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第721話 彼女は愚策に付き合う

第721話 彼女は愚策に付き合う


「いろいろ考えたよ俺達も」

「無駄無駄無駄無駄ぁ!!」

「ですわぁ!!」

「……いや、聞けよ」


 ヘイゼルは、自分なりに『土』の精霊魔術、それもドルイドの用いる専用の魔術を活用することを考えてきたのだという。


「へぇ、ドルイドの精霊魔術ね」

「なんか、カッコいい響きかもぉ」

「だから聞けよ!!」


 話を聞かずダメ出ししていた碧目金髪は、綺麗な掌返しを決める。


「だけど、そんな使えるような魔術あったかな」


 紅一点である『アンゼリカ』が疑問を呈する。アンゼリカは、口数の少ない女性で、見た目は一見少年かと思うほど髪も短く、華奢な体格をしている。綿毛のような明るい髪にやや浅黒い肌をもつ。ただし、寮生の中で最も魔力量が多く、リリアルの魔術にも関心が高い。言い換えれば、精霊魔術との相性があまり良くないのだろう。


「アン、先ずは聞けって。いいか……」


 一つは『植物(herba)呪縛(ligare)』。これは、植物で敵の足元を拘束し、移動速度が半分になる魔術であるという。植物が足に絡まるという行為が「相手を攻撃する」と判定されなければという条件が付くのではないだろうか。


「グレーね」

「限りなく黒に近い気がしますぅ」

「やってみてですわぁ」

「くっ!! まだ諦める時間じゃねぇ!!」


 脚に絡みつくのは反則と取られるかもしれないが、足を引っかけるように草を結ぶのは問題ないだろう。引っ掛かった後、ほどけて分からなくなればなお良い。


「鍛錬次第でしょう」

「よし!!」

「よしで良いのかな」


 迷ったら負けである。


「例えば、他の精霊の加護持ちとかだと、精霊に色々頼めたりするんじゃない?」

「そうだな。例えば、『精霊(spiritus)召喚(adhibeo)』という術がある」


 エルムは、「精霊召喚」について簡単に説明する。曰く、それぞれ加護・祝福を持つ人間が、魔力を消費し自分の持つ火水風土の精霊に頼み事をするのだという。加護・祝福の程度、相手の精霊の『格』、願い事の難易度、そして消費する魔力の量に応じて叶えてくれる確率が高まるのだという。


「それでは、精霊に頼みごとをして試合が終わるのではありませんか」

「いや、ラ・クロスの球ほどの重さがあると、普通の精霊程度ではさほど影響を与えられない。それに、状況が変化する試合中に、願い事をしている間に進んでしまうので、適時精霊に願い事をするというのは、精霊魔術を行うよりも難しい」


 依頼を細かくしなければいけない分、精霊魔術で規定された現象を起こすだけの時よりも使い所が難しくなるのだ。


「精霊をずっと使役できるわけでもない。精々一分足らずだ」


 その程度では、出しっぱなしで必要な時に依頼する使い魔のような運用も出来ない。


「私のお勧めは『目隠(occulta)(nebula)』よ。直接攻撃するわけではないけど、突然視界を奪われるのは不意打ちの効果があると思う」


 アンゼリカの提案に一同は頷く。競り合いの時などに、一瞬目標を見失わせるだけで相手を出し抜けるだろう。気にさせるだけでも良い牽制となる。


「けどよ、あれ、自分中心に手の届く範囲を濃霧で囲むとかだろ?」

「その外側を広い範囲で薄く見えにくくすることもできるな。視界ゼロにはならないが、見えにくくすることはできる」

「そこで『ツチボコ』ですよぉ」

「ですわぁ」


 視界を妨げたところで、足元を悪くして転ばせる。完全に悪戯のような魔術の行使である。


「目隠しは悪くないと思うわ」

「やってみましょう」

「うん!」


 アンゼリカは自分の策が採用されたようで、どこか嬉しそうに見える。前向きな提案がなされず、愚痴の言い合いしかしてこなかったクラン寮に思うところがあったようで、目に見えて表情が明るくなってきている一人だ。


 勿論、『悪だくみ』で盛上る他の寮生も、彼女達と関わり始めた時と比べれば皆表情が明るくなっているのだが。


「あの、目くらましはどうかな」


 おどおどした雰囲気のある『ハックベリィ』が珍しく自分の意見を述べる。


「霧じゃなくってか」

「う、うん。あの……(cæcus)砂風(arenae)……とか……」


『盲砂嵐』とは、砂煙を土魔術で飛ばし、相手の目に砂を入れて視界を塞ぐ魔術である。霧と違って、目に入った砂が取り除かれる迄効果が持続する。砂の眼潰しのことだ。


「石ぶつけるのと同じ扱いになりそうだな」

「けど、最悪の状態でシュートを阻止する為なら、一か八かで使うのもありかもしれない」

「……まあ、そういう局面があれば、一回だけ使ってみるのも有りか」

「そ、そうだね。一回だけ、最初で最後の仕掛けで……やってみる……」

「「「「だめでしょ」」」」


 砂の眼潰しは駄目だよ。絶対ダメ!!




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『土』の精霊魔術について、彼女は興味深く聞いている。


「『登攀(scandere)(arbor)』ね。面白いわ」

「……でも、いきなり試合場に木を生やすんでしょ? おかしくない」

「ルールには『試合中に木を生やしてはいけない』とは記されていないもの。相手を直接攻撃しなければ問題ないのではないかしら」

「「「……」」」


 あの姉にしてこの妹ありである。完全ルール無用の悪党の姉。そして、違反とされないのであれば、何をしても良いというギリギリまで攻める妹。とはいえ、今の時点では明確な違反ではないので問題……ない?


「これ、最初にドングリとか種がある方が、魔力の消費も少なくて成長も早くなるんだよ」

「ドングリを試合中持ち込んではいけないという……」

「分かったわよ!!」


 報奨金も騎士の年金も、副伯のそれも全部リリアルに継ぎ込み、装備も金に糸目をつけずに整える彼女である。ドングリを持ち込むくらい何も問題が無いと考えているし、皆迄言うなと伯姪が話を途中で終わらせることもリリアル勢はよく理解している。


「我々の優勝は当然。その上で、賢者学院の凝り固まった考えを叩き潰すことが必要なのよ」

「それ、いいんですかぁ」


 碧目金髪の言う通り、例えば火派がネデルで傭兵まがいのことを行い、銭ゲバと化したり、あるいは、北王国・北部諸侯とその背後にいる神国と水派が繋がり、王宮への反乱に寄与するといったことは、リリアルにとっても王国にとっても関係ない事である。できればこのまま、シュリンクしていく事の方がどちらかというと望ましいのではないだろうかと思わないでもない。


「どう考えているの?」

「最弱なんて考え方を変えればいくらでも強くなれると言うことを証明したいわ」

「強くしちゃっていいんでしょうか」


 今まで通り、権力闘争の縮図のようなばであれば、王国にとって脅威にならないとは考えられないのだろうか。

 

「魔術師が使い潰されるような環境を見過ごせないでしょう。それに、ドルイドの流れをくむ精霊魔術師・賢者がいることで、救われる人たちも沢山いるのでしょう。本来のあるべき姿に戻る為にも、余計なお世話を焼いて、足元に目を向けてもらいたいのよ」


 そうして、外の勢力と結びついて主導権争いをするような愚に気が付いてもらいたいのである。


 資金力のある支援者を持つ火派・水派が少数ながら主導権を持つ今の体制が、賢者学院にとって良いものであるとは到底思えない。また、女王陛下が退位して、神国の後ろ盾を持つ勢力がこの島を統治するようになれば、先王時代の様に、王国と敵対するようになりかねない。


 女王陛下の治世が評価されるべきかどうか、彼女にはわからない。私掠船を用いて神国の商船を襲い、新大陸からの積荷を強奪し、それをネデルの市場で売り払い財貨を得るということもどうかと思う。


 とは言え、神国国王が金も戦力も得たならば、何をしでかすかは容易に想像できる。彼の国王は、未だ聖征の時代の価値観で生きているのだから。サラセンを追い出し、国土を回復してまだ数十年。サラセンと闘う事、その為に御神子教の守護者として振舞うことが存在意義だと強く思っている国王と王宮が何をしようとするか想像に難くない。


「神国と結びつく勢力を弱めなければならないのよ。でないと、異端審問の嵐が吹き荒れるわ。賢者学院も、その対象にならないと言えるのかしらね」


 どちらがましか。神国国王とこの国の女王陛下。悩ましいところである。


「取りあえず、勝つ」

「必ず勝つ」

「何をしてでも勝つ」


 学院生にとっては、そんな政治の話は自分たちとはかけ離れたもの。まずは、大会に勝つことを考えるだけだ。負け犬たちも随分と彼女の影響を受けたものである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 今までの試合で、他のチームが用いた精霊魔術についても、検証する必要があるという結論に達した彼女たちは、再び、どのような精霊魔術が用いられるか、検討することにした。


「精霊魔術って魔力の消費が少ないのですね」

「それはそうだけど、だからといって、試合中にポンポン使えるわけではないよ」

「そうなんですかぁ?」


 一番上手に使うのは、風派であるという。考えてみれば、速度を加速させる方向の精霊魔術は風が最も向いている。


「あいつらは、とにかく早い。球を取ってから、その次の奴にパスを回すまでに魔術をあらかじめ発動してから一気に全体が動いて得点につなげる感じだな」

「ああ。球を取られたら終わりって感じかもね」


 今までの一方的な対戦内容が思い出されたのか、クラン寮生の雰囲気が一気に重苦しくなる。


「早いって、どのくらい早くなるのよ」

「大体二倍くらいですね」

「けれど、身体強化と違って、動きが二倍になったとしてもその動きを制御する感覚はそのままだから、そこに付け入る隙があるのではないかしら」

「「「……なるほどぉ……」」」

「分かってないでしょ!!」


 返事の雰囲気から、分かって無さそうだと伝わって来る。

 

 魔力で身体強化を行った場合、身体能力の向上で速度が二倍となるとしても思考や反射神経の速度も二倍となるので、本人の感じ方そのものは変わらないのである。


 ところが、『風』の精霊魔術で速度を二倍にした場合、体の動きと思考速度は乖離することになる。馬に乗せられて全力疾走している感じだと思えば良いだろう。馬ならば、馬自身が判断しているので問題ないかもしれないが、それでも、自分で走るよりもずっと制御には神経を使う。


「モノを飛ばしたり、単純に加速するだけならいいんでしょうね」

「けど、戦いや試合だと細かく自分を制御できない分、付け入る隙が生まれる」

「……なるほどぉ」

「ですわぁ」


 身体強化している彼女と、風の魔術で加速している相手であれば、彼女の動きに相手は恐らく反応できないことになる。体は素早く動いても、思考はそのままであるから余程慣れていなければ後手に回ることになる。


「魔力量の消費が少ないからと言って、いや少ないからこそ使い勝手が悪いかもしれない」


(levis)飛躍(salire)』という風の精霊魔術がある。これは、元の跳躍力の二倍の距離を飛べるようになるというものだが、持続時間は最初に込めた魔力量により左右される。また、跳躍のみで距離も二倍と固定化されている。故に、読まれやすく、一度、術が終了すれば、再度かけ直す際に隙が生まれる。


 身体強化ならば、魔力の続く限り入り切り自由なのとは対照的でもある。


 移動を補助する『風』系統の精霊魔術には、加護・祝福による魔力量の消費が少なくて済むという長所がある半面、使い方には硬直性がみられる。また、非対称の相手であれば優位に立つことも難しくないが、同じ移動補助を身体強化や別の魔術で行うものと相対した場合、細かな制御ができないという短所がより目立つことになる。


反復攻(repetere) 』という攻撃の反復する魔術も同様である。これは、行動は往復で行うという魔術で、最初の一手に限れば、魔術を用いない場合の半分の時間で行うことができるという長所がある。しかし、「往復」なので、同じ軌道の逆を同じ半分の時間で行うことになる。


 上から下に斬り降ろしたならば、必ず下から上への斬り上げがセットで行われると言うことだ。右から左への横薙ぎならば、左から右への横薙ぎが『必ず』行われることになる。初撃を外されれば、次の動作が完全に読まれた上でカウンターを決められてしまうだろう。


「便利なばかりではないのですね」

「精霊にお願いする定型に納めなければならないからでしょうね」


 複雑なお願いをする事は出来ない。自分でコントロールする身体強化には魔力消費量以外は全く敵わないのだ。


「魔力消費量が十分の一、百分の一だから便利ではあるのでしょうね」

「使い所が難しいってだけでしょう? 身体強化の下位互換じゃない」

「あ、言っちゃったぁ」

「言っちゃったですわぁ」


 風派の使う速度強化の精霊魔術に関して言えば、身体強化で十分抑え込むことができる。火派や水派にはその手の精霊魔術が無く、身体強化に魔力の使用の重点が置かれている。


 単純な身体強化であれば、魔力量の多寡で勝負が決まってしまう。少ない土派のなかでもさらに『最弱』な木組=クラン寮生には、細かな身体強化と、土の精霊魔術での抵抗を頑張ってもらいたいものである。


「少ない魔力も使い所を間違えなければ問題ないわ」

「あとは、反則ギリギリで土の精霊魔術を使って、相手を消耗させることね」

「精神と魔力を消耗させるのですぅ!!」

「ですわぁ!!」

「「「「おう!!」」」」


 こうして、持たざる者の戦いが始まるのである。とはいえ、リリアル勢は賢者学院の学生と比較すれば皆多いと評されることになる。効率の良い使い方まで加味すれば、大人と子供ほどの差が生まれるのである。



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[一言] >「いろいろ考えたよ俺達も」 >「無駄無駄無駄無駄ぁ!!」 一刀両断すぎて笑える 目潰しからの『ツチボコ』は実戦なら有効だよね 割と食らうと死に直結するし
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