第714話 彼女は羅馬隊を構想する
第714話 彼女は羅馬隊を構想する
気絶した火派・アナムブアの謝罪は後日日を改めてということになり、一行は一先ず学院長に接待のお茶に招かれていた。
「模擬戦、決闘ともに完封でしたな。ほっほっほ」
火炎旋風を防いだ直後と異なり、今ではすっかり気持ちも持ち直したようで何よりである。
「ですが、今回の模擬戦では、賢者の皆様の玄妙を知るにはいささか不適切な環境だと考えております」
彼女の言葉に、学院長は「然り」と答える。賢者の魔術というのは、『自然』の力を活用し、自らの味方とする者である。
特徴的なのは、動物や植物を使役し自らの味方とする事。これは、火派のような新興かつ錬金術の発想を組み込んだ精霊魔術師とは対極に位置する。保守派の土・水に対して、近年台頭著しい火派の仲立ちとして風派から学長が選出されているのだろう。要は、残りの派閥では相手が納得しないので、消去法で選ばれていると言うことだ。
故に、バランスが崩れる可能性のある今回に関しては、学院長も悩ましいのだろう。
「賢者と言えば、動物を使役したり、姿を変えることもできると伺っております」
学院長は一瞬、嫌そうな顔をしたが、笑顔を作り直し彼女に答える。
「ほっほっほ、確かに、我等は動物と心を通わせることができるものがおります。しかし、姿を変えるというのは、伝説的なお話です。実際には……」
と言葉を濁す。確かに、ここにいる余所者にドルイドの深奥を教える意味はない。
「火の精霊魔術に関しては、今回の模擬戦で多くを学ばせていただきました。できることなら、他の精霊魔術を拝見したいものです」
「ああ、勿論です。あなた方の魔術も興味深い。特に、自身を護る為に多くの力を使われた。これは、賢者として好ましい行いですぞ」
伯姪の言葉に、ほっほっほと学院長は笑う。最後に彼女が見せた『土』の防御などは、土の精霊魔術として似たものがあるのだろう。加えて、魔力壁や水幕による防御も風や水の精霊魔術として固有のものを持って
いると考えられる。
リリアルに既にある技術であれば、賢者学院として表に出してもさほど問題がない。そして、自身の持つ技術であれば、当然その弱点も把握しており、対抗策も用意していると言うことになる。
火派の敗北は火派だけのもの。賢者学院全てが敗北したと思わないでもらいたいということなのだろう。穿った見方ではあるが。
「領主館のお部屋はいかがですかな」
「はい。私たち共で手を多少加えて整えましたが、良い建物です」
「貴族の御屋敷みたいな場所は少々肩がこるのよ。元々冒険者みたいな生活しているから」
「なるほど。ならば、巡回賢者を経験している者たちと話が弾みそうですな」
それは願ってもない話ではある。水派は特に。北部と北王国がどのような関係になっているのか、そして神国がどの程度介在しているのかを知れると良いのだがと彼女は思う。
口が滑ることはないだろうが、その気配だけでも知りえることができれば良い。あるいは、個人的友誼が結べるのなら、王国に危機が発する時、事前にそれとなく知らせてもらえるような関係が望ましい。
王国と神国・北王国は連合王国を間に挟んでいることから「敵の敵は味方」という考えが成り立つ。しかしながら、父王の時代、あるいは姉王の時代においては、神国と王国の間でランドルを巡り戦争となった事もある。
先王と父王、神国の先代は戦争を半世紀近く行った同時代人でもある。先王は選挙で皇帝位を争ったこともある。それに敗れて「法国戦争」を始めたのである。さすがに、帝国の選帝侯からは支持されることがなかったものの、皇帝は帝国南部の銀行家から多額の借金をして選挙資金を確保せざるをえなかった。つまり、金をばら撒いたわけだ。
面白いわけがない。
教皇庁の支持を巡り、王国と神国は争ってきたこともある。今ではすっかり干渉しなくなったが、教皇を王国の聖職者から何度も指名させた時代もある。南都の近くに「教皇領」を設立し王国の支持する教皇と、法都に異なる教皇が並立する時代もあった。
いまでこそ、教皇庁と協調関係にあるが、それは「王国内の聖職者の推薦は国王が行う」ということで、実質的な王国内の聖職者の任命権を国王が持つことで関係を整理したことによる。教皇位を争う事はしない。しかしながら、王国内の教会人事は国王に任せるという取引の結果であるのだが。
聖王会を設立した連合王国ほど露骨ではない。権威を認め、権力は手元に残す。名を捨てて実を取ったのは、教皇を独自に擁立する実力を示したことによる。帝国皇帝が、法都で教皇に戴冠式を行ってもらわねば即けないこととは少々異なるのだ。
また、選帝侯の幾人かは帝国内の「大司教領」の領主である大司教が担っているということも、影響している。皇帝を誰にするかの人事権は教皇庁とその影響下の大司教が持っている。王国ではそのような直接的影響がないのは、大いに異なる。
「賢者らしいといえばやはり土派ですな。それに、人数も多いですから、様々な術を学んでおりますぞ。まずは、『土』の魔術を学んでみてはどうかな」
学院長は土の魔術を押す。水の精霊を持つ灰目藍髪の存在は知られてしまった。できるだけ水派とは接触させたくないのだろう。ここにはいないが癖毛や歩人は土の精霊の加護持ちであり、彼女も加護こそないものの魔力量で無理やり土魔術を発動させる。
一度使えば、形が固定される土、あるいは、その影響下にあるであろう植物や動物を使役する術は学ぶ理がある。ワスティンの開発にも活用できるかもしれないし、あの踊る草との関係においても、何か良い影響があるかもしれない。
土と水の精霊について学ぶ機会を与えられるのが最も良い。
「是非。機会を頂ければと思います」
「ほほほ、ではその様に」
調子に乗る火派を外部からの訪問者が叩きのめしてくれたことで、学院長はコントロールしやすくなったと考えているのだろう。上機嫌のまま話は終了していった。
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火派を快く思わない水派、そして、土派の中でも火派と距離を置く、あるいは増長した振る舞いを面白く思っていなかった若い賢者・学生から、一行は好意的に受け止められるようになった。
朝晩は領主館で食事をするものの、昼食は、様々な学生や若い指導賢者のグループから食事を共にすることを誘われ、「見学しますか」と授業を参観させてもらう機会も増えてきた。
賢者の見習が学ぶこととはいえ、外部の人間がそこに立ち入ることを許されるということはあまり無い。加えて、八年の見習い期間において、それぞれが指導賢者から課題を与えられ、それぞれの適正により学ぶことが異なる為に、在学期間が長くなるものほど個人教授となる。
見学を許されるのは、共通の座学の時間だけであり、それでも、学べる事は少なくない。
「賢者は古の時代から、動物と心を通わせる存在でした。犬猫や馬、牛や羊と言った家畜は勿論のこと、鷹や椋鳥や蝙蝠や梟といった空を飛ぶもの、あるいは、狼や猪、鹿や熊といった野生の動物。海に棲む海豚や海豹といったものも朋とする事ができるのです」
今日は土の精霊魔術師である『ソルチャ』の授業に参加している。ソルチャは土の精霊魔術師の長であるスピラド師の直弟子であり、若い女性でありながら指導賢者として初等学生の授業を受け持っている。
その科目は『動物使役』。屋上屋ではあると断りを入れながらも、彼女らリリアル生がいるということで、「おさらい」という名目で、ガイダンス的な内容も加えている。
「さて、皆さん。動物を使役する上で最も大切なことは何でしょうか」
何人かの学生が手を上げる。最初に、赤毛でそばかすのある男子学生が指名される。
「はい!! 動物への愛です!!」
「うん、不正解」
「ええぇぇぇ……」
「愛情は必要です。が、最も大切であるとするのは、賢者の教えではありません」
『愛』を最上とする哲学者あるいは聖典の教えもあるかも知れないが、賢者のそれではない。
次に、くりくり栗色癖毛の女の子を指名する。
「動物の資質・性質に由来する行動を与えることです」
「正解です。例えば、群で生活する動物は群の指導者に従う習慣が最初から備わっています。馬は群れて草原を走る性格が最初から備わっていますから、群れて走る事はとても得意ですし、足並みを揃えさせるように使役することは容易です。似て非なるものとして兎馬がいます。兎馬は馬に似ていますが、性質は全く異なります」
そう。兎馬は単独で活動することを好み、割と移り気で頑固、そして、じっとしていることが苦手であり好奇心旺盛だ。二頭立ての兎馬車は向いていない。喧嘩したり、張り合って別行動したがるからだ。
「羅馬というのは、兎馬の頑強・小食な資質と、群に従順で走るのに適した体格を兼ね備えた家畜です。残念ながら羅馬同士で子孫を残す事ができませんが、食料の少ない荒野や砂漠のような環境においては馬よりもずっと優れた動物になります」
使役する動物を「道具」と考えるのであれば、愛情ではなく適切な目的・役割りを与えることが重要であると言うことだろう。
「羅馬いいわね」
遠征を行う軍隊の馬匹としては、馬を多数そろえるよりも餌と病気の心配の少ない羅馬を揃えるのも良いかもしれない。リリアルの騎兵が「羅馬隊」というのもありと言えばありか。
胴の短い兎馬の場合、鞍をつけると後ろ足に近い場所となり、乗り心地がよくない。隠者や巡礼の女性がゆったり座るのは絵になるのだが、軽装騎兵であれば体格の小さい馬か羅馬が適切となるだろう。
馬匹としても、偵察用の小型馬としても使い勝手が良いかもしれない。あるいは行商用に羅馬馬車を作ることも検討して良いだろう。商売の範囲がリリアル領で拡大するのであれば、選択肢に入る。
「確か、ポワトゥには良い羅馬で有名な育成者がいたと思うわ」
「ポワトゥ・羅馬ですね。王族や枢機卿のような高位聖職者の乗馬として珍重されていると記憶しています」
伯姪の言葉を茶目栗毛が補足する。暗殺者としての必要知識なのだろうか。
古の時代から多くの場所で馬と兎馬を掛け合わせた『羅馬』は育てられてきた。その重要性は高く評価され、馬の三倍、兎馬の七倍の価値と評価されたこともある。
古の聖王『スレイマン』は「聖なる動物」として、聖王の乗り物を牽く動物に羅馬を定めた。聖典にも十七回登場する。
また、古帝国においては騎馬としては勿論のこと、駅伝制度に利用されまた、輓馬として近距離の輸送部隊を支えた。
ポワトゥにおいてポワトゥ・羅馬と呼ばれる品種が珍重されており、貴族の騎馬として珍重されている。大型の重騎士用牡馬に、兎馬を掛け合わせることで、軽騎兵の用いる騎馬並の羅馬が産み出されたことによる。これは「世界で最も素晴らしい羅馬」と呼ばれる。
つまり、ギュイエ利権である。
「あの、質問がありますの」
「ええ、見学者でも大歓迎です」
赤毛のルミリが何やら質問をしたいらしい。
「馬と牛はどうして似て非なる動物なのでしょうか」
馬は速く長く走ることができる。様々な馬具や馬を使役する道具が工夫される以前は、それが困難であった。それ以前は、牛が農耕や輸送に利用された。今でも重いものをゆっくり動かすので有れば牛が使われる事もある。
「聖典にはどのように記載があったか記憶しておりませんが、これは元々生まれ育った環境によるのでしょう」
ソルチャ曰く、馬は元々東方の草原地帯からもたらされた動物であり、森林の多かった連合王国や王国、あるいは帝国にもともと住んでいた動物ではなかったのだという。鞍もなく、鐙も手綱もなければ、馬を操ることは難しい。古帝国時代も、当初は手綱と鞍代わりの敷布にまたがる『騎士』であったため、子供の頃から馬に乗る訓練を受けた貴族子弟がその役割を担うことが主であり、役割は今でいう軽装騎兵、偵察、牽制、追撃、奇襲などの戦場での二次的役割りであった。その当時は、重装歩兵が戦争の中心であった。
「牛は違いますの?」
野牛あるいは原牛と呼ばれる、野生の牛は大原国あるいは大沼国にある「森林」に生息していた。今の家畜化された牛よりも頭も角も大きく、脚も細く長かったのだ。
「今でも、東方の森林地帯にはその生き残りがいるそうです。これは、家畜になった豚と野生の猪の違いに似ているようですね」
猪も捕らえて育てるうちに、代を重ねれば豚のような小顔で牙も小さくふくよかな体になる。豚も野生化すれば猪のようになる。なにより、犬と狼よりもよほど交配しやすい。元は同じ動物なのだ。
「野生の牛は角が80cmにもなります」
「長い……」
「自衛の手段ですね」
人に守られる家畜の牛ならば、角を大きくする必要はない。他に資源を有効に使った方が良いのだから当然だ。
「草原で馬のように生活する大きな群れを成す野牛も新大陸では見つかっているようですね」
環境により性質は左右されることもある。しかしながら、この世界で家畜化された牛は、元は森の中で小さな群れをつくり生活していた動物であるから、さほど走ることは得意ではないのだろう。代わりに、長い時間餌を求めて歩き回れる程度には体力もあり、また、狼や山猫、あるいは虎や豹のような動物に襲われても反撃できるよう、瞬間的な突進と角による突き上げができるようになったのかもしれない。
草原であれば角を育てるよりも、速く走れることを磨いた方が良かったから、馬は角を持たなかったのかもしれない。
「鹿もおりますわ」
「鹿は馬と牛の中間のような存在でしょう。それに、鹿は平原よりも山がちな地形に多く住んでいます」
ドルイドは鹿を「騎馬」とすることもあるようだが。使役も当然できるという。人間を乗せることは難しくとも、「荷駄」を行わせることは可能だろう。馬よりも険しい地形でも素早く移動できる分、牛よりも優れているが牛ほど力強い動物ではないので、道なき道を移動する際などに活躍するのだと思われる。
「使役するということは、その動物の資質にあったことを頼む事にあります。命じたり、無理強いしたりすることは出来ますが、好ましい在り方ではありません」
使役する動物と精霊も似たような関係にあるのかもしれないと、彼女は考えるのである。
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【新作投稿しました】
【短編】勇者? 英雄? いいえ、通りすがりの修道騎士です
下のリンクから飛ぶことができます。 このお話は『妖精騎士の物語』に登場する先代ニース辺境伯である『ジジマッチョ』の若かりし頃『若マッチョ』のお話です。世界観は妖精騎士の物語に準じ、また、時代背景は『灰色乙女の流離譚』の少し後の時期になるかと思われます。