第740話 彼女は『竜の従魔』について考える。
第740話 彼女は『竜の従魔』について考える。
『主、お話が』
『猫』が夜遅くに話しかけてくるというのは、あまり無い事である。賢者学院の潜在敵の監視を頼んでいるのだが、何やら変化があったのだろう。
「どうぞ」
『明日の試合の後、なにかしら水派の者たちが画策しているようです。それと……』
『猫』曰く、あのヤツメウナギの『竜』は、水派の関係者によって人工的に造られた者らしいというのである。風派のダンが使役していた魔物なのかと考えていたのだが、今日の話からしてそれも難しいように思える。
どうやら、元はとある『水竜』の魔石を手に入れ、それをヤツメウナギに与え、魔物化・竜のようにした後に『従魔』として扱おうとしたものなのだという。
『元がヤツメウナギなら、竜を使役するよりも容易だと考えたんだろうぜ』
『魔剣』が口を挟んだ。その目的はやはり、北部貴族と北王国の侵攻を補助する為に、自分たちの都合で暴れる「竜」で進撃路を確保しておこうということなのだろうか。
「自作自演で討伐して、民衆の支持を得るという手も使えるでしょうね」
『アホすぎて、別の賢者に誘導されて移動していたのかもしれねぇな』
『従魔』として覚醒したとしても、命令を簡単に受け入れてしまう奴隷のような資質にしかならなかったのかもしれない。言われた通りのことをさせるにはそれで十分だろうが、誰にでも従われてはたまったものではない。
「同じようなことを画策しているのでしょうね。でも、そんなに幾つも竜の魔石なんて手に入るのかしら」
『さあな。この地に何百年と住んでいれば、上の方で幾つか確保していてもおかしくねぇ。お前も二つばかり献上しているだろ』
ヤツメウナギ竜の魔石はそのままリリアルで保管しておこうかと思うが、王国で討伐した二体の「竜」は、素材としてすべて王家が手に入れている。報奨金の原資でもあるので特に気にすることもないのだが。
『魔鰐でもそれなりだったしな』
「ああ、そんなものもあったわね。魔力を持たない冒険者用に仕立ててもらっているのよね」
リリアルには魔力無の三期生が加入した。魔装糸の恩恵が受けられないメンバーは、より良い装備が必要となる。竜には劣るが、魔物化した鰐の皮は強固である。自らの魔力を内包していることもあり、魔力無でも魔力の恩恵を受けられる。
加工する職人が魔力持ちの職人でなければならないので、その辺りが……癖毛の仕事になるだろう。革鎧も扱えるようになると良い。
「魔鰐の『竜化』があったなら怖いわね」
『そりゃ、タラスクスだろ? 討伐経験済みじゃねぇか』
確かに。もう三年も前になるだろうか。今なら、あの時よりももっと上手に討伐でかもしれない。
「海といえば、シーサーペントやクラーケンといったものもいるわね」
サーペントは竜化した海蛇、クラーケンは一度ルーンで討伐したことがある巨大なイカである。共に、大洋で船を襲う恐ろしい魔物という認識がある。
「クラーケンはいいわ」
『クラーケン祭りは辛いよな』
あまりにも大きなイカなので、安く大量に食材として出回り、ルーンの街では食事の内容が「クラーケン尽くし」となったことが有った。とはいえ、あれは沖まで漁船で送ってもらい討伐したもの。賢者学院にまでイカや海蛇がやってくるだろうか。
「何か明日仕掛けてくるかもしれない。その点は明日の朝にでもリリアルの皆に伝えることにするわ」
試合終了時点で、魔力が不足気味となっている隙を突くつもりなのかもしれない。自分たちに身の危険が及ぶとなれば考えるだろうが、『覚醒』した生物が敵味方を識別できる程度の能力があるのであれば、使役することは十分可能だろう。
「面倒ね」
『だが、まだ学べそうなこともあるしな』
北王国と北部貴族が策動しているタイミングでの訪問。リンデの王宮も北部貴族の背後にいる神国も、彼女に対して思うところがある存在であろう。それがうまく合致して……今そこにある危機に至るのかもしれないと彼女は考えていた。
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「……マジですかぁ」
『嫌な予感はするのだわぁ』
「マジですわぁ」
水派の動きと、ヤツメウナギ=人造使役覚醒竜ではないかという仮説をリリアルメンバーへと伝える。竜が来るかもしれないという話は、討伐経験の少ないメンバーに強い緊張感を与える。
「まあ、いざとなったら魔導船で逃げればいいのよ」
「そうでしたわぁ!!」
「逃げないわよ」
「ですわねぇ……」
負けず嫌いである彼女を思い出し、ルミリががくりと肩を落とす。というより、彼女には思うところがある。
『ラ・クロス』の勝負もそうなのだが、リリアルに何かをぶつけてくる、あるいは、北部の動乱の発生を予見した上で賢者学院に送り込んだ、女王とその側近達に足元を見られるのは大変面白くない。
「逃げるのは無しです」
「自分はマリーヌがいるから、水上では無双できると思ってるんですかぁ」
「オイラがいるぜ! スウィーティー!!」
「お帰りはあちらですぅ」
居たのかお前!! 山羊男も朝からソワソワしているのは、フローチェと同じ不穏な気配を察してなのだろう。マリーヌ? 気にしていないようである。
「兎に角、試合で全力を尽くす事は禁止します」
「それは……どうなんですかぁ」
「まあまあ頑張りましょう!! 試合が途中で中止になるかもしれないじゃない?」
「うへぇ」
竜乱入で試合中止……ないこともない。シーサーペントは数百メートルもの長さを持つ竜だと言われている。そんなに長いと、尻尾から削るのも大変な作業となる。
「先ずは優勝。その上で、何かが起これば全力を尽くすで宜しいのではありませんか」
灰目藍髪は、『ラ・クロス』の勝負を捨てる必要はないと宣言する。
「それで、他の人達には伝えるの?」
「いいえ。でも、見ていると分かるのではないかしら」
水派が仕掛けているのであれば、なにか昨日までとは異なる雰囲気を纏うと思われる。心ここにあらずというか、試合より試合後に関心が集まる……そんな空気である。
「しかし、選手が操っているわけではないのでしょう?」
茶目栗毛は最初から優勝&討伐モードである。
「それは当然ね。使役しているのは、高位の術師でしょうから」
水派の長は「アマダイン師」。最初に学院長に挨拶した時に同席していたはずなのだが、はっきりとした記憶がない。ただ、眼光が鋭く他の『賢者』とは印象が異なっていたということだけ彼女は覚えていた。
「どこからでも、掛かってきなさい」
「……いつもと同じじゃない」
彼女の独り言めいた言葉に、伯姪はやれやれとばかりに答えるのである。
予選と異なり、これからは一戦一戦が真剣勝負。勝って、これまでの最低の待遇・予算を改善するのだと木組メンバーは士気を高めている。
「ま、来年はまた最下位だろうけどな」
「来年も、リリアル来るかもしれないっすよ!」
「来ないわよ」
適当な会話も上滑り気味。緊張の裏返しか、あるいは気持ちの高まりの影響か、いつもに増して口数が多くなる。
作戦は昨日の打ち合わせの通り。守りを『魔力壁』持ちに任せて、こちらは序盤から相手の魔力を削る為に徹底してシュートを放っていく。放てなくとも、前のめりで攻めて、一度でも多く『水の壁』を作らせることを試みる。
昨日は敢えて見せていなかったであろう『水の壁』をいきなり今日見せることで彼女たちが驚き、混乱すると考えている可能性もある。想定した上で猛攻を行うなんて、相手が驚くと思うと今からウキウキしてくる彼女である。
『お前に限っちゃ、魔力切れはねぇもんな』
彼女は当然のこと、伯姪と茶目栗毛も当然八十分の二試合程度で全力を用いて攻め立てたとしても、恐らく問題はない。いざとなれば、魔力回復ポーションも使用することができる。
灰目藍髪と碧目金髪は、赤毛のルミリに肉体の疲労をこまめに回復させてもらいつつ、魔力は節約方向で引いておくようにしている。幻の第三試合もあるかもしれないのだから、無理はさせられない。
正直、どの程度の魔物が呼び寄せられるかはわからないが、竜種単体ではなく、それに従う魔物がいれば、騎士二人が参加できるかどうかは割と重要となる。
こんなことなら、海岸の先にある城塞も下見しておけばよかったなと思わないでもない。
あとで時間のある時にでも『猫』に確認しておこうと彼女は思うのである。
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海岸先の城塞は『猫』曰く、リリアル城塞を簡素にした作りのようで、防御施設というよりも半ば倉庫と灯台・見張塔としての役割りが主であるという。
攻撃目標となりやすく、反撃しにくい構成なので、むしろ彼女自身の土魔術で防衛砦を形成する方が良いだろうというのが知見である。
『そんなことより、水の精霊魔術はお前たちが一番学びたい事だろ。試合に集中しろ。どうせ、この間は何も起こらねぇ』
「ええそうでしょうね。起こるとすれば、自分たちの試合がない時間帯でしょうから」
目の前の水派の選手には、目立っておかしな雰囲気はない。その代わり、監督役の指導賢者たちはどこか上の空、あるいはソワソワしているよう見えるのは気のせいではない。
「知ってるのが丸わかりね」
「あまり謀略が得意ではないのでしょうね」
謀略が得意なのであれば、今頃、ロマンデ公とその子孫に島を牛耳られることはなかっただろう。精霊は駆け引きするような人間を好まないということもある。言葉と心が乖離している者を嫌うといっても良い。
子供と精霊・妖精の接点が多いのも、その心根の問題もあるだろう。『子供には嘘がない』等というつもりはないが、精霊を騙す嘘をつく子供は大人より格段に少ないだろう。子供のつく嘘の大半は、親や友達に良く思われたいと願った先にあるもの。見ず知らずの精霊に自分を飾る必要はない。
そういう意味では、孤児の魔力持ちであるリリアルの子らは、見栄を張る必要も嘘をつく必要もなく、あるべき姿のまま「在る」存在ゆえに、精霊の知己を得やすいのかもしれない。
茶目栗毛や伯姪に精霊が付かないのは……お察しである。
ちなみに、姉にも精霊・妖精は近づかない。これは、見えないものが怖い姉からするとあまり近寄られたくない存在でもある。実体化している踊る草や吸血鬼のような物は別なのだが。
準決勝第一試合。水派vs木組&リリアル。門衛は最初から碧目金髪。そして、防護手の中央に気心の知れた灰目藍髪を配する。前衛三人のうち中央は『アン』、左右に茶目栗毛と伯姪、そして遊撃手の中央に彼女が陣取る。
『まあ、こんなもんか』
「四人で攻めて攻めて攻めまくるわ」
門衛は何人か用意しているだろう。だが、魔力切れまで追い込めば、休憩時に交代して新しい門衛が出てくる。一時間で回復するとは思えず、魔力回復ポーションを使用するかどうかもわからない。あれば使うだろうが、スタート時までは回復できないだろう。
先発より控えの選手の力量が落ちることは想定できる。三番手四番手になればなおさらだろう。八十分フルに使って、水派選手全体を削っていく。
その為の攻勢である。
「始め!」
ドローの零れた球を彼女が突進し確保。取り合いにワザと見せかけ、相手の選手に肩から背中を当てて吹き飛ばす。
「があぁ!!」
勢いよくゴロゴロと転がっていく敵遊撃手。昨日はどこか手加減をしていた彼女であるが、勝ち抜き戦となった事もあり容赦がない。
既に走っている左サイドの茶目栗毛に長い送球。途中で割って入る敵の遊撃手の『杖』を避けるように球がΩを描いて避ける。送球には魔力を纏わせ『導線』を使うのは当然。
思った位置で捕球をした茶目栗毛は、一旦前方にいる防護手にからだを寄せ、肩と腕で敵を吹っ飛ばし、そのままシュートに入る。
DANN!!
水派門衛は最初から『水の壁』を形成し、余裕のセーブ。しかし、これは良くない。
「まだまだ!!」
「いくっすよ!!」
拾った伯姪が、追いすがる中央の水派防護手と一対一で対峙。取りに行くと見せかけ、相手が身構えたところを『アン』が拾い上げ走り抜け、そのままシュート。
DANN!!
壁打ちのように、革の球が再び弾かれ、それを追う中央の防護手と伯姪が激しくぶつかり合う。
「ふん!!」
「のわぁ」
低い位置から肩を入れ、相手を弾き飛ばすように外側に体重をかけて伯姪は相手を吹き飛ばし、三たびシュートを放ったのである。