第733話 彼女は兎肉を差し入れする
第733話 彼女は兎肉を差し入れする
狩猟ギルドに「腕接ぎの指名依頼」を行い、依頼書を持ち帰った人狼。腕の無いのを見てとった漁師らは気を聞かせて急ぎ渡してくれたようであり、ギルドでの依頼の遣り取りも同様であった。特別会員への依頼だからでもある。
人狼の腕を接いでやり、その後、人狼は兎狩りへと出ていくことになる。勿論監視付き。休む間もなく働かせるのは、勿論、思いやりである。金がないのだから、働かねばならないのが人狼。
「行ってきますぅ」
「しっかり監視いたしますわぁ」
『リリも!!』
「……」
監視自体は、ある意味裏切り者に対する嫌がらせの範囲である。
とれた兎の数が揃えば、クラン寮生に差し入れするつもりなのだ。いよいよ、学院内対抗戦の予選が始まる。
予選日は各一日、二グループで各二試合を交互に行う。感じとしては、午前に各グループ一試合、午後にもう一試合ずつという感じになる。
翌日には、準決勝、敗者同士の三位決定戦、決勝の順で三試合。最下位は得失点差で試合無しで決定される。これまで、クラン寮は予選大差で負けているので、問答無用で最下位確定なのであろう。
「賢者学院も、学寮ごとの資金力の差が食事にまで反映されているから、あいつら、肉でなく魚ばかり食べているのよね」
魚というのは、位階の低い食事であるとされる。鴨や白鳥のような空を飛ぶ鳥の肉が最も良い肉であり、次に野生動物、牛、羊ときて動物のなかでも豚の肉が最も卑しいとされる。その更に下が魚である。
魚の中でも「赤身」の魚が上位で、「白身」の魚は下位とされる。
なので、この辺りでよく食べられるニシンやタラは下位の魚である。が、塩漬けではないのでまだましな評価になるのだが。
「帝国で食べた魚の塩漬けは……余りおいしくなかったわね」
「それはそうでしょう? とれた傍から内臓取り出して樽に詰めて、上から海水を掛けたものですもの」
塩=海水という何ともエコな仕様である。塩は内陸部では手に入りにくく希少な価値を持つ。なので、塩に高い税をかける領主がいることもままある。王国もそのむかし、ランドル・ネデルを服属させていた時代、百年戦争の少し前だが、王から評価されようとした総督が、塩に高率の税をかけた結果、叛乱が起こったことがある。
結果、『コルトの戦い』に至る一連の内乱が起こり、多くの貴族・騎士が都市民兵に殺され、ランドル・ネデルは王国から離脱することになった。百年戦争の時代、戦費を賄うために同様の事を行い、王家の信用を失墜させたこともあった。
善愚王……の虜囚の結果でもあるのだが。
彼女と伯姪、茶目栗毛と灰目藍髪の四人は、『木組』のメンバーとの最終打合せへと足を運ぶ。
リリアルと木組でそれぞれ半数ずつで一つのチームを組み、攻撃と防御を完全に役割分担することで、連携の不慣れさをコントロールするというのが基本的なチーム戦略になる。
「結構、走れるようになったっすよ」
「……誰?」
「アンっす。こっちが素なんす」
木組紅一点『アン』は「っす」少女(褐色肌)であった。最も若く、最も魔力量の多いアンは、木組が攻撃の場合、最前線で広く走り回り、足の遅い他の攻撃陣の移動時間を稼ぐ役割を担う。
防御側の場合、遊撃手の位置に入り、前後に大きく動いて、走力の足らない防御手の木組メンバーのフォローをする事になる。
役割分担した場合、どうしても縦長の布陣になり、フィールド中央に人が集中し、左右に隙間ができてしまう。そのスペースを潰すという役割を任されることになるだろう。
見れば、数日前よりも格段に纏い方が良くなっている。彼女の姉のような、無駄魔力の浪費が減り、必要十分な魔力量で継続して身体強化と魔力走査も両立できていると思われる。
「これ、どのくらい継続できるのよ」
「そっすね、三『四半期』くらいっす。まだ、一試合全部は無理っすね」
一クウォーター(以下1Qと略)はニ十分であり、それを四回重ねて一試合となる。元々木組メンバーは、魔力量と体力を勘案して1Q毎に交代させるつもりであった。1Qと3Qに出る選手と、2Qと4Qに出る選手に二分してそのメンバーを固定して練習をさせている。
アンならば、1Qと3Qに最後4Qも出場できる。あるいは、1Q2Qと出て、インターバルを置いて4Qとなるだろうか。
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「よっ!」
『杖』にすぽっと球を収めるのも随分と慣れた。伯姪は捕球したところを狙っていた敵方の木組防御手の体当たりを肩に受ける。
「があっ」
球を持つ選手に対して、杖で相手の杖を叩いたり、あるいは、腕で相手の肩を押すなどの行為は認められているのだが、伯姪より頭二つ分は背が高く、体重は倍以上ある巨漢が当たりに行って、伯姪に跳ね飛ばされる。
「来ると分かっていれば、意外と耐えられるってものよ!!」
灰目藍髪の言葉に彼女は同意しつつ、伯姪に向け手を挙げる。左右のスペースには彼女と茶目栗毛が走り込み、伯姪の背後には灰目藍髪がフォローに入っている。
一瞬、背後を向いたものの、伯姪は『魔力壁』を足場に上に跳び、彼女に向けて送球する。杖を柄杓で水を小気味よく撒くように、手首を利かせてシュッと投げる。
背後の高い位置からの送球を彼女は振り向きもせず捕球する。伯姪の位置は魔力走査で把握しているので、自他の位置が把握できていれば、後は杖の『籠』をそちらに向けておくだけで捕球できる。
「はや」
「押さえろ!!」
身体強化をした木組選手がドスドスと走り込んで来るが、彼女は完全にフリーの状態で城門とそれを守る門衛と対峙している。しかしながら、斜め前方からでは、門衛の大きな体で城門が塞がれ、球を放り込むスペースが見当たらない。
「こっちよ!!」
「先生!!」
送球後、城門へと突進する伯姪が正面に、その奥には茶目栗毛が走っている。伯姪に体当たりした敵選手は、追いつけていないので伯姪はフリーな状態である。
「あっ!」
彼女は門衛と伯姪の中間あたりに勢いよく送球した。送球ミスかと思われ、門衛がその球を捕らえようと門から離れたのだが。
COONN!!
何もないはずの空間で、勢いよく球が弾かれ、城門へと吸い込まれていく。
「入ったわ!!」
「得点ね」
魔力壁を展開し、その威力で球を弾いた結果、リリアルの得点となる。『魔力壁』は身体から離れていればいるほど、魔力を展開することが困難となる。空中であれば拡散しやすくなる分、魔力の消費量も格段に増える。
体の周りに展開する、あるいは、足場として用いるならともかく、数十メートル先の中空に展開するのは、一瞬でも難易度が高いものとなる。彼女の場合、目の前で展開した後、送球した先へと移動させ、当てるという器用な操作をしているので、いきなり遠方に魔力壁を出現させているのではない分、魔力の消費量は軽減されるが、その分、形成した魔力壁を移動させる技術が必要となる。
これは、魔力走査の延長である『導線』を応用して、その動線上を移動させるという方法を用いている。
「すげぇっす!!」
「ズルいよな、アレ」
素直に賞賛するアンの他は、何やら不満げな賢者見習たち。それに反論するリリアル勢。
「馬鹿ね、ズルいのではなく修練の賜物よ」
「そうです。文句が有るなら、痩せてくださぃ」
「「「「……」」」」
走れないデブはタダのデブだ!! 飛ばなくていいから走ってくれよせめて。
空中で魔力壁を用いて球を弾くという技術は、伯姪や茶目栗毛も用いることができる。これは、送球された球を捕球せずにそのまま魔力壁で弾いてパスするという形で応用されている。さすがに、魔力量が並程度の二人には、彼女のように遥か遠方まで魔力壁を送る事は出来ない。
しかしながら、敵に囲まれた状態でも、魔力壁を用いて中空で弾いて送球を流したり、あるいは、敵の送球を弾き落とすという運用は、選手が増えたかのような効果をもたらす。
「ビットね」
「ファンネルじゃないの?」
「それってなんなのでしょうか」
一対一でも、自分の周りに味方選手がいないとして魔力壁を用いて一人でパスを出して自分が捕りに行くという「壁当」も使う事ができる。『魔力壁』は、魔力纏いの延長線の技術であり、一朝一夕に身につけることはできない。賢者は魔銀の武器に魔力を纏わせるような運用をしておらず、魔力纏いを身につける術がない。
「魔力壁は便利であると言うことは理解できるけどよ」
「賢者なら、精霊に力を借りて、似たことはできるんだ。だが……」
「即応性に欠ける……でしょうか」
「お願いする時間が必要だもんね」
風の精霊などであれば、送球に干渉させて軌道を変化させることぐらい十分可能となるだろう。例えば、自軍が追い風、相手が向かい風になる様に風を吹かせるように精霊に頼めば、かなり有利となるだろう。
しかし、送球した瞬間に、その球を動かすように精霊に力を借りるのは詠唱する時間を考えても難しい。精霊に頼めることは定型化されていることもある。
精霊が頼みごとを聞いてくれるのは、加護や祝福を与えた当事者であれば細かな願いをかなえてくれるのだが、そうでない精霊は「契約」として、加護持ちや祝福持ちの願いをかなえるだけであり、わりと冷淡な定型の対応しか望めないのである。
「あなたたちも、もう少し、足元を緩める魔術を使って走りにくくするとか工夫が必要じゃない?」
「無茶を仰る。足元がぬかるんで困るのは相手だけじゃなく自軍も困るだろ?」
「まして、こっちの方が重たいから、滑ったり転ぶのはこっちの方が多くなる」
「バレた?」
「土派が相手ならやってやれないことはない。それに、かけるタイミングもあるしな」
そんなことよりと、彼女は一言指摘する。
「基本的な送球が下手なのはなぜかしら」
「「「……」」」
「デブ関係ないわよね」
「「「……」」」
捕球の精度、捕球から送球迄の時間、送球の精度の全てが宜しくない。
「ほ、ほら、賢者の勉強が忙しいから、中々練習できなくってよぉ」
「言い訳は結構。諦めて練習しなかっただけでなのでしょう」
「しかたないっす!! 試合するのにギリギリの人数で、交代なしで二試合フルに走れるほど、先輩方は体力ないっす!!」
走れないデブはタダのデブだ!! とはいえ、二十分を四セットを二試合行うだけでも大変なのである。他のチームは1Qごとにメンバーを交代させたり、二試合を別々の人員でおこなうこともできるので、魔力・体力に余裕がある。木組は試合をするのにギリギリしかおらず、最後は立っているだけでもやっととなってしまう。
引いて守りを固めるくらいしか、試合運びのしようがない。負ける点数を減らす努力くらいしかできなかったのだ。
「勝とうと思えるだけで大進歩なんっすよ!!」
「分かったっすぅ」
「馬鹿にしないでほしいっす!!」
相手に合わせるのはコミュニケーションの第一歩なのに、何故に怒られた!!
最終確認はこんな感じで終わっていく。おそらく、リリアルの日常使用する基本的な『魔術』を『ラ・クロス』に応用した場合、賢者の使用する精霊魔術では対応できない場面が頻発するだろう。
精霊魔術の利点は、加護・祝福を持つ者は、精霊の力を借りて少量の魔力消費(お願い魔力)だけで魔術を行使できる。故に、魔力量が同等であれば、より長く、大きく、広い範囲で術を行使できる。
反面、所詮は借り物の力であるから、発動までにお願いする時間が掛かると同時に、そのお願いする内容も単純なものとなる。広く薄く長時間に効果をもたらす物であれば高い価値を持つだろうが、瞬間的な効果を発揮する事は難しい。
借り物の力を細かく制御することを、そもそも賢者は必要としていない。
「試合楽しみね」
「ええ。リリアルに持ち帰ることができる技術を一つでも多く手に入れましょう」
彼女の目論見、それは三期生を中心に盛り上がりつつある『ラ・クロス』の技術伝播である。この国においてはそれなりに広まっている競技であるが、王国ではほぼ知られていない。
むしろ、『ポロ』と呼ばれる馬を駆り、広い競技場で球を杖で打ちあう競技の方が人気がある。馬上槍試合ほど危険ではないが、馬を駆り狩猟のように球を追い競い合うという形が騎士の間で人気となっている。
とはいえ、何頭もの馬を疾駆させ、馬を替えながら競技を行う『馬持ち』の仕様なので、替え馬を何頭も用意できる富裕な騎士でなければ試合に勝利する事が難しい。どちらかといえば、戦馬や騎乗馬を供給する牧場主を兼ねる領主層が流行を仕掛けているのではないかと思われる。
因みに、王太子殿下はとても好きな競技であると聞いている。
「さて、本場の賢者の皆さんのお手並み拝見と行こうじゃない」
「そうですね。リンデでは途中で負けてしまいましたので、個人的には完全勝利を目指そうと思います」
「怪我の無いように心がけましょう」
そうはいうものの、賢者学院でリリアルの『恐ろしさ』を摺り込む事もこの競技に加わる理由でもある。中立派の土派とのつながりを深め、この国での情報窓口として手を組む事も視野に入れたいと彼女は考えているのである。