第66話 彼女は茶目栗毛を冒険者ギルドに連れて行く
第66話 彼女は茶目栗毛を冒険者ギルドに連れて行く
『お前の魔術師としての能力って……魔力の割に大したことねえんだよな』
「あたりまえでしょう。魔力を用いる必要がある事なんてたいしてこなしてないのだし、そもそも私は薬師として勉強してきた時間がずっと長いの。それが当然ではないのかしら」
魔力に気が付いたのが一年ほど前。そして、主に身体強化と隠蔽、ポーション作りに魔力を使用してきた。いわゆる魔術師の、詠唱や術式を沢山覚えて高位の魔術師として評価される……なんて目標は皆無なのだ。
『あれだ、初級の魔法の応用の組み合わせで十分なんだよな』
「冒険者としても薬師としても、錬金術師としてもね。魔術師というのは、それが専門じゃない? 私は男爵で王妃様の学院を預かる学院長代理でもあるわけでしょ? その職務に必要な範囲で覚えていくつもりよ」
彼女の油球、魔力で生成してカイエン成分も魔力で生成できるのだろうが、そこまで行う必要性を感じないのである。薬師の能力がない魔術師オンリーなら全てを魔力で解決しようとしたのだろうが。
「魔力と魔術がすべてではないわ。何かを為すべき際に、接着剤のように簡単に強固につなぐことができる事象を変換するのが魔力。それがなくとも、時間と手間をかければ可能であるし、何から何まで魔力と魔術に頼ることは、門戸を狭めることになるもの」
小さな魔力の者でも、未熟な面がある者でも、工夫で補う事で、もしくは、魔力の使い方を考えることで魔力が多く高度な術式を駆使する者に対抗できるのではないかというのが彼女の発想なのだ。
「最近、注目されているマスケット銃もその流れよね」
『火薬の爆発力で弾を飛ばすあれな。魔力はいらねえし、威力もそこそこだ。上手くあたれば金属鎧も貫通するし、手足を吹き飛ばすくらいの効果はある』
「魔術には魔術の良さがあるわ。火薬でできないことを魔術で行うのが、私たちの仕事なのではないかしら」
戦争で魔術師が必要なのは、敵を正面から倒す局面ではない。そこまで魔術師は数が揃わないし、魔力も継続しない。海賊討伐で行ったような、奇襲や隠密行動にこそ、価値があると彼女は考えるのだ。
『なら、諜報員としての魔術師はありだな』
「リリアル学院ってそういうイメージになりそうなのよね。女性比率も高く、表向き『薬師』としての身分を持てるのであれば、警戒されにくいじゃない」
『それ、思い切りお前だから。そのものじゃねえか……』
自分は貴族の令嬢で商家に嫁ぐ前提だったのが、たまたま運命の歯車が狂っただけなのだ。まだ戻る余地が……多少はあるはずだ。
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「その坊主がね……」
「私が保証します……と言っても納得いただけないでしょうから、どなたかと立ち合いでもしていただけると助かります」
「まあ、薬草採取は薬師が本職だし、薬師の学院生で魔力持ちなんだから、まあ、問題ない気もするが、一応見極めするか」
「お願いします」
冒険者ギルドの受付にやってきた彼女と茶目栗毛。「数えで12歳」と申告したところダメ出しされたので、直接ギルマスに相談することになったわけである。茶目栗毛はさほど年かさには見えない。
「11歳としてはまあまあだけどな……」
「メイといい勝負しますよ」
「……なら、薄黄くらいじゃないとあぶねえな……」
ギルマス本人は立ち会わないらしい。体が大事なのだそうである。
そこに、薄赤メンバーがタイミングよくギルドに現れたというので、薄黄剣士に立ち合いを依頼することにしたのである。剣士タイプの方が噛み合いが良いと判断したからだ。
薄黄剣士はかなり真剣だ。なぜなら……
「それ、お前と同じで見た目通りじゃねえんだろ?」
「さて、ご想像にお任せします」
彼女の連れてきた冒険者にしたい少年が並なわけがない。少年は木剣を構える。
「魔力による身体強化なしで、隠蔽もなしで行きなさい」
「はい!」
どう見ても子供なのだが、中堅下位とはいえそれなりに経験を積んだ冒険者に舐めた対応である。が、そうではないことは容易に気が付く。彼女とはそれなりの付き合いなのだから。
「随分とハンディくれるんだな」
「それはそうでしょう。実力を魔力でかさ上げしたらわかりにくいし、かなり遣えるんでしょう」
薄赤戦士と濃黄女僧が呟く。野伏は腕を組んで「俺も混ぜろ」とばかりに視線を送っているのは珍しい。
「始め!」
ギルマスの合図で二人が切り結び始めるのだが……
「おいおい、なんだこれは」
「……完全にいなされてますね」
磁石で張り付いたかのように距離を保ちつつ、剣を重ねるが全ての力を逸らされてしまい、剣士は茶目栗毛に剣をまともに向けることができない。
「パリングとは違いますね」
「なんだか、短剣と体術の組み合わせの動きに似ている。見たことのない体裁きだな」
この確認は剣士に勝つことではなく、ギルマスに冒険者登録を認めさせることなので、無理して勝たなくてもいいと彼女は言い含めてあるのである。誰が相手だとしても、引き分け狙いと決めていたのだ。
「今日は全部見せないって事なのか」
「冒険者登録を認めてもらうのには十分なレベルかと思いまして。数えでも、自分の身が十分守れるという証明をさせたかったので」
「そういう意味か。なら、問題ないな。相手のメンツもあるし、それでよかったのかもしれんな」
「ありがとうございます」
「……ありがとうございます……」
茶目栗毛は「いいのかな?」という感じなのだが、これからの育成に必要な環境なので勿論問題ないのである。
茶目栗毛の体は小柄な彼女よりさらに一回り小さいのだが、恐らく、ここ一、二年で急激に大きくなる……はずなのだ。
「あまり凝った防具はやめておきましょうか。しょっちゅう調整するのも大変だし、あなたのスタイルとも噛み合わないし」
「基本は平服ですから。防具とか、考えません」
とはいえ、『着こみ』レベルは用いてほしいのである。魔力に制限があること、身体能力を考えると、薄い鋼製メイルでよい気がするのである。刺突は抑えられないかもしれないが、不意の斬りつけを防ぐレベルだろうか。
「鎧下の少し丈夫なもの程度で十分です」
「胸周りはチェーンを重ねましょうか。少々重いのだけれど、体力づくりと安全を兼ねるという事でお願いするわ」
「……承知しました……」
いつもの武具屋に彼女が顔を出すと、「ああ、まだ完成してませんが、ミスリル以外のものはお渡しできます」との返事であった。
「では、サクスだけ持ち帰ります。それと、今日は彼の装備を整える為にきました」
彼女は茶目栗毛が学院の生徒であり、今日冒険者登録をしたことを説明した。厚手の布の上下と鎖の胴衣をお願いする。それと……
「武器に注文があるかしら。あなた、双剣使いなのよね」
「……できれば……短剣と短刀の二刀にしたいのです」
元々、右手でも左手でも扱えるように訓練されていたことと、左手の短刀で受けて、右での短剣で攻撃する組み合わせが得意なのだと言う。
『剣で受けたり逸らしたりするスタイルなんだろうな』
彼はそれほど体格に恵まれているわけではない。力より速度で勝負するもしくは、変則的な攻撃を好むのだろう。
「どんなものが必要なのかしら」
「短剣は今のサクスタイプで構いません。目立たないですし、扱いやすいので。ダガーでバセラードタイプが欲しいです」
あくまで主武器としても扱えるものが必要なようだ。このタイプは、帝国や連合王国、山国で主に使用されているものなので、王国内で使用された場合、『敵国の者に殺された』と印象付けるための運用であったのかもしれない。
「鍔がないと受けに回れないものね」
「はい。大きさ的にも適切ですし、刺突特化のものはあくまでも戦場用なので、この仕事には向かないです」
このダガー1本でも仕事がこなせるように訓練もさせられたようなので、愛着
もあるのだろう。
「バセラードね。普及品になるけど……これはどうかな」
兵士に支給する装備の一つのようで、いわゆる放出品として比較的流通するもののようなのである。
「……特に問題ないです」
「問題ないね。何でもいい感じ?」
「ええ、使用に支障がなければ」
と、短刀を持って器用に回して見せている。手には馴染むようだ。鍔がしっかりしているものを選んでいる。
「もう少し大きいものもあるけどな」
「双剣で使うので、このくらいのサイズが扱いやすいです」
「なら、あまり大きくないものがいいかもね。それはワンオフのしっかりしたものだから、いいと思うよ。注文してもらったサクスと同程度の鋼を使っている」
「貸与品みたいなものは、やはり良くないのでしょうか」
「鋼の質が低いとかいろいろだね。鋳造で焼き入れのいい加減なので折れるものが多いかな」
「……それは怖いですね」
使い捨て感覚もあるのか、善し悪しの差が大きいのだろう。何かほかにも必要なものがあるのかどうかを確認すると……茶目栗毛曰く、「短い矢じりの先端部分を投げ矢として使う」という運用がしたいのだそうだ。
「ナイフより軽いですし、小さな尾羽を付けてやると結構飛びます。魔力で強化すれば20mくらい先の動かない目標も狙えます」
弓ほどではないが、離れた目標を狙えるのは意味があるだろう。
「ダートとは違うの?」
「そこまで投擲用に加工していなくていいんです。元々は折れた矢を再利用した武器ですので」
伯姪は投げ矢らしいものを想像していたのだが、茶目栗毛の意味するものは矢の再利用に近いものが元なのだ。
「腰の袋にでもまとめて20本くらい入れておけば、結構使えます。再利用も出来ますので」
魔力を用いた短弓のような運用だと彼女は理解した。
そして、手甲に関しては、ミスリルのワイヤーで編んだグローブを真ん中に挟んだ革のものが欲しいのだそうだ。
「魔力を通すと、プレートアーマー並みに強化されるものが理想ですね」
普通に革のグローブのようで、魔力を通すと鋼のガントレットのようになる装備が欲しいのだそうだ。とてもワイヤーを編むのにコストがかかりそうなのだが……
「ミスリルならいけるかもな」
「魔力を通しながら編めば問題ないと思います」
とはいえ、ミトンのようなモノになるのかもしれない。親指とそれ以外の鍋つかみのようなデザインである。
「良いよ、注文してみる」
「それと、手首のところに何本かスローイングナイフを入れておきたいので、そのホルダーをお願いします」
「貴方の細い手首だと、数は限られそうね」
まずは、グローブの完成からでいいでしょうと、彼女は話を切り上げた。
用事を終え、二人は並んで馬車に乗る。必要な買い出しも荷馬車に積んで後は帰るだけなのである。
さて、ここにきて茶目栗毛の役割を考える必要があるのかもしれない。能力的には歩人級であり、冒険者としても恐らく成功できるレベルにある。さらに、読み書き計算のレベルも高いのは、育成期間である程度教育を受けていたからでもある。
「いろんな職業に化ける必要がある為だそうです。勿論、襲撃専門の兵隊もいますけど、僕はそうではありませんでした」
潜入することも考え、商人や職人、文官や従僕に化けることができるよう、教育を受けてきたのだそうだ。
「言葉遣いが丁寧なのもそのおかげなのかしら」
「もちろん、荒っぽい物言いや貴族の子弟風の言い回しもできます。先生と話す場合、このくらいの言葉遣いが適切かと考えています」
そう、学院の中で彼女は『先生』と呼ばれている。他に伯姪も読み書き計算や作法に関して教えることはあるが、商人としての知識や薬師・魔術師としての教育は全て彼女が起点なので、当然と言えば当然なのだが、自分と姉ほどしか年の離れていない少年少女に「先生」と言われるのは面映ゆいのだ。
「馬には乗れるのかしら」
「いえ。馬車は何とかですが、体のサイズ的に乗馬は後回しでした。その代わり、海や川で泳ぐことは可能です。着衣のまま泳いで潜入することも想定していますので」
「泳げるのは貴重ね。では馬の世話の経験はあるのかしら」
「はい。馬だけでなく、家畜全般も。施設では家畜の世話も教育の一環で覚えました。農具の使い方とかですね」
「では、畑仕事は?」
「ほんのさわりだけです。ですので、セバスさんのような世話はできません」
使い捨ての兵隊としてではなく、優秀な潜入工作員となれるよう、手間暇を掛けて11歳……10歳過ぎまで育ててきたはずなのに、なぜ、放り出されたのか。能力や性格の問題はないように思えるのだが。
「あなた、行き倒れで助け出されて施療院から孤児院に収容されたのよね。施設から逃亡したからかしら?」
脱走して力尽きて行き倒れとなる。そんな可能性を彼女は考えた。しかし、帰ってきた答えは全く異なる内容であった。
「僕は、人を殺すことができなかったため、廃棄されました。正確には、撲殺されて街中に捨てられたはずなんです。仮死状態だったのかもしれませんが、幸いといえばいいのでしょうか、死に戻りすることができました」
人が殺せなかった故に殺され、死からの帰還。どう話を続ければいいのか彼女は正直悩んでいるのであった。




