第718話 彼女はクラン寮生を思いきり試す
第718話 彼女はクラン寮生を思いきり試す
「……これ、いつまでやるんですかぁ!!」
「いつまでもよ」
彼女は自らも参加し、実力判定の場にいた。場所は領主館前の砂浜の
先にある『土杭』の上。これは、人数分、彼女が土魔術で形成した『土槍』を
『硬化』させたものである。
その杭の上には彼女を始めとするルミリ以外のリリアルと、『木組』のラ・クロス選手と……何故かクリノリも立たされている。
「ふぁ、ファイトですわぁ!!」
冒険者組でもなく、薬師組ですらない商人志望のルミリは参加免除となっている。正直、二期生の練度からすると彼女と伯姪を含めた一期生のレベルには遠く及ばない。賢者見習たちに「勘違い」される可能性もあるので、参加させていないのである。
「けっこう、きついのな」
「当然でしょ!! あんたたち、鍛錬とかしないわけ?」
クリノリのボヤキを伯姪が切って捨てる。『賢者』が鍛錬というのは絵面が宜しくないのだが、修道士であれば日課の中に鍛錬の要素を含めているのは当然。伯姪の知る「ニース騎士団」「聖エゼル海軍」の騎士・聖騎士達は当然行っていたことでもある。
海の上に浮かぶ船での生活は、ある意味「修道」とも言える。天候が荒れれば決死の覚悟で船を操船することにもなる。逃げる場所などどこにもないのだから当然である。
既に鍛錬開始から一時間。リリアル勢にとっては、身体強化を用いつつ、杭の上でクウォータースタッフを『ラ・クロス』のスティックになぞらえて体を動かす事など造作もない。そもそも、リリアルの鍛錬には継続した魔力の使用、特に『気配隠蔽』『身体強化』『魔力纏い』に加え、『魔力走査』を並行して行うことが冒険者組には必須とされる。
その状態で、三十分から一時間は活動できて当然なのだ。身体強化だけであれば、半日程度問題なく活動できるのが『冒険者組』あるいは『騎士』に求められる魔力の使用になる。
これは、魔力量の問題ではない。少なければ少ないなりに工夫し、体幹を鍛えて魔力に依存せず体を操作することを学べばよい。
「精霊頼みだから直ぐに魔力が枯渇するのです」
「そうそう。ホント、木の無い街中とか海の上とかで活動する気が全然ないんじゃないのぉ」
「「「……」」」
森の中に潜む先住民の指導者であれば草木の精霊を頼り、己の魔力を重要視しない考え方で問題なかっただろう。しかし、森が切り拓かれ必ずしも草木のある環境で活動するとは限らない今日において、その場に土の精霊がいないから魔術が使えないのでは、活動に支障があるのは当然だろう。
加えて、『ラ・クロス』の試合会場には草は生えているだろうが、木は生えているはずはない。『杖』は木製なので、ある程度影響を与えられるかもしれないが、頼りにするべきは己の内包する魔力をいかに効率よく使うかということになる。
故に、リリアルで行う魔力操作の基本である、身体強化や魔力纏いの継続時間を延ばす、あるいは効率よく使用する為の細かな制御を鍛える鍛錬を……海の上の杭に立ち行っているのである。
「も、もうだめだああぁぁぁ!!!」
DOBONN!!
魔力操作に難があるというのは明白なのだが、今一つ問題なのは、土派の『賢者』は何故か「ぽっちゃり」が多いのである。身体の操作を重視しないからなのか、あるいは土の精霊に好かれた結果、太るのかはわからないのだが、傭兵の様に活動する火派、水上での活動も行う水派、風を纏うこともあり、また王宮・リンデの富裕層との付き合いも深い故に姿形にこだわる風派と比較すると、土派の賢者はおしなべてむさいの。
草木染のローブに腰には荒縄のような帯を捲き、巨漢といえば聞こえが良いのだが、只のデブが少なくない。クリノリは細身だが、指導者も学生もふくよかな体型の者が目出つ。それは、『最弱』なのは納得である。
勝てるはずがない。
『どうすんだよ、こんなの相手してよ』
「ふふ、交流に来たのだから、こちらも手の内を見せるべきでしょう。リリアル式の鍛錬を行うのも丁度良いと思うのよ」
長く学院を空けることで、自身も鍛錬不足を感じていたのでちょうど良いというわけでは全くない。リリアルの在り方というのは、基本的な魔力の操作の精度を上げ、効率の良い魔力の使用を行う事でより長く安定した戦闘を継続することにある。
数十分全力を出して勝敗が決まるような戦い方は最初から考えていない。騎士が戦場で突撃し、失敗して壊滅する理由はその辺りにある。馬の疲労、魔力の枯渇と消耗で身動き取れなくなったところで、取り囲まれて討取られるというのが魔力持ちの騎士が弓兵や歩兵に敗れる典型であると言える。
「一旦、休止しましょうか」
「急死……しそうだ……」
まずは体を絞るところからではないだろうか。修道士であれば肥え太るようなことはないはずなのだが、『賢者』はそうではないのだろうかと彼女は疑問に思うのである。
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「俺達の寮とはえらい違いだ!!」
「風呂が……贅沢すぎる……」
海に落ちて潮水でべとべととなった学生たちを領主館の風呂で身綺麗にさせ、ついでに朝食を取りながら情報交換をする。今までどのように『最弱』であったのか想像はつくのだが、本人たちの口からその状況を確認する必要があると考えたためだ。
「悪いな、朝から風呂まで振舞ってもらって」
「いいのよ。それよりも……あんたたち、本当に只の魔術師並に体ができていないのね。巡回賢者とか本当にできるのか疑問だわ!!」
伯姪は全く容赦がない。それは内心、他のリリアル生も同様である。元薬師としてリリアルに参加した二人も、今では騎士として身体を鍛えているので、魔力量は兎も角、『ラ・クロス』の一試合あたりのニ十分の四セット程度の時間、全力で活動することは難しくないと考えている。
これが、並の魔力持ちの剣士や騎士であれば、一セット二十分で魔力切れになってもおかしくないので、妥当と言えば妥当なのだろう。そもそも、『ラ・クロス』は先発十人に加え、予備選手が十六人認められている。一セット、二セットで交代する選手がいても試合は十分成立する。交代枠全部を使用しても問題ないからだ。むしろ、魔力を全力で使用して、次々メンバー交代を活用する方が「良い作戦」であると見なされる節がある。
しかし、条件は全チーム同じである。故に、自力に劣る土派の中でもさらに木組は『最弱』と言われる程度の実力なのだろう。走れないデブは只のデブだ。
「だがな、俺達クラン寮は、いままで選手十人でギリギリ回っていたから、交代選手もいなくってぼろ負けしてたんだよ。今回は、君たちが入ってくれたから、結構善戦すると思うよ」
「善戦に意味があるんでしょうか?」
「四回勝てば優勝でしょ? 余裕よ!!」
「「「……」」」
灰目藍髪と伯姪の言葉に絶句するクラン寮生だが、彼女は黙って頷く。
「勝利か死か。そう考えて自分自身を追い込みなさい。その出ている下腹をひっこめるまでやるわよ」
「「「ひぃぃぃ」」」
彼女の断言に、朝練が終わっただけで「一日終わった」感を出していた学院生たちは情けない悲鳴を上げ一気に縮み上がる。
「教官がまず手本を見せなければならないわね」
「……俺か……」
「当然でしょ!! 学生は授業があるけど、あんたは自分の授業以外暇じゃない」
「暇じゃねぇ……だが、教えを乞う為の時間を作ることはできるな」
クリノリがリリアル流の鍛錬を身につける……というところから始まることになったのである。
学院生がいなくなった後、彼女達とクリノリだけが領主館に残る。まずは、クリノリがどの程度魔力を扱えるかを確認するところから、改めて始めることになった。
「俺は、身体強化だけなら三十分くらいは続けられるぞ」
「全然足らないわね」
「……嘘だろ……」
身体強化だけなら六時間くらいは使えなければ話にならない。気配隠蔽と魔力走査を併用し、さらに要所では魔力走査を切り、魔力纏いを用いて討伐することになるのだ。その場合、二三時間の継続戦闘が前提となる。
三十分ないし一時間の戦闘を二三度繰り返す形を想定しているのだ。
「軍の集積地や駐屯地の襲撃なら、二時間程度の継続は必要になるでしょう」
「それに魔術の多重展開は必須よ!!」
「細かく魔力を入り切りしながら、必要な瞬間だけ発動することで魔力を相当節約できますから。魔力が切れたら試合終了ですので」
「装備で相当楽させてもらうのもリリアル流ですぅ」
「ですわぁ」
茶目栗毛は沈黙を貫く。運用は伯姪と似ているので、屋上屋になると考えたのだろう。
「え、身体強化だけじゃないのかよ」
「馬鹿ね。身体強化なんて終始するわけないじゃない。相手を先に発見するための『魔力走査』に発見されない為に自分の魔力の漏れを押さえる『気配隠蔽』が必要よ。ラ・クロスの試合だって見えない位置から気配を消されて攻撃されたら、後手に回るに決まってるじゃない!!」
「……そ、そうか。そうだよな。いや、考え方がまるで違うんだな。土の精霊魔術では、精々足元を攪乱するくらいしかできることがなかったから、正直、勝てる気がしなかったんだ」
彼女は「土の精霊魔術」を用いることに拘っていたが故に、土派は弱く、特に木の精霊を用いる前提の『木組』は特に諦めていたのではないかと考えていた。
「恐らくですが、火の精霊魔術師・火派賢者は、最初から精霊魔術師としての在り方を捨てて、傭兵あるいは一般的な魔剣士のような鍛錬を行っていたのではないでしょうか」
茶目栗毛の言う通りだろう。あの決闘騒ぎも自身の魔力を用いた戦闘能力に自信があったが故の態度であったと今にして思う。それは、傭兵としての密かな経験が自負となっていたと考えられる。
「火派の奴らは、魔力量が多くないと火の精霊魔術をロクに使えないから、身体強化の継続時間も、力の増し方も大きいんだ。優勝候補筆頭はいつも奴らなんだぜ」
「だから、そこから自分たちのできることをなぜ考えないのですか」
灰目藍髪が苦言を呈し、更に伯姪が追撃する。
「ほんとそう。思考停止か脳死状態って奴ね」
「……」
クリノリ、もう何も言えねぇ!! である。
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『初見殺し』という考え方がある。
事前の予備知識が無ければ対応できない、不意打ちの要素を持つ効果を意味するが、賢者学院の「魔術」=精霊魔術という発想から来る、魔力操作の精度軽視は『最弱』に付け入るスキを与える。
そもそも、リリアルの魔術は身体系に特化しており、それも、継戦能力と残存性に重点を置いた発想で構築されている。生き残る事、戦い続けることに重きを置く魔術である。
クリノリとの会話から察するに、選手二十六人全員を投入し、魔力量を最大効率で使う戦い方をそれぞれが選択しているのだろう。その中でも、魔力量の多い火派、海に近い故に水の精霊の力を得やすい水派、同様に有利な風派が続き、土派が後塵を拝しているという様子が見てとれる。
またその中で、精霊の力を借りやすい『木組』が石・草よりも更に魔力量が少ないと想像できる。土の精霊の加護・祝福で樹木の力を借りることができる『木』は、本来であればドルイド・賢者の『本流』であり、魔力の利用効率が最高の派閥であるのだから。
「不自然な精霊魔術を使う賢者ほど、『魔術師』に近いって皮肉よね」
「それでも、賢者学院の中だけでの話よ。模擬戦を見れば、大した差ではないことが明白だわ」
最初から「精霊」を当てにしていないリリアルからすれば、ショボい魔力を最大効率で使うことしか考えていないのだから、賢者見習共の雑な魔力の扱いを見て、容易に勝利をする事は可能だと考えている。
「私たちが守備、あるいは攻撃側のどちらに立つべきでしょうか」
「予選二試合あるのだから、一つずつ試せばいいでしょう」
「ふふ、まあ私たちが攻撃側に立たない試合は負けてもしょうがないと思ってるわよね」
「一勝一敗だと、同率二位になるんじゃありませんかぁ」
彼女は最初から『木組』とリリアル勢で、攻撃と防御を一度づつ経験させる腹積もりなのだが、碧目金髪の指摘するように、予選を二位で通過できるかというと不確かなのである。
「その場合どうなるんでしょうか」
「確か、得失点差で二位を決めることになります」
「とくしつ……ってなんですのぉ?」
茶目栗毛の指摘にルミリがわからないと声に出す。
「簡単に言えば、それぞれ二試合ずつした試合の自分のチームの合計得点から、相手に与えた得点の合計を引いて計算した数字の事ね」
「なるほど。一勝一敗で並んだとしても、沢山点を取っている方が上になるってことなんですねぇ」
「わかりましたわぁ」
木組とリリアルが一度づつ攻守を経験すると言うことで、一見対等に見えるのだが、最初から彼女はリリアルが守りに入る試合では無失点を狙い、攻撃をする試合では大量得点を目指すつもりなのである。
「まあ、あなたの試みはなんとなく分かるわ」
「それで、理解してもらったうえで、準決勝・決勝はこちらの主導で動いてもらうつもりなのよ」
「先生」
茶目栗毛がおずおずと手を上げる。
「何かしら」
「最初の試合、無失点であれば引き分けの可能性が高いのではないでしょうか。そして、二試合目、大量得点となれば勝利になると思われます。その場合、一勝一分けで一位通過になるのではないでしょうか」
それはそうかもしれない。しかしながら、無失点で守り切り偶然相手が失点して勝利し、大量得点を上回る大量失点で負ける可能性も……ある。
「先ずは一試合目、私たちの堅守で無失点を目指しましょう」
「「「おおうぅ!!」」」
どうやら、最初の試合は守備側をリリアルが担う事になりそうである。