第720話 彼女は精霊魔術を用いて策を巡らす
第720話 彼女は精霊魔術を用いて策を巡らす
「俺の限られた魔力を、この一瞬に凝縮して解き放つぅぅ!!」
そう叫ぶ小デブの頭を『杖』でしたたかに叩く。
「があぁぁぁ!!」
「馬鹿でしょう? 試合は八十分あるんだから、一瞬で魔力消費するような魔術使ってどうするのよ!!!」
小デブこと『ヘイゼル』は、伯姪の一撃で頭を抱えてしゃがみ込む。
「ひでえな」
「あんたの頭の残念具合が?」
精霊魔術師である『賢者』は、魔力量よりも「加護」を持つかどうかの方が重要視される。加護持ちなら祝福持ちの十分の一程度の魔力量で精霊魔法を発動できる。祝福の有無でも、その魔力量の消費の差は十倍あるいは十分の一となる。
加護持ちは加護も祝福も持たない者の百分の一程度の魔力量で精霊魔術が行使できる。故に、彼女は『土』系統の魔術を魔力だけで構築する場合、本質的に魔力量でゴリ押しして精霊魔術を発動していることになる。言うなれば、精霊たちに魔力の押売りで協力させているようなものだ。
なので、土派木組であるクリノリ以下クラン寮生の賢者見習たちは、魔力量よりも『加護』『祝福』を持つ故に学院に招聘されている。本来の魔術師に近いのは火派の賢者たちであり、火の精霊が少なく、精霊の加護や祝福を得ているものが少ないことから、賢者学院では加護・祝福を持たない者が学院生になる場合は火派に入ることになる。
その代わり、魔力量は他を圧倒していると言える。
「精霊頼みで生き延びれる弊害ね」
『土』の精霊が存在しない水上あるいは、人工物ばかりの都市でなければ、土派の賢者はもっとも有利な存在であると言える。動物や植物を使役し、偵察や攪乱、妨害を行うなど、『賢者』のイメージに則した存在であると言える。
言い換えれば、同じルールで競い合う『ラ・クロス』においては、魔術師の持つ身体強化系・魔力量重視の運用が表に出ることから、魔力量の多寡で勝敗が決まると思い込んでしまいがちになる。
「そこでツチボコですね」
「ええ。直接間接に妨害することも、試合運びうちですもの」
「「「……」」」
ツチボコとは、土の精霊魔術「土壁」あるいは「土牢」を小さな規模で発動させる技を意味する。これは、接近する敵選手の足元に小さな凹凸を作り、移動を妨害することを意味する。
「ただ身体強化を発動していると、足元掬われるのよね」
「ですぅ」
「ですわぁ」
遊撃を熟す機会の多い伯姪や茶目栗毛らは、足元の突然の変化も踏まえて足運びをするのだが、身についていない者の場合、突然踏み外したり、足を引っかけて転倒することになる。
このように。
「うう、足捻ったぞぉ」
「な、なんで、俺達より発動がすみやかなんだよぉ」
「魔力量と魔術の鍛錬度の違いではないかしら」
彼女が手本として、『ツチボコ』を連発し、追いすがるクラン寮生選手たちに不意打ちをかました結果、負傷者続出中なのだ。
「効果は体感していただけましたでしょうか」
「どうぞ、ポーションです」
「おお、すまない」
在庫となっていたポーションを灰目藍髪と茶目栗毛が渡していく。そろそろ期限切れになりそうなのでちょうど良かった分である。念のためにポーション類を準備しているのだが、魔力の回復以外で使用する機会がほぼないので古くなりがちなのである。
「これ、俺達で使いこなせるのか?」
「何度もやる必要はないのよ」
「へ?」
『土』の精霊の加護・祝福持ちであれば、安易に接近すると足元をすくわれると警戒されるだけで、今までの様に不用意に接近されなくなるという目論見もある。
「罠があるかも知れないと思えば、警戒し、進軍速度も低下する。進撃路も制限される」
「自分の進路方向には罠を設置できないから、背後に気を付ける必要がなくなるだけ、楽になるわ」
「なるほど」
試合開始早々、一二度身体強化を使わずに『ツチボコ』を発動させればよい。あるいは、敵の攻撃中に足元に仕掛けることも可能だろう。
「シュート位置に入り込んだら、門衛は迷わず進路方向にツチボコをバラまく感じね」
「試合の合間合間で、戻す事も重要ですぅ。自分で引っ掛かったら世話ないですぅ」
「ですわぁ」
『ツチボコ』やりっぱなしというのは良くない。自分たちも走りにくくなるから当然である。適時、休息時間や試合の合間に戻す必要もあるだろう。
「転がる球を止める事も出来るでしょう」
「それは楽でいいかもしれないな」
取り合って球が転がっていく先をツチボコで止めるというのもありだ。あるいは、跳ね返らせて競技スペースの外に出ることを防いだり、あるいは、弾き飛ばしたりするものよい。
「確か、鳥が球を奪った場合、競技場内に落下させたなら、そこから再スタートのはずよね」
「……クリケットはそうね。ラ・クロスはどうかしら」
使い魔の鳥や動物を使役し、球を奪わせるのは……やりすぎだろう。使い魔がむしろ危ない!! 魔術で選手を攻撃するのは反則だが、乱入した動物を追い払うのは反則ではない!!
土の精霊魔術を使って妨害するという発想に至らなかったのはなぜなのだろうかと率直に疑問をぶつける伯姪。
「今までなんで使わなかったのよ」
「そりゃ、ルールにないからだろ」
「ルールには反則は定められているけれど、それ以外は何をしても良いのよ」
「「「「え」」」」
何を驚いているのだと伯姪は重ねる。
「同じ道具、同じ人数で競い合うということは決まっているけれど、相手を直接攻撃する魔術以外は使っていいんだから、色々試してみないと駄目なんじゃないの?」
「そ、そうかもしれないけど」
伯姪の勢いに、たじろぐ賢者見習。
「使って駄目なら、次の試合から禁止されるわよ。そのくらい、魔術を使いこなして試してみないから、そうなっていないだけよね」
明らかにルールに反していないならまずやってみろということだ。
「確か、首から下、膝から上の間以外にあたると反則扱いよ。だから、正面から胴を薙ぎ払ったり、腿を打つのは反則じゃないんじゃない?」
「球を争って手で押すのは反則になりませんが、杖で押したり叩いたり、後ろから行うのは反則です」
「そうなんだ。まあほら、反則でも失点するくらいならやるべきよ!!」
「駄目よ」
「駄目ですぅ」
「ですわぁ」
球を持つ選手の手を杖で叩く行為は反則ではない。が、杖を振り回したり、杖で抑え込んだり、両手で持つ杖の手と手の間の部分を用いて相手を拘束する事などは全て反則となる。
球を持っている相手、あるいは落球した球を取り合う状態であれば、ある程度手や杖を用いて争う事ができるのである。杖で叩くのは反則だが、進行方向・前方から手で押す事は反則ではない。
「杖を振り回すのも反則です」
「振り回しすぎなければセーフ?」
『過度』でなければ許容される。威嚇するような使い方は問題になるかもしれないが……
「魔力を乗せて振るのは?」
「問題ないでしょう」
彼女が不穏なことを口にする。伯姪がそれにさらに拍車をかける。
「だって、ルールには『杖に魔力を纏わせてはいけません』なんてないものね」
「つまりぃ」
「魔力纏いのできる魔装杖なら、魔力を飛ばしても問題ないと言うことよね」
「魔力を飛ばしてはいけませんというルールはありませんから」
「ですわぁ」
「「「「え」」」」
反則・禁止されていないことはすべて「問題ない」として魔術を全力で使用するつもりのリリアル生なのである。
その考え方は、徐々に『負け犬』たちにも浸透していく。
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『ラ・クロス』の演習だけをしているわけにもいかない学院生。彼女たちは、精霊魔術の講義を聴講しつつも、やはり深奥の部分に関しては触れることができないこともあり、初歩的な講義に参加するのみである。
「ここに二か月も滞在する意味ってあるのかしら」
「そうね。でも、リンデで王弟殿下の社交に協力するのとどちらが良いかと考えると」
「ましね」
という結論に達する。賢者学院にみる『賢者』の在り方が、精霊ありきで成り立っている事。実際、巡回している賢者の活動を目にしているわけでもなく、人狼の話に聞くところの狩猟ギルドを通しての活動から推測するに、宣撫に近いものであるとみられる。
つまり、国の治安維持に協力する存在であるということだろう。より正しくは
宥めすかして、ガス抜きする為の存在である。王国では王家の権限が強力
であるのに対して、連合王国においては各地の有力諸侯・貴族の
合議により統治が為される「連合」の要素が強い。
故に、賢者学院も独立した立場を維持できるのであり、また、それぞれの勢力と内部の派閥が結びつく事で学院全体は「中立」として存在している。ある意味、それぞれの勢力の代理同士で情報の交換、打診などが行われる場にもなっているのだろう。
「そう考えると、ラ・クロスの大会は良い機会になるかも知れないわね」
伯姪の言葉に彼女も頷く。正直、講義を聴講しているだけでは、学院の中に人間関係を形成することは難しい。とりわけ、東部諸侯と結びつく火派、北王国・北部諸侯との関係の深い水派に入り込む事は困難でもある。また、それをして下手に取り込まれても問題となる。
風派は王宮との関係が深いとされ、当初は様々に世話を焼いてくれていたこともあり、それなりに関係が築けている。加えて、クリノリら土派木組と大会を通じて交流することで、今一つの関係が築ければよいと考えている。
政治的打算で世話をした風派一党よりも、脱『負け犬』を目指して同じチームとして活動する『クラン寮生』達との関係の方が、リリアルにとって好ましい。風派の判断は女王陛下の王宮の判断に準じるであろうし、それは異口同音の内容となるだろう。複数の情報源に値しない。弱小・中立派閥であるクラン寮生たちの方が、より実直な関係となると彼女は期待している。
「ですが、精霊魔術をこんなに取り込んで問題ないのでしょうか」
ラ・クロスの話題から、灰目藍髪が懸念を示す。どうやら、賢者学院のラ・クロスの試合において、精霊魔術はさほど使われていないのだということから、そんな考えに至ったようだ。
「流石に、マリーヌやフローチェが参加するのはだめでしょうけれどね」
『オイラ! ガンバるぜぇ!!』
「呼んでないですぅ。顔がきもいですぅ」
『ひでぇな、マイスウィーティーィィィ!!』
この場に山羊頭が実体を消して、精霊として漂っている。この形であれば、試合に紛れ込めるというアピールである。水魔馬・マリーヌや、金蛙・フローチェの場合、使い魔扱いされかねないし、さすがに蛙や馬を試合場に連れて来るわけにもいかない。鳥の使い魔で視野共有とはわけが違う。
「そういえば、ルシウスはどうしているのかしら」
「彼奴は偶に、狩猟ギルドに顔出して依頼受けるつもりなんだって。あと、兎狩りに出ているわ。肉が足りないみたいね」
人狼は迎賓館では「従者」として振舞い、供応を受けていたが、領主館に移動して自炊するようになってから、食材調達などで本土に足を運んでもらっている。ついでに、狩猟ギルドで許可を取り、兎狩りで肉を調達しているのだという。
「島に、海豹がいるみたいなんだけど、狩って良いかどうかわからないって言ってたわね」
「うみひょう?」
「あざらしですわぁ」
上半身は獣、下半身は魚の生物である。豹というよりは丸顔の犬のような顔立ちなのだが。どうやら、島の北部の岩場に棲み、魚を獲って暮らしているようだ。
「聞いてみましょうか」
「いいんじゃない? 海豹を狩る猟師って聞いたことないもの」
「美味しいかどうかが大事ですぅ」
「ですわぁ」
彼女は狩に賛成のようだが、味に関してはどんなものかという疑問がある。兎よりも脂がのっているような気もするのだが。
「海豚は狩れないわよね。まあまあ美味しいわよ」
「うみのぶた?」
「イルカですわぁ」
伯姪はニースにいる頃、海豚を食べたことが有るらしい。豚ではなく猪に近い味だという。とはいえ、魔導船で狩りに行くのでなければ、漁師の領分である。猟師ではない。
『オイラもラ・なんちゃらにきょうりょくしてぇんだよぉ。スウィーティー』
「その話まだ続いてるのね」
山羊男曰く、『風』の大精霊(仮)として、碧目金髪を守りたいのだという。
「具体的には?」
『た、例えば、門衛? あのゲートを守るならよ、オイラ、飛んでくる球全部、風で弾き飛ばしてやるぜぇ!!マイスウィーティーが望むならよぉ!!』
一瞬、その気になる碧目金髪。何故なら!!
「門衛って、走らなくていいんですよねぇ」
「そうね。門を守るのだから、立ちはだかる仕事ですもの」
「大きな網の付いた杖と、防具着けて守る仕事だものね!」
『どうよぉ!』
暫く考えた後、「却下」と呟く碧目金髪。
『な、なんでだよぉ!!』
「だって、その間ずっと背後に居座っているんでしょ? 試合中」
『じゃ、じゃねぇと守れねぇよマイスウィーティー』
最近めっきり減った役に立つ機会を逃すまいと、必死になる山羊男。しかし、碧目金髪は厳然と言い放つ。
「モジャ男が背後に纏わりついているなんてぇ、キモくて無理でぇーすぅ」
「ですわぁ」
薄っすら半透明のまま、山羊男は両手をつくのである。