第723話 彼女は『特別会員』の依頼を聞く
第723話 彼女は『特別会員』の依頼を聞く
『ラ・クロス』学内大会の活動に注力していた彼女だが、同行していた人狼は、食料の買い出しの他、ウィックの狩猟ギルドで依頼を受けたりしている。簡単な獣の駆除依頼がほとんどであるし、ポンスタインまでのお遣いをすることもある。どれも買い物ついでである。
「それで、この件の依頼を受けたいというのね」
「そうだ」
珍しく相談事があると言われ、時間を作ったのだが、どうやらウィックの狩猟ギルド経由で魔物の討伐依頼を受けたいのだという。
「男爵領の騎士団がいるでしょ? 国境近くなんだから、数も質もそれなりだとおもうけど」
「アンデッドだと勝手が違う」
彼女と伯姪も腑に落ちる。アンデッドの場合、魔銀の武器を用いて魔力を纏わせて討伐する必要がある。この地の騎士・兵士に魔銀装備を持つ魔力持ちは相当限られているだろう。立場的に、アンデッド狩りに出て良い身分ではない。
「それで何で引き受ける必要があるのかしら」
「お前たちは臨時会員だろう。今回の特別依頼を受けて依頼達成となった場合、『特別会員』になることができる。立場としては、各地の狩猟ギルドにおいて、巡回賢者と同様の特別な支援が受けられることになる。討伐報酬では報えない場合の実利での対応だな」
ギルド施設での宿泊や、武器装備の整備の無償提供、地元の有力者など必要な場合は狩猟ギルドのギルマスから紹介状・推薦状・身元保証などを行うことができる。余所者であるリリアル勢にとっては、何かの時に利用できる伝手となるだろう。
「ですが、相応の危険のある討伐対象なのでしょう」
「でなければ、このような条件を付けるとは思えません」
茶目栗毛と灰目藍髪が人狼の心底を探るように視線を定める。諦めたような溜息をつき、人狼はその対象を告げる。
「ギャリーベガーの群れだ。未確定だが、その中に『デュラハン』がいる可能性がある」
ギャリーベガーは、斬り落とされた首を手にもつグールのようなアンデッドで、相応に強いと言われる。先住民は敵の戦死者や捕虜の首を刎ねる風習があり、それがアンデッド化したものであろうと言われている。
行きがけに偶然討伐したことのある魔物である。同じ手段で討伐できるのであれば、大した手間ではないはずなのだが。
この周辺は、古帝国の統治以前から戦場となる機会が多く、今でも北王国との戦争が繰り返されている地域でもある。帝国の統治が消失したのちも、小さな王国同士の戦い、あるいは、入江の民の襲撃などが幾度もあり、ディズファイン島の修道院も聖職者が皆殺しとなったこともあるのだ。
アンデッドが湧いてもおかしくはない。また、その対応をするべき統治者も、不安定な状態が続いているので、放置されたままなのだろう。
「デュラハンってなんですかぁ」
「騎士の姿をしたギャリーベガーだ。二輪馬車に乗り、死をもたらす死神と言われている」
「要は、強いアンデッドってことね」
吸血鬼も、首を落とせば死ぬアンデッドである。しかし、最初から首を斬り落としてあるアンデッドというのは、討伐の難易度が高いと言うことになるかもしれない。
死者をよみがえらせない為に、首を落とす風習があったことを考えると、首を落としてもなお蘇るほどの強い思念を残している厄介な相手だと考える方が良いだろう。
『特別会員』の価値は相応に認めるが、賢者学院を抜けてしばらく依頼を受けるというのは、賢者学院の訪問の意味を考えると肯定できるものではない。
「練習に付き合うのも全員じゃなくて問題ないのよね」
「それはそうね。時間も限られている中、何を磨くべきかはそれぞれ定まったのですもの」
「では、依頼を受けるのでしょうか?」
彼女の中では受けても良いと考えている。だが、誰を残し、誰を連れて行くのかという判断が悩ましい。
ルミリは当然残す。彼女は討伐に向かう事になる。そう考えると、伯姪に残ってもらい、魔銀剣を使える茶目栗毛と水魔馬も利用できる灰目藍髪を連れ、人狼を加えた四人でなら問題ないかもしれない。
「あなたには残ってもらう事になるわね」
「仕方ないでしょうね。精々、彼奴らをしごいておくわ」
「お留守番だぁ!!」
「ですわぁ」
伯姪・碧目金髪・ルミリは賢者学院で練習に付き合ってもらうということになる。
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『主、想定通りになりました』
「そうね。あなたの調査も無駄にならずに済んだわ」
『敵か、あるいは敵か』
「その物言いなら、敵確定ではないかしら」
人狼・ルシウスの行動に不信感を持ったのは賢者学院について早々のこと。同行して賢者学院に到着したのはともかく、何故か同行者としてそのまま滞在するかのような言動。いつのまにやら仲間面である。
そして、別行動は当然。やがて、独自に交渉し寮の使用人扱いで学院内に滞在し始めた。もう、彼女達とは関係ない存在となったのだ。
その寮は、水の精霊派の一つ。寮長は『ファンソラス』という、火派との対抗意識を強く持つ、優秀だが厄介な者である。
ファンソラスと人狼はたびたび顔を合わせ、何か話し合っている事は『猫』を通じて知っていた。ファンソラスには太い後援者がいる。北部貴族の重鎮とされる『北ハンブル伯』。
連合王国の重鎮であり、北王国との最前線を任されている存在。征服王の遠征に従軍したロマンデ人に端を発する家系であり、当初男爵であったが、百年戦争期に伯爵へ陞爵される。
先代の甥が今代の伯を務めている。先代伯は、父王統治末期の反教会・修道院に抵抗する反乱に参加し処刑された。
その後、姉王の治世下で名誉及び爵位領地を回復。また、北王国との国境防衛担当の将軍に任ぜられるが、北王国に敗北している。
女王陛下の治世において、原神子派に与する政策が可決される間、北ハンブルに留まりつつも女王に対する忠誠を示したことで『聖蒼帯騎士』に叙せられる。
しかしながら直近では国境防衛担当を辞し、他の北部諸侯と北王国女王の擁立について策謀を巡らせていると噂される人物だ。
「北王国と北ハンブル伯は、連合王国を教皇庁の元に戻すことで協力しているということね」
『正確には、御神子教徒として神国や王国と手を結んで利を得たいってとこだろうな』
連合王国と神国は戦争手前の状態でもある。私掠船による度重なる襲撃、ネデルへの原神子派支援など表立っては否定しているが、実際は行われている神国への戦争行為である。
今すぐに戦争を行わない理由は、一つはネデルにおける原神子派の弾圧と叛乱発生が収束していないからであり、今一つは、女王と神国国王の庶弟との婚姻による統治である。庶子との婚姻は困難かもしれないが、教皇庁の統治下に戻れば、神国はどうとでもするつもりなのである。
そして、最も神国が事を荒立てたくない理由が、内海におけるサラセンとの武力衝突の可能性の高まりである。
マリス島攻略遠征は、先帝の時代行われたが失敗に終わり、内海の西は主に神国とその影響下にあるゼノビアの海軍が支配しているのだが、東においてはこれまで唯一教皇庁の支配下にあって交流が成立していた海都国とサラセンの間において、断行が進んでいた。
サラセン帝都の領事館の閉鎖・海都国民の追放に始まり、小規模の海戦も発生している。海都国が持つ本土から離れた港湾領地も、徐々にサラセンの海と陸からの圧力が強まりつつある。
内海東側との貿易・交流が途絶されるだけではなく、西への遠征が企図され、その前哨戦として大規模な海戦が発生する可能性がある。その為にも、連合王国に対する本格的な武力衝突を延ばそうと神国は考えている。勿論、王国も開戦の際には支援することが神国・教皇庁との間で求められているのは言うまでもない。
王国は、王弟殿下を派遣し時間稼ぎをしている状況である。サラセンと正面から戦うのは王国の望むところではないが、教皇庁と神国・帝国に表立って反対するのはよろしくないのである。
そこで、連合王国の力をそぐために、北王国と北部貴族を唆し、南進させようとしている。そこまでは良い。彼女には関係ないと言える。
「北王国に潜んでいる可能性のある吸血鬼・修道騎士団の残党が関わる可能性が問題ね」
王都・王太子宮の大塔に仕込まれていた上位の不死者の集団。歴代の修道騎士団総長の吸血鬼やその他の不死化の仕掛けには驚いたものだが、近年、王国に現れる『自由石工組合』の職人たちの背後には、北王国や連合王国北部の者が深くかかわっているとされる。発祥は湖西地方であるとされるのだが、人的つながりは北部へと繋がっている。
『折角だから、罠にはまってみるってことだろ?』
「ええ。何か仕掛けられても、何とでもなる人員で進めるつもりよ」
大規模の遠征であれば彼女個人の力ではいかんともしがたいが、水魔馬の助力を得られる灰目藍髪と、単独の逃避行であれば問題ない茶目栗毛、そして、魔力が無駄に多い彼女の三人であれば、様子見程度なんとでもなる。
『それに、幾ら人狼とはいえ、聖地で処分するのは気が引けます』
『殺す前提かよ』
「いいえ。特別な依頼の過程で、残念ながら命を失ったと報告は上げることになるのでしょう。非常に残念ね」
『やっぱ殺す前提かよ』
人狼の命は風前の灯火であるのは言うまでもない。
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どうやら、王都で元総長たちの吸血鬼が討伐されたことが伝わっているようで、彼女と伯姪を何としてでも殺したいと言ったところなのだろう。『猫』が掴んだ会話の中には、そのものの話は無かったのだが、彼女が神国・北王国のみならず、王国の潜在敵からすれば非常に邪魔な存在であり、この親善渡航の間にどこかで始末したいという話は為されていた。
『主の命を狙うのですから、討伐されても文句は言えますまい』
『あんま無理するからこうなるんだぜ』
「……有名税よ。仕方がないでしょう」
最近は、国外に足を運んでもいることから、敵対する勢力からすれば始末する良い機会と見られているのだろう。ネデル遠征はあくまでも冒険者として活動していたので危険は低かったであろうが、今回は『リリアル副伯』として堂々? 活動している。移動途中こそは『巡礼』の装いで活動して来たものの、滞在中は隠してもいない。
近くに協力者がいるのであれば、そこからおびき出す事も難しくはないと考えたのだろう。
「ちょうどいいわ。吸血鬼を追いかけるのはオリヴィだけの仕事ではないでしょう」
『お前の仕事でもねぇけどな。まあ、分かりやすく行動するなら、討伐しておくのは悪くないと思うぞ』
『はい。とはいえ、不死者は吸血鬼だけではないと思われます』
ギャリーベガーにデュラハンの可能性。それを呼び出したのは吸血鬼化した修道騎士団の魔術師か。
「死霊を使役するのは魔術師の領域かしら」
『魔物使いの資質の延長か。俺の専門外なんで見当だがな』
魔物使いには知り合いがいる。帝国の傭兵であった『メリッサ』である。そろそろ契約終了となることだろう。一度、リリアルに招待することになっているのだから、是非また会いたいと彼女は思っている。
魔物使いの術は、『賢者』の持つ鳥獣使いの術に似ているのだろう。そして、その術の延長線上に、死者の魂あるいは、死体に手頃な精霊を憑りつかせ使役する術もあるのではないかと考えている。
王国北東部の都市『ミアン』を襲撃した万余の不死者の群れ。その多くはスケルトンであり、出現したのはデンヌの森であった。
土の精霊魔術、草木の精霊を骨に憑りつかせて動かすことであの軍勢の大半が賄われたのではないだろうか。それ以外の、強力な不死の兵士は、無念を持つ魂を肉体に縛り付けて使役したというのが最も腑に落ちる。
精霊が無理やり白骨を動かさせられていた。その拘束を彼女の聖性を帯びた魔力で破壊し解放したからこそ、簡単に撃破することができたと考えることができる。そう考えると、今回の『ギャリーベガー』は、そんな簡単には討伐できないだろう。
最初から首が落ちている状態で活動する魔物であるのならば、今までのように「首を落とせば不死者も倒せる」という定型が使えなくなる。
『それでも、魔力を叩き込んで、悪霊から肉体を切り離すってのはできると思うぞ』
「魔力量が思いのほか多くなりそうね」
『主の聖性を纏っている魔力であれば、問題なさそうですが』
問題なのは同行する茶目栗毛と灰目藍髪であろうか。ギャリーベガーも再生できるわけではないので、四股を破壊することで行動力を大きく減退させることはできるだろう。
加えて、魔銀を用いた魔石付きの打撃武器ならば、彼女の魔力を魔石に込めておく事で、効果が大きくなる可能性が高い。
『あれ、使えよ』
「ええ。非常に不本意なのだけれども」
彼女が巡礼の旅に出る際、姉に持たされたフットマンズ・メイス(歩兵用の打撃武器)の特注品である。メイスヘッドは杖として然程気にならない程度の大きさだが、東方の騎兵が好む「玉ねぎ型」と呼ばれる球形の溝を備えたものである。これの中心部に魔石を組み込んでおり、魔力が保存できる使用となっている。
「『これなら、巡礼の杖に見えるよね! 持ってってね!!』と言われた時には邪魔だと思ったのだけれど、一応、魔法袋に納めてきたのよね」
今回の旅の大半は魔導船か馬車のつもりであったので、杖はさほど必要ないと考えていたからである。実際、杖はほぼ使わなかったのであるが。
「実際、二人が使いたいと言えば渡そうかしら」
『いや、確か、タマネギメイスは大原国の騎士の馬上装備で、ランスの次に有効に使われていた気がするな。杖だとちょっと長めだと思うけどよ』
灰目藍髪は今回、水魔馬の馬上で戦う可能性が高い。主を守る為、マリーヌも相応に活躍することを期待している。とはいえ、馬上ならば片手でもてる柄の短いメイスが普通なのだが。
「魔銀紐で補強された長柄ならば、馬上槍のように振るう事もできるかもしれないわね。採用で良いでしょう」
仮に使わなかった場合、後で姉にバレてウザ絡みされる可能性も否定できない。
『ラ・クロスの杖に似ているから、その練習にもなるかも知れねぇぞ』
『魔剣』の適当な話に、彼女も「そうね」と適当に答えるのである。