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第738話 彼女は予選を観戦する

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


初夢企画:『【短編】とある姉は妹の別の人生を夢見る~アイネ・ド・ニース酔夢譚』投稿しました。宜しければこちらもご一読ください。下のバナーから移動できます。



第738話 彼女は予選を観戦する


「はあ、何でほがーに強いちや」

「お前たちの鍛錬が足らんからじゃ」

「「「……」」」


 リリアルの重視する継続した戦闘と、残存性へのこだわりという点が、賢者学院における賢者見習たちへの教育と異なるというところにあるのではないかと彼女は考えている。その辺り、交流が深まっている木組の見習たちは理解が為されている。が、出来ているのは『アン』だけである。


 因みに、追い風だからと言って足に負担が無いわけではない。むしろ、体を支える負荷が増える分、疲労は溜まりやすいのである。山登りも登りより降りの方が膝や腰に負担がかかりやすいのに似ているかもしれない。


 後半、特に第四Qの最後の十分は、リリアル勢の仕掛ける時間であると同時に、今まで散々精霊魔術で体に負荷がかかっていた風派選手の足が止まる時間でもあったわけである。


 加えて、リリアルは足が止まっていても、『導線』で球を操作してどうとでも往なす事ができてしまう。その結果が、最後の立て続けの得点となっている。


「露骨に最終Qで点を重ねる展開が行われとるな」

「気のせいですぅー」

「ですわぁ」


 セアンヘアに対するそんな適当なごまかしで許されるはずもない。


 木組が予選一位で勝ち抜けると想定していなかったからか、水派と火派の選手たちは午後からの試合に向けあまり試合会場で観戦していなかった。


 風派と再戦する可能性は明日の決勝に残った場合のみ。午後からの火派と水派のどちらか、あるいはそれぞれと準決勝・決勝で当たる可能性が少なくない。


 相手が油断してくれているのは、彼女の目指す完全優勝に向けて好都合だ。


 とはいえ、既に彼女たちが『賢者』と違う何かを重ねてプレイしているのは伝わり始めている。『アン』が「魔力壁」を使ったプレイをしているのだから、それは見ればわかるだろう。今までと変わった木組。その要素はリリアルと並んで試合に臨んだことによる変化。


 変わった人間を観察すれば、何をどうしたかは容易に把握できるだろう。それが、分かったからと言って対応できるかどうかはわからないが。





 派手に点を重ねることができたことで、得点する技術がリリアル勢にはあるということは伝わったと考えて良い。


「明日はもっときついんですよねぇ」

「そうね。たぶん」

「お腹痛くなりそうですぅ」

「仮病ですわぁ」

「腹痛くらいで休めるわけないでしょう?」


 リリアル学院に「病欠」の制度はない。ポーション飲んで強制参加である。お腹がちゃぽんちゃぽんになるくらい飲まされるのが落ちだと分かっているだろうが。


 午後の試合の観戦前に、一旦、それぞれの昼食をとることにする。リリアル勢は当然、領主館に戻って風呂に入って着替えるまでがセットである。


 作り置きのスープを温め、パンとハムで軽い昼食をとる。


「早速なのだけれど、今日の反省会を」

「はや」

「……先生、午後の観戦の後でもよろしいかと」

「そうね。今日の反省が明日の作戦に繋がらなければ意味が無いもの」


 反省好きの彼女にとっては楽しい時間なので、つい先走ってしまうきらいがある。反省点は、賢者見習たちも踏まえて行うべきであっただろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『競技には精霊魔術ってのは向いてねぇな』

「その通りね」


 精霊の力を借りる上で、『加減』というのはかなり難しいということは想像すればわかる事でもある。丁度良い加減に風を吹かせるであるとか、瞬間的に障害を作り出すといったことを精霊に「お願い」して現出させるというのは、どうしても間が開いてしまう。


 術者が希望し、その願いを受けて精霊が動くのであるから当然だと言える。


「とても人間の力では起こせない変化を精霊に願う事で作り出すということは、とても意味があるのよね」

『けど、精霊だって万能じゃねぇ。以心伝心ってのも限界がある。じゃなきゃ、魔術師の中で、精霊の加護持ちが幅を利かせないわけがないからな』


 加えて、人間が大きな力を使いたい状況というのは、精霊の豊かな空間を破壊する行為を伴う事が少なくない。森を切り拓き、川の流れを変え、泉を破壊することも少なくない。信仰を集めていた泉が王国には古の帝国の末において百か所ほどあったとされるが、その場所は、その泉を信仰しない

蛮族により精霊に捧げられた宝物目当てで略奪され破壊されてしまった場所が大半である。


 身体強化、それに伴う直接的な魔力の顕現による攻撃力に、精霊の持つ緩やかで大きな力は対抗することができなかった結果であるとも言えるだろう。


 泉の精霊の多くは「聖地」となり、教会が建てられ、やがてその地の住民を御神子教徒として懐柔するために、聖人や神使いなどと置き換えられるようになり、あるいは御神子の生母・聖母と同一視することで王国では聖母が信仰の対象となることも少なくなかった。


 精霊を戦いに利用するという事自体、あまり好ましい事ではないのだろう。しかしながら、『賢者』として精霊の持つ力を自ら借り受ける存在が必要とされ続けているのは、この島の大きな特徴なのだと言えるだろう。


『戦いに向いていねぇんだよ。だから、王国では廃れたんだろうな。俺が魔術師を志したころにも、精霊使いはそれなりにいたけどよ、大体は薬師とか今なら錬金術師や司祭がするようなことを広く担っていたぜ』

「そうね。争いには向いていない存在だと思うわ」


『ラ・クロス』の対抗戦を進めたのは一体どの会派なのだろうか。少なくとも、土派ではないだろう。火派かあるいは風派か。『賢者』も、対外戦争に協力できるようにすることで、存在意義を認めさせようとでも考えたのかもしれない。その変化を起こす一つの方便として、このような集団競技を導入し、優劣を付け待遇に差をつけ始めたのだろうか。


「普通に魔剣士・魔騎士を目指させた方が良いんじゃないのかしらね」

『魔力貧乏なんだよ、この島の住人は。精霊の加護のせいか、元々の資質かは知らねぇけどよ』


 王国においても、王族を筆頭に、貴族・騎士は魔力を多く持つ傾向にある。そして、平民で魔力に恵まれたものが生まれれば騎士・貴族として養子縁組や取り立てることで魔力の多い人間を取り込むようにして代を重ねてきている。


 ロマンデ公に白亜島の先住民が敗れた理由は、装備と騎馬の運用に加え、魔力に恵まれた騎士を多く有している側が侵略者であったからだと言えるだろう。先住民も、アルマン人の一派がロマンデ公以前にも進出し、王国を築いたこともあったが、先住民との混血により、魔力の保有量を減らした結果、ロマンデ公の率いる騎士達に敵わなかったと考えられている。


『やらないよりやった方がましなんだろうけどよ』

「賢者見習に、戦争に関わらないように動機づけする為にも、手加減無しで叩いた方が良いわよね」

『魔力纏いや魔力壁ってのは、魔力量に依存するからな。いまさら魔力量を底上げするのはここの奴らには無理だから問題ねェだろうさ』


 リリアルの力を知らしめることは重要だが、真似をされ利用されるのは困るのである。が、精霊魔術を拠り所とするのであるならば、魔力量を増やすことより、精霊との関わりを増やして術の展開を容易にする鍛錬を好むので、『アン』のように容易に転向することは学院全体として行う事は出来ないだろう。


 精霊魔術の使い手=賢者であり、その加護の力を利用すれば、少ない魔力で大きな術が行使できる。その力を捨てて、少ない魔力を生かす運用をリリアルのようにするには、動機が足らないのであるから当然でもある。


 既に賢者になる素養を認められた者と、僅かな魔力しかもたない孤児では身につけようとする動機に雲泥の差があるからである。


 



『魔剣』との対話において、この対抗戦でリリアルの力を見せることに相手を利することは少なく、手強いと思わせることができると考えた彼女は雑念なく午後の観戦に向かう事ができるのであった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 午後の予選、水派・火派・土派草組の試合。最初の水派・火派の対戦は、お互い手の内を見せることなく、淡々と試合が進んでいった。


 精霊魔術らしさを見せることなく、単純な身体強化による運動能力の向上によるスピーディーな試合展開が続いた。


 火派は『傭兵』に近い発想で鍛錬を続けている為か、魔力の継続使用に一日の長があるのは明らかであり、水派は試合の中盤から後半にかけて失点を重ねることになる。魔力切れのためと言えるだろうか。


「これってどうなのかしらね」


 伯姪がやや呆れたように指摘しているのは、最終Qに見せた水派の小細工である。陣地の交代がこの後ない最終Qにおいて、地面を水浸しにし、身体強化でぬかるんだ地面を容易に前進できないような「いやがらせ」を行ったのである。


「全体的にどろだらけですぅ」

「ぬるぬるですわぁ」


 ぬかるんだ地面の上を身体強化して走り回れば深く掘れ、勢いが止まらないようなこともしばしばみられ、あるいはバランスを崩して転げている選手もいる。球も泥で転がらない。水を吸った革の球は、倍ほどに重いだろう。


「あれ、『籠』が歪んでます」

「重そうですもの。そのうち壊れるかもしれないわね」


 曲木で作られた籠の枠に網をかぶせただけの『籠』部分は、水を吸い重くなった球を勢いよく捕球すればグワングワンと撓むのである。そのうち折れるのではないかと心配にもなる。


「当たれば痛そうね」

「当たらなければどうという事はありません」

「……それはそうかもしれないわね……」


 リリアルの魔装杖であれば、魔力を纏う事で強度は維持できるので問題はない。相手のチームは大変そうだが。その辺り、水派のチームと闘う際には考慮に入れる必要があるだろう。相手はどう考えているのかは解らないのだが。





 結果、午後の予選第一試合は、火派が勝利した。その後、火派は草組を一蹴し、水派もその後の試合で草組に勝利。草組が予選落ち確定となった。火派が予選一位の為、風派と準決勝となり、木組&リリアルが水派と当たることになった。


「では、夕食をしながら明日の打ち合わせをしましょうか」

「お招きされるっす!」

「予選初突破記念!!」

「「「おお!!」」」


 リリアルの滞在する領主館で夕食を食べることになりそうなのだが、他人の宿で祝宴を開こうというのは少々図々しい気もする。


「何を言っているのかしら。明日勝って優勝してからの方が気分良く祝えるのではないかしら」

「この後反省会と、明日の作戦会議に決まってるじゃない。浮かれてるんじゃないわよ!!」


 彼女と伯姪に一喝され、木組全員がシュンとなる。偶に勝つと調子に乗る良くない典型である。これまで試合に勝利したことが無いので、勝利したあとの振る舞いが良く解っていないという事もあるのだが。





「いやーリリアルの飯は美味いな」

「というよりも……」

「「「女性の作る飯が嬉しい」」」


 茶目栗毛以外は全員女性の今回の親善副大使一行。当然、作るのは殆どが女性。とはいえ、食材が「魚介」が主なので、リリアル学院の食事とはかなり違うメニューとなる。


「魚介のスープも慣れてきたわね」

「ニースだと大体魚介物だから、私としては慣れたものよ」

「あー 騎士団仕込みですかぁ」

「そうそう。まあ、料理人のおじさんから習った直伝の味ね」

「「「おー」」」


 魚の種類が若干異なる事に加え、ニースのある内海よりも寒い場所であるので、薬味の類は体の温まるハーブを入れて少々趣が異なる。


「騎士団の料理人は、やはり修道士の方だったりするのかしら」

「多いかな。でも、ニースで料理人していた人を雇うことも多いわよ。人数が多いし、三食たくさん食べるから、半々くらいかしらね」


 専門の料理人をメインに、修道士の調理担当が数人加わるということなのだろう。さすがに、騎士団幹部は爵位持貴族と同等の扱いをされる騎士であるから、相応の料理人が必要となる。来客もあるのだから当然だろう。


「お爺様もお魚料理得意よ」

「焼いただけとかですかぁ?」

「本格的な者も得意だけど、石焼とか、たたきのようなざっくりした料理もお上手だわ」

「「「意外」」」


 筋肉達磨のジジマッチョが、違いの分かる男である事が判明。騎士団のように一見単調な生活が続く中で緊張感を持続させるには、食事に拘る方が良い効果があるというのはジジマッチョの持論らしい。


「本来、賢者学院もそうあるべきなんですが」

「先立つものがない我が寮は、来る日も来る日も麦がゆ三昧」

「「「ひもじぃでーす!!」」」


 食事の改善のためにも、対抗戦に勝たねばならない。優勝して、待遇改善のモチベーションが高まる。目の前にぶら下げるニンジンて大切。




 食事も一段落となり、明日の打ち合わせを始める。決勝で当たる可能性のある火派・風派とも既に何らかの形で対戦をしている。火派は、リリアルに近い身体強化とおそらく火の精霊魔術で攪乱等を行うのだろうと想像は出来る。風派は今日の対戦で戦い方は理解できた。特殊な風魔術を切り札として隠している可能性があるものの、移動の補助か風による球の制御などがある程度できるのではないかとこれも想像が付く。


「水の精霊魔術を使った戦い方ってどんなものがあるの?」


 接点のほぼない『水』の精霊魔術師。水の精霊二体を拾ってしまい加護持ちも二人となっただけでなく、全員が水の大精霊の祝福を受けているリリアルにとっては、水の精霊魔術こそ学びたい対象なのだが、北王国・北部貴族が背後にいるであろう水派は、リリアルとの関係を意図的に学院訪問の際に持たないようにしていると思われる。


『叩けばなんかわかるだろ』


『魔剣』の雑な言い方通り、明日の対戦で水の精霊魔術の深奥を少しでも知ることができればよいと彼女は考えていた。



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