこにいたのは、散々に碧目金髪に『スウィーティー』呼びして追いかけ廻していた『山羊男』であった。
「姉さん」
「お、妹ちゃん、しばらくぶり― 元気してた?」
「ええ。おかげさまで。それで、この毛深い山羊妖精なんだけど、何故ここにいるのかしら」
ちらりと山羊男を見て、姉は胸を押し上げるように腕を組んで答える。
「さっき、新・必殺技を発動した時にね」
「胡乱な名前の……確か『魔炎旋風』だったかしら」
「そうそう。結構悩んだんだよねー、魔炎尖塔とか、そんなのでもいいけど、旋風ってかっこいいじゃない?」
船乗りにとってはあまり宜しくないのではないだろうか。海上に発生する竜巻は恐ろしい気象災害の一つである。
「それで、この毛むくじゃら男は、風の妖精? だから、旋風を作るときの風の精霊の加護をくれるっていうから、契約しちゃった☆」
「「……」」
どうやら、魔力量の豊富な姉に目を付けた『山羊男』は、急ぎ風の精霊の加護を与える代わりに、契約精霊にしてもらうように交渉したらしい。
「こんなに山羊頭だけど、大丈夫かしら」
「そうそう、足は山羊足で、蹄よ」
「大丈夫だいじょーぶ! うちのダーリンもこんな感じだし」
そう。アイネの夫であり、聖エゼル海軍提督『ギャラン・ドゥ・ニース』はかなり毛深い。どのくらい毛深いかというと、胸毛から太腿まで繋がるくらいである。全身絨毯……あるいは獣人? というくらいモフモフらしい。嫌なモフモフである。
「それで、鞍替えしたわけね」
「節操無いわねー」
『し、仕方ねぇんだよぉ!! 見た目はパツキンで好みなんだけどぉよぉ、相手してくれねぇしぃ、魔力すくねぇだろスウィーティはよぉ』
碧目金髪は独身、姉は既婚で次期伯爵家当主(内定)であるがそれは問題ないのだろうか。むしろ、既婚の貴婦人であるほうが『騎士道物語』のような世界では有寄りの有である。只の有だ。
「ま、ちょこっと魔力常時与えている感じするけど、普通に生活する分にはいらない魔力をもらってくれている感じで、魔力ダイエットができる感じ?」
「胸が痩せるわよ」
「妹ちゃん……魔力量と胸の大きさは関係ないんだよぉ」
「くっ」
胸の大きさは姉>>彼女だが、魔力量は彼女>姉である。
「まあ、良かったじゃない? 風の精霊が付く船は、船足が早まる良い船になるわ」
「でしょ? 毛深いのは、まあ妥協して活躍してもらおうかなと思うのよ」
『オイラ頑張るぜぇ!!』
大魔炎は点の攻撃だが、魔炎旋風は線から面になる攻撃となる。炎の旋風で敵軍船を薙ぎ払う……ロマン魔術である。
「聖エゼル海軍の部外秘の戦力じゃな」
「勿論、有事には馳せ参じますわお爺様」
「楽しみにしておるぞ!!」
周りのジジマッチョ軍団が何か胸を叩いて姉に敬意を表している。魔装外輪船の魔力源と最大攻撃力としての姉。どこへ向かうのだ姉。
「なんかほら、そこの蛸娘が落ち込んでるんだけど。妹ちゃん、ちょっと虐め過ぎじゃない?」
「……姉さんが弄り倒したんでしょう。責任を押付けないでちょうだい」
「ありゃりゃ、バレたか☆」
そこには、聖四面体の魔力壁に囲まれ項垂れるスキュラが下を向いて蹲っているのが見えたのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
落ち込むスキュラに彼女は話しかける。
「あなた以外の魔物はもう倒し終わったわ。討伐されるか話を聞くか、選んで頂戴」
率直な物言いにスキュラはビクリと反応するも、相変わらず下を向いたままダンマリである。
「ねえ、ちょっと相談なんだけど」
伯姪は何やら彼女に耳打ちをし、彼女はそれに同意するかのように頷く。伯姪は魔導船を退き、領主館へと魔力壁を蹴って戻っていった。
暫くしてそこに現れたのは……
『なにさ。この水精霊の成れの果ては』
赤毛のルミリとその守護精霊となった水の大精霊(仮)のフローチェである。
「手間をかけるわね。水の精霊同士? 人間相手より話が通じやすいかと思ってきてもらったのよ」
フローチェは「なるほど」とばかりに頷く。見た目蛙だが。
『あたしの名前はフローチェ。昔は海の向こうの森の中にある泉に住む精霊だったのよ。その頃はその土地に住む部族の守護精霊を務めていたんだけどね……』
出会った廃修道院で語ったこれまでの来歴をスキュラに語って聞かせる。
『というわけで、あたしはこの子と一緒に新たな安住の地を見つけることにしたというわけ。それで、あんたはどうしてこんなとこまで来たのさぁ』
フローチェの自分語りを黙って聞いていたスキュラは、意を決したかのように顔を上げ、彼女達をジロリと見まわす。そして、船べりに立つ金蛙を見て語り主であると気が付き大いに驚いた顔となる。
『スキュラというのは子犬のことで、私の王女時代の愛称だ。精霊に仕える巫女であった私はニンフとなった』
今は無き大いなる昔の王国の王女であった元ニンフの王女は、伝えられた経緯で半身を触腕をもつ魔物にされた。が、水の精霊としての資質も残しており、精霊魔術と魔物の使役のできる『精霊』として長らく存在していたのだという。
精霊になったので、寿命は無い。そして、安住の地であるメッサーラ海峡のとある小島に、人間の魔物使いがやってきたのだという。
どうやら、神国の依頼を受けた冒険者の一団であったらしく、彼女は散々に追い回され、魔物を嗾けられ疲労困憊したところで討伐される代わりにとある依頼を受けたのだという。
「それが、北王国の海にいる半魚人を配下にするクラーケンを操ってこの賢者学院のある島を占領させることであったというわけね」
『そう。その後は、私たちがこの地に住む事を認めるという約定だった』
内海よりはるかに寒く厳しい海を見せられ、この地より南に良い島があると勧められたのだという。クラーケンとは『魔物』ということもあり意思の疎通が言葉でなく精神的にできたのだという。
『俺とお前みたいな感じだな』
「あなた、魔物なの?」
『魔剣』はなにげに嫌そうな気配を漂わせるが、彼女は無視をした。
「ならさ、私たちがメッサーラ迄送っていこうか?」
「おお、それは良い。どの道、この軍船をニースまで回航するからな。神国の奴らの鼻先を掠めてな」
この地を襲撃した黒幕は神国であり、予想通り北部諸侯と北王国軍の南進に合わせた攻撃であった事は明白であろう。とはいえ、魔物の証言が何かの証拠になるとは思えない。少なくとも、国と国との間においては。
「まあ、それなら、お姉ちゃんが神国に天罰を与えておくよ」
「……とても気になるのだけれど、敢えて聞かずにおくわ」
恐らく、神国の港々で不審な火災を伴う大竜巻が発生するのであろう。軍船がまとめて灰になるのも間違いない。
「だが、賢者学院の中でなら、スキュラの証言も生かせるのではないか?」
ジジマッチョの意見に彼女と伯姪は賛同する。つまり、神国とその手先である北王国・北部諸侯の息のかかった『水派』の賢者ども、その幹部たちを追い詰める為の『証人』になってもらおう……ということなのである。