第741話 彼女は水派に猛攻を加える
第741話 彼女は水派に猛攻を加える
「ぐええぇぇ」
伯姪の狙ったのは、門衛の下腹部。防護用の胸鎧の下限である。走ることを考え、腰下の防護は十分ではない。つまり……
「修道士だからいらないでしょ」
いや、聖王会では聖職者の婚姻が認められているし、『賢者』の扱いは聖職者見習・学生と同じ扱いなので、御神子教でも婚姻可能である。だから、「いる」んだよ。
完全に白目を剥いている先発門衛。
「女に生まれて良かったわ」
『あれは、たまらねぇ痛みだからな』
格闘術の中には、それを体内に仕舞う術もあるのだとか。命を懸けて守るべき急所がそこにある!!
門衛は体を張って城門を守る必要がある。防具も他の選手と比べてもかなり充実しているのだが……足らない場所もあったという事なのである。
『そういえば、モッコリ鎧もあるよな。あれ、そういう意味なのか』
「さあ。今度王太子殿下にでも聞いてみましょうか」
『不敬だろ』
リリアルには不要な鎧なので、よくわからない彼女なのである。
選手の途中交代。これは認められているので問題ない。
二人目の門衛。体は一回り大きくなったが、恐らく、魔力の扱いが然程上手くない。火派のように体を鍛えて足らない分を補っているのだろう。
ドローからの試合再開。そして、今回は、水派門衛が球を確保する。せっている状態でも門衛に突撃するのは禁止であるので彼女達も球を取りに行かない。
「おい、いくぞ!! 走れ!!」
門衛は大声で一喝し、味方の動きを人睨みしてから素早く前線に送球を行った。その球が来る事を背後から予測して攻撃手は走る。上がっていたリリアル生がいない分、水派の選手たちが相手陣地に数を揃えて突進する事は容易に想像できた。
「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する雷の姿に変えよ……『雷燕』」
PANN!!
革製の球が下から叩き上げられるように跳ね上がる。送球は阻止され、『アン』の元へポスッと落ちて来る。
「まだまだこれからっす!」
受けた球を伯姪に送球。そのまま、防護手の裏を突いて抜いた伯姪が、そのまま突っ込んだ勢いのまま前進全力で叩きつける勢いでシュートを放つ。
GLUOOOOO!!
地鳴りのような音を立てて、球は城門へと迫る。
「ひいぃぃぃ」
先ほどの一喝はどうやらカラ元気であったようで、門衛は大事な体の前面を門に向け、「当たるなら尻で」とばかりに背を向ける。
BAKKKANN!!
「ぐげえぇぇえ……」
尻が割れるほどの勢いで革球がズドンと命中。球は転がり、作られた水の壁が消失する。
「ほいっす!!」
転がった革球を、『アン』が枯葉でも拾うような気やすさで拾い上げ、ポンと城門にシュートを決める。
「ゴーオオオォォォルルーウゥゥゥゥ!!」
「だれですのぉ」
試合場に響くような大声で碧目金髪がコールを叫ぶ。いかに筋肉を増やそうとも、いかに精霊魔術を鍛錬しようとも、心が逃げれば意味がない。
『容赦ねぇ玉ひゅん効果おそろべしだな』
『魔剣』も今は無き存在を懐かしみつつ、若干の同情を向けるのである。
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使い物にならなくなった二番手門衛を下げ、三番手の門衛を出場させる。
「手強いわね」
『……いや、普通だろ』
三番手門衛は、女性であった。
「やられたっすぅ!!」
「そこまで悔しがらなくていいのではありませんか」
無駄に悔しがる『アン』を窘める灰目藍髪。ここからがまともな勝負となるだろう。
体格は小さくなったが、魔力量はかなり多い。恐らく、潤沢な魔力で余裕をもって『水の壁』を展開するのだろう。
水派選手は戦術を変えて来る。
『水煙』『水幕』といった、目くらまし、あるいは嫌がらせのような魔術を球を持つ選手の周辺で展開し始める。
「くそぉ!」
「卑怯っす!!」
選手を直接攻撃しない魔術を使用するのは問題ないというルールなので、これが『酸の霧』のような術でないので問題にならない。適法なのである。
「イカみたいね」
伯姪は、如何逃げる時に噴き出す「スミ」を思わせる水派の魔術運用に「へぇ」とばかりに感心している。とはいえ、魔力走査を用いているリリアルの選手にとっては大した意味はない。目で見るだけではなく、「肌」で相手の動き・存在を把握しているのだから、目の前の霧程度では最初から問題にならない。
木組の選手が慌てているが、灰目藍髪も碧目金髪も動揺は。
「なに抜かれてるのぉ!!!」
「ですわぁ!!!」
動揺していた。水派の攻撃手がシュート体勢に入る。体も大きく、さらに身体強化を加えた男が、10mを切る至近距離から門衛の碧目金髪の体めがけて思い切り球を放つ。
「ノ~ン!!」
BOSHUUU……
魔力纏いを最大にした碧目金髪の胸当の下、腹部に命中した球は、体にあたった後、ポロリと地面へ落ちる。
「まあ、こんなもんですよぉ」
魔装鎧下は、板金鎧に匹敵する強度と、分厚い筋肉のような弾力を有する装備である。弾丸に匹敵する革球の送球も、見事に抑える程度の防御力を有しているのだ。
自分たちの装備を基準に、リリアル・シュートを真似た殺人シュートは、リリアルにとっては単なる球をくれるだけの行為に過ぎないのである。
「さあ、反撃よ」
「それそれぇ!」
碧目金髪は、灰目藍髪に、灰目藍髪は彼女へと球を回す。その間、瞬きつほどの間。パスを受けた時点でトップスピード迄加速した彼女は、お返しとばかりに二秒で敵の門衛の前に立つ。
「はい、あなたもどうぞ」
全力の身体強化、そして、『杖』の撓りを生かした全力のシュートを門衛の頭めがけて放つ。
「うわあぁぁ!!!!」
目の前に水の壁が一枚、二枚、三枚と形成される。やはり、この女門衛は水壁の形成に長けた賢者であるようだ。
BONNNN!!!
BONN!!
BON!
水の壁を次々に吹き飛ばし、やがてその球は地面へと伏せた門衛の頭のあった位置を通過し、城門内へと突き刺さった。
「ゴーオオオォォォルルーウゥゥゥゥ!!」
「やっぱり、だれですのぉ!!」
試合場に響くような大声で碧目金髪がコールを叫ぶ。本来、門を守る為に展開する水壁を三枚、自身の前に形成し万全を期した……はずである。詠唱を省略した分、効果は多少落ちたであろうが、恐らくは加護持ち。堅牢な水の壁を二枚抜くことは難しいと考えた。
念のため、万が一、と考え三枚目を形成した直後、最前列の水壁が轟音とともに爆散した。その音に驚き、一瞬で地面に伏せた。その反応が彼女の命を救ったといえるだろう。まさに。
「ちょっとやりすぎだったかもしれないわね」
「そうかしら。手加減は苦手なのよ」
地面に伏せた女門衛は、全力で交代をアピールしている。しかしながら、監督らは全く見て見ぬふりをしている。だれも変わりたくないであろうし、恐らく、目の前の女門衛が本来の正選手であったのだろう。
最初の二人で様子見、あるいは魔力の消耗を誘い、女門衛できっちり守り切るという作戦が裏目に出ているのだと思われる。
「さあ、試合を再開しましょう」
交代する者はおらず、門衛はそのまま膝の震えも押さえることなく、そのまま自分の城門を守ることになる。最初から、自分の前に三枚の水の壁を形成し、魔力尽きるまで全力で固める手段を選択したようだ。魔力切れで倒れれば、少なくとも退場することができるからだ。
賢明な判断である。
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リリアル的には、彼女の必ず殺すと書いて『必殺』シュートを逆転されるまで封印することにした。彼女がボールを奪い、ただ城門前の水の壁を爆散させるだけのストラックアウト的別の試合になりかねないと……彼女以外の全味方選手が指摘したからである。
「そうね。自分だけ目立つのは良くないわね」
「……そうじゃねえっすよ……」
「全力でシュートしてはいけないってルールはないもんなぁ」
危険なプレーは反則となる。『杖』で選手を打つ、足を払う、球を持った選手が敵選手に向かって突撃する。球を持たない選手に体当たりする、進路を妨害するようにワザと走る、頭を叩くなどである。
革球を全力で敵選手にぶつけてはいけない―――というルールはない。まして、城門に向けてなので問題ない。
波乱の第一Q,そして第二Qは何事もなくスコアレス。半狂乱になりながらも、女門衛が幾重にも魔力壁を張り、全力全開で自陣を守っていた。さすがに、彼女以外のシュートは三枚の水壁の二枚までしか突破できず、無失点。負けじと碧目金髪も、適時『魔力壁』を展開し、水派選手の攻撃を跳ね返していた。
「あ、倒れた」
第三Qの開始早々、魔力を切らした女門衛は糸の切れた操り人形のように、自ら展開した水の壁の残した水たまりの中へと頭から崩れ落ちたのである。
まさに、命を削り必死に守り抜いた、自陣の城門と自らの肉体であった。その顔は、恐怖にこわばったままである。
「中々根性あるわね、あの子」
「死にたくないでしょうから」
「私の必殺シュートが封印されていたから、次に会った時には……」
「死ぬからもう勘弁してあげて欲しいっす!!」
『アン』に半ば怒られるような口調で窘められ、彼女はシュートを諦めたのである。
その後、水派門衛が次々に交代していった。全力全開の水壁形成、そして、魔力を切らして倒れていくの繰り返し。
まさに屍累々。
得点差は第一Qから変わらず、2-0で木組&リリアルが先行している。
しかし、実体としては、必死に守る水派門衛と、途中で水派から球を奪うか、魔力壁の鉄壁防御から碧目金髪が供給する球を、攻撃手三人が集中砲火で攻め立てる構図が成り立っていた。
攻めれば攻めるほど、魔力の消費が早くなる。最初の退場した二人は戦列復帰ならず。女門衛も魔力枯渇でリタイアのまま。代わる代わる『水壁』を得意とする選手が臨時の門衛を務め、必死に自分を……城門を守り続けている。あからさまに自分を狙う、リリアルの轟速シュートに歯を食いしばり水の精霊に縋りつくように壁を生成し続けている。
思えば、王国に攻め寄せた百年戦争の連合王国軍にも、幾人もの賢者が帯同していたことだろう。
土の精霊魔術で、土塁や土の槍を形成し陣地を構成、王国の騎士の突撃を防ぎ、あるいは、戦場の泥濘を水の精霊魔術で拡大し、また披露した騎士・兵士を癒して回った事だろう。
風の精霊魔術師は法国傭兵の扱う弓銃の斉射を風の力で威力を弱め、あるいは狙いを逸らし、長弓兵の斉射の射程を延長し、王国の騎士・兵士に長い距離の矢の雨の中の突撃を演出したと考えられる。
そして火の精霊魔術師は……騎士と足並みをそろえ、陣地で相対する王国の騎士達と干戈を交えた事であろう。