第735話 彼女は前掛に攻撃する
第735話 彼女は前がかりに攻撃する
「攻めていないから疲れてないでしょ?」
「そっすね」
「最終Qは前がかりに行きましょう。次の試合に繋がるプレーを心掛けて」
「「「おう!!」」」
これまでの試合、それほど疲れていない木組攻撃手だが、『アン』を走らせ点を取るパターン以外の試合展開を確認することになっている。
それは、機動力が望めない木組攻撃手を『砦』に見立てて送球し、敵を集めてその隙を遊撃手が突きパスをもらってシュートするパターンである。
「最後は、防護手も攻撃に参加するのよ!!」
「一人じゃ無理ですぅ」
「大丈夫。声かけてね」
「ですわぁ」
魔力壁を最後に十分城門前に展開し続けても問題ない程度の魔力は碧目金髪に残されている。中央付近を敵選手が抜けてきたくらいで適時展開しても十分に間にあう。
魔力操作中心の魔術の行使は、そのリアクションタイムの短さに利点がある。
流石にリリアル勢に良いように扱われてはとばかりに、第二Qあたりから『土』の精霊魔術で前進を邪魔するような行為が始まっているが、術の発動が選手の移動に合っていないので、既に通過した場所に術が発動することが繰り返されている。
なので、試合の合間に都度、試合場の修復が為されているのである。でなければボコボコで試合にならない……ということになっていた。
「詠唱省略ならいけるんじゃない?」
「無理よ。土だって瞬間的に隆起したり陥没するわけではないもの」
『魔力壁』であれば、魔力の塊を浮かべて移動させるだけなので然程の時間はかからない。が、地面を盛り上げて壁状にするには何秒か時間がかかってしまう。それは、魔力の塊を動かす事に比べればはるかに時間がかかると言えるだろう。馬よりも早く突進する選手の速度に間に合うはずがない。
また、仮に多少阻害する可能性があったとしても、身体強化に魔力纏いまで掛かっている状態ならば、軽く蹴散らしてしまうので、ほぼ意味がない。
「まあ、水でも撒いてぬかるませるのならちょっとは影響するかもね」
「その場合、魔力壁を踏むように走れば問題ありません」
「それはそうですねぇ。あれ、練習しないと難しいですもんねぇ」
「ですわぁ」
因みに、赤毛のルミリはできない。魔力壁を身体強化しつつ同時に足元に『足場替わり』に展開し、その上を次々に駆け抜けていくというのは、リリアルの冒険者組ならば必須の技能であるが、並の魔術師ではそのような魔力の運用を鍛錬していないので、使えないのである。
精霊魔術師ならば、草木や土、あるいは風で足場を作るのであろうが、風はともかく、草木では相応に時間が掛かってしまう反面、維持するのに魔力を必要としないので一長一短となるが、競技中であれば欠点だけが残ることになる。
「さて、何点取れるかしらね」
「十点くらいとれらぁ!」
伯姪の問いに碧目金髪が『アン』の口真似をして勝手に答える。
「だれっすかぁ!!」
「お前だよお前」
「無理っすぅ!!」
いや、やれよ。という視線が『アン』に突き刺さるのである。
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第四Qの試合開始早々、彼女が敵の送球を途中で捕捉、そのまま走り出す。
「止めろ!!」
「マーク外すな!!」
彼女に追い縋ろうとする敵が現れるも、『気配飛ばし』『気配隠蔽』の合わせ技で攪乱し、一瞬で抜き去り前へと進む。城門までの距離は未だ20mは離れているものの、斜め45度の角度でフリーとなった。
姿勢を低くし、膝ほどの高さで『杖』を横薙ぎにする。すると、城門から遥か離れた空中を真直ぐにフィールドの外へと球が飛んでいく。
「なっ! なにしてるっすかぁ!!」
木組一同が唖然として「やっちゃったか」といった顔をするものの、リリアル勢は何故か「得点した」とばかりに足を止める。
そのまま外に向かう球が城門手前で急角度に曲がって、門衛の脇を擦り抜け得点へと至る。
『まあ、「導線」使えば、どんな送球でも問題なく入るんだろお前の場合』
『導線』は魔力を纏っている「物」、鏃や銃弾、あるいは魔力刃などを目標まで誘導させる魔術だが、強引に競技球に魔力を纏わせ、『導線』で誘導できるようにしたのである。
魔力網の『籠』と、相応の時間、保持したまま魔力を強引に纏わせることができたことによる数秒間だけの「抜け道」。
「なんで、あんな強引に曲げられるっすかぁ!!」
「日ごろの鍛錬の賜物ね」
しれっと適当な答えをする彼女に、『アン』は驚愕の表情でつぶやく。
「鍛錬……リリアルっ怖ろしい子っすね……」
「本当です」
「ね」
灰目藍髪と伯姪も適当な相槌。どこからともなく「ですわぁ」とも聞こえてくる。因みに、背後の碧目金髪はやる気なさげに城門に背中を預けて呆けている。試合中ぞ!!
「まだ、三点差だ。相手は足が止まっている!!」
「そうだぁ!!」
「最後まで足を止めるなぁ!!」
地味に中盤でリリアル勢がブチかましているので、体を傷めている攻撃手が増えている石組。そして、木組攻撃手は『アン』以外最初から足が止まっているので今更である。
「次は私ね」
「任せるわ」
彼女は自陣に戻り守りを固める姿勢を示す。中央に移動し、灰目藍髪と位置を変える。順番にリリアル勢が点を取るということになりそうだ。
二得点目。伯姪に球が送られる。そのまま、何事もないかのように『杖』を引いて構え、スルスルと前進していく。
「舐めるなぁ!!」
石組選手が次々に向かうが、一瞬で擦り抜けるように躱し、足を止める事さえできずにいる。走らず、ぶつからず、相手がまるで自分から避けていくかのように躱していく。
相手の動く兆しを捕らえ、その裏を取るように歩を進めていく。剣技の足捌きとでも言えばいいだろうか。『賢者』にはないであろう剣士としての技能を伯姪は生かして躱しているのである。
伯姪を囲むように石組選手が集まる前に、その包囲の外へと伯姪は逃れてしまう。身体強化云々以前に、素の速度が倍ほども異なるので有るから当然でもある。魔力走査で死角を含めて全周囲の人間の存在を把握することもできる。全員が魔力持ちであり、伯姪に接近してくる存在は全て敵なのであるから、その位置を把握することも難しい事ではない。
そして、門衛の脇を擦り抜けそのまま『籠』を城門に押込み手首を返して球を中へと落として得点に至る。
「投げてねぇっす」
「シュートじゃない」
いいんだよ。
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三得点目は茶目栗毛。伯姪と同じことを、伯姪の数倍速くこなし、その間僅か三十秒。気が付けば二点から三点へと変わる。
「あっという間に5-0になったな」
「俺達立ってるだけだけど」
エルムとヘイゼルがぼやいているが、初勝利に向けて悪い気はしていない。そもそも、攻撃手は既に『砦』役として十分敵を引きつけてくれている。これ以上望むのは、体力・魔力からして少々無理がある。
「終わりまで立っていてくれればいいわよ」
「まだまだ走るっすよ!!」
『アン』にはまだ余力がありそうだが、デコイランに専念してもらうつもりだ。
そして、すっかり心が折れかかっている石組。0-2から数分で0-5となり、相手を止めることができない。既に、引いて守る以外の選択肢が無くなりつつあるので、自陣の人口密度が非常に高くなっている。一人残して、九人で護る形になっている。
「まだ、あと五点不足しています」
「そうね。まだまだ時間はたっぷりあるんだから。問題ないわ」
「問題だらけですぅ」
「ですわぁ」
灰目藍髪は最初の予告通り、十点取ろうと考えているようであるし、伯姪もそれに同意しているようだ。が、ちょっと相手を舐め過ぎではないだろうか。
「今日はまだあと一試合残っているのよ」
「それは……その通りですが」
彼女もあまり無駄な力を使い、手の内をさらけ出す必要性を認めていない。
「あなただけが未だ無得点なのが納得いかないのかしら」
「そんなつもりはありません」
「そうよね! あと残りの時間、一人でやれるだけやってみたらいいわよ。馬上槍試合のリベンジにはちょっと相手が力不足かもしれないけれどね」
伯姪の無茶振り。一人で攻めろという御指名である。
「先生……」
「いいわ。力を見せてあげなさい。それに」
「この後の試合で、敵を引き付けることにもなります。良い提案です」
「……畏まりました」
茶目栗毛も容赦がない。魔力量の最も少ない灰目藍髪だが、あと十五分程であれば全力を出しても問題ないだろう。それに……
「次の試合はあなたを控えに廻す事にするわ」
「……え……それってもしかしてぇ」
『門衛』で体力魔力を温存していた碧目金髪は、二試合目も正選手として参加することに決定した。二試合目、リリアル勢で攻撃を担う事になる。
「さあ、いくっすよぉ!!」
ボールがドローされ、零れた球は『石組』に渡る。が。
「うがぁ」
ごく短時間の身体強化。魔力節約上手のステキな騎士様を目指す灰目藍髪が、球を持つ石組選手に正面からぶつかり、相手は苦も無く転倒する。身体強化を纏っていた石組選手だが、重心を崩され倒された模様。
零れた球を灰目藍髪が拾い上げ、そのまま中央を外れて右奥を走り始める。それを包囲するように自陣に退いた石組選手が数人がかりで行く手と後方を囲み、簡単に木組勢に送球できないように展開する。
それを、攻め上がりもせずにゆったりと後方から見ている彼女達。本当に一人で攻めさせるつもりのようだ。
「良いのかしらね」
「いいわよ。力試しも必要ですもの」
仮に、途中で球を奪取されたとして、相手が攻めてきても十分リリアル四人で護り切れる自信がある。残りの十数分、一人で敵を躱しながら何得点できるかが灰目藍髪の課題なのである。
「いいなー 今日はこれでお休みとかぁ」
「替わればいいですわぁ」
「いや、絶対無理ぃ」
城門でフラフラしている碧目金髪に、試合場の外から赤毛のルミリが声をかけている。最初から最後まで、やる気がない。ように見える。
とはいえ、次の試合、攻撃手として八十分走ることになる(予定)の碧目金髪なのである。今は極力温存している時間だと言えるだろう。
身体強化に気配隠蔽と気配飛ばし、あるいは剣技の歩法と緩急を組み合わせ、時に敵とぶつかり跳ね飛ばし、蹴散らしながら灰目藍髪は城門へと至る。
「なんなんだよお前らぁ!」
門衛が大きく手足を広げ通せんぼのように灰目藍髪の前に立ちふさがる。
「悪手です」
灰目藍髪は門衛の広げた足の間を抜けるように、地面に向けて球を叩きつけ、地面に弾かれた球が背後の城門へと吸い込まれていく。
これで0-6となる。多少息が上がっているものの、六人抜きを熟した灰目藍髪は、若干気分が高揚しているように見える。意外と……内面は熱血なのである。
一人で数人の『賢者見習』とはいえ、並の騎士程度の能力のある敵選手と抗うのであるから、時間の経過とともに灰目藍髪の動きは鈍く成り、また、相手の選手も動きと仕掛けに慣れたのか、上手に囲むようになる。
『杖』の本体で抑える・押す・叩くなどは反則だが、『籠』の部分で腕を押さえあるいは肘などを突くのは許容範囲である。いつの間にか『捕方』のように『杖』で身体を拘束され始める灰目藍髪。
だが、リリアルの『杖』は魔装縄や魔装網を使用した「魔装武具」のうちで
あり、着こんだ鎧下も同じく『魔装』なのだ。
BAKI !!
相手の拘束する『杖』を圧し折りながら、突進する灰目藍髪。腕で押されようとも態を躱し、あるいは、姿勢をずらして力を逃して地面へと転がし、前へと進む。
「私の!! 邪魔を!! するなぁ!!」
数人の敵選手に囲まれながらも、灰目藍髪の前進は試合終了まで止まることは無かった。
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