第742話 彼女は準決勝を勝ち抜く
第742話 彼女は準決勝を勝ち抜く
「もう勘弁してあげて欲しいっす」
「最後まで全力を尽くしましょう」
「それ、最初に言うセリフね」
既に門衛は八人目。第四Qを終えて残りの時間は十分である。因みに、この間に同点にされ最終Qが終わると延長が始まる。この試合の場合、十分ごとに得点を確認し、同点が続けば、さらに十分ずつの延長が繰り替えされていく。
そうなった場合、水壁を形成し続けざるを得ない水派の選手が魔力枯渇で次々に退場していき、最後には試合続行不可能となるまで選手が減ることになるだろうから、彼女達の「勝確」となるだろう。やらないけど。
「相談があるのだけれど」
「駄目よ」
「駄目っす!!」
「先生、まだ決勝が残っております」
決勝は彼女の『必殺』シュートが解禁となるのだろうか。いや、火の精霊魔術であれば、火の壁を形成することになるのだろうか。水や土、あるいは風と異なり、火の壁をなにも用いずに発生させることは難しい。可燃物の触媒でもあれば別だが、試合にそのようなものを持ち込むこと自体禁止である。精々、火の精霊の魔石など装備として身につけることができれば多少の補助になるだろうが、そもそも、火の魔術で選手がけがをすれば反則扱いとなり、シュート時の場合は、再度フリーの状態でシュートをする機会が与えられることになる。
「先ずはこの試合に勝つことが先決ね」
「負けるわけないだろ。逆転なら、必殺再開なんだからよ」
彼女の場合、球の捕獲からシュートまで三秒も有れば達成してしまう。あと三十秒しかないという場面でも、余裕で五点くらいとれるだろう。多分。
「あ、なんか出てきたっすよ」
どうやら、三位決定戦の試合に参加する選手が不足しそうなので、相手が負けを認めるということで、第三Qまでで勝利という臨時裁定を願い出たようである。
「認めるのかしら。ここまできて、それはないわよね」
「普通に逃げるだろ? このまま選手の魔力とメンタル削って負けるより、早々に撤退するのが賢い選択だ」
「流石賢者ですね。そうやって、何度も王国に攻め込んでは島に逃げるの繰り返しの歴史ですから」
灰目藍髪、辛辣である。いや、もとはロマンデの領主が王家になった国だから。故郷だから!! ある意味里帰りである。
結果として、相手が敗北を認め、決勝へ進出が確定。この後の準決勝第二試合の勝者と、午後の決勝で対戦することになる。その前に、三位決定戦が行われるので、リリアル勢はもっとも長く休めることになる。
「この間に魔力を回復させないとですねぇ」
『わたしも協力するのだわ』
「ですわぁ」
フローチェとルミリによる『小治癒』(大精霊(仮)の影響で『治癒』に近い効果)を受け、木組&リリアル勢の疲労はほぼ回復する。
「私は不要よ。不完全燃焼な試合だったから」
「そっすか」
「ですわぁ」
もっと攻めたかったようであるが、相手の体の事もいたわってあげてもらいたいものである。それに、準決勝第二試合、勝って彼女から処刑される準優勝を狙うのか、負けて三位決定戦でズタボロの水派を一蹴するのか、悩ましいところでもある。
「ま、一番賢いのは、勝って不戦敗を選択して自動的に準優勝ね」
「確か、何もしないで負けるのは不可ですよ。その場合、準決勝の敗者と決勝戦に切り替わることになります」
「その敗者が不戦敗を選択すれば問題ないじゃない?」
「風派なら『風の壁』全力で張れば、何とかなるかも知れないっすね」
予選では「追い風」全振りであったこともあり、『風の壁』で城門を守ることはほぼなかった。
「『風の壁』って、瞬間的に発動できないし、球を防ぐほどなら「加護」持ちでも結構魔力食うぞ。竜巻みたいなものを発生させるからな」
試合会場に竜巻召喚というのは、かなりの大惨事になるのではないだろうか。
「逸らせるにしても、相当の風力が必要だろうしな。矢は風で防げても、銃弾は難しいだろ」
「私たちの投げるのは革製の球よ」
「威力が弾丸並みだろ!!」
当たれば必ず死ぬ『必殺』シュートである。水の壁や土の壁であればある程度威力が減衰できたが、風なら相当高い威力の物が必要となるだろう。
「まあ、火が勝ち上がってくれるのが楽でいい。全力で体力・魔力勝負の戦いになる」
「シュート合戦ね」
「ならない。一方的にしかならない」
決勝戦、彼女は自分のシュートで勝利を決めたいのである。
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準決勝第二戦で想定通り火派が勝利。午後から三位決定戦と決勝戦となるのだが、昼休憩の間に、俄かに賢者学院の中が騒がしくなる。
「三位決定戦、および決勝戦は延期だ。各員、寮に戻り教員の指示があるまで待機せよ!!」
魔力で拡声された指示が学院内に響き渡る。学生食堂で揃って昼食を食べていたリリアル勢と木組寮生はその言葉を聞いて急いで食事を終わらせる。
「対抗戦を中止する緊急事態ってなんすかね」
「いよいよ始まったのかもしれないわ」
事前に警戒していた北部諸侯軍と北王国軍の南進。直接にこの島が攻撃される事はないだろうが、かといって呑気にラ・クロスをするわけにはいかないということだろうか。
情報収集也偵察に教員の賢者を向かわせるとするなら、行事を中止してもおかしくはない。
「さて、私たちも領主館にもどりましょうか」
「このまま王国に帰還しても良いかもしれないわね」
可能か不可能かと問われればもちろん可能である。魔導船で三日もあれば帰還できる。とはいえ、折角なので連合王国内の内戦を間近で確認すると言うことも悪くはない。
「お互い気を付けましょう」
「この騒動が終わったら、また……」
「それって、駄目な奴ですぅ」
「ですわぁ」
これが終わったら**するんだ……は『お約束』になるので禁句である。
領主館に戻り一旦各員が入浴と着替えを済ませる。余裕の勝利だからといって体が汚れないわけではない。
「どこまで進撃するのかしらね」
「リンデ迄じゃない?」
連合王国軍は各諸侯の寄り合い所帯であり、王家の直卒する軍は傭兵と郷紳層を主とする親衛兵くらいのものしかない。中部や西部の貴族がどの程度王家とリンデの為に戦力を供出してくれるかと考えるとかなり絶望的ではないかと思われる。
王は所詮神輿であり、担がれる存在。北王国には王子が生まれ、次期国王の血は繋がった。加えて、父王の姉の血統であるので、北王国の女王も王子も女王陛下の従姉姪とその息子となる。北王国と連合王国の王位を兼任しても問題ない。まして、女王陛下は庶子扱いであり教皇庁の覚えもめでたく無い。いつ、異端とされ神国が堂々と聖征を行うかもわからないのだ。
経済的利害関係で結びついたリンデと女王の宮廷は、経済的利害が維持されるらな女王が変わっても問題ないと考える人間がいるのは間違いない。すでに父王時代から深く絡んでしまっている宮廷のリンデ関係者はもはや逃げ出せないだろうが、そうでなければ裏切る可能性はそれなりにある。
神国がネデルで行っている異端審問が、姉王時代においては連合王国でもおこなわれかねなかったということもあり、リンデと原神子信徒たちがそれを恐れて今の女王を担いでいると言うことはある。それが解消されるめどが立てば、担ぐ相手を変えても良いと考えるだろう。
「賢者学院は様子見でしょう」
「積極的に関われる段階は過ぎたわね。万余の軍勢をここの賢者がどうこうできるとも思えないし。そもそも、それぞれの勢力の影響下で対立しているんだから、リンデと宮廷のためにどれだけ働くか疑問ね」
彼女と伯姪の言葉にリリアル生は神妙に頷く。内戦の経過がはっきりするまではこの地に留まると言うことになりそうである。
「もう帰りたいですぅ」
「ですわぁ」
『そんなこと言わないでくれよスウィーティー』
「おまえもそろそろ帰れよぉ」
「ですわぁ」
山羊男はやはり置いて行かれる運命にあるのだろう。碧目金髪はいいかげん容赦が無くなりつつある。
「風派の寮の入口にでも置いてくればいいんじゃない?」
「それは迷惑ね。箱にでも入れて海に流しましょう」
「「「……」」」
どちらも冷たい。金蛙・水魔馬、そして癒し枠リリーと比べてもモジャ男は役に立っていないのである。
『ここからがオイラの出番だと思うぞ』
「根拠がないとおもいます」
「そうだそうだぁ!!」
「ですわぁ!!」
そこに、『猫』が戻ってくる。現状が何が理由となっているのか探るために彼女が命じ、戻ってきたのである。
『主、緊急事態の内容がわかりました』
賢者学院の幹部の前に現れたのは、島の北部に住む親交のある『海豹人』であり、それらがもたらした魔物の群れがこの島に押し寄せてくるという知らせであった。
「魔物の内訳は何かしら」
『クラーケンとそれを「神」として祀る「半魚人」の軍勢です』
クラーケンは、以前彼女も討伐経験のある魔物である。とはいえ、以前は海上に現れ港を封鎖されそうになったために討伐したのであって、島に攻め込んでくる存在ではない。
「海から出てこなければ大丈夫ですぅ」
「ですわぁ」
『いえ、今回のクラーケンは蛸型で、陸上でも相応に活動できるということです』
ルーンに滞在した時に彼女が討伐したのは烏賊型であった。泳ぐことに適応した烏賊と、潜伏と強力な腕力に特化した蛸型では似た傾向であるとしても、潜在能力が異なる。
おそらく、岩礁のような場所で長くいきた蛸が『精霊化』あるいは『魔物化』したのではないだろうか。その魔物を「神」と称え、船や周辺の漁村や港町を襲わせ、自分たちは追従し利を得ているのだと思われる。
津波や高波の結果、海沿いの街や村が消失する事件が何度か記録されているのだが、そのうちのいくつかはこの魔物たちによる襲撃であるのかもしれない。白亜島ではよくある話である。
「どうしましょう」
「どうするのよ」
彼女と伯姪は情報が不足していると考えている。何故なら、このタイミングで魔物を賢者学院が襲撃するというのは、明らかに作為を感じるからである。
『それと、今回の襲撃は水の精霊の加護もしくは祝福持ちにとっては影響がないようです』
『猫』は、水派の教員たちが「俺達は襲われない」と口にするのを聞いたという。
「なら、安心ですぅ」
「ですわぁ」
リリアル生は全員がワスティンの森の泉の精霊『ブレリア』の祝福を受けている。その情報が正しければ、彼女達も安全と言うことになる。
『水派と北部諸侯は仲良しだからな。偶然じゃねぇだろ』
『魔剣』に言われる迄もない。賢者学院で火・土・風の賢者の大多数が死ぬことで、北部・北王国・神国シンパの賢者学院が成立する。巡回賢者の任についている各派の賢者は死なずに済むだろうが、学院の中枢は圧倒的多数となる水派が占めることになるだろう。
王国もそうだが、連合王国は河川水運も重要な経済活動手段となっている。『水の精霊』の魔術を得意とする者たちが活躍する場が広がっている。火派や風派のように東部あるいはリンデと結びついていないことも神国からすれば好ましい。
国内の均衡がその裏を支える賢者学院から崩壊するのであれば、時間が経てばたつほど神国とそれに与動する勢力が有利となる。賢者を育てるのは十年、二十年と必要であるし、指導者が大いに減るのであるから、下が育つのにも時間が掛かる。
「連合王国が神国の強い影響下に置かれるのは、王国にとって良い事ではないわね」
「そうね。オラン公を支持する勢力が最初に壊滅して、東西と北から王国が攻められる可能性があるわ」
彼女の見通しは一期生達の間で即共有される。神国の発言力が高まれば、教皇庁と王家の関係も変わってくるだろう。急進派と穏健派である神国と王国の力関係も変わり、国内の原神子信徒の行動も追い詰められ過激になる可能性がある。
なにより、居場所を失った原神子信徒が連合王国・ネデルから王国に逃げ込んでくることで、神国に付け入る隙をさらすことになりかねない。
「何度でも破産するよ。それが僕の仕事だからねぇ」
「ですわぁ」
神国国王は戦争のやりすぎで破産している。とはいえ、ネデルから多くの軍税を徴収し、破産に懲りず新大陸やネデル、連合王国、そしてサラセンとの戦争を企図している。
「信仰心が有りすぎるというのも問題ね」
「……あなたがその言葉を口にするのは問題になるんじゃない?」
伯姪は彼女の言葉に疑問を呈するが、彼女の家は「王家と王都と王国の為に」が家訓であり、そこに御神子教と教皇庁は含まれていない。
「賢者学院を救うのも、親善副大使の仕事かしらね」
やれやれとばかりに彼女は防衛戦を計画するのである。
【第五章 了】
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