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第715話 彼女は『精霊文字』を学ぶ

第715話 彼女は『精霊文字』を学ぶ


 動物の使役の講義の後は、植物との関係を考える講義を見学する。リリアルで「植物」といえば、踊る草の大精霊が一番に思い出されるのだが。


 この講義を行うのは、クノクリ((クラン:crann )組)となる。年齢は三十代半ばほどだが、賢者というよりも冒険者に近い雰囲気の男。魔術の発動の早さに定評がある。ウルサガタで兄貴風を吹かせた男だが、悪い男ではない、はず。仲間想いで前に出たがる性格。風派に協力的と聞く。


「じゃ、今日は復習的な話をするぞ」


 部外者がいると言うこともあり、込み入った話をせず、初学者向けの内容にするようだ。それはそれで有り難い。薬草を育てる程度の事を行う事は経験しているものの、植物とどう繋がりを作るのかは動物の使役以上に未知の領域だ。


 彼女はかなり前のめりになっていた。それが証拠に、今回は前方に席を用意してもらっている。


「すごいやる気ね」

「ええ。アルラウネの影響を良い方向に利用したいもの」


 今のところ、リリアル生の作った魔力水を薬草畑に捲く程度しか工夫らしい工夫は行っていない。


 とはいえ、魔力の無い三期生の子たちも、ポーションを飲んだり(失敗作)、あるいは薬草の世話をする事で、アルラウネから土の精霊の祝福程度を受けることができれば、微小でも魔力を得て育てられるのではないかとか彼女は考えていた。


 精霊は魔力量の少ない者に懐く傾向がある。大精霊や精霊王と呼ばれる程強力なものであれば相応しい魔力量も必要であろうが、一般的な精霊ならば極小魔力の者を好ましく思うかもしれない。一を二にすることは零を一にするよりもよほど容易なのだから、そこに繋がる何かを得たいと彼女は考えていた。





 古の帝国時代の記録に残る『樫の賢者』と呼ばれたドルイドたちは、政治的指導者であり、裁判官であり、神官、医師、魔術師など様々な権能を有していたが、今となっては何を行っていたか正確には残されていない。


 一つには、帝国の支配下に収まる部族が増え、帝国式の統治を受け入れた結果、その祭祀や宗教を帝国式に切り替えていったからという理由もある。また、帝国時代に広まった御神子教の布教が進むにつれ、その中に元々の習俗が置き換えられていったこともある。


 王都のある「ルテシア」の地は、元々先住民の「聖地」とされる場所であった。定期的に各地の部族の代表が集まり集会も開かれていた。国際会議の場でもあったのだ。その地を帝国は占領し、軍の駐屯地を建設し支配下とした。


 あるいは、各地に残されている古くからある教会や礼拝堂には、聖地であった場所に建てられたものや、その内部に、ご当地の聖人とされる先住民の「神」や、聖母として祀られている「女神」がひっそりと祀られていることもある。


 これは、連合王国内でも似たところがあり、布教を行った修道士たちに「賢者」が溶け込み、あるいは、修道院の施設の中にドルイドの知識を隠したと言うことも知られている。賢者学院は、修道院解散の命令が起こるずっと以前から、賢者の知識・知見を修道院とは異なる形で残す為に造られた組織と言える。


「賢者にはいくつか、依り代として頼みとする植物があります」


 彼女は「樫」以外の植物に、どのようなことを期待しているのだろうかと注意を向ける。


 連合王国の『賢者』は、主に精霊の中でも植物、それも聖なる木『聖樹』を重要視する。命をはぐくみ、生命力の根源としてなのだと考えられる。


 最も重要視されているのが『(OAK)』であり、その昔、古の帝国の住人は、先住民の指導者である神官を『樫の賢者』と称したこともあるという。


 これに加え『トネリコ(ASH)』は世界を支える木として神聖視され、御神子教の布教の際、帝国に住む先住民が祀る木を大王の軍が切り倒した記録も残されている。


 また、薬の材料にもなる『サンザシ(HAWTHORN)』を加えた三種の樹木を特に神聖視した。


「トネリコは、最初の人を生み出した樹であるという伝承を持つ特別な木とみなされています。それと、エリン島の守護聖人は、トネリコの杖を用いて竜あるいは大蛇を打ち払ったという伝承もあるんです」


 アルマン人、あるいは入江の民もトネリコを特別視している。『宇宙樹』と呼ぶこともあり、世界を繋ぐ力を持つ木であると考えている。彼らの英雄神は、智慧を得る為にトネリコに体を吊るし『秘匿文字』を手に入れたとされる。


「トネリコの枝に『精霊文字』を刻む事で、魔術の依り代とする事もできるのです」


 『精霊文字』というパワーワードに彼女の体に力が入る。魔力を魔水晶に込める、あるいは、簡単な魔術を魔水晶に込めると言うことはできる。が、只の木片に文字を刻む事で、魔術の依り代とするという話は初めて聞いたのだ。


「そのお話を詳しく伺う事は可能でしょうか?」

「ん、そうですね。詳しくお話するほどの事ではないのです。それに……」


 ドルイドの魔術の中で、草木を媒介とする精霊魔術は、主に捜索や感知の為に用いるものがほとんどであると言うことだ。つまり、『魔力走査』が自らの魔力を放って魔力を持つ存在を感知するのに対し、『精霊文字』をトネリコの木片に刻み配置することで、その周囲を悪意ある存在が移動した際にその存在を感知すると言った『物見』の力を得るということになるのだと。


「待伏せ用の魔術と言ったところなのね」

「そうです。森に棲み、あるいは、自然を味方とする賢者の技には、魔力を消費し相手を傷つけるような術は、本来非常に少ないのです」


 水や風を操り相手を妨害するような魔術は多いが、傷つけ殺すような術は本来のそれではないということだ。つまり、決闘を喜んでするような『火派』のような魔術は賢者学院では邪道・外道の技にあたるのだろう。錬金術との組合せを考える事自体が、ドルイドの魔術としては外来あるいは新しい発想ということになる。


「では、ここにある木片に文字を刻んでみましょう。リリアルの皆さんも、宜しければどうぞ」


 それは、子供の腕ほどの太さのトネリコの枝の表面の樹皮を刃物で削り取り、白木の部分を表に出したものである。


「ここに、次のようにナイフで文字を刻んでください」


 何本かの直線を組み合わせた『精霊文字』は、年輪などによりわからないことのないように曲線を用いず、縦線と横線、斜め線の組合せで描かれる。


 どうやらこの文字は、全く今の言葉とことなるものではなく、古帝国の統治下に入り込んだ先住民の工作員がドルイドに暗号文を送る目的で作られたそう古くない文字であるのだという。直線を用い刃で刻むことで記すこと以外は古代文字に相対するように作成されている。


 とはいえ、言葉には力があり、その力の受け皿としてトネリコの枝を用いることで術が発揮されるという。そこには、土の精霊、中でも樹木の精霊の力を借りることになる。


 今回刻んだ文字は、「敵意を持つものを知らせよ」といった意味の術であり、効力は数日程度で霧散することになるのだそうだ。


「どの程度の距離で感知できるのでしょうか」

「視界の範囲といったところです。見通しの良い場所であれば500mほど、樹木の生い茂る中であればその三分の一くらいだと思います」


 クノクリは答えた。


 彼女は考える。破損しやすく魔力をそれ程蓄えられない木片であれば二三日で効力を失うと言うことは妥当だろう。それを、魔水晶を用いて行うとするならば、もっと遠距離、あるいは長い時間展開できるのではないかと考えた。


『考えは分かる。けどよ、何で刻むんだよ』

「これよ」


 彼女は、スティレットに魔力を纏わせ削ることを考えていた。慣れは必要だろうが、魔銀のスティレットであれば、魔水晶の表面に直線を刻み込む事はむずかしくない。加えて、リリアルには踊る草がいる。あれも「草」の大精霊であるから、その魔力はトネリコの持つそれの代替になりうると考えられる。


「なによりも、魔力を持たない子供たちの探索を安全にできるのではないかと思うわ」


 魔力持ちであれば「気配隠蔽」「身体強化」「魔力走査」は、冒険者として活動する上で最初に身につけさせるリリアルの基本となる。しかしながら、魔力の無いもの、三期生の半数は魔力を持っていない故に、何か工夫が必要となる。一人が周囲を常に監視し、もう一人が採取を行うなどのバディ制を考えていたが、精霊文字を魔水晶に刻み、特定の魔術を発動させておくということは新しい試みになる。


『身体強化はむりだろうけどよ、魔力走査と気配隠蔽はできるといいよな』


『魔剣』の呟きに彼女は頷く。パーティ全員が魔力持ちでなくとも、魔力走査の情報を共有することで、魔物の接近をいち早く確認できるが、『気配隠蔽』は個々人でなさねばならない。魔水晶に魔力をあらかじめ込めておき、それを持つことで『気配隠蔽』が為されるとより良いだろう。


 とはいえ、魔力走査擬きは攻撃性はないのに対し、気配隠蔽は襲撃時の利用が有効な技術であり、賢者学院が開示してくれるとは思えない。


『文字は覚えられるだろうから、あの悪意あるものを見つける文字から文字の規則性を学んで応用するしかねぇかもな』

「心得ているわ。機会があれば、更に学びましょう」


 今回の授業では、定型文を刻む初歩の内容であったが、恐らく本来は、多様な文字を刻み、自分の望む目的・効果を得ることができるのだろう。古帝国語が基本であるとするのであれば、その内容で『精霊文字』に置き換えればよいだろう。


 彼女の知る精霊魔術の詠唱も、古代語が鍵言葉となっている。おそらく、それを精霊文字として置き換え、魔石に刻む事で発動させられるのではないだろうかと当たりを付ける。


「この授業だけで、訪問した甲斐があったわ」

「それは良かったわね。私も木彫りは嫌いじゃなから同感よ」


 伯姪は嬉々としてスティレットで文字を刻んでいた。子供の頃に、知り合いのお年寄りに教えてもらった「まじない」に似ているのだそうだ。もしかすると、その知り合いも「賢者」であったのかもしれないと彼女は思った。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「なるほど。学院と言っても、教会の手習のようなものなのですね」


 クノクリに誘われ、講義の後、研究室でお茶を振舞われている。話題は『リリアル学院ってなんですの?』である。


 元は、彼女が王家から褒賞として受け取った騎士や男爵位に伴う年金や、その他、冒険者や薬師としての収入を用いて、王都の孤児院にいる魔力持ちの子供を引き取り、魔術の使える冒険者として自ら育成しようと思ったことに端を発している。


 王都の管理人の娘だから可能であった選択肢でもあり、余計な報酬を王都と王国に還元するための方便でもあった。どの道、どこかに嫁ぐことになれば、王家に相談し後任に委ね、爵位は返上するつもりであったのだ。


『まあ、今のところ嫁ぐ予定もねぇしな』

「……余計なお世話よ……」


 予定は未定である。


 クノクリはリリアルの活動を聞きながら、自分たち『賢者』の活動についても話をしてくれる。


「『巡回賢者』というのは、指導者になる為の入口でもあり、もっとも賢者として必要とされる活動と言えます」


 学院生活八年のうち、速ければ六年目、遅くとも七年目には先輩の賢者とともに「見習」として『巡回賢者』に同行することになるのだという。


「各地の狩猟ギルドや、領主館から来る依頼にこたえる形で担当地域である『州』を一年かけて回ることになります」


 『州』というのは、広さで言えば複数の伯爵領程の範囲となるが、行政の単位としてはもっとも大きなものである。古い時代の王国の範囲であったり、あるいは、同じ部族の住む地域ごとのまとまりであったりする。


 百年戦争を期に王家の統治が進み、国土の半分が王領となり代官が統治する王国と異なり、各地域の伯爵らが『州』単位で半ば独自の行政を行う連合王国では、王宮の権威も権力も地方ではさほど重要視されない。


 故に、利益で誘導するか、宗教的に締め付けるかで統治してきたのだが、『聖王会』を教会組織としてしまったことから、それも困難になってきている。教皇庁の定める教えは一つだが、聖王会や原神子信徒はある程度の幅で差異を認めている。あるいは、それぞれが「これが正統」と主張することを許容している。故に、差異を理由に「異端」として討伐することができない。


「私たち土派は王国の西部南部で活動しているのですが、私の属する『木』の組は中でも、南部を範囲にしています」


 とはいえ、南部はネデル・原神子派の影響を強く受けつつあるので、以前ほど依頼も支持もなくなりつつあるという。クノクリは若干寂しそうに話をする。


「狩猟ギルドと領主館の他には依頼は来ないのかしら」

「そうですね。宿をお借りする村長や教会で困ったことが無いかなど聞いて、その中でできることが有ればお手伝いすることになります」


 『土』の精霊魔術を得意とすることから、井戸を掘ったり、あるいは街の防塁や共有林の整備など、土派の巡回賢者は精霊魔術を用いて市井の者たちに好意を持たれているのだという。


「水や火や風ではそうはいかないですからねぇ」

「ですわぁ」


 相槌をうつ碧目金髪とルミリの言葉に、クノクリは頬を掻きながら、若干気まずそうに答える。


「火派は……対戦していただいてお分かりの様に、少々賢者としては逸脱している傾向があります。ですが、彼らが担当する東部は羊毛の生産が進んでいることもあり、住民の悩みが少々ことなるのでさほど問題にはならないようです……」


 農地や山林を放牧地に地主・貴族が勝手に変えて、住民はその場所を利用できなくなる。その分、都市で働けばよいといった方法で問題を解決してしまっている。自然と共生しない住民が増えるほど、賢者の行えることは減っていく。結果として、「傭兵」に近い活動を中心に考える火派は、巡回賢者の活動を変質させているようだという。


「傭兵の真似事をするのは、賢者学院としては問題ないのでしょうか」

「無いとは言えませんが、公に否定すると言うことも出来ません。侵略者あるいは強力な魔物から民を守るための技術を習得するための行為であるとするのであれば、問題視されないからです」


 物は言いようである。


 巡回賢者の制度は参考にできるかもしれない。


 一期生の冒険者組の何人かが主導し、二期三期生を連れて「冒険者」として各地を巡回する。その中に、『騎士』であるものがいれば、問題が自分たちで解決できない場合、王領の騎士団や冒険者ギルド経由でリリアル学院に依頼をださせることもできるだろう。


『いや、あいつら大変すぎるだろ』


 王国内を東奔西走してきた彼女にとっては「とても楽しそう」という少々ずれたものにしかならないのであるが。


【第二章 了】



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― 新着の感想 ―
[一言] >リリアル学院ってなんですの 特殊部隊養成所だよね
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