第64話 彼女は薬草園に取り掛かる
第64話 彼女は薬草園に取り掛かる
さて、学院で最初に手掛けるのは『薬草園』づくりである。これは、思わぬ上手な者がいた。
「……まあ、こんなもんだな」
「あんた、意外と器用なのね。歩人みたいよ」
「ええ、掛け値なしで歩人でございます、お嬢様」
中庭の一角に薬草園となる畑を作るセバスを揶揄する伯姪である。歩人は基本、農民と同じ暮らしをしているので、畑作りも得意なのである。その意外な姿に、学院生は驚きつつも「流石、中身はおじさん」と思うのである。
「セバスさん、ここの土は返しても大丈夫ですか?」
「ああ、空気を入れてやらないと、カチカチの土になって草が育たねえんだ。だから、畑を作るときは、踏んでいいところとダメなところがわかるように畝を作らねえとなんねえ」
「この土は畑向きなのかしら?」
「悪くないけど、森の腐った葉っぱとか持ってきて少しまいた方が良いな」
「……分かったわ。後で荷馬車をだしましょう。皆で採取ついでに土の素材も回収しましょうか」
元気よく返事をする学院生たち。つまり、素材採取という名前のピクニックが計画されるのだ。
翌日、近くの森まで馬車を出す。いつも薬草採取で通う場所であり、土地勘は割とある。とはいえ、魔物が出ないとも限らないので、彼女と伯姪、セバスは剣装備。『猫』も索敵で周辺警戒をさせることにしている。御者のセバスに子供たちは馬車、彼女と伯姪は騎乗である。
「侍女頭、まだこっちにいていいって王妃様から言われてるんだって」
「なんだか申し訳ないわね」
使用人の九人の教育をもう二月近く行ってもらっている。補修や修繕箇所の確認や、不足している設備に関して彼女に確認の上、宮中伯(と王妃様)に報告書を上げてもらっている。
恐らく、これから使用人頭を務める人は、その手続きなどの記録を参考に引き継ぐことになるだろうか。とはいえ、姉が週一の帳簿付け教育に来るのと比べると、侍女頭の指導は多岐にわたるので、仕事のレベルも視野も格段に改善されているようだ。
彼女も伯姪も彼女の姉も使用人を使う経験があまりない。館の女主人は母であり伯爵夫人である。それに、辺境伯家ほどの家であれば、家令も執事も代々仕えており、一人二人代替わりしたところで組織は揺るがない。
「と考えると、早めにおばあ様にお越しいただいて、使用人の教育をお願いするべきかしらね」
「部屋を整える必要もあるでしょう。頭が痛いわね」
一階部分を魔術師組が、二階部分を薬師組が使うことを想定している。二階部分は一部屋八人となり、半年から一年の生活を想定している。三階には、学院長室、王妃様の部屋、書庫、そして、お婆様の部屋というか侍女頭用の個室を用意することになるだろうか。
「使用人部屋も手狭になるかしらね」
「地下でずっと暮らすのも難しいでしょう。体に良くないでしょうから」
そう考えると、礼拝堂と同時に、使用人の居住棟も建築してもらえるよう、お願いする必要がありそうだ。仕事の見習を含めて少し多めの人数で賄えるようにお願いする必要がありそうである。
「その子たちを食べさせるために、ポーション作って売らないとね」
「……そうね。ポーション作りの為にも薬草の安定供給は必要ですもの。薬草園を成功させましょう」
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王都郊外のリリアル学院から森はそれほど離れてはいない。一時間も移動すればかなり森の奥に入ることになる。
「では、この袋に周りの土ごと、薬草を移してちょうだい。薬草園に植える為にね。根っこを傷めないように大きめに土を取るようにね」
各班は二人一組になり、大きめのボウルほどもある布袋に薬草とその周りの土を移していく。畑にはそのまま土ごと移植するのだ。
「この方が、その場所に根付きやすいのだそうよ」
「一応歩人なのね。意外だわ」
「ばっ……私も仕事自体はきちんとこなしておりましたのでございます」
「余計なことしなければ、今頃若名主で、可愛い奥さんもらえてたでしょうにね」
「雉も鳴かずば撃たれまい……とか言うのよね」
子供たちと一緒に薬草を移しながら、彼女と伯姪が歩人を褒め殺しにする。
それなりの数、薬草があつまる。種類的には傷薬や解毒剤に使われる汎用性の高い薬草が主で、種類を少なくした。希少なものが育てられるとは今の段階では思えないためだ。
さらに、森の土も多少持ち帰る。これは、歩人が土づくりをする際の土台にする為だそうだ。色々混ぜて良い土をつくるのだという。
「では、森の土を持ち帰ります。この木箱に土を移します」
ワインの空き木箱に藁を詰めたものだ。これなら土は零れ落ちないだろう。それなりに土を詰めると、落ち葉が多く虫もたくさん住んでいる……とはいえ、子供にとっては重たいくらいになる。
「重てぇ、こんなの子供じゃ持ち上がらねえぞ」
癖毛が文句を言う横で、赤毛娘と黒目黒髪がひょいと持ち上げる。
「馬鹿ね、身体強化を使う練習に決まってるじゃない。さあ、どんどんいきましょ」
察しが良い働き者である。二人で歩幅を合わせ横になりながら森の出口に向かっていく。皆、箱に土を詰めると、どんどん運んでいくのだが、魔力が途切れてガクッと取り落としそうになるものも見受けられる。
「まだ、継続して身体強化は難しいわね」
「それに、魔力って基礎体力にも左右されるのよ。貴族に魔力持ちは多いのは遺伝もあるけど、食事が良くて生活が安定しているから魔力が育ちやすいってこともあるんじゃない?」
伯姪の言う通りかもしれない。魔力の小である班の子供たちも、この二か月少々の学院生活で魔力がどんどん増えているのだ。体感だが。
「魔力のある子は早めに学院に移すか、学院の外の孤児院に集めるかして育成枠として確保すべきかもしれないわね」
施療院ができれば、子供の働き口もそれなりにあるし、学院の雑用もできるものがある。予科として、週に何日かだけ短い時間読み書きを教えることも良いかもしれない。
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『主、ゴブリンが近づいて参ります』
周囲を警戒していた『猫』からゴブリンがこちらに向ってくると報告が来る。
『どうする。お前が仕留めるのか』
考えがあるわと、彼女は歩人に指示を出す。腕試しだ。
「ゴブリン三体。セバス、あなたの力を試します。隠蔽と身体強化を用いて、剣で倒しなさい」
「はぁぁぁ……しょ、承知いたしました……」
いまだ防具は装備していないが、身体強化状態であれば、ゴブリンの粗末な武器で傷つけられるとも思えない。
三体のゴブリンは歩人と同じ程度の背丈だが、二回りは体が細い。野良犬と闘犬の違いとでも言えばいいのだろうか。子供の姿を見て興奮しているのは、狩る者と狩られる物の関係が理解できていないからだろう。
以前見た、村を襲ったゴブリンと比べると相当貧相な装備であり、まともに傷つけることができるとは思えないのだが、弱者と相手を認識した途端、興奮し、客観的にみることができないのだろう。
こん棒を持っているものが一体、短剣だろう棒を持つものが一体、粗末な槍を持つものがそれに続く。
「セバスちゃん! がんばれー!!」
「負けんじゃねぇぞ!」
「セバスのいいとこ見てみたい!!」
子供たちがめいめいに応援する。ちょっとしたヒーロー気分だと歩人は思う。正面から飛び込むと見せて『隠蔽』、最後尾の槍持ちの背後に『身体強化』を発動し加速、その際、気配は消せても足音・足跡は隠蔽できていないのは『彼女』や『伯姪』ほど、習熟できていないからだ。
足音だけとなり、姿が見えない敵に一気に警戒するゴブリン。足が止まった
ところで、槍持ちの背後から左胸を剣で一突きにする。
「ゴブリンに正面から向かうと、組みつかれる可能性があるわ。ゴブリン一体は子供と変わらない能力だとしても、数匹に組み付かれればあっという間に殺されるのよ。だから、隠蔽して背後から急所を突く。斬るのはダメね」
「なんでだよ」
「馬鹿ね、相手が複数いるのに、一撃で仕留められない斬撃なんて危険じゃない。それに、斬り合いはあっても、突き合いというのはあまり聞かないわ。突きは一撃で首や脇の下、腹を深く傷つけることができるけど、連続してダメージを与えるのは難しいのよ」
伯姪が解説を加える。などと話している間に、隠蔽を入り切りしながらゴブリンを混乱させつつ、四十秒で始末した歩人である。
「セバス、心臓に止めを。死んだふりして襲い掛かってくる可能性があるわ。この後、死体の見分を皆でします」
「承知しました」
子供たちがざわつく。死体と言えども……いや、死体のゴブリン、そうとう怖い。夢に出るかもしれないくらいにだ。
「ゴブリンと狼は森の採取などでよく出くわします。街道は騎士団の巡回があるので安心ですが、一歩森に入れば魔物も獣もそれなりにいるのですから」
素材採取で森に入る。危険がなければ依頼になるわけがないのだ。彼女は『隠蔽』をかけっぱなしで素材採取を行えるほど魔力があったのだが、学院でそれが可能なのは黒目黒髪と癖毛くらいだろう。赤毛娘は一、二時間程度だ。
「なので、狼やゴブリンと出会った場合、気配を隠蔽しやり過ごすのが一つ。その隠蔽を利用し、背後から急所を刺突して殺すのがいま一つの対応になります」
そして、今日皆に渡してあるサクスと同じものを取り出す。
「この短刀は斬りつけダメージを与えるには難しいですが、背後から鎧のない首や肺を刺突するには十分な長さと刃の厚みがあります」
では、実際、ゴブリンの死体を短刀で突きさしてみましょうと彼女は続けた。死体を用いた試し斬りである。
貴族の子供と異なり、庶民の子供、特に孤児は動物の死体処理など慣れているのか、死体に関しては特に気にならないようである。死にたてほやほやで腐乱もしていないからだ。
「ではまず、体の正面ね」
仰向けに死体を転がし、胸の部分を示す。
「胸の部分は骨があるので刃が通りにくいの。それに、近づけば……『噛みつく』から要注意。手に持つ武器だけが攻撃手段ではないのこれは」
その乱杭歯を刃物の先で持ち上げた唇の中から見えるように示す。
「歯には雑菌がたくさん付着しているから、咬まれた場合体の中に毒が沢山入ることになるの。だから、できるだけ早く、毒が体の中に広がる前に、水で傷口を洗い流して薬かポーションを掛ける。消毒して回復させる必要があるわ」
「体中に毒が回ったら、傷口から腐り始めて痛みと高熱でのたうち回って死ぬから注意ね」
子供たちが想像し「ひぃぃ」と声を上げる。苦しんで死ぬのは誰でも嫌だ。
「正面なら、長柄の武器で腹を狙う以外は避けたいわね」
「短刀しかないならどうすんだよ」
癖毛、頭を使いなさいと彼女は思いつつ、小の班で一番落ち着いている茶目栗毛に質問する。
「短刀を長くするにはどうすればいいかしら?」
「長い棒の先にひもで縛り付け、即席の槍を作ります」
「正解。接近までに時間が稼げれば、それが良いでしょう。背後から安全に急所を狙う事も、近づいてきたゴブリンをけん制することもできる。槍は突くことに特化している分、扱いが簡単で強力な武器。だから、兵士は剣のほかに槍を装備しているし、槍がメインの武器なの」
と付け加える。
「槍を即席で作るのは少し先の話として、長柄の武器の有利さは覚えておきましょう。護衛任務の傭兵は意外と使うのよ」
「棒切れで魔物と戦うとか、嘘くせぇ」
いやいや、エントとか海賊相手に普通に使っているよ。
「敵を寄せ付けないためには、長い棒は剣より長い間合いが取れる分有利。それに、棒は剣先を気にせずに打ち込めばある程度ダメージも与えられるでしょうし、旅人や女性が持っていても不審に思われない良い武器よ」
「まあ、あんたも今度、棒で相手してあげるわ……薄赤戦士のおじさんがね」
「……痛そう」
「ポーション飲んで頑張りなさい。あ、でも、強くなるにはポーションはやめておいた方が良いわね」
この男も撃たれる雉のたぐいなのである。
ゴブリンの死体に何度か短剣を突きさしてみて、それぞれ、どのくらいの力が必要なのか、急所がどこなのか、刺さった短剣がいかに抜けにくいかを確認する作業を行い、学院に帰ることになる。
荷馬車の荷台は土と薬草でいっぱいなので皆は馬車の周りを歩いて移動することになる。帰れば薬草の植え替えもしなければならないのだが、それは明日の仕事になりそうだ。
「ねえ、あなた気が付いていた?」
「……茶目栗毛の子は刃物の使い方をきちんと教わっているということ……かしら」
伯姪が頷く。彼は、魔力量は少ないが、身体強化や隠蔽がかなりうまいのだ。というより、赤毛娘と同様、学院に来る前から身につけていた節がある。
「彼は、面談した孤児院には直前くらいに保護されて入院した子供なの。その前が……ね」
彼は王都で行き倒れになっているところを拾われ、施療院に運び込まれた。栄養失調による衰弱が原因であった。回復したのち、未成年であったこともあり、隣接する孤児院に収容されたのだ。
「その行き倒れる前の経歴が……曖昧なのよね」
「曖昧にしないと、身の危険を感じるような場所にいたとか?」
王国内にも様々な暗部が存在するが、子供を利用した暗殺組織というものが存在すると、彼女は思い出していた。
 




