第737話 彼女は「勝ちたい」と口にする
第737話 彼女は「勝ちたい」と口にする
「勝ちたいわね」
「それは当然っす!」
彼女は自分の思いを珍しく口にする。風の精霊魔術の効用が思いの他であったということもあるのだが。決して低いハードルではない。
向かい風の中で走るのは、身体強化していたとしても相応の疲労がある。それを考えて、第三Qは攻撃手を休ませていた。第三Qは無得点同士のまま最終Qに持ち込めたので問題ない。あとは勝つだけである。
「勝つための方策を考えましょう」
彼女としても、向かい風が続いている状況は思いのほか大変であり面倒でもあった。送球も、『導線』を使って遊撃手まで届けるのがやっとであり、予想以上に風に押し戻されるのである。
「でも、まだあいつら使っていない精霊魔術があるんでしょ?」
「あるっすね」
「最後に使ってこられると厄介だな」
風魔術には攻撃に向いたものは少ない。風の刃で攻撃? はは、夢みたいなこと言わんでください。どれだけ精霊が集まって力使えば良いと思ってるんですか。寝言は寝て言え。
既に使われている体を軽くしたり浮かせたりする『旅人脚』以外には、眼潰しに使う『盲砂風』や、跳躍力を増す『軽飛躍』といったフェイントに使えそうな術がある。
比較的短い詠唱・軽微な魔力消費で即使える点が曲者らしい。とはいえ、
『魔力飛ばし』も似た効果があるので、お互い様と言ったところだろうか。
「それと、まだ使ってないようだが『武具伸長』もあるっすよ!」
これは、本来剣や槍に纏わせ、間合いを少し伸ばす効果がある補助的な風の精霊魔術だそうだ。込める魔力量により伸長する長さは増減するようで、『魔力纏い』から彼女が行う『魔刃』に近いものなのだろうと推測される。
「一層気を引き締めていきましょう。最終Qは私も攻撃に参加します」
「交代で、私が門衛ですぅ」
「疲れたのですわぁ」
彼女も流石に、相手の城門近くで自陣の城門を魔力壁で適時抑えるのは少々難儀である。故に、魔力壁を使える碧目金髪を初戦同様、最終Qは門衛に据えることにして攻撃に専念することにした。
「タイミングはラスト十分からかしらね」
「そうね。最終Qの試合開始から、早々に仕掛けて突き放してくるでしょうから、それを受けた上で、相手を上回って勝利しましょう」
「「「「おう!!」」」」
「走るっすよぉ!」
『マリ』は再び攻撃手に入る。彼女は遊撃手中央に上がる。
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風派選手は一様に「悪い顔」をしている。顔が悪いのではない。何か企んでそうなニヤニヤとした顔をする者。既に勝った気なのだろうか。
「始め!」
最終Q、最初に球を手にしたのは風派。前半十分は流していく予定の彼女達からすれば「お手並み拝見」といった時間である。そして、相変わらずの追い風を背に、身体強化に風の精霊魔術『旅人脚』を上乗せして一気に加速する。
「後ろよろしく!!」
「おう……おう?」
防護手 ハックベリィの横をあっという間に擦り抜け、更に……
「『盲砂風』」
向かい風の中、真正面から砂を撒かれた状態の碧目金髪は、おもむろに目を閉じてしまう。
「目が、目がアァ!!」
「そらぁ!!」
『杖』を持った手で目を押さえる碧目金髪の横を、球が擦り抜ける瞬間!
GONN!!
「なーんてねぇ」
「ですわぁ」
門の手前で球は地面へと叩きつけられるかのようにバウンドして碧目金髪の足元へと転がる。
「さて、眼潰し作戦失敗ぃ。心眼で見ているからぁ~眼潰し関係ないしぃ~」
心眼ではなく魔力走査である。
向かい風の中、低い弾道で彼女へと送球する。ボテボテと転がりつつ、彼女が捕球する。
「はい!」
「任せるっすよ!!」
そのまま、相手陣地の中央で待つ『アン』に彼の城は素早く送球する。
「がっ!!」
「はっ、楽勝だぜぇ」
捕球直前に、二人の敵選手に挟まれるように突き飛ばされ、球を取りこぼす『アン』。どちらの球にもなっていない状態の行為は、往々にして反則を取られ難い時間帯である。安易に送球したことを彼女は一瞬後悔する。が。
『やられたらやり返す』
「当然ね」
恐ろしい勢いで加速し、一瞬で『マリ』を突き倒した選手の腕に、己の肩をぶつけ吹き飛ばす。蛙が飛び跳ねたかのように天高く跳ね飛ばされた後、背中から地面へと叩きつけられたのは、魔力壁で跳ね上げ叩き落したからでもある。
地面に体を打ち付け、呼吸ができなくなったのか悶絶する風派選手。球は未だ、その選手の『籠』の中にある。
「さっさと立ち上がりなさい」
彼女はとても厳しいのだ。そのまま昏倒したようで、一旦試合が中断となる。恐らく、選手を退場させてから、その場で『ドロー』を行い、再開されることになるだろう。
「大丈夫かしら」
「だ、大丈夫っす! 跳ね飛ばされているわけじゃないっすから」
向かい風が強く吹いている中で突き飛ばされたことが幸いしてか、勢いは多少軽減されたようである。跳ね飛ばされた選手も同じ状況なのだが……叩き落されたのだから仕方がない。
水平に突き飛ばされたのに比べれば、垂直に叩きつけられた方がダメージは余程大きいはずである。
ドローを行うのは当然彼女。そして、交代した風派の選手が相手をする。
「『盲砂風』」
「……馬鹿の一つ覚えね」
対策を済ませた彼女。文字通り目を覆うように魔力壁を形成し、砂の眼潰しを防いだ。
油断をしていた相手から簡単に球を奪う。拾ったのは茶目栗毛。気配を消して素早く敵の裏を取るように中央から左に逸れて疾走する。向かい風を受けて速度が上がらないのだが。
「そらよ! あぎゃ」
勢いをつけて突進してきた風派の防護手を軽いステップで躱し、すれ違いざまに背中で腕から肩をドンと突いて擦り抜けた。追い風と身体強化に『旅人脚』まで使い勢いをつけていたため、ちょっとした反動で体のバランスを崩し転げてしまったというわけである。
茶目栗毛はそのまま前進すると、中央の『マリ』に送球する。
「任せろっす!」
「馬鹿が、ぶっとべ!!」
と、マリに向かって突き飛ばす気満々で当たろうとする防護手。
KONN!!
賢者見習たちの中で、『アン』は身体強化だけでなく「魔力纏い」「魔力壁」まで習得できた唯一の選手であった。幾度も発動することは出来ず、手の届くすぐ外側にしか展開できないが、一度でも球を弾ければそれで十分。
「任せて! そら!!」
球を捕球した瞬間一気に加速する伯姪。そして、門衛の股間を擦り抜けるように球が城門へと吸い込まれていく。思わず股間を守る門衛。当然、防ぐことは出来なかった。
「本能には逆らえないわね」
「どんな本能ですかぁ」
伯姪の呟きに冷静に反論する碧目金髪。当然、男の防衛本能である。女性には理解できない痛みが、そこにはある。
「一点先行っす!」
「まだまだガンガンいくわよ!」
第三Qに引き続き、第四Qも前半十分は様子見だったはずなのだが……
いいのか。
「修正ですか」
「いいえ、継続よ。けれど」
チャンスがあれば攻めるのも一つの手でもある。
風派の攻撃、球を運ぶ選手が何か仕掛けている。エルムが抑えるように立ちはだかろうとする瞬間、何か短く唱える声がする。
『目隠霧』
PONN!!
彼我の中間あたりで視界を覆う水煙が生まれる。気配隠蔽を物理で行うと恐らくはこうなるのだろう。
『水の精霊魔術じゃねぇのかよ』
霧を生み出すのは水だが、必ずしも水面だけで生まれるわけではない。森や草原、湿地などにおいて寒暖の差で生まれることも多々ある。水であり土であるといったところだろうか。
少なくとも風ではない。
どうやら、風と水の祝福を兼ね備えた選手であったようだ。この辺り、相手の能力を把握できていなかったこちらの失態か。
完全フリーでのシュート。加えて……
「『盲砂風』」
再びである。
「目を守るのも魔力壁の仕事だよぉ」
「さっき教わったばっかりですわぁ」
目を守る魔力壁と、城門を守る魔力壁を展開し、追い風で加速するシュートをこともなげに捕球する碧目金髪。
「銃弾に比べたら全然遅いしぃ」
だそうです。
捕球から、一瞬の送球。当然のように受け取る彼女。そのまま、『アン』へと送球し、アンは引き付けるように中央を走りだす。左右には茶目栗毛と伯姪が一人の防御手を引き付けて走り、アンには二人の防御手と遊撃手が集まる。
「人気者っす!!」
「ぬかしやがれ」
「思い上がりも甚だしいな!!」
人気者なんだよ、木組紅一点なんだから。ほんとだよ!! とは言え本人曰く口調が口調なので、女の子扱いされていないところが気に入らないらしい。
『植物呪縛』
アンに追いすがり、挟み込むように囲む二人の風派選手の足元の草が、延びてきては足を掴むように這いまわる。
「おおぅ!」
「練習したっすよ!」
魔力壁と身体強化の同時展開と同じように、土の精霊魔術もできないかと練習した結果、この『植物呪縛』だけは同時に行う事が出来るようになった。向かい風の中を走る分、速度が落ちた結果、予想以上に上手く脚を絡めとってくれたのである。同じ方向に移動する分には、同じようにマイナス要素が攻守ともに加わることになるからだ。
『何とか脚の風魔術も止まってきたようじゃねぇか』
「かけ直す暇がないのでしょうね」
少ない魔力で脚力が倍増する『旅人脚』も、試合中最初から最後までかけ続けることは魔力量的に厳しい選手もいたのである。『加護』ならばともかく『祝福』程度では、魔力量の削減はそれなりとなる。
祝福持ちの魔力がそろそろ切れ始めた、あるいは、魔力量を勘案して持続時間を短く設定した結果、旅人脚が途中で切れているということなのだろう。
日頃から無駄に魔力の持続時間に拘るリリアル生と比べ、賢者見習たちはそれほど長時間魔力を持続して使用することを前提として活動していない。ある意味、精霊任せであり、魔術を使うとしてもそれは自らの肉体を行使する用法ではない。
結果として、日頃から魔力の使用が命綱であると考えているリリアル生の冒険者・騎士組との対応力の差となって試合の終盤現れたのであろうか。
『一見、効果あるように見せている向かい風だって、あんま意味ねぇしな』
長弓兵の長距離射撃戦などであれば、向かい風は矢の勢いを殺し、追い風は勢いを増す効果があるだろうが、常に一定方向に風が吹いていれば、それなりに対応にもなれるというもの。なれたリリアルと木組選手は、元々のペース配分を崩すことなくそれなりに攻めあるいは守ることができている。
風を吹き続けさせることの方が、無駄に魔力を浪費しているということにそろそろ気が付くのだが、既に手遅れと言ったところだろう。
そして、最終Q残り十分。怒涛のリリアルの攻勢が始まった。風が向かい風であろうが、『導線』を用いて強引に城門をこじ開けるリリアルのシュート攻勢が続き、最後の数分で六点を加え、最終的には8-15で木組+リリアルは風派に勝利。予選を一位通過し、翌日の本選に進む事になったのである。