第730話 彼女はピクシーと共に賢者学院に帰還する
第730話 彼女はピクシーと共に賢者学院に帰還する
『リリ疲れた』
「それはそうでしょうね。あんなに花を咲かせたのですもの」
馬車に乗ってからも、クルクルと暫く街道の上でキラキラをまき散らし、街道を花畑に変えたリリであるが、疲れて彼女の肩へと降り立っていた。話し相手になるのは灰目藍髪。馬車の馭者を務めている灰目藍髪とその後ろに座る彼女の間で会話をしている。
茶目栗毛は荷馬車の後部で後方と周囲の警戒、そして人狼は毛布をかぶって眠っている。一睡もできなかったからなのだろうが、腕が無くなった状態を受け入れるために必要な睡眠なのかもしれない。
返すつもりのある片腕だが、一先ず領主館に引き上げ伯姪も含めて尋問をしたいところだ。
「リリは何を食べるのかしら。やはり、菜の類、それとも雑穀かしら」
「……先生、小鳥に似ていますが、恐らく違うと思われます」
荷馬車の後部から、茶目栗毛がさりげなく指摘する。リリは気が付いていないようでなによりである。
「ねえ、リリ。食事は何を食べるのかしら」
『うーん、花の蜜とか? あと、アリーの魔力でもいいよー』
花を自分たちで咲かせるのは、そういう理由があるのかもしれない。花の蜜を必要とするからなのか。
『妖精は別にメシ入ら要らねぇだろ』
『魔剣』曰く、自然にある魔力を糧にするのだと言われているそうだ。魔物は動物と変わらない者もいるし、妖精はよくわからないのである。精霊であれば特に食事を必要としないのは理解できるのだが。
「精霊と妖精の違いとは何でしょうか」
灰目藍髪が馭者台から彼女に質問を投げかける。妖しい精霊が妖精ということなのだろか。
「良い精霊が『精霊』、良いことも悪いこともするのが『妖精』、悪い事しかしないのであれば『魔物』になるのでしょうね」
『リリは悪いことしないから、精霊!!』
『そんなわけねぇだろ。自分の気持ち関係ないからな。結果悪い事していれば「妖精」だろ』
どうやら、妖精というのは幼児のような意識を持つ精霊のようである。『幼精』と言っても良いだろうか。幼児は事の善悪が分からないものである。自分の周囲の価値観を自分の価値観とする以前の、野生の状態でもある。幼い故に、拙い事もある。妖精の行う「悪事」というのは、そうした拙いいたずら心といったものに左右されていると思われる。
「リリ、悪い事をしたなら、叱るのでそのつもりでね」
『いいよ!! リリ、悪いことしないからーだいじょうぶー』
そんな簡単な事ではない。悪意を絶妙に隠しながら、姉が行う仕打ちがそれに近いような気がする。自分より姉の方が余程『妖精』であると、彼女は考えていた。
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「リリ、気配を消してちょうだい」
『かくれんぼね!! リリ、かくれんぼ得意!!』
ウィックの狩猟ギルドに到着したのはすっかりあたりが暗くなった頃であった。早々に賢者学院に戻りたかったことと、水魔馬が疲れ知らずの馬車馬であったことから辿り着けた。
狩猟ギルドに入ると、人狼が右腕を無くしている事に気が付き、受付嬢の顔色が変わる。
「る、ルシウスさん!! その腕……」
「ああ、斬られた」
信じられないとばかりに大きく目を見開く受付嬢。ルシウスは狩猟ギルドでは広く名を知られたベテラン会員であり、ギルドへの貢献も優れている為、狩人として致命的な怪我を負ったことがショックであるのだろう。
斬られたのは……パーティーメンバーによるのだが。内緒!!
「それで、一刻も早く賢者学院に戻ろうと思ってな」
「そ、そうですよね! 賢者様方なら斬られた腕位、何とでもしてくださいますよね!!」
賢者学院に来る依頼の幾ばくかは狩猟ギルド経由であったりする。ルシウスが戦力から離脱すれば、同程度の能力を持つ賢者に仕事が回される事になる。自分たちの仕事を増やさない為にも、また、ギルドとルシウスに貸しを作る為にも協力するだろうと思われているのだ。
その実は、学院を素通りし領主館で最終審問に答えた後になるのだが。
「それで、依頼は達成したのでしょうか」
「討伐証明は、これになります」
彼女は『魔法袋』から、おもむろにデュラハン戦車の残骸と、バイコーンの首三体分を取り出す。
「うわぁ、これは……」
「ギャリーベガーは浄化してしまったので証明できるものはありませんが、それを率いていたデュラハンを討伐したので、戦車を回収してきました」
人の皮と骨で作られた戦車……初めて見るのだろうか、大きく目が見開かれ腕と膝が笑っているようだ。ギルドの営業終了間近である為か人もほぼおらず、受付嬢は一先ず責任者を呼びに一旦奥へと入る。
「問題ないわよね」
「ああ。依頼達成になる。バイコーンの首が三本だ。角は高く買い取りされると思うぞ」
ユニコーンの角同様、バイコーンの角も錬金術・魔術の素材として需要が高い。魔石も回収したが、これはリリアルに持ち帰ることにしているので売却はしない。
暫くすると、奥からバタバタと足音を立て、支部長らしき壮年の男が現れた。
「マジか。ルシウス……」
「腕は回収してある。繋がるかどうかはわからんがな」
「そうか。ああ、依頼は達成になる。それと……」
彼女と茶目栗毛、灰目藍髪は臨時会員から、特別会員として登録しなおされることになる。即日手続きとなり、一先ず仮の特別会員証が発行されることとなる。
「賢者学院にはしばらくいるのか」
「ええ。あとひと月くらいはいると思うわ」
「なら、学院宛に送らせてもらおう」
「いえ、領主館に滞在しているので、ディズファインの領主館に送ってもらえるかしら」
「お、おう」
ただの巡礼ならば領主館には泊まれない。貴族に準ずる身分であると言外に述べているようなものだ。
その後、支部長の応対が丁寧になった事は言うまでもない。
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支部長の好意で、ギルドの宿泊施設を利用できることになる。とはいえ、四人で同室なので、小さな大部屋のようなものである。食事は手配してもらえたので、暖かいものを口にする事ができほっとする。
「特別会員ですか。副院長先生を差し置いて、良いのでしょうか」
「良いのよ。そもそも、狩猟ギルドにこの後足を運ぶ可能性のあるのは、私たちより、あなた達になると思うもの」
院長・副院長が白亜島を再度訪れ、情報収集やギルドでの依頼受注をするとは考えにくい。一期生の二人が持っている事で、指揮官として部隊を率いて密かに渡海してくることもあるだろう。その方があり得る未来だ。
「どんな特典があるのでしょう」
「さあね。正会員と同様のサービスを、依頼受注件数無視して利用できるといったところではないかしら」
ギルドの正会員になるには、一定のノルマを毎期こなす必要があるという場合が少なくない。足切りに達しない場合、会員資格を失うといったペナルティがあるのだろう。幸い、冒険者ギルドにはその辺りのペナルティは無いので、リリアルの冒険者組も降格を気にせずに済んでいる。
「王国の冒険者ギルドで偶には私も依頼を受けないといけないのかしらね」
「……薄紫の冒険者はそういった規定は無いと思います」
あるのは薄黄以下の冒険者である。見習期間中は半年ごとに依頼の受注数で確認されており、満たない場合は降格となる。これは濃黄以上になれば降格査定の対象から外れる。薄黄までは『半人前』扱いであると言えばいいだろうか。
「査定が楽しみね」
『細かいこと気にしてるよなお前』
依頼達成報酬は規定通りであるとしても、買取素材の査定は気にならないはずがない。吸血鬼の装備していた武具・馬具の類も回収してある。どの辺りの工房に造らせたのか調べれば、吸血鬼と関わりのある商会や地域が特定できる可能性がある。それなりに価値もあると思われるので、老土夫やシャルリブルらも興味を持つだろう。
『そんなことよりー お話したいのー』
「そろそろ良い妖精は寝る時間でしょう」
『妖精、寝ないよな多分』
『魔剣』も『猫』も睡眠を必要としない。今も『猫』は宿舎の周りを警戒しているはずなのである。
『みんながねるならーリリもねるー』
ということで、腕がうずいて眠れない若干一頭を除いて、眠りについたのである。
翌日、早々に宿舎を出る。馬車で向かえば、丁度、干潮のタイミングで歩いて渡れそうな時間となる。馬車を仕舞う事になるが、船を手配するより帰る時間が読めるので面倒がない。
昼過ぎには領主館へとたどり着いた。
「あら、腕はどうしたの!」
伯姪の第一声は当然のこと。とはいえ、人狼が怪しげな動きをしていたことは把握しており、何らかの仕掛けが為された結果であることは明白。普通であれば、彼女がその場で治療しているはずなのである。生身の人間ならともかく、治癒力・回復力に優れた人狼の腕を接ぐことはそう難しくはない。
「ちょっとカッコいいかもですぅ」
「えー 怖いですわぁ」
手足の欠損がある者を目にする機会はないではないが、昨日の今日で変わり果てた姿で会うというのは、赤毛のルミリには刺激が強すぎるのかもしれない。一期生はゴブリンや盗賊討伐で手足を切り飛ばすのは、自分たちが良くすることなので大して気にも留めない。
「お茶の用意をお願いするわ」
「畏まりましたわぁ」
赤毛のルミリにお茶の用意をさせ、人狼を食堂の椅子に座らせ、全員がその周りに座る。
「ねえ」
「何かしら」
「また、何か拾ってきたのでしょう? 紹介してもらいたいわね」
『リリなの!!』
彼女の頭の上にちょこんととまるピクシー。腰に手を当て、胸を張っている。何故どや顔。
「この子は、吸血鬼に囚われていたインプの一体で、私の魔力を与えて解呪? したところ『ピクシー』になったのよ」
「それで?」
「付いてくるというので、同行させたのよ」
「「「なるほど(ですわぁ)」」」
居残り組三人は既に三体の精霊をこの親善行の間に連れているので、さらに一体増える程度はもう気にしないことにしていると思われる。
「まあ、小さいから良いわよね」
「ひでぇよぉ、オイラの方が先輩なんだぜぇ!!」
「いや、あんた同行許可してないわよね」
「ええ。付きまとい行為ですもの。連れて行くつもりもないのだから当然ね」
何故か? 手乗りサイズの餌も食べないピクシーと、山羊頭の毛深いオッサンでは心の重さが全く異なる。馬の代わりになるわけでもなく、ちいさな蛙というわけでもない。脚も山羊であるし。
「雌なら、山羊のミルクを取るために飼うという事も考えられますが、雄ですし」
「役立たずすぎますぅ」
「ですわぁ」
あんまりだを連発する山羊男。だが、役立たずは否定できない。
「オイラも、人化して、マイスウィーティーの従士になるってのはどうだ!!」
碧目金髪も正式に王国の騎士となった。従士一人くらいは控えさせてもおかしくはない。それに……
「セバスもそろそろ国に帰ると思うのよね」
「国に送り返すの間違いじゃない?」
「セバス氏、仕事できませんからね!」
「歩人の癖に、土魔術ケチるとか、彼奴、信じられないわよね」
歩人であるセバスは、本来土魔術に関してはそれなりに使えなければおかしいのだ。にもかかわらず半土夫の『癖毛』の足元にも及ばない魔力量と魔術の能力なのだ。恐らく、成長期に努めなかった結果ではないかとリリアル生の中では囁かれている。
反面教師・セバスとして、二期三期生には特に知られている。
山羊男は『風』の精霊であるし、加護を与えることで碧目金髪の能力も底上げとなる。今後、船の操作で『風』の精霊の加護持ちはいても良いと彼女は考えている。なので、未だ保留している。
「それでは、『ラ・クロス』の大会まで、仮想・風派として協力して、その間人化し続けられるなら、随行することを許可しましょう」
「ええぇぇ……」
「公認付きまといね!」
「ですわぁ」
碧目金髪の嫌がる素振りを無視し、山羊男の同行に許可を出す。
火派は手のうちと能力も凡そ見当がついている。土派は木組がいれば想定できる。水派は水魔馬と金蛙の協力で再現できるであろうし、残るは風派対策だけである。故に、山羊男を活用することにしたのだ。
「気に入らなければ、サヨナラすればいいだけよ!」
「綺麗な振り方、姉さんに教えてもらえば良いわ」
「で、ですかぁ」
「ですわぁ」
「そりゃねぇぜぇスウィーティー」
最初から利用されるだけであると宣言される山羊男。不幸である。