第729話 彼女は人狼を尋問する
第729話 彼女は人狼を尋問する
斬り落とされた人狼の『腕』。彼女は落とし物を拾うと、魔法袋へと収納した。
「さて、お話しましょうか」
『ぐぅぅぅ……ナゼダ……』
人狼は、先ほどまでと同様、笑顔を見せたままの彼女に疑問を口にする。
「知らなかったのかしら? 人間、本当に怒った時は笑顔になるのよ」
『そりゃ、お前と、お前の婆さんくらいだぞ』
『魔剣』は彼女の笑顔が怒りの表現であると言うことを知っている。
「さて、どこから話してもらおうかしら」
彼女は腕を組み、軽く首を傾げて見せる。その背後には、剣を抜いて構える茶目栗毛と灰目藍髪。
「先ずは、吸血鬼との関係ね。ほら、吸血鬼って喰死鬼などを使役するでしょう? 人狼も眷属? 従属関係にあるのかと思うのよ」
『そ、う、ではない……』
「そう。でも、協力していたのよね。従わざるをえない強制力が働いたのでなければ、自分の意思で私たちを吸血鬼の元に送り込んで、自分だけ逃げ出した……という理解になるのだけれど。どう考えているのか教えてもらいたいわね」
更に笑顔を重ねる。人狼は、言葉を選んでいるようであるが、何も話はじめない。
「殺して、賢者学院へ戻りましょう」
「そうすると、ほら、依頼達成の報告の時に面倒になると思うのよ」
「では、その後で処分しましょう」
背後の二人は完全にやる気である。昨晩の相手は、相応に危険であった事を考えると、彼女以上に怒りが湧いているのかもしれない。
『待ってくれ。俺は北王国や吸血鬼に協力しているのではない。王宮側の依頼を受けて動いている』
王宮とは、女王陛下のそれであろうか。狩猟ギルドと女王陛下が何らかの繋がりがあるというのは初めて聞く内容だ。そうであるとするならば、賢者学院や狩猟ギルドに関わる、元修道士たちが女王に協力しているということになる。修道院を解散させ、聖王会を押し進めている女王と協力関係にあるというのはおかしな話に思える。
「興味深くはあるのだけれど、嘘ならもう少し、信憑性のある嘘にしなさい」
『嘘ではない。北王国の宮廷は神国の傀儡貴族が実権を握っている。そいつらが北部貴族を抱き込んで女王に戦を仕掛けようとしている。それを密かに妨害するのが俺の受けた依頼だ』
「狩猟ギルドというのは、王宮やリンデと距離を取っているのだと思っていたのに、意外なのね」
彼女は少々驚いたが、私掠船を利用して神国に対する嫌がらせと借金返済資金を集める女王陛下が、国内の狩猟ギルドに僅かな資金投入で影響力を与えることができるのであれば、そうする可能性は高いと考える。
『狩猟ギルドには、フランツ・ウォレスの関係者が入り込んできている。表向きギルドの正会員だが、裏では密偵のような仕事をする奴らだ』
「その一人がお前というわけだな」
『違う。だが、この辺りを戦場にしない為に協力することにした』
茶目栗毛の問いに、人狼はそう答えた。
曰く、狩猟ギルドに持ち込まれる王宮案件の中に入り込み、北王国や北部貴族の情報を収集しギルド経由で王宮へと流し、反対に、北部貴族へは水派賢者を通じて王宮の情報を流しているのだそうだ。
「風派じゃないのね」
『あれは、王宮に追従して自分たちの立場を守ろうと強いるだけの輩だ。実際、たいしたことはしていないし、王宮も当てにしていないのだ』
それはそうだろう。賢者学院の派閥争いに利用し、利用される関係であるに過ぎない。
「それでも先生、吸血鬼がいる情報を伏せていた理由にはなりません」
「それはそうね。この件は如何?」
『……聞いたんだ。ノルドでの一件の話を』
火派がノルド公の捕縛を知った段階で、人狼はギルド経由で王宮の情報を知ったのだという。そして、彼女達が『リリアル副伯』一行であり、賢者学院へ向かうついでに、ノルド公領にいる吸血鬼の一団を討伐してこちらに赴いたということも。
「意外とバレているのね」
「それはそうだと思います。城塞の生存者もいることですし、先生の姿は特徴的ですから」
「それならあなたも似たようなものでしょう?」
黒目黒髪と、それに似た容姿の灰目藍髪は特徴的な容姿と見られる。伯姪や茶目栗毛、あるいは碧目金髪はさほど珍しく思われることはない。
「つまり、吸血鬼のニ三体が現れたとしても、我々なら難なく討伐できると思い、敢えて伏せていたと言いたいのか」
『そうだ』
「騙し討ちにして、勝手に敵前逃亡して良い理由にはならない。ではないでしょうか先生」
「そうね。騎士ならば身分を剥奪されて処刑されてもおかしくないでしょうけれど、猟師なのだから……腕一本で赦してあげましょう」
彼女の言葉に人狼は呆然とする。
『腕は、狩人にとって命同然なのだが』
「そうね。洗いざらい持っている情報を吐き出して、私が満足したなら、ポーション付きで返却しても良いわ。それなら、無事にくっつくと思うのだけれども」
『解った』
人狼の腕は、一先ず保留となったのである。
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その横穴は、恐らく天然のものを途中から人力あるいは『土』の精霊魔術で掘削したのだろう、明らかに手の入ったものに変わり、床も壁も滑らかなつくりに変わっている。
そこから階段状のスロープが加わる。魔導具の照明を取り出し点灯させる。空気が悪いのがわかるので、松明を使うのは憚られるためだ。
「風の魔術が使えると楽なのかしらね」
『灰色乙女に聞いてみろ』
『風』『土』の精霊の加護を持つオリヴィなら、洞窟内の空気の入れ替えも容易なのかもしれない。とはいえ、最近まで吸血鬼が出入りしていたので多少はマシなのだろう。
スロープの先には一際、広い空間があった。地下墳墓と礼拝堂が組合わされたような場所である。
『昔見た、法都の古い地下教会の礼拝堂に似ているな』
「……行ったことあるのね」
『おう。大司教の護衛でな。当時は物騒だったんだ』
教皇庁迄足を運んだついでに、古い教会巡りをしたのだという。当時でも失われていた古帝国由来の魔術の研究だとか。壁面などに密かに残してあるレリーフなどがあるという話を聞き、それを餌に護衛を頼まれたのだそうだ。
「雷の精霊魔術もその時に得たのかしら」
『いや、あれは結構最近だ。五十年くらい前か』
彼女は『魔剣』と雑談している場合ではないと思い直し、広間を捜索することにする。
「石棺の中は空ですね」
「この辺りに納められていた……この先に遺体の安置場所があるようです先生」
見ると、入口から死角となる場所から「インプ」が現れた。吸血鬼の従魔か、最初から棲みついてたのかはわからないが、奥にもう一部屋あるのだとわかった。
「先に進みましょう。ほら、あなたが先頭で」
人狼が指名され、奥へと進んでいく。片手だが止血はしてある。というよりも、自力で腕の血管を締め付けたのか、出血は早々に止まっていた。
数メートル先の小部屋のような場所には、土壁を掘った『棚』が幾段も重なっており、ここにあの頸を落とされた戦士の遺体が並べられていたのだろうと推測される。
「首を落とされた死体を残したのはなぜかしら」
『復活するつもりだった殉死した近衛だろうな。それを、あえて首を斬り落としてギャアリーベガーとデュラハンに変えたのが吸血鬼の死霊術師だったなら、あれが今さら現れた理由もわかる』
生者に対する恨みから、死者が復活するということは理解できる。ワイルド・チェイスが生まれる理由でもある。戦の先触れとして利用しようとする存在が背後にいたのだろう。それが吸血鬼の死霊術師に依頼した、あるいは、吸血鬼の助力の一つとして実行した。
「この場所はダンロムにほど近い場所ですから、ミアンのように不死者を持って攻め寄せることで、南下する軍を迎撃できないようにする手段としたのかもしれません」
「大司教領で、大聖堂もあるのだから不死者の浄化くらいできそうなものだけれども」
「できなければ大恥です。それに、聖職者が先生のように沢山の魔力を持っているとは限りません」
生者でも死者でも数は力也である。数体、十数体であれば一気に浄化できるかもしれないが、百を超える不死者、その中には逃げるしかないと言われるデュラハンまでいるとするなら、包囲されるがままという可能性はある。
聖騎士と呼ばれる者たちも、必ずしも魔銀の装備を持っているわけではないだろうし、デュラハンのあの装具を力の源と気が付き、さらに、それを破壊し浄化するまでできるかどうかといえば……少々難しく思える。
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石棚の周りには、何匹かの被膜のある羽を付けた醜悪な面相の魔物がいた。
『インプ結構いるな』
大きさは手のひらほどであり、全身が黒く目は赤く充血している。尖った耳が吸血鬼の眷属なのではないかと思わせる容貌をしている。そして、長い尻尾の先には鉤のようになっている。
「あまり良いものではないのでしょうね」
『ああ。確か、病をもたらすとかそんなものだったな。もしかすると、吸血鬼の使い魔なのだとすれば……まあそうか』
吸血鬼二体は始末し、一体は魔法袋に仕舞っている。先ほど同様、解放することもできるのではないだろうかと彼女は考える。
「ちょっと触れてみても」
「お止めになった方が」
「いいえ。この場に居座られても良くない場所になりかねないわ。解放しておく方が良いと思うの」
先ほどのインプでは特に問題は無かった。なので、これも解放しておこうと彼女は思う。それにだ、
インプがいることで、他の魔物が棲みつき、魔物の巣になれば街道を行く者たちに害をなすかもしれない。この穴を塞ぐつもりでもあるので、インプは出ていけるようにしたいのだ。この石棺と洞窟を守るように、あるいは離れないように命令を受けている可能性が高い。
襲ってこないのは、命じたものが既に滅されていることを感じているからだろう。
「逃がしてあげられるかどうかは分からないのだけれど、私の魔力を少しもらってちょうだい」
『ニゲル』
『ジユウ』
『ステキ』
三匹のインプが彼女の伸ばした指先に触れ、魔力を代わる代わる得ていく。
「連れて出ていきましょう。この場でなくても問題ありませんから」
「そうね。ここは空気が悪いもの」
「ええ。犬臭いです」
『……ワンとでも言えば、気に沿うか』
再び、人狼を先頭に、三匹のインプを連れて、彼女は洞窟を出口へと戻ることにしたのである。
外に出ると、魔力を吸い上げたインプは、徐々に先ほどのそれと同様、姿を変えてピクシーへと変わっていく。
背中の羽をピコピコと試すように羽ばたかせると、羽からきらきらとした輝きを回りにふりまき、空へと舞い上がっていく。
「足元から花が咲き始めました」
『妖精の祝福か』
森の中にぽっかりと花畑が広がっていることが有る。そこは、妖精の遊び場であるとされることがあるのだが、つまりはこのようなことが行われているのだろう。
三匹のピクシーはどこかへと去っていき、目の前には水魔馬が早く帰ろうとばかりに待ち構えていた。背後の洞窟を魔術で封印して、狩猟ギルドに依頼達成の報告を行おうと彼女は考えている。
が、水魔馬の頭には、小さな羽が生えている。
『ここ、気持ちいいね。昼寝に最高だ!!』
そこには、最初に彼女の魔力を与えた『ピクシー』であった。
「あら、あなたの御仲間はもうどこかへ行ったわよ」
『いいのいいの。あのね、ちょっとお話してもいいかな?』
背の高さは手のひらほどの大きさ。そして、その見た目は……
「誰かに似ています」
「ああ……『アンナ』でしょう」
『アンナ』というのは、赤毛娘の名前である。元気な女の子という感じがする。赤毛娘に対して、翠毛娘といったところだろうか。
『あなたの魔力が気持ちいいのよ。でね、暫くついていこうかなって』
妖精は気まぐれ。彼女と一緒に暫くいたいらしい。
「いいけれど、ここにはもう戻ってこないわよ」
『いいよ~ ここはきらい!!』
そう言い切る。
「では行きましょう。それと、私はアリックス。アリーと呼んで頂戴。あなたのお名前は何かしら」
碧毛娘は、自分の名前を知らないのだという。仲間同士では名前を持たないのが当たり前で、呼ばれる事もなく、人間には「フェイ」や「フェ」と呼ばれている。それは「妖精」を示すフェアリーの略称に過ぎない。
「では、『リリ』と呼びましょう。あなたの名はリリ」
『リリの名はリリ☆』
彼女に名付けられた事がとても嬉しそうで、『リリ』は羽からキラキラを巻き乍ら彼女らについていく。その後ろには、『花の道』ができているのだが、彼女達は気が付いていないのである。