第728話 彼女は死霊使い(仮)を尋問する
吸血鬼自体は不死者であるのだが、自身で喰死鬼や劣位の吸血鬼を生み出す能力を有していることが、他の不死者と異なる点であると彼女は考えている。
グールはグールを増殖させるが、他を生み出す事は無い。レイスやファントム、あるいはゴーストも同様であるし、ノインテーターは自らなることはあっても、その配下は生身の人間を使役するだけである。
そして、吸血鬼が元々『精霊魔術』を使える加護持ちあるいは祝福持ちであったのならどうだろうか。
彼女は思い至る。精霊を使役する術をもつ精霊術師が、吸血鬼となったのなら、死霊あるいは、死体に精霊を憑依させて使役することもできるのではないだろうかと。精霊には、長く生きた動植物に宿る存在もあれば、器物に宿る者もある。それに、この世に強い執着を持つ人間の魂が精霊・悪霊となることもあれば、不意の死に気が付かず、生前同様行動しようとする死霊も存在する。
この目の前にいる死者たちは、生前の思いを死してなお遂げようとする者魂に、何らかの形で魔力を付与した存在なのではないだろうかと。
「土くれを人型にする精霊魔術があるのですもの」
『可能かもしれねぇ。土くれも腐肉もモノとみなせるんじゃねぇか』
精霊使いが死霊使いになることは、さほど変わらないのではないと思うのだ。精霊も、死者の霊が形を変え自然に捕らえられたものである場合もある。丘に墓所がある理由も、その丘の先にある山の中に精霊・死霊が住む場所があると考えられた時代があったのである。
獲哢がいたあの地下墳墓は、その派生の一つであると言える。
彼女は、この島の先住民たちの精霊に対する姿勢や死霊に対する思いが、精霊魔術使いの魔術師を吸血鬼化することで『死霊術師』に変えることが出来たのではないかと推測したのである。
それらが、ネデル・ランドル辺りで動員実験を行った結果が、あの大発生に繋がったのではないだろうかと。同じデンヌの森では、ノインテーターを踊る草を用いて人工的に発生させ使役させる実験も行っている。
その使嗾者は誰であろうかと考えると、神国あるいはネデル総督府という結論に至る。北王国・北部諸侯の背後にいるのも神国であるのだから当然である。
「そうだであるとしたならば」
『神の国が聞いてあきれるよなぁ、おい!』
元聖騎士や異端審問官をアンデッドにして王国に送り込んで来る隣国がいるのは分かっていたが、実行犯にようやくたどり着いたというところであろうか。
吸血鬼であれば、死霊相手でも然程リスクはないだろうし、精霊と同様、死霊とも意思疎通ができる可能性は高い。但し、完全な狂気あるいは思考能力の消失に至らなければであるが。
人格を失った霊との意思疎通は不可能であろう。
すっかり鎧をはぎ取られた死霊術師の吸血鬼。この場で色々尋問したいことはあるのだが……
「吸血鬼とデュラハンの装備を回収して撤収しましょう」
「装備を回収するのですか?」
既にギャリーベガーは浄化しており、デュラハンも装備以外は残っていない。バイコーンの首とあれば魔石を回収。吸血鬼の死体を持ち帰ったとしても討伐依頼の対象外なので特に意味はないと思われる。
「デュラハンの馬車もですか」
「一番の討伐証明がその趣味の悪い馬車になるでしょう。それは、麻の筵で覆って荒縄を掛けてもらえるかしら。私の魔法袋に納めるわ」
人の皮や骨で作られた二輪馬車である。破損しているとは言うものの、その表面は人肌を鞣した皮張りである。鞣してあるので『革』であるのだが、毛穴などはそのまま人のそれとわかる状態なのだ。骨も同様。
バイコーン三体の首、魔石、そしてデュラハンの馬車を討伐証明として、吸血鬼の装備と死霊術師の吸血鬼達磨は、魔装袋に入れて回収することにする。
「それよりも、あの横穴の探索もしておきましょう」
「……先生」
「何かしら」
「明日朝以降でも問題ありませんよね」
「え、ええそうね」
彼女は早々に向かおうと思うのだが、敢えてこの時間帯に墓所と思わしき場所を訪れる必要性を感じないのである。
『人狼、どうしたんだろうな』
そういえば、逃走したあとどうなったのだろう。どこかに潜んで観察しているのであろうか。
『主、人狼は墓所に向かっているようです。追跡して監視いたしましょうか』
「いいわ。何を考えているのかは、明日、直接問い質しましょう。それで、私たちに近づいてきたなら知らせてちょうだい」
『承知しました』
彼女の中で人狼は「死んだもの」と考えることにしたのである。
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なにやら、先ほどまでの事を思い出して考えてみる。既に先ほどの野営地まで戻り、荷馬車を出して中で休息をとることにする。馬車の周りは『土牢』『土壁』で覆い、少々の魔物では立ち入れない様に防備を施した。その中で、水魔馬が警戒をしているので、然程問題はない。
先ほどあったやりとり。
『オマエか、我ラの手駒ヲ討滅シタ者ハ……』
中央には周辺と異なる異相の馬車。それに侍る様に三体の古めかしい鎖帷子を纏った聖征時代風の騎士。
――― 修道騎士団の紋章
鎖帷子の上に所属する貴族あるいは騎士団の紋章を纏うのが鎖帷子を鎧とした時代の騎士の装備。サーコートと呼ばれる胴衣を鎖帷子の上に羽織るのは、日差し除けの意味もある。
「兜の形状が曲線を帯びているわ」
『なら、あの逃げだした奴らの残党だろうな』
王国において『異端』とされ拘束された王都本部管区長と総長が処刑された際、少なからず修道騎士達は王国の外へと逃れた。あるいは、異端が取り消された数年後、解散された修道騎士団から駐屯・聖母騎士団など、他の騎士団に移った者たちがいた。
しかしながら、目の前の装備は修道騎士団の一員であることを示す紋章が描かれている。
『レンヌ経由で北王国に逃げた奴らだろうな。今さら何をする気なんだ』
「それより、もう二百数十年前の話なのだから、その当時の生き残りであるはずがないでしょう」
『いや、不死者になれば別だろう』
「それもそうね」
そんなことを『魔剣』とやり取りをした。
いつまでも眠らない彼女を『魔剣』が窘める。
『いい加減寝ろ』
「……気持ちが高ぶっているから、眠れないのよ」
『そうか』
彼女はなかなか眠れなかった。そして、むくりと起き上がると、既に空の際が明るくなり始めている中、ある場所に向うことにした。
『主、どうされましたか』
「アレはまだ中に」
『おります』
「そう」
彼女は城壁下の横穴の前に立ち、『土壁』で穴の開口部を塞ぎ、さらに『堅牢』をかけ、完全に固めることにした。
『閉じ込めたな』
「ええ。これで昼までぐっすり眠れそうだわ」
彼女は改めてゆっくり眠る為、野営地へと戻るのであった。
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翌朝、日が高くなった後、彼女と灰目藍髪、茶目栗毛はデュラハンとギャリーベガーが現れたと思われる『ボアロード城』の城壁の下に穿たれた横穴、恐らくは滅びた先住民の王国の墓所を訪れることにした。
「先生、ルシウスは戻ってきませんでしたか」
「ええ。彼は既に、先行しているわ」
「なるほど」
灰目藍髪は素直に理解したようだが、茶目栗毛は彼女の言い回しに含みを感じたようで黙って頷いている。
横穴の前まで三人が到着すると、真新しく他の場所とは異なる土で固められた場所をみつけて、一人は驚き一人はやはりといった雰囲気となる。
「さて、穴を開けた途端跳び出されても困るわね」
彼女は背後に『土壁』を半円状に形成し、横穴の出口を数メートルの壁で取り囲みさらに硬化させた。その上で、穴を埋めた土壁の『堅牢』を解除した上で、玉葱メイスを肩の高さに構え、緩んだ土壁の上半分を魔力を纏ったそれで思い切り突いた。
DONN!!
『があぁぁ』
メイスの柄の半ばほどまでが穴の奥へと入っただろうか。顔が入る程度の大きさに穴が穿たれ、再度『堅牢』がほどこされる。先ほどの叫び声はおそらく、壁の前でなにやら行っていたであろう、人狼のものであると思われる。
「ルシウスおはよう、起きたかしら? 外は良い天気よ」
穴の中に向けて、彼女は声を掛ける。しばらくして、中から返事がある。
「あ、ああそうか。無事だったんだな。なによりだ」
「ええ。あなたが吸血鬼に驚いて逃げ出して、こっそり戻って来たあと、夜の間に横穴に入り込んで、何やらやっている事に気が付くくらいにはね」
茶目栗毛は頷き、灰目藍髪は驚きからやがて怒りへと相貌が替わる。
「先生、処分しても?」
「いいえ。話くらいは聞いてあげましょう。鶏頭ならぬ、狼頭でどんな言い訳をするのか興味があるのよ」
腰の剣を抜こうとするのを止め、彼女は一先ず話をする事にした。
「中には何があったのか教えてちょうだい」
「た、宝のようなものは無い。石棺……石の棺がある。それと、『インプ』がいる。使い魔であったようだ。今は、悪さをしてこないようだ」
穴の中から、一匹の蝙蝠のような羽の生えた色黒で耳の尖った魔物が現れる。何故か、連合王国の妖精は醜悪な容姿の者が少なくない。これもその一つだ。夢も希望もない。
『ガァ、ジユウ、ワレ、ハナタレル、ニゲル』
インプというのは、洞窟に住む妖精の一種だと彼女は聞いたことが有る。悪戯をするようだが、ゴブリンのように人を襲う事は無い。どうやら、インプは墓所に住んでいたところに吸血鬼がやってきて、『使い魔』にされたというところだろう。
「さて、どうしたものかしら。行きなさいといっても、この横穴に住んでいたのでしょうから、逃がしようが無いわね」
『お前の魔力をちょっと与えてみたらどうだ』
『魔剣』曰く、もしかすると吸血鬼から命令を受けて、この場に留まらざるを得ないのではないかというのである。
『それと、この横穴、塞いじまうんだろ? インプも一緒にってのは可哀そうじゃねぇか』
確かに。醜悪な姿とはいえ、特に人を害する妖精ではないだろう。それに、下手に封印まがいの事をして、恨みに思ったインプがより凶悪な存在になることも避けたい。
「逃がしてあげられるかどうかは分からないのだけれど、私の魔力を少しもらってちょうだい」
穴から出てきたインプは、蝶のようにというには些かかわいげのない姿なのだが、差し出した彼女の指先にちょこんと止まって見せた。
『イタダキマス』
「……礼儀正しいわね」
指先から彼女の魔力が吸い出されていく。インプの肌が白くなり、緑の髪の毛が生えてくる、そしてやがて羽は蝙蝠のそれから、蝶のような羽へと変わっていく。
『こりゃぁ』
「なにかしら。姿が替わったわね」
『妖精なんだが……ピクシーとか言ったか。この辺の妖精じゃねぇな』
ピクシーは湖西国周辺でみられる妖精の一種である。見た目は可愛らしいが、やることはインプと大して変わらない悪戯者だ。
『きもちいいぃ!! 力も満タン!!』
「そう。それはよかったわ。あなたは自由よ。さあ、お行きなさい」
ピクシーは羽を羽ばたかせると、彼女の周りを二度三度と回り、カーテシーをしたのち、空高く去っていった。『じゆうだぁ!』という、歓喜の声を残して。
さて、ピクシーを一体解放したのだが、穴の中にはまだ何匹かのインプと謎の石棺、そして幾つかの副葬品と『人狼』が残っている。
「インプは問題なさそうね。問題は、あなたよ」
『……その、話を聞いてもらえるか』
「ええ勿論よ」
彼女はにっこり微笑み、土の壁を取り除いた。
中から出てくる人狼。
「その、迷惑かけたな」
「いいえ。気にしなくていいわ」
彼女は右手を差し出し、人狼も右手を伸ばす。
その瞬間、背後から飛び出した茶目栗毛は、魔銀剣に魔力を纏わせ、人狼の右手を肘の辺りから斬り飛ばしたのである。