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第736話 彼女は風派とぶつかる

第736話 彼女は風派とぶつかる


「後一歩、及びませんでした……」

「十分でしょ?」

「今日はゆっくり休養してちょうだい。明日も二試合あるのだから」

「……はい……」


 得失点差で二位通過は確実なはず……である。


 石組との試合、最終的なスコアは0-9であった。一点取れなかったことが悔しい灰目藍髪。普通に、彼女達が攻撃参加していたなら、その倍は取れていたかもしれない。


「石組は予選負け確定っすね。良い気味っす」


 風派に速度で対抗できるはずもない石組は、守りを固めての縦ポン・クロスに賭けるしかないだろう。とはいえ、絶え間ない波状攻撃が予想されることから、失点を重ねて敗退は目に見えている。


 むしろ、灰目藍髪のような速度より力で組み合う方が相性が良かったのだが、相手の得意な面を引き出しつつ敢えてそれを上回る力で勝つという姿が彼女好みでもある。


「続いて第二試合っす」

「はぁ。最初は流していくわよ」

「駄目よ。今度は、私たちが攻撃手なのだから」


 身体強化のみならず、『風』の精霊魔術で速度を高める効果を重ねるであろう、風派の試合に彼女は真っ向勝負で勝ちたいようである。


「承知しました。風の精霊魔術の効果を上回る速度で動けば宜しいのですね」

「ええぇぇ……むりですぅ」

「ですわぁ」


 彼女は「そうでもない」と否定する。


「細かく制御することが難しいのが精霊魔術なのよ」


 ただ真直ぐ加速するのであれば兎も角、細かく動きを変えながらであれば、精霊の力の補正は使いにくいだろうというのである。


「あー 確かに。マリーヌも細かなお願いはできません」

『わたしはできるわよぉ。けど、されたことないのだわ』

「ですわぁ」


 どうやら、精霊自体が『守護精霊』として個人的に繋がっているのであれば、以心伝心で補助してもらえるようである。しかしながら、単なる祝福・加護では、その場にいる精霊が力を貸すだけなので、簡単・定型のお願い事だけをになう事が出来るようになるらしい。


「例えば、突進している最中に『魔力壁』を形成して進路上に置いたら……」

『グシャッとなるだろうぜ』


『魔剣』が言うまでもなく、勢いよく岩にでもぶつかったような効果となるだろう。魔力壁に込めた魔力に寄るので、短い時間で小さめの魔力壁ならそこまでのダメージはないだろうが。


「前半は、そうね……いやがらせに専念しましょう」

「いやがらせ?」

「ええ。相手に気持ちよく風の魔術を使わせないことよ」


 今まで、身体強化ならば短時間、1Qほどの時間で魔力切れになり失速する他派と異なり、風の精霊による速度の向上を受け、最初から最後まで速度を生かした攻めと守りができる風派は、相当有利に試合を展開していたことだろう。


「城門を土壁で塞ぐのは……」

「反則っす。試合中に形成して防ぐのは問題ないっす」

「それはそうでしょう」


 最初から城門を塞いでいるのでは、試合が成立しない。シュート動作後に形成するのは問題ないが、その後は解除しなければならない。解除にも魔力を要するので、ほいほい作成することも難しいのである。加護持ちならともかく、祝福持ち程度では形成速度も遅く魔力も相応に消費するからだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「恨みっこなしだで」

「お手柔らかに願います」


 監督役の『セアンヘア』は軽く挨拶する。風派は初戦となるので、試合になれることが優先という雰囲気が漂う。一戦熟した彼女たちの程よく解れた雰囲気とは少々異なり硬い。


『風派』との試合。攻撃手に伯姪・茶目栗毛・碧目金髪!! 遊撃手には彼女と『アン』そして『ヘイゼル』が担う。門衛は『エルム』である。


「エルは魔力がショボいんっすから、あんま無理するんじゃねぇっす!!」

「楽できるようにしっかり守ってくれ」

「守るより守られたいのが女心っすよ!!」


 違う違うそうじゃない。


 第一Q開始。試合そうそう、風派が風の精霊魔術を見せてくれる。


(tardus)上昇(scandere)!!」


 ドローの最中、ゆっくりと風派選手が上昇を始める。相対するのは伯姪。本来であれば、そのまま選手と共に『球』も浮き上がり、奪取されるはずであったのだが。


「付き合ってあげるわ」

「「「!!」」」


 そのまま、伯姪も『籠』を合わせたまま、中空を「駆け上る」ように歩を合わせて上昇する。『魔力壁』の急階段を上っているのである。


 その高さは3m程まで上昇し、相変わらずの状態だったのだが。


「まだまだ上るわよ」

「くっ!」


 伯姪が更に高い位置に登り、球を叩き落とす。どうやら、風の魔術では決まった高さまでした上昇できないようである。


 その落ちた球の方向にいたのは……


「な、なんでぇ、こっちきたぁ!!」


 碧目金髪であった。そこに向かい、二人の風派の選手が囲むように迫る。


「き、きもい!」


 魔力壁の二面展開。足を払うような位置にそっと置き、見えない魔力の壁に足を取られ、二人の選手が地面へと顔面ダイブ。勢いよく加速していたので、『杖』を持った手で受け身も取れなかったことから被害甚大である。


「変態成敗ぃ!!」

「ですわぁ!!」


 素早く球を拾い、「これは持っているとヤバい」とばかりに、背後にいる彼女へととっとと送球する。逃げるが勝ち。


「仕方ないわね」

『いや、嬉しいだろお前』


 そこはかとなく目立ちたい彼女である。一瞬の身体強化からの加速、そして、魔力操作から、直線的に近づく敵選手の進路上に次々に魔力壁を作り出し……ぶつける。


「ぎゃ!!」

「ぐぁぁ!!」


 見えない壁に足を取られ、加速途中で転倒する選手が続出。『魔力壁』を前の試合で見せていなかったことからか、あまりその存在が認知されていない。


「させるかぁ!」


 進路上に立ちふさがる防御手。加速による移動は危険と判断したのだろう。足を止めての防御に徹している。だが。


「ほわぁ!」

 

 何もないはずの場所を急に彼女が跳んだ。いや飛んだ。


「風の飛翔術」

「いや、詠唱もなかったぞ!!」


 確かに、風の高位精霊魔術には『飛翔』の系統がある。その場合、詠唱と「風」の精霊の加護が必要となるほどの魔力の消費が要求される。彼女が行ったのは、毎度おなじみの『魔力壁』を足場にした跳躍に過ぎない。


 着地を狙ってワラワラと集まる防御手だが、彼女はそのまま空中から城門前の地面に向け、矢のような送球を行う。そこには、誰もおらず、「何やってんの」とばかりに多くの者は眉をしかめた。


KONN!!


 角度を付けた『魔力壁』に弾かれ、そのまま地面すれすれを球は城門へと突きささる。『導線』を用いても良いのだが、それはまた別の機会に。


 送球の速度もそうなのだが、地面の近くで異様な音と共に棒で弾かれたように球が勢いよく城門に吸い込まれるように曲がったのを見て、観戦者の多くは唖然とした。


 勿論……味方の賢者見習たちもである。


「すっげぇなおい」

「な、なんで前の試合からやらないんっすかぁ!!」


 散々走らされた『マリ』が不満げに絶叫する。


「敵を騙すにはまずは味方からと言うじゃない」

『性格悪いだけだな』


『魔剣』失礼である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 離れた場所に自由自在に展開できる魔力壁。彼女ほどの魔力量と精度であれば、センターサークル位置から、試合場全てに任意に発現させることができる。魔力量の少ない碧目金髪の場合、精々数mと言った場所に、小楯程の物を数秒展開することができるに過ぎない。でなければ、あっという間に魔力が枯渇してしまう。


 しかしながら、それでも、任意に即座に展開できる魔術はこうした流動的な状況にとても都合が良い魔術なのである。


「ほ!!」


KONN!!


 自分の近くに球が来れば、捕球もせずに弾き飛ばしてしまう。これなら、密着されて身体強化で押し合う……といった戦い方をせずに済む事に加え、一瞬で球を送球することができるのだから、盤面を変えることも容易となる。捕球してから投げるという動作が一瞬で済むのであるから。


 



 第一Q、第二Qと、風派の攻撃手・遊撃手はその速度を生かして何度も木組城門を脅かし、得点を重ねていく。とはいえ、魔力壁で足元をすくわれる事を危惧しつつ、転んでもすぐ立ち上がる、あるいは背後の選手がフォローに入る事で勢いを殺さず波状攻撃を行い点数を重ねていった。


 それと同時に、リリアルの攻撃手も『魔力壁』と気配隠蔽を活用し、速度が上昇するほど認知力が追い付かない風派の選手の隙を突いて得点を重ねていく。


 身体強化の場合、視力や思考力も魔力で強化されるが、風の精霊魔術による加速は、身体のそれだけであるのが裏目に出ているのである。


『魔術師たる者、思考も加速させねぇとな』

「賢者だから仕方ないのではないかしら」


 魔力を纏い身体強化を行う魔剣士の消耗が大きいことは、この辺りに起因することになるだろう。身体強化による思考速度の向上による負荷の増大。心身ともに消耗速度が高まることになる。


 リリアルでは「只管ポーション」あるいは「只管魔糸紡ぎ」という荒行を行い、魔力の繊細な操作と継続を日々鍛錬している。少ない魔力を継続して長時間身体強化と並行して行う事で、負荷に慣れるという院長直伝の『根性論』で達成される成果物である。


 姉にはできないことも、彼女には幼い頃から課されていた日常の延長でもあるのだ。地味でつまらない事こそ、力になる。


「今まで、速度差で勝てたみたいだけど」

「まあ、同じ速度帯で思考速度も向上している相手をしたことないんじゃないですかぁ」

「ですわぁ」


 魔力壁で壁打ちしていただけの碧目金髪の鼻息が荒い。活躍していないわけではないのだが。威張り過ぎではないだろうか。


 第二Qが終了。得点は8-8のイーブンである。


「結構点とられてるっすね」

「すまん」

「いいのよ」

「そうそう。得失点差で言えば0-0と同じなんだから」


 正確に言えば、石組にとっては絶望的な展開マシマシであるのだが。


「後半は動こうと思うの」

「そっすか」

「あなたが前に出るのよ」

「うげぇっす!!」


 彼女が防護手の中央に陣取り、碧目金髪と『アン』の位置を入替える。遊撃と防護の中央をリリアルで固めることにするのである。


「これで、第三第四は無失点でいけるわよね!」

「まあ、はっきり言ってズルです」

「敵を直接攻撃しないのであれば、魔術の使用は有効ですもの」

「先生、向かい風が吹き続けるかもしれません」


 茶目栗毛が何やら聞こえてきたと伝える。大きな声で話しているようで、耳の良い者には「向かい風」「追い風」と言った言葉が聞こえたようである。


「そろそろお互いに仕掛ける時間なのでしょうね」

「こっちは失点ゼロ確定ですからぁ」

「はいはい、私たちで頑張ればいいってことなんでしょ?」

「そっすね。無理やり突撃してでも点を取るっすよぉ!」


  向かい風に逆らうように点を決められるかどうか。残りの時間の課題になるのだろう。


 



 第三Q、それまでの点の取り合いから一転、無得点のまま二十分の時間が経過する。追い風で嵩に掛かって攻め寄せる風派選手だが、むしろ、風のなかで身体強化に風の移動の補助を加えてさらに動きにくくなっているようで、彼女が適当に作り出す『魔力壁』に激突し転倒していく。


 シュートの瞬間も、同様であり、万が一放たれたとしても、門衛の前で瞬時に展開された魔力壁に弾かれてしまう。リリアル勢も攻める気が希薄でそのまま最終の第四Qへと突入することになるのである。



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[一言] 脳含めた神経系をクロックアップしないから 風派閥が真の実力を発揮するのは神経系を改造できるようになってからか
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